ナイトメア
「ア、アルナ、大丈夫か?」
「キャンディ落ちた……」
アルナは悲しそうに地面に転がったキャンディを見る。
砂がたっぷりと付いて、もう食べられそうにない。
気を抜いていたため、ぶつかられた拍子でほとんどこぼしてしまった。
アルナは怒りの感情を覚える。
わざとぶつかられたことに怒っているわけではない。
せっかくレインがくれたキャンディが無駄になったことに怒っているのだ。
「お、悪い悪い」
「――おい、どういうつもりだ。わざとだったよな?」
「わざとじゃねえよ。このガキが小さすぎて見えなかったんだ」
「ふざけるな。そんな言い訳が通ると思ってるのか」
レインはアルナの前に立って男の胸ぐらを掴む。
問題はできるだけ起こしたくないというのがレインの信条だが、こういう場合は別だ。
ここまでやられたら黙ってはいられない。
それに、レインが前に出るのは男たちの安全を考えてのことだ。
アルナやティアラが前に出たら、この男たちがどうなってしまうか分からない。
「とにかく謝れ。じゃないと――」
「おい離せよ」
レインは大変なことが起きる前に忠告をした。
ここで謝るのならば、まだレインでも何とかできる可能性はある。
……だが、男たちは一向に謝る気配はない。
「レイン、どいて」
「ちょ、アルナ! 落ち着いてくれ!」
レインの服を引っ張って、アルナは男たちの前に出る。
もちろんレインはそれを止めようとしたが、伸ばした手は簡単に躱されてしまった。
アルナが何をしようとしているのか。
この状況なら何をしてもおかしくない。
「《ナイトメア》」
「え――」
アルナが手をかざすと、男たちの見ていた世界が急に変わった。
さっきまで明るい空の下だったというのに、周りはもう夜中のように真っ暗だ。
キョロキョロと辺りを見渡すが、隣の友人以外誰も見つけられない。
――いや、一人だけいた。
さっき自分がわざとぶつかった子ども。
確か名前は……アルナ。
「お、おい! 何をしやがった!」
「そうだそうだ! ここはどこなんだよ!」
「ここにはアルナとアナタたちしかいないよ」
アルナは、混乱する男たちに構わず話を続ける。
「アナタたちに危害を加えたら、レインとの約束を破ることになるからしない。でも、この場所なら話は別」
そう言うと。
アルナの手が、男の腹部を貫いた。
あまりにも強く、あまりにも鋭い。
その痛みに悲鳴を上げそうになったところで。
意識が途切れる。
「いってええぇぇーー――え?」
「あれ、俺たちやられたはずじゃ……」
「お前たち、何やってるんだ……?」
目の前にいるのは呆れたような表情をしているレイン。
――そして何事もなかったかのようにいるアルナ。
まさかさっきの出来事は幻覚だったというのか。
だが、それにしてはリアルすぎる。
数秒考えた末、男たちはアルナに詰め寄った。
「このガキ、俺たちに何をしやがったん――」
「ねえ! あの人まさか竜姫様じゃない!?」
「ほんとだ! 私も見たことある!」
「うそ!? どうしてこの国にいるの!?」
その時。
周りにいるエルフたちから、信じられない名前が飛び出してきたのだった。




