アルナの提案
「レイン。商人としての活動はいつから始めるの?」
「……唐突だな」
風呂上り。
髪がまだ濡れたままのアルナが、レインの元に駆け寄ってくる。
かなり顔を近付けているため、髪に残った水滴が飛び散って冷たい。
離れるように促しても、余計に近付いてくるだけだ。
無理やり押し返そうとしても、きっと無駄な抵抗だろう。
「できる限り早めに再開はしたいな。いつ頃になるかは分からないけど」
「アルナに手伝えることはある?」
「手伝ってくれるなら大歓迎なんだけど……そんなことさせていいのか?」
「うん。レインが商人をやってくれないと困る」
アルナはキッパリと言い切った。
迷いなんて感情は一切ない。
自分を必要としてくれているのは嬉しいが、ここまでくると少しだけ恐怖を感じてしまう。
いつか、無茶な取引でも企んでいるのだろうか。
意外と抜け目のない魔王だ。
「アルナの従えている部下を、取引へ向かわせるっていうのはできないのか?」
「できるにはできる……だけど、確実に失敗すると思う」
「し、失敗?」
「だって、アルナは魔王だから。魔王と取引してくれる種族なんていないよ」
アルナは、レインの提案を真っ向から否定する。
部下を他種族のところへ向かわせること自体は簡単なのだが、肝心の取引を成功させることが不可能なのだ。
取引というのは、強い信頼関係が絶対的な条件である。
それも、種族を跨ぐというのならなおさら。
そんな中で、魔王の部下と名乗る者が現れたとしても取引に応じてくれるわけがない。
「魔王って……もしかして避けられてるのか?」
「魔族以外の種族にはね。エルフとかドワーフとか。アルナのことを怖がって近寄らない」
「よりにもよってか。アルナの好きなキャンディはエルフから貰ってるのに」
「だからレインの力が必要。レインが同行してくれるなら取引もできるようになると思うから」
アルナは、レインという存在の価値を説く。
レインほど様々な種族と信頼関係を築いている人間はいない。
アルナだってそうだ。
ティアラとリリアには今日初めて会ったアルナだが、レインが近くにいたことによってすぐに仲良くなってしまった。
お互いに名前を知っていながらも干渉しなかった三人を、こんな簡単に巡り合わせるなんてレインにしかできない偉業である。
「とにかくレインには活動を再開してもらう。準備しといてね」
「あ、ああ……」
かなり強引に言いくるめられたが、逆らうと後で大変なことになりそうなためレインは大人しく頷いた。
それにアルナも満足したらしい。
濡れた髪をプルプルと払うと、あくびをしながらどこかへ行ってしまう。
「……忙しくなりそうだな」
レインはそう呟いて、椅子から立ち上がったのだった。




