魔王アルナ
「レイン……! 待ってた……!」
「ひ、久しぶり……アルナ」
魔王アルナはレインの姿を見るや否や、トテトテという音がしそうな足取りで近付いてくる。
まるで親の元に駆け寄る子どものようだ。
実際にそれくらいの身長差があるため、何も知らない人が見たら勘違いしてしまうだろう。
しかし、そう勘違いしてしまう理由は身長差だけではない。
やけにアルナがレインに懐いているのだ。
レインに近寄り服を掴むと、それを引っ張って無理やりしゃがませている。
自分と同じ目線にレインをしたいのだろうか。
何故か無言のやり取りであるため、アルナの真意はこちら側で読み取るしかなかった。
「レイン、どうして長い間来てくれなかったの?」
「その――忙しかったというか……何というか」
「言い訳?」
「言い訳じゃないけど……申し訳ない」
レインはまるで上司に謝る部下のような態度を取る。
アルナとレインの関係は知らないが、どちらかと言うとアルナの方が上であるらしい。
まあ、それも魔王と人間という種族の差があるから納得はできた。
「ティアラさん。あの子が魔王なのでしょうか……?」
「……そのようだな。意外というか、拍子抜けだ」
ティアラとリリアは、魔王アルナを見て何とも言えない気持ちになっていた。
レインの口ぶりから、かなり危険そうな魔王を予想していたが、実際は軽く小突けば勝てそうな少女が出てきたのだ。
獰猛な魔獣と聞かされていて、ペット用の猫が出てきた気分である。
レインはこのような小娘に気を付けろと言っていたのか――と、ティアラは呆れた気分だった。
「本当にごめんって思ってる?」
「う、うん。思ってるから」
「アルナ、レインが来ないから退屈だったんだよ?」
「ほ、ほら、アルナが好きなキャンディ持ってきたから」
「わーい! レインさすが!」
アルナは、レインから貰ったキャンディを三つまとめて口の中に放り込む。
そして、バリボリと砕いてあっという間に食べてしまった。
キャンディ本来の味わい方とは違う気がするが、それを指摘する者は誰もいない。
アルナも至福と言わんばかりに満足そうな表情をしているため、その時間を邪魔するのも悪い気がした。
と。
アルナとレインの独特な再会を目の前で見せられたところで。
短気なティアラが一歩前に出る。
「いつまでやっておるのだ。緊急事態なのだろ?」
「ティ、ティアラ! それ以上は――」
アルナの目線に合わせてしゃがんでいるレインの首根っこを掴み、猫のように持ち上げて強引に立ち上がらせる。
こんな茶番をいつまでも見てはいられない。
早く本題に入れという意味を込めての行動だ。
……だが、レインは青ざめた表情をしていた。
それはまるで重大なミスを犯したかのような。
そんな表情である。
その表情を見てティアラは思い出す。
確かレインは、アルナと話している時は静かにしていてほしいと言っていた。
――言われていたのにも拘わらず、ティアラはそれを破ってしまったのだ。
「――なっ!?」
気付いた時にはもう遅い。
レインの首を掴んでいたティアラの腕は吹き飛び、その部位に久しぶりの激痛が走る。
流れる血。
マグマのような痛み。
避けるどころか、何をされたのかすら分からなかった。
しかし、誰がこんなことをしたのかなら分かる。
「なかなかやるではないか」
アルナに向けて発したティアラの言葉は。
怒りでも動揺でもなく、敬いの言葉であった。




