眷属への命令
「ぐあっ!?」
「ぐふっ!」
「あらあら、その程度ですか?」
リリアは、子どもが虫で遊ぶかのように二人をいたぶる。
それによって、二人は体に走る痛みに声を漏らした。
その痛みのせいで、戦おうとすることもできず、逃げようとすることもできない。
ただ、痛みを受け止め続けるだけだ。
二人の心の中にあるのは、後悔でも家族のことでもない。
言うならば純粋な恐怖。
それのみである。
「リリア、もうそろそろ良いのではないか?」
「……んー、そうですね。これ以上は可哀想ですし」
ふとリリアの攻撃が止む。
ティアラの一言で、冷静さを取り戻したらしい。
自分としたことが、ついつい人間で遊びすぎてしまった。
レインの前であるのに恥ずかしい。
ふぅ――と、自分を落ち着かせるため息をする。
「お、俺たちを殺すのか!?」
「まだ殺しませんよ。先に死なれると、血の味が悪くなりますので」
「ひっ!?」
リリアはそう言うと、ガブリとジルの首に噛みついた。
そして、ゆっくりと味わうように血を吸い始める。
最初はジルも抵抗していたものの、段々と力を入れることができなくなり……。
遂にはピクリとも動かなくなってしまう。
約一分。
リリアが血を吸いつくした後のジルは、ミイラのようなカピカピの状態になっていた。
「凄いな。吸血鬼の食事って」
「レ、レインさん……あまり見ないでくださると嬉しいです。恥ずかしいので……」
「え? ご、ごめん!」
リリアは顔を赤くして下を向く。
これは本当に恥ずかしがっている時の表情だ。
レインは知らず知らずのうちに変なことをしてしまったらしい。
吸血鬼の世界の常識は知らないが、どうやら吸血中を見たりするのはマナー違反のようだ。
普通の食事の時と何が違うのかは分からないが、これは種族の差があるためレインも受け入れるしかなかった。
「終わったら声をかけますので――あむ」
「っうあ!」
慌てて後ろを向いたレインの耳に、リリアが血を吸う音とニフの呻き声が聞こえてくる。
その呻き声からは、苦しさや痛みが伝わってきた。
(そういえば、人外に殺されるとしたら吸血鬼が一番苦しいんだったっけ)
不意にレインはある話を思い出す。
それは、吸血される側の苦しさを説明したものだ。
人間界の外には様々な種族の生き物がいるが、その中でも一番苦しみながら死ぬことになるのは吸血鬼が相手の時らしい。
詳しい話はよく覚えていないが、その情報だけはハッキリと覚えていた。
ニフは現在その苦しみを味わっているようだが、確かに納得できる状況である。
「レインさん、終わりました。気遣いありがとうございます」
「そうか。人間が見つかって良かったな」
「はい!」
リリアは笑顔で返事をして、パチンと指を鳴らした。
「《命令・人間界に戻ってください》」
「へ? 今なんて――わっ!?」
リリアが何か呟いたと思ったら、殺されたはずのジルとニフが揺れながら立ち上がる。
それはまるで自分の意志がないかのような。
そんな状態だ。
「リリア……これって」
「さっき血を吸った時、ついでに眷属にしておきました。まあ、数日したら死ぬような弱い眷属ですが」
二人はリリアの命令通り、人間界がある方向へと歩いて行く。
これから人間界は大変なことになるんだろうなぁ……と。
レインはその背中を見守っていたのだった。




