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第99話 蠢く思惑と揺れる薔薇



「今日もまた、一段とご機嫌が麗しくないようですね、テスタロッサ嬢?」



 広い伯爵領城の庭園に(しつら)えられたテラス。そこにあるテーブルに用意されたティーセットを挟んで、向かい合って座る女性と青年。

 数人の使用人と護衛の騎士達が離れて見守るその二人の雰囲気は、お世辞にも良いとは言えないものであった。


 軽薄さが浮き出たような笑みを口元に隠しきれていない青年の名は、ケルヴィン・マイト・モンテイロといった。年齢は二十一歳で、モンテイロ子爵家の次男である。

 淡い栗色をした、男性にしては長い肩ほどで切り揃えた髪を指で弄びながら語るその口調からも、目の前に座る女性――少女と言ってもいいその人物に、あまり敬意を払っていない様子が見て取れる。


 少女の名は、テスタロッサ・ディエス・ブリリアンといった。

 この地ブリリアン伯爵領を治める、オズマイト・フォルセウス・フォン・ブリリアン伯爵の次女にして、唯一残った息女である。


 彼女は何度目かになる、彼女の婿候補でもある彼、モンテイロ子爵の息子であるケルヴィンとの見合いの席に臨んでいた。



「申し訳ありません。最近は、あまり調子が優れないもので……」


「それはいけないね。庭の美しい草花にとっても、病は大敵だとも言うじゃないか。身体は大切にせねばね」



 もちろんその美貌も、と。言外にそのような下世話なことを目で語りつつ、形だけは婚約者となるであろう少女を心配する紳士を演じるケルヴィン。

 そんな見え透いた下心を覗かせる彼との茶会は、たとえ父母の強い願いであったとしても……テスタロッサにとっては不快で、苦痛でしかなかった。


 譜代の家臣であるモンテイロ子爵家には、すでに嫡男が居る。次男であるケルヴィンは、後継者の嫡男に何かあった際には代わりに当主となる可能性が残されてはいたものの、嫡男は壮健で軍役も果たし、周囲からも高い評価を得ているため、次男である彼への期待度は思いの外低いものであった。

 そこに転がり込んできた、主家であるブリリアン伯の婿選びの話。同派閥という強みと、これまでの忠節を武器に一躍婚約者候補として名乗りを上げた父である子爵には、ケルヴィンは大いに感謝していた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()、家を継げない可能性が高い自分にとってはまさに渡りに船であり、入り婿とはいえ伯爵家の権力が手に入るという今回の縁談は、彼も人並みに持っていた野心を燃え上がらせるには充分に過ぎるものであった。



「お心遣い、ありがとう存じます。とはいえ、あまり無理にお見舞い下さらなくても大丈夫ですのに。病を伝染(うつ)してしまっては申し訳が立ちませんわ」


「何を言うんだ、テスタロッサ嬢。婚約者である君を僕が心配するのは、至極当然じゃないか。気鬱に良く効くという茶葉も持参したんだよ?」



 遠回しに『会いに来ないでほしい』と皮肉を込めて返答をしても、それに気付いているのかいないのか。(こた)えた様子もなく、気障(キザ)なセリフを前髪を掻き分ける気障な仕草と共に披露するケルヴィン。しかもさらりと、あたかも自身が婚約者に決まったかのような口ぶりである。



「まだ婚約者()()ですわ、ケルヴィン様。お間違えなきよう」


「おやおや。我が薔薇の君は気難しいことだ」



 誰が〝あなたの〟ですか、と。胸中で歯噛みしながら、皮肉の通じない来客に対して辟易するテスタロッサ。この見合いが父母の命令でなければ、今すぐにでも席を立って自室に駆け込みたいところである。

 今はただ、この茶会のお開きとなる時刻を待ちわびることしかできない。そしてそれまでに婚約を了承するような言質(げんち)を取られないよう、神経を集中して、会話に心を配らねばならないと、そう心の中で決心する。



(女の勘……とでも言うのでしょうか。どうしても、彼との婚姻は嫌なんですよね……。というよりも、そもそも婚姻自体に気が乗らないのですけど……)



 元々は男子に恵まれなかったブリリアン伯爵家の後継問題である。しかし長女はすでに他家に嫁いでおり、残った次女である自分が優秀な婿を取らねばならないということは、彼女も重々承知はしていた。

 父である伯爵は帝国貴族の中立派を謳っており、皇族派にも貴族派にも与するつもりがなく、またその姿勢を一貫して貫いている。ゆえに同じ中立派であり、信頼の置ける臣下でもあるモンテイロ子爵家との縁談を進めようとしているという事実も、テスタロッサはしっかりと理解はできていた。


 しかし。


 心の深い所に刺さった一本の棘を、彼女は抜けないでいた。


 彼女が保護し、取り立て、導き、共に過ごした一人の護衛騎士の面影が。

 彼との思い出が()()()となって、痛みとなって、彼女に〝次〟という一歩を歩ませられないでいた。



「貴族ならではの政略結婚とはいえ、時間はたっぷりとあるのです。ゆるりと僕達の絆と信頼を、育んでいこうじゃないか」


「良いとも悪いとも、私からはお返事はいたしかねますわ。ですが時間を掛けることには、私も賛成いたします」


「おやおや手厳しい」



 特に(こた)えた様子もなく、軽薄な笑みを浮かべるケルヴィン。

 そんな彼に根本的な嫌悪感を抱きつつも澄ました顔で。微笑を崩さずに浮かべるテスタロッサは、内心ではほとほと疲れ果て、泣き出したい気持ちであった――――





 ◇





「まだ娘からの承諾は得られんのか」


「父上、そう焦らずとも大丈夫ですよ。ブリリアン伯が抱える臣下の中では、我らモンテイロ子爵家が候補の筆頭なのでしょう? 他ならぬ父上がそう仰ったのではありませんか」


「それはその通りだが、私も報告を急かされておるのだ。時間を掛ければそれだけ〝事〟が露呈する危険が高まる。()()()()()()()()()()()()()()()()()ことは、誰にも知られる訳にはいかんのだ」


「もちろん承知していますよ。僕が〝【薔薇姫】を篭絡し、ブリリアン伯爵家の実権を握り貴族派に寝返らせる〟までは、ね。重々承知ですとも」


「ならば早く結果を出せ。次男であるお前にこの大役を任せた私の、その期待を裏切るでないぞ?」


「任せて下さい。所詮は社交界に出たばかりの、初心(ウブ)な小娘です。キッチリと口説き落とし、僕に夢中にさせてみせますよ」



 その夜、ブリリアン伯爵家門随一の家臣である、モンテイロ子爵家の屋敷では。

 野心と欲に心を奪われた父と子が、薄暗い部屋で酒杯を重ね、語らっていたのであった。





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