第97話 お調子者の案内人とげんなりするヘレナ
「へぇー! それじゃあヘレナちゃんはその【赤光】のミリアーナって人に憧れて、冒険者になったんだな! やっぱ強い冒険者って憧れるもんなぁ! モンスターとのバトルも楽しいし、魔法は使えるし、マジでコッチに来れて良かったぜ!」
「そうですか……。それで、これから行く予定の商店には、丁稚や奉公人などは居るんでしょうか? 居ないのであれば馬車の警護に、人を残さなければいけませんからね。それからこの街で危険な場所の説明もお願いします。もちろん理由も教えてくださいね」
「うっわヘレナちゃんマジメだねぇっ。えーと、たしか武具店なんかは丁稚さんが居たからチップ渡せば馬の世話までやってくれるぜ。大きめの商店なんかになると、馬車置きも馬房もあるし専属の馬丁が世話してくれるよ。危険な場所って……例えば貧民街とか〝スリ師通り〟なんかか?」
「そんな通りがあるんですか……!? 思っていたより治安が良くないんでしょうか……」
「いやいや、スリ師通りって言ってもスラム近辺の娼館街と酒場通りくらいなもんだよ。明らかに護衛が付いてたり、それこそメインの大通りなんかじゃ滅多に無いから」
護衛計画の調整のために、冒険者パーティー【紅の牙】のリーダーであるソーマさんと話し合う。丁稚への駄賃の相場だとか、主要な街道やスラムに続く路地の配置など、それこそいつも受注している本物の護衛依頼の時のようにキッチリと、情報をすり合わせ細かい部分を確認する。
これだけ栄えているというのに……。ハル・ムッツァートや、それこそ会長の生家のあるアズファランの街の治安の良さを思うと、にわかには信じがたい話だ。
他にも聞いてみれば、冒険者同士のいざこざも割とあったり……ムッツァート伯爵領から滅多に出たことのない私にとっては、ずいぶんと粗暴な街なのだなという印象を受けた。
「なるほど……。あまり油断はしない方が良さそうですね」
「〝住めば都〟だと思うんだけどなぁ。俺にとっちゃもう日常だから、そんなに治安が悪いとまでは感じないんだけど」
「貴方にとっては良くても、私達には護衛すべきお嬢様が居るんですから! 気を抜かれては困りますよっ」
いまいち緊張感に欠ける【紅の牙】のソーマさんに、この任務の重要性を知る私はついついそうして、苦言を呈してしまう。
そうでなくても、ただでさえ慣れない護衛頭なんて役を負っているんだから……!
もっと真剣になってほしい、と。そう思いながら、私はソーマさんと護衛計画と観光予定を確認し合ったのだった。
「ところでヘレナちゃんって彼氏とか居るの? 一緒に来た獣人の女の人には居る?」
「あの、真面目にやってくれませんか!?」
話の合間合間にそんなことを何度も尋ねてくるソーマさんに、正直不安ばかりが募ってくる。相方のウルピさんはセレンさんと色んなお店の情報交換してて手綱を握ってくれないし……!
っていうか二人こそそういう関係なんじゃないの!? 私は今までお付き合いしたことなんて無いから、そういう話分かんないし……っていうか護衛の話してよぉ!!
◇
ウィンリーネの街は広い。私達が宿泊している高級宿は貴族街の程近くにあり、そこからさらに中央にはここの領主様――ブリリアン伯爵が住まう領城がある。それを中心に円状に街は広がっていて、宿屋街、飲食街、商店街など、それぞれに区分けをされている。
平民達は街の外壁側に多く居を構えており、東西南北それぞれに名主のような人が配置されて、民衆をまとめているらしい。
「次はどこに向かいますか、カトレアお嬢様?」
「そうですわねぇ……。冒険者関連のお店はあらかた回りましたわよね?」
私達の主人として振る舞うカトレアさんに、次の目的地を確認する。あちらこちらのお店を巡り、時には買い物をし時には冷やかしては、まさに観光旅行といった様子で街を歩く。
勝手の分からない街だからか、一か所で買い物するにもずいぶんと時間が掛かる。カトレアさんはさすがといった感じで、見知らぬ土地の観光を楽しむお嬢様という役割を、見事に演じている。
「そうですねぇ、一通りは見て回れたと思います。あとは無名のお店だったり、店主が偏屈だったりで一見さんお断りなお店ばっかりですので」
ソーマさんの相方のウルピさんが、カトレアさんからの質問に砕けた様子で返事を返す。
いや、分かるんだけどね……? 確かに、明らかにいいとこのお嬢様って感じのカトレアさんの相手を、あの人には任せられないよね。
だけどその相手を押し付けられてるこっちの身にもなってほしいなぁーって思うのは、私が間違ってるのかなぁ!? ハダリーさんなんかあからさまにソーマさんのこと避けてるし!! ちょっとは助けてよぉ!?
「今から他のお店を見て回るのも、中途半端な時間になってしまいますわね。今日のところはこのあたりでやめておきましょうか。切り上げて宿に戻っても、貴女達は問題なくって?」
「大丈夫ですよ。この依頼が終わるまでは、緊急依頼以外は受けないようになってますから。ゆっくりこの街を楽しんでくださいね」
「それでしたら、お言葉に甘えますわね。今日だけでも素晴らしい案内でしたわ。もう数日間の間、よろしくお願いしますわね、ウルピさん」
「こちらこそ。なんだか逆に、ソーマのお守を部下の人達に押し付けるような形になってしまって、申し訳ないですけど……」
店の入り口に待機した馬車に乗る手前で。
カトレアさんとウルピさんがほがらかに言葉を交わし合い、明日の約束も取り付けている。
っていうかウルピさん!? そう思ってるならもう少し彼になんとか言ってくださいよぉ!!
ソーマさんってば最初は遠慮してたみたいだけど、段々慣れてきたのか、あからさまに胸ばっかりチラチラ気にして見てくるんですけどぉッ!!!
「それじゃあヘレナちゃん! また明日昼過ぎくらいに迎えに行くからな!」
「『ちゃん』じゃなくって『さん』で呼びなさいよ!! ごめんなさいヘレナさん……! あとでちゃんと言い聞かせておきますから、気を悪くしないでください……!」
「あはは……! そ、それではまた明日も、よろしくお願いしますね……!」
宿泊先の宿屋まで辿り着き、そう言って別れた私達の一行と彼ら。
ウルピさんは申し訳なさそうに、ソーマさんは何も気にしていない様子で手を振って。そして二人で和気藹々と言い合いをしながら、街の雑踏へと遠ざかっていく。
…………これがあと、何日続くんだろう。
正直なところ、私はもうすでに、会長の元に帰りたくなってしまっていた。
「ハダリーさん……」
「あん? なんだいヘレナ?」
二人を見送った私は、自分でも分かるくらいに疲れた声で、同じく護衛役のハダリーさんに呼び掛けた。
「明日は彼の相手、お願いできませんか……?」
その日の夕飯の時間で私は、仲間達に大いに慰められたのだった。
だけど誰も……ソーマさんの相手を引き受けてくれなかったよぉ……っ!!