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第95話 お嬢様の指令:カトレアとセレン



「セレン、この後の予定は?」


「はい、カトレアお嬢様。この後はヘレン様がお戻り次第冒険者ギルドへと移動し、ギルド幹部との依頼のすり合わせがございます。その後日程が決まりましたら宿へと移動し、夕食までゆったりとお過ごしいただく予定です。夕食時に伯爵閣下の間諜の方と情報交換がございますので、それからは自由となっております」


「分かりましたわ。マリア会長への報告はその後でまとめることにいたしましょう。情報交換が済みましたらアンドレ達の調査報告も伺いたいわ。そのように手配してちょうだい」


「かしこまりました」



 セレンという、侍従部で〝A〟評価を受けた侍従奴隷に指示を下す。

 彼女は元は貴族家に仕えていた使用人の家の者なので、他の奴隷達よりも教育水準が元々高かったそうです。バネッサの教育をそつなくこなし、今ではどの家に出仕したとしても恥ずかしくないほどの、所作も礼節も洗練された侍従へと成長している。



「おおよそ五日ほど遅れて、キョウヤ様とジン様がこちらに合流する予定だと、バネッサ部長からは伺っております。それまでに必要な証拠が集まるでしょうか……?」


「そういえばセレンは、外部での遠征といった活動は初めてでしたわね? やはり心配ですの?」


「お嬢様……マリア会長様の行楽に御一緒させていただいたのが最後でございますね。心配というよりは、本当にそのようなことが可能なのかと半信半疑といった感情でございますね。私どもワーグナー商会の情報部が如何(いか)に優秀とは言っても、他領の貴族家へ侵入し、なおかつ不正や取引の詳細を手に入れるなど……」


「分かりますわよ。まあ、普通は無理だと思いますわよね」



 馬車の対面の座席に慎ましやかに座り、不安気な表情で自身の膝を見下ろしているセレン。膝の上に行儀よく重ねられた両手の指先は、爪も肌も綺麗に整えられてはいたが……しかしその化粧の下に隠された、荒れた手指を見逃すわたくしではありませんわ。

 その〝働き者の手〟を見るだけでも、彼女が如何に真面目に研鑽を積んできたか、如何に日々の業務に真摯に取り組んでいるかが見て取れます。部署は違えど彼女らを管理するわたくしとしても、誇らしさと嬉しさが胸にこみ上げてきますわね。


 マリア会長の行楽というと、先の魔物の暴走(スタンピート)防衛戦のきっかけとなった、オークの群れと遭遇したという事件のことでしょう。


 その当時は、わたくしはまだこの商会とはご縁が無かったのですよね。

 それらのお話もセレンから聞き出しつつ、わたくしは伯爵家にお仕えしていた者として、この商会のメンバー達がどれほど優秀なのかを、彼女に丁寧に説明して差し上げたのです。





「ようこそおいでくださりました。私は当ギルドの副ギルド長を務めている、バーボンドと申します。当ギルドの冒険者に依頼をいただけたこと、お礼申し上げます」


「お忍びの身ですので、家名を明かすのはご容赦くださいませ。カトレアと申しますわ。こちらこそ、この度は急な依頼に快く応じてくださり、感謝いたしますわ」


「滅相もないことです。それでは早速ですが、ご依頼内容の確認からさせていただいても?」


「ええ、よろしくてよ」



 わたくしの表向きの行動――お忍び令嬢の観光旅行という体面を装うため、現地ギルドからそれなりに著明な冒険者を直接指名し、案内役兼護衛として雇う。その行動だけでも、情報に(さと)い者であればすぐに気付いて、わたくしの動向を注視するでしょう。いや、せざるを得ないでしょうね。


 それもそのはず。今やこのブリリアン伯爵領は陰謀の渦中の地と成り果て、さらにそれはこれからより苛烈に、陰惨なものへと変わっていくと予測できます。

 皇室内務局の【毒蛇】カルロース子爵を筆頭に、我らワーグナー商会やムッツァート伯爵家、そして中立派・貴族派関わらず多くの間諜が、この地にすでに入り込んでいるはずです。


 暗闘、調略、謀略……ありとあらゆる手段を尽くして、この地の支配者たるブリリアン伯爵家を取り込まんとする勢力が、今もどこかで(うごめ)いているのでしょうね――――



「実績と実力から考慮しますと……個人ではなくパーティーになるんですが、【(あか)の牙】がご要望に沿えるかと思われます」


「パーティーの構成は? 何名のパーティーなんですの?」


「二名のパーティーで、男女の二人組です。リーダーは人間の男性のソーマ。女性の方は……そのですね…………」


「別に亜人種族でも構いませんわよ? わたくしには種族差別を是とする思想はありませんもの」


「それはありがたい。彼女は兎人族の女性で、名をウルピといいます。二人とも冒険者ランクはB級上位ですが、ソーマは近々、A級への昇格が確実と言われているほどの実力者です」


「悪くないですわね。そのお二人は今はお手隙ですの?」



 ギルドが案内役として推薦してくる冒険者の詳細を受け取る。【紅の牙】は十九歳の男性と十六歳の女性の二人組で、元々ソロ冒険者であった兎人族のウルピが彼をギルドへと連れて来て、登録させてから一緒に活動しているとありますね。

 それが一年前のこと……。ということは、このソーマという青年はたった一年でAランク目前まで昇り詰めたということですか。恐らくはミリアーナやキョウヤのような、何かしらの突出した才をお持ちなんでしょうね。



「確か彼らは今のところは、探索明けの休養期間であったかと。もしカトレア様がよろしければ……」


「ええ、この方達にお願いしますわ。依頼作成をお願いしてもよろしくて?」


「それはありがたい。二人組という少人数パーティーですと、護衛といったような依頼はなかなか受けるのも難しいものでしてね」


「それならばちょうど良かったですわね。ただし、わたくし達への詮索の禁止と守秘義務の徹底、わたくしの部下達としっかり協力することが最低限の条件ですわ。その旨、確かにお伝えしてくださいましね?」


「確かに承りました。この後のご連絡はどのようにお伝えしましょうか?」


「明日の良い時間に、こちらから使いを寄越しますわ。その使いに伝えてもらえるよう手配を」


「かしこまりました。それでは依頼料のご相談なのですが――――」



 わたくしを主とし、それに従うフリをしているセレンやヘレナ達が見守る中で。

 わたくしは副ギルド長と、依頼の詳細を詰めていったのでした。





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