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第94話 暗闘貴族のお嬢様



「カトレア()()()、目的地に到着したようでございます」


「分かりましたわ、セレン。さすがはブリリアン伯のお膝元ですわね。我らが伯爵領も負ける気はありませんけど、非常に活気があって良い街ですわ」


「左様でございますね」



 ワーグナー商会の紋章(シンボル)を刻んだ扉を無地の物に付け替えた馬車に揺られ、ムッツァート伯爵領から遥々辿り着いたここ、〝ウィンリーネ〟の街並を眺める。

 ここウィンリーネは、ブリリアン伯爵領の領都だ。市街の規模はブリリアン領内第二位で、帝国の中央寄りに位置するムッツァート伯爵領からはちょうど真西の端に位置している。マリア会長と訪れた貿易都市サンクローラの、北側にある領土だ。


 わたくしはセレンに指示を出して、馬車の周囲に護衛として陣取っているヘレナを呼んでもらう。ハダリーやルーチェも護衛としては申し分ない能力を有しているのだが、ルーチェは魔導士であるし、ハダリーに至っては軽戦士でしかも獣人族だ。

 差別的ではあるが、見た目から判断すると重戦士であるヘレナの鎧や盾などの重装備が、最も威厳があるように見えるのだから仕方がない。マリア会長も、第一印象はほぼ全て見た目で決まると(おっしゃ)っていましたものね。〝貴族令嬢のお忍び漫遊旅〟を装っているのだから、侮られて足止めを喰らったり、無用な衝突を招くわけにはいかないのだ。



()()()、お呼びですか?」


「ヘレナ、この街の冒険者ギルドへ遣いに走ってくださる? さる令嬢がお忍びで観光に来たけれど、信頼できる冒険者を案内に雇いたい、とね。わたくしは表で堂々と観光を楽しんで、この街の目と耳を集めますわ。その間に、アンドレとアニータには情報収集をお願いします」


「分かりました。二人にはついでに、宿も取っておいてもらいますね」


「ええ、そのようにお願いしますわ。そうすれば自然に一行から離れられますものね」



 形だけ護衛頭のような扱いになっているヘレナにお願いして、着実に〝行楽に来たお嬢様の行動〟を、この街の情報に(さと)い者達の目に刷り込んでいく。

 情報部の二人ほどの突出した能力はありませんけれど、わたくしとて暗闘を生業(なりわい)とする家の娘ですもの。情報収集のために暗躍するアンドレ、アニータ両名の隠れ蓑になるくらいは、お手の物ですわ。


 御者席にはルーチェ、そして車内にはセレンが。馬車の周囲に騎馬でその他のヘレナ、ハダリー、アンドレ、アニータを護衛として配置して、わたくし達はこの街に潜入を果たしました。

 わたくしは彼女達の主人として振る舞い、この街で……ひいては領主家であるブリリアン伯爵家で現在進められている陰謀に関する情報を集める。そしてそれをムッツァート伯爵閣下の間諜と共有し、適切に()()する。


 それが、わたくし達に課せられた使命ですわ。


 具体的には、現在まさに推し進められている伯爵家令嬢……【薔薇姫】テスタロッサ嬢の婚姻に乗じた、中立派への貴族派からの浸食の阻止。

 婚姻相手であるモンテイロ子爵家は、ブリリアン伯爵の譜代の家臣とのことですが、近ごろ貴族派の何者かと接触を持っているとのこと。それを()()()()白日の下へと晒し出し、今回の婚姻のお話を無かったことにするために、我らがマリア会長に選ばれたわたくし達が暗躍するのですわ。



「ふふふ……。暗闘屋の腕の見せ所ですわね」


「嬉しそうでございますね、カトレアお嬢様」


「セレン……ええ、それはもう。総務部部長――財務管理官としての業務もやりがいはありますけど、やはり本来の職分で腕を(ふる)うことができるのですから、これほど嬉しいことはありませんわ。存分にマリア会長に活躍をお見せして、たくさん褒めていただかなくてはね……?」



 侍女として十全の教育を施された侍従部の奴隷、セレンと朗らかに語り合い、馬車の揺れに身を委ねる。

 そうしている間にも、脳裏ではマリア会長からもたらされた情報を咀嚼し、これからの行動を描いては試行を繰り返す。



『中立派の重鎮であるブリリアン伯が傾けば、帝国が推し進めている恒和政策への重大な障害になるだろうね。そして版図の拡大政策へと舵を切られ、大掛かりな(いくさ)が起きかねない。その場合あたし達の平和が脅かされるのはもちろんのこと、その引き金となった【薔薇姫(テスタロッサ)】様も、そして巻き込まれたキョウヤも酷く傷付き、気に病んでしまうでしょう。だからお願いだよ。みんなの力を貸してほしい。そしてどうにかして、この婚姻ごと貴族派の陰謀をブチ壊してやって!』



 ふふ。本当にお優しいお方だこと。


 伝書鳥で届けられたマリア会長の檄文を思い出して、思わず笑みがこぼれてしまいます。

 あの健気でお優しい、しかしその胸の内には滾る灼熱の炎を秘めた、たった十四歳の少女。その才覚でもって親の遺した奴隷商会を幼いにも関わらず継承し、規格外の規模へと発展させ……ついには大貴族である伯爵閣下の信用までをも勝ち得た、()()()()()マリア会長。


 お優しい、マリア会長。

 気高く雄々しい、マリア・クオリア女士爵様。


 万事このカトレアにお任せあれ、ですわ。


 キョウヤさんの冤罪も、モンテイロ子爵家の内情も、貴族派の者どもの陰謀も。

 諸共にことごとく、わたくしが打ち砕いてみせましょう――――





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