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第93話 マリアとサイファーと打ち合わせの時間



「〝ワーグナー商会・サイファー技研〟か……。箔付けと功績の誇示のためとは理解したが、自分の名が機関の銘となるのはなんだか……面映(おもは)ゆいものがあるな」


「そういう慣習だと思って、慣れるしかないでしょうね。創設者の名がそのまま使われるのは、ある意味伝統でもありますから」



 ワーグナー商会ハル・ムッツァート支店の応接間で、上座に座る伯爵家の跡取り息子であるサイファー様とお茶を飲みながら言葉を交わす。

 その会話の内容の通り、現在あたしは彼と創設することになる共同研究機関、その準備のための打ち合わせの最中だ。


 以前伯爵家の視察御一行が施設見学に来た時には、まだサイファー様は軍役から帰っていなかったため、彼にとっては今日が初めてのご来設となる。必然、打ち合わせという目的もあるものの、新たに開業した既存の奴隷商会とは一線を画する我が商会……ならぬ〝商社〟の内部をご案内して、こうして休憩も兼ねてのティータイムと相成ったのである。



「良い茶葉と腕前だ。俺の専属使用人としていつも用意してもらいたいな」


「わたくしの側近である、バネッサの腕前はなかなかのものでしょう? 彼女が直接指導した侍従奴隷を紹介しましょうか?」


「それよりも、当家の使用人に指導してもらいたいな。さすがに俺の立場で奴隷の使用人を雇っては、他の家臣達に示しがつかんしな」


「ああなるほど、家臣である貴族家からの行儀見習いのお方達ですか。確かに彼等より奴隷を重宝しては、要らぬ波風が立ちかねませんね」


「そういうことだ。上位貴族というのも面倒が多いものでな……。商会の売り上げに貢献できず、済まないな」


「どうかお気になさらず」



 和やかなムードでバネッサが()れてくれた紅茶と茶菓子を楽しみつつ、今やただの商会ではなく商社規模となったあたし達とサイファー様の共同事業についての所見を交わし合う。


 彼のイメージとしては、方針を固めたらある程度はあたし達に裁量を委ね、自身は総責任者としての立場で時折視察を行うつもりだそうだ。月に一回程度の報告を聞き、研究の成果や進捗を把握しては指示を行う、というつもりらしい。



「おおむねの舵取りはマリア、お前に任せる。俺の指示よりも直属の雇用主でもあり、なおかつ慕われているお前の方が現場指揮には向いているだろうからな。俺はあくまで責任を取る立場に留まり、研究内容や方針についてもお前と相談した上で提案を行っていくつもりだ」


「お心配りに感謝します。定例会議の場では各部門の主任達から直接の報告をさせたいと考えているのですが、それでも構いませんか?」


「もちろんだ。この研究機関においては〝領主家と領民〟ではなく、研究仲間として扱ってほしい。萎縮されては技術も知識も存分に発揮できないだろうからな。ゆくゆくは現場で共に意見を交わし合えれば、とも考えているからな」



 ほんとムッツァート伯爵家の人達ってば、親子そろって貴族っぽくないというか、飾らないというか……。

 まあ、権威を振るうところやそれが威力を発揮するところをちゃんとわきまえて、それ以外の不要なところでは肩の力を抜いてるんだろうね。


 正直言えば、オン・オフがはっきりしてる人は割と嫌いじゃないかな。仕事外での上司と部下なんて付き合いは、まあ多少は必要だとも思うけど、そればっかりじゃ息が詰まっちゃうもんね。

 少なくともあたしは部下に対してモラハラや酒ハラをする気は無いし、あたし自身もあんまりされたくないしね。…………前世の社畜時代には当たり前だったけれども。


 ちなみに言葉遣いも、初対面の時と変わらず無駄に畏まらなくて良いとのお言葉を頂戴しているので、最低限の敬語を交えた丁寧語で会話させてもらっている。親である伯爵も、非公式の場では口調は崩して良いって言うし、これも血筋なのかねぇ……。



「――――こんなところか。機関の発足は帝都の中央政府から錬金術ギルドに抗議が為されてから。かつ研究棟の建設が成ってからで良いな。発足式はどうする?」


「まあ、最低限で良いのではないでしょうか? 伯爵領城の上層部の方々を招き、近隣諸侯に発布する程度で」


「いや、中央にも招待状を送るべきだろう。これから国の根幹を担っていく、革新的な研究を行うその機関の発足だぞ? 権威付けにしても喧伝にしても、中央上層部には周知してもらい、なおかつ証人となってもらった方が良い」


「…………」



 え、嫌なんですけど……っ!?

 そんな中央のお偉いさんなんて招きたくないぃぃッ!! そんな人達の前で次期伯爵との共同研究を一緒にやってきまーすなんて、そんな宣言したくねぇぇぇぇぇッッ!!!



「分かりやすく嫌そうな顔をするな。お前や【錬金王】の……コレットといったか、彼女に矢面に立てとは言わんぞ」


「本当ですか……?」


「さすがに皇帝陛下が直々に来られるわけでもないだろうしな。基本的に招くのは父上の派閥の者達だろうし、皇族を招待するにしても皇太子殿下以下の皇子か皇女だろう。お前達にはそこまで注目は集まらないだろうし、俺と父上でどうとでもするさ」



 サイファー様、そういうのをフラグって言うんですが。

 どっちにしろお偉いさんの耳目が商会(ここ)に集中することに変わりないじゃん。今回は他の作戦のために派手に動いたけど、あたしゃできれば伯爵の陰でコソコソと生きていきたいんですが。



「まあ、お前達に求めるのは研究とその成果だ。俺も俺なりに努力も協力もするつもりだが、よしなに頼むぞ?」


「はい、サイファー様。わたくしどもワーグナー商会こそ、よろしくお願いいたします」



 あたし、マリア・クオリア。


 伯爵の後継者であるサイファー様との打ち合わせは、順調に進んでいます。

 研究部の成果への正当な評価を求めるために講じた策だったんだけど、ずいぶんと大袈裟な事になったもんだよねぇ。


 それはさておき、こうしてあたしや伯爵に注目が集まるように立ち回っているわけなんだけど……ブリリアン伯爵領に潜入したみんなは、元気にやってるかなぁ?


 心配じゃないのかって?

 そこはみんなを信頼してるからね。というかあれだけのメンツを揃えて送り出したんだから、怪我とか失敗とかの心配なんて、しなくても大丈夫だと思うんだよね。


 今頃は後発組のキョウヤとジンも到着してる頃かな?

 みんな、とにかく無事に帰ってきてね……!





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