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第90話 マリアと体裁と〝商社〟ワーグナー商会



「なるほど、さすがは伯爵閣下とその右腕。そしてご子息様でございますね。見事にマリア会長の思惑の斜め上を行かれましたか」


「『さすが』じゃないよぉバネッサぁ……! どーすんのさどーしろってのさぁ……! ただでさえ新しい事業に加えてブリリアン伯爵領の問題まで抱えてるのに、それに加えて研究機関なんてさぁ……!」



 あたし、マリア・クオリア十四歳。

 あたしが住むムッツァート伯爵領の領都、ハル・ムッツァートに構える我が商会の新事業所のあたしの部屋で、領主様である伯爵やそのご子息であるサイファー様、そして側近のザムド子爵とのOHANASHIを終えて帰還して早々……あたしはあたしの先生でもあるバネッサさんに泣きついております。


 っていうかさぁ……伯爵達はたった十四歳の小娘に、どんだけ期待してるんだってのよ。


 いやね? そりゃね?

 超優秀な仲間達はたくさん居るよ? それだけじゃなく超優秀な奴隷もたくさん居るし、やろうと思えばそりゃできないこともないと思うよ?


 だけど一つ言わせてほしいんだ。

 あたしただの奴隷商人なんですけど!? ウチの商会は奴隷商会のはずなんですけど!!??



「結構なことではございませんか。我々はこれまで通り諸々の研究を続け、その成果を次期伯爵閣下……サイファー様へと報告すれば良いというだけでございます。むしろ我が商会や奴隷達にとっても有益な研究発表の機会と場ができ、さらには領からの支援も受けられるのでございましょう? 我が商会の総取り……一人勝ちのようなものではございませんか」


「その結果、サイファー様の監修・監督下に置かれるとしても……?」


「次期伯爵位継承が確実な御仁でございますよ? 懇意にしておいて得こそあれ、商人としては何ら損は無いでしょう? そもそもこれまでもカトレアの監督下で活動してきたのですから、今さらではございませんか」


「うぬぬぬぬ……ッ!」



 困った……! なに一つ反論が浮かばない……!!


 改めて言われてみればその通りで。

 より厳密に言えば、監修が入るのは(くだん)の研究機関のみで、商会の本店も新しい支店もその管理下に置かれる訳ではない。つまり彼らは本当に、あたしの商会との共同研究を推し進めることを望んでいる、ということなのだ。



「はぁ……。そだね、バネッサの言う通りだよ……。ここ最近が少しばかり目まぐるし過ぎて、あたしも余裕が無くなってたのかも」


「マリア会長、目まぐるしいのは会長が就任なされてからずっとでございますよ?」


「あはは……。もう、ちょっとやそっとじゃ動じないくらい、感覚が麻痺しちゃってるのかもね……」



 自分でも遠い目をしているのが分かるほど、表情筋が死んでいるのを文字通り肌で感じる……。

 とはいえ、決まってしまったことにいつまでも愚痴をこぼしていても始まらないね。切り替えないと!



「さて。というわけで過ぎた事や決まった事への弱音(よわね)は吐くのは止めにして、前向きにこれからのことを考えよう」


「主に弱音をこぼしていたのはマリア会長でございますけどね」


「うぐっ……!」



 分かってるよぉ! 自分ちなんだがら弱音や愚痴くらいこぼしたっていいじゃんかぁ!!



「今この場には幹部と当事者しかおりませんので結構ですが、(おおやけ)の場や部下の前ではお控え下さいませ。そこさえお気を付けいただければ」


「ご、ごめんなさい……! っていうか心読まないでくれる……?」



 いつか授業を受けていた時のように苦笑を浮かべる、バネッサ先生に促されて。あたしは執務室に集めた幹部や当事者であるコレットへと向き直ったのであった。





 ◇





「前々から思ってたんだけどさ。あたし達ってどう考えても……〝奴隷商〟とは言えないよね……?」



 商会に残る幹部級のみんな――ミリアーナ、バネッサ、ムスタファや、今回の研究機関起ち上げの鍵となるコレットを前にして、以前から常々思っていたことをブッ込むあたし。

 今さらにすぎるその言葉への反応は……それぞれ()()()ものであった。


 ミリアーナは苦笑いを浮かべて困惑顔。バネッサはさも当然、『ようやくですか』とでも言いたげなすまし顔で、ムスタファはいつも通りオロオロとみんなを窺って。

 当事者であるコレットに至っては、この機に幹部に引き立てるつもりで呼んだので、まだ事態を把握できていない様子だ。まあ今朝の伯爵達との会談には同席しなかったからね、それも無理もないか。



「そもそもが普通の奴隷商と根本から違いますしね。細かく部門ごとに分かれているので、それぞれの奴隷が得意とすることもハッキリと分かれていますし」



 いつもながら凛々しい美貌を頷かせて、ミリアーナがウチの特色を挙げる。


 今ある部門は全部で八つ。戦闘部、情報部、侍従部、調理部、研究部、生産部、総務部、そして社会復帰訓練(リハビリテーション)部だ。

 今回の伯爵らとの話し合いによって、この内研究部と生産部は併合して独立した研究機関になるだろう。



「その結果奴隷達それぞれの能力は、それに特化する形で格段に向上しております。マリア会長が仰ったように、〝プロフェッショナル化〟は成功したと言えるでしょう。ですがその分奴隷達の価値が需要に対して上がりすぎ、購入者がなかなか現れないという結果にもなってしまいましたね」


「そ、そこで会長サマが打ち出したのが……〝人材派遣〟業務でしたね」



 そうなんだよね。特にあたしの本拠地でもあるアズファランの街は、人口はそこそこなんだけどそこまで奴隷の需要がない。今はともかくあたしがもっと小さい頃は、奴隷商や奴隷は侮蔑の対象だったこともあるし。


 そんな状況を打破するために打ち立てたのが、能力の高い奴隷を依頼を受けて派遣するという人材派遣業務だ。特に冒険者達は、アズファランの街を魔物の暴走(スタンピード)が襲った際にワーグナー商会の奴隷達の戦闘能力を直に見ているから、積極的に助っ人として依頼してくれている。

 そうして需要が増えてきたこともあり、そして評判が評判を呼ぶ好循環によって、人材派遣業務も軌道に乗り始めたんだよね。



「それから……ゴルフォン商会の取り潰しがきっかけになってぇ、この領都での新しい事業が始まったんでしたよねぇ……。りは……びりて……?」


「〝リハビリテーション〟ね。心身に傷や病を負った人達を受け入れて、社会復帰を目指す事業だね。伯爵から話を聞いた時はホントにびっくりしたよ。いくら使い物にならない奴隷だからって、〝処分〟なんて酷すぎるもんね……」



 コレットに補足説明を聞かせつつ、頭の中を時系列順に整理していく。


 このハル・ムッツァートでの新事業として、商会の総力を挙げて準備、整備を進めて開業したハル・ムッツァート支店。今やあたしの抱える奴隷や従業員の数は、傷病奴隷を含めるのであれば帝国内でも有数の規模にまで膨れ上がっている。まあ、このリハビリ部門のための追加人員をたくさん雇ったせいでもあるんだけどね。



「そして今回打診があった、研究機関としての独立と規模拡大かぁ……。もうただの奴隷商だなんて言えなくなってきちゃったなぁ……」


「規模的にも、もはや大商会に比肩するかと思われますね」


「だよねぇ。いっそ、名前を変えてみようかな……?」



 奴隷商でありながら、既存の奴隷商とは一線どころか二線も三線も画してきてしまっている我がワーグナー商会。

 あたしの職業適性もあることだし……ここらで心機一転、次のステップに進むとしましょうか!



「決めた! あたし達はこれから、〝商社〟を名乗っていこう! あくまで奴隷商がベースではあるけど、やってることややれることは全く別物だってことを、まずは名前からでも知らしめていこうか!」



 あたしマリア。マリア・クオリア。

 最初は街にあるちっぽけな奴隷商会だったけれど、みんなの助けもあって商会はもう、その枠に収まらないくらいに成長してきました。


 いつもあたしを助けてくれる、頼りになる仲間達。そして文句も言わずに働いてくれている奴隷達のためにも、彼等の誇りとなれるように、あたしはもっと成長しなくちゃいけない――――そう思った。


 だからこれからは、胸を張ってこう宣言していくよ。


 あたし達は、商会じゃなくて商社。

 〝商社〟ワーグナー商会だ――――ってね。





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