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第89話 マリアと伯爵親子とタヌキな子爵



 あたし、マリア・クオリア十四歳!

 あたしは今、お仕事の関係で泊めてもらったムッツァート伯爵のお城の応接間で、伯爵とその側近であるザムド子爵、そして伯爵の跡取り息子であるサイファー様のお三方と謁見しております。


 …………うん、なにこの状況!?


 昨日は昨日で錬金術ギルドの幹部であるベニート準男爵と、火花バチバチの舌戦を繰り広げたと思ったら……その後は伯爵の息子のサイファー様との初のご対面で。しかもあたしが商会を継いでからの、様々な出来事を話して聞かせてほしいとか言われたし。んで語らされたし。



「さて、マリアよ。息子(サイファー)とは昨日すでに会っているそうだな。ならば特に紹介する必要もあるまい。楽にせよ」


「はい」



 胃に穴が開きそうだよぉ……!

 この領地の権力者が揃いも揃って、こんな小娘一人に対して大人気(おとなげ)無いんじゃない!? こらザムド子爵! あんた絶対今のこの状況楽しんでるでしょ!? 笑いをこらえてるのまる分かりだからね!?


 あたしは過去一番の居心地の悪さを作り笑顔で誤魔化しながら、ゆっくりと三人の対面へと腰を下ろす。



「さて、お互い忙しい身の上ゆえ、早速本題に入らせてもらう。サイファーよ」


「はい、閣下」


「これよりの我が領地での取り組みを、マリアに説明せよ」


「かしこまりました」



 謁見式ではないとはいえ、今回のこれは公式のものとして扱うらしい。

 部屋の隅では秘書官が、記録を残すためにペンを走らせている。



「マリア・クオリア女士爵よ。昨日士爵は、閣下へと新たな取り組みの構想を語ったと聞く。それは如何(いか)なる内容であったか?」


「直答を許可する。答えたまえ」



 サイファー様の質問の後、流れるようにして。

 ザムド子爵によってあたしは、直に回答することを許可される。



「……はい。このムッツァート伯爵領にて、新たな視点を加えての薬学研究を推し進めては、と提唱させていただきました」


「その提案とは、魔法と錬金術、双方の知見を束ねての新たな薬学研究であったか?」


「はい、その通りでございます」



 慎重に、余計なことは絶対に言わない心積もりで、ゆっくりと回答していく。

 だって文書に残るんだもん! 怖いんだもん! こんな状況で下手なこと言えないっての!!



「結構。その件についての、伯爵領行政府よりの決定を伝える。心して聞くように」


「拝聴いたします」



 提案から回答まで、たった一晩かよ……!? どんだけフットワーク軽いの……っていうか、わざわざ公式の作法に則ってあたしに聞かせるとか、嫌な予感しかしないんですけど!?



「よろしい。行政府は、新たに薬学研究を推進することを決定した。これを公共事業の一部門として扱い、独立しての研究を行うこととする。その責任者は私、次期伯爵領領主であるサイファー・ムッツァートが担うこととなる」



 おお……! まさか伯爵ではなく、息子のサイファー様が責任者に抜擢されたとは。

 だけども妥当なところか……? 伯爵に比べ実績は乏しいとはいえ、彼もまた魔術士界隈では名が知られているしね。この若さで次期伯爵だし、四大属性への適性を持つ魔導士でもあるからね。伯爵の、彼への期待度の高さが窺える人事だな。



「――――しかしながら」



 ……ん??

 あれ? それで終わりじゃないの? このままあとは、あたしがコレットを売り込んでお終いな感じじゃないの? あれ??


 なんだか不穏な空気を感じ取ったあたしは、冷や汗と共に嫌な予感を膨らませていた。

 昨日あたしが伯爵に提案したのは、ここまでだ。コレットの希少な適性を活かせられる真っ当な職場を創ろうと。信頼する伯爵閣下に囲ってもらい……彼女を(まも)ってもらおうと、そう思い提案した案件だ。


 その事業が認められ、伯爵本人ではないにせよ、将来有望なサイファー様が責任者となって差配してくれるのであれば、何の心配も無いはずだ。


 そのはず……なんだけど――――



「しかしながら……薬学に対しての知見は、我が領には存在しない。しかしそれを有する者ならば存在する。士爵よ、そなたとそなたが運営する、ワーグナー商会である」


「…………はい……?」



 え、待って? お願い待って??

 何言ってんの? 何言おうとしちゃってんのあんたら!?


 記録を取られているにも関わらず、思わず口を衝いて飛び出す間抜けな声。

 胸中でモヤッと膨らんだ嫌な予感は、際限なく大きくなっていく。



「そなたの商会で独自に研究している部署の、その規模を拡大しそして……一事業として独立した研究機関を起ち上げる。その運営責任者として、マリア・クオリア女士爵を指名するものとする。よってこの事業は私、サイファー・ムッツァートの監修の下により、ワーグナー商会が執り行うこととなる。以上が、伯爵領行政府の決定である」



 は……はいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃッッ!!??

 なんで!? いやマジでなんでどうしてぇぇぇぇッッ!!??


 あたし、大混乱ッッ!!

 何がどうしてそうなるッ!? ウチ奴隷商会だよ!? ただの……とは言いにくいけど、ただの個人事業だよ!?


 完全にフリーズするあたしに構わずに、サイファー様は淡々と、伯爵家が下した決定を(そら)んじる。

 曰く、研究所と予算費用は伯爵家が出資し、実際の研究はサイファー様とウチ……ワーグナー商会が行うことになるらしい。〝魔法学と錬金術の融合〟をテーマに、薬学にとどまらず様々な研究を推し進める研究機関を創設する、とのことだ。



「さて、記録はここまでとしよう。マリアよ、お主の提案はこのような形として、世に知らしめられることと相なった」


「か、閣下……!? まことにわたくしが……我が商会が……!?」



 書記官がペンを走らせる手を止めると、なんだか楽しそうな伯爵が口を開く。そんな伯爵に対して、あたしは呆然としていた意識を急浮上させて、食って掛かるようにして言い募る。

 いやマジで、コレって一体どういうことだってばよ!?



「なに。お主の提案を熟考し、息子やザムドとも話し合って決めたことだ。すでにお主の商会でその素地ができているのだから、それを利用するのが最も効率が良い、とな。お主が挙げた功績はお主のみならず、ひいては我が領地の……伯爵家の功績と成るのだし、息子の爵位継承への箔付けとしても丁度良い。これは是非とも大々的に執り行うべし、という考えなのだ」


「そういうことだ。俺も最大限協力させてもらうからな、これからよろしく頼むぞ、マリア」



 なんなんだ……なんなんだよ、その連帯感は!?

 良い笑顔で親子揃って、なに楽しそうにしてんだよ!? ……っていうかコラァ子爵!! これ絶対あんたの入れ知恵だろ!? 口元隠してもニヤけてんのまる分かりだぞッ!? 絶対()にやらせろって提案しただろおおおおおおおおおおッッ!!??



「いやだなぁ、マリアくん。私がそんな大それたことを考えたとでも? 証拠でもあるのかな?」



 証拠は笑いをこらえてるあんたの顔だァアアアアアアアアアアアアッッ!!!

 ちっくしょおおおおおおお!! どうしてこうなったああああああああああああああッッ!!??





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