第88話 マリアと伯爵家と跡取り息子
「父上が言った通り……まさか本当にこのような少女だとは……」
「閣下には格別のお取り計らいを賜り、感謝の言葉が尽きません」
「士爵位を与えられたというのも本当なのか?」
「恐れ多きことながら、望外の喜びにございます」
はい、まさかのエンカウントでございます。
あたし、マリア・クオリア十四歳。
城に泊っていけという伯爵のお言葉に甘え、与えられた客間で談笑していたら、ミリアーナが来訪者を知らせてくれたのね。
そして迎え入れたらそれは使用人さんで、あたしをお呼びだということでまた伯爵か子爵だろうとノコノコ応接間へと顔を出したら……
『俺はサイファー。サイファー・ムッツァートだ。父上のお気に入りという女士爵に一目会いたくて、呼び出させてもらった』
はい。どうやら軍役が明けてご帰還なされていたようです。
我らが領主であるクオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下の御嫡男様にして、ムッツァート伯爵家の次期ご当主様、サイファー様のお呼び出しでございました。
うわぁーい、帰ってきてたなんて全然知らなかったなぁー。
アンドレもアニータも任務で出払っちゃってたし、勝手知ったる伯爵家だと完全に油断して情報を集めておりませんでしたよ、はい。
「そんなに畏まらなくても、別に取って食ったりしないんだが」
「いえ、礼を失する訳には……」
「確かに俺は伯爵家の跡取りだが、まだ爵位を継いだ訳ではない。お前も士爵とはいえ立派な爵位持ちの貴族なのだし、気楽に接してくれないか?」
「…………分かりました」
「よし。しかし聞いていた通りに小さいな。本当に十四歳なのか?」
誰がチビだ!? いや、小さいのは小さいけど成長期が遅いだけだもんっ! これからおっきくなるもんッ!
オッパイだってお母さんみたいにバインバインになるもんッ!!
――――とはさすがに言えず、曖昧に苦笑するにとどめるあたし。
改めてご子息――サイファー様を観察する。
前髪を眉に掛かるくらいに伸ばしてはいるものの不潔感とかは無く、むしろ適度に流れて爽やかさを演出し、その下には綺麗な青い瞳が輝いている。髪色は伯爵と同じ茶色に近い金髪で、襟足は短く、丁寧に整えられている。
目付きは鋭く、真面目な話をする時の伯爵に良く似ている。スラッとした細身の身体はしかし華奢というワケでもなく、均整の取れたしかし筋肉も適度に付いた細マッチョなイケメンだ。
教養や誇り高さが滲み出る、まさに〝ザ・貴公子〟って感じかな?
ところどころにやっぱり伯爵の面影を見ることができるし、親子なんだなぁってすごく納得できる。
さてさて、伯爵閣下ご自慢の跡継ぎ様の能力は……っと。
名前:サイファー・ムッツァート 年齢:22 性別:男
職業:領主見習い 適性:魔導士 魔法:火・水・風・土
体調:良好 能力:B 潜在力:AA
さすがは【キャスター】たる伯爵の息子だね。注目すべきはやっぱり、魔法の適性かな。光と闇を除いた基本の、四大属性全てに適性がある人なんて初めて見たよ。父親である伯爵ですら、『火・風・土』の三属性なのにね。
今は亡き伯爵夫人の血も、しっかり受け継いだってことなのかな。そうであるなら本人にとってもそれは嬉しいことだろうな……。
「身長ばかりは、自分の意思では何ともなりませんからね……」
「違いない。子が親や生まれる家を選べないのと一緒だな。神のみぞ……いや、女神のみぞ知るといったところか」
ん?? なんか気になる言い回しだな……?
今の言い様だと、まるでこの家に生まれたくなかったって聞こえるんだが……?
「そのようなことを言っては、閣下が悲しまれますよ?」
「ああ、すまない。つい零してしまったな。安心しろ、今ではもう全て受け入れているし、後継となるのも俺の望みの内だ。しかし……本当に聡いな? 下手な貴族令嬢なんかよりよっぽど話ができる」
「恐縮です。しかしそれは……さすがに褒めすぎですよ」
「いや、褒めすぎなことがあるか。あの父上が認めているなど、それはよほどのことだぞ? お前はもう少しその辺りを自覚した方が良いな」
ありがたいことですがねぇ……!
そりゃあ前世でアラサーまで生きて、しかも社会の荒波に揉まれに揉まれたあげく死んだんだもん、人生経験においてそこらの箱入り娘達なんかに負けようがない。
しかしそうかぁ……。伯爵ってば、あたしのこと結構喋ってるんだね……?
どこまで喋ってるかってのは気になるし怖いんだけど、サイファー様のこの感じなら、秘匿してほしいところはちゃんとぼかしてくれてるのかな……?
「それで、なんだがな……?」
「……? どうしましたか?」
次期伯爵家当主様に直々に褒められ面映ゆく感じているのと同時、少し不安にも思っていると、急にサイファー様が俯きながら、覇気のない声を上げる。
え、なに……? 急にどうしたんだ……?
急なそのテンションの下がりように首を傾げていると、サイファー様はポツリと……口ごもるようにして言葉を吐き出し始めた。
「俺がこの領地を離れて……もう五年になる。帝都の学園で三年、そして戦地で二年も過ごし、つい先日にこちらに帰ってきたばかりだ。特に軍役中の二年間はそう、お前がちょうど奴隷商会を継承した時分だろう?」
「……確かに、そうなりますね。わたくしが十二の頃に両親を亡くし、閣下が我がワーグナー商会の相続を認めて下さいました」
「両親の不幸や元本家に関しての事も父上から聞かされた。お前は気丈に家と商会を護ろうとしていたとな」
「……まあ、あの時は本当に必死でしたからね……」
「それでだ。それからこの二年間、この領ももちろんだが、父上もずいぶんと変わられたと思ってな。あらましはもちろん聞かされてはいるのだが、その変化の中心であったマリア、お前からも話を聞かせてほしいんだ。父上と共にどんなことをしたのか、どう思いどのように行動したのか……聞かせてくれないか?」
なんだろうな……。やっぱりあの人の息子だなぁって、あたしはそう思ったんだ。
一介の士爵相手に、しかも世間では忌み嫌われている奴隷商人であるあたしにも、こうして真摯に向き合ってくれている。
あたしはマリア。マリア・クオリア。
十二の時に謁見をしてから、ずっとあたしを陰に日向に支援し続けてくれた恩人である、ムッツァート伯爵。
その後継者であるサイファー・ムッツァート様と、初めて対面しました。
会ったばかりは、なんだか怖かったけれども。
それでも伯爵の跡継ぎだけあって、信じられるお人柄だと、そう思える人だった。
この領地から離れていた間に起きた数々の出来事。
そんなあたしがこれまで関わってきたアレコレを、あたしも懐かしく思いながら、ゆっくりと彼にお話ししたんだ――――