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第86話 マリアと決裂と伯爵の怒り



「もう、よい」



 仲介人として、見届け人として。

 今まで沈黙を保ってきた伯爵が。クオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下が、()とベニートの舌戦にその怒りを孕んだ声でもって横槍を入れる。


 ()()を期待していた()としては願ったりなんだが……とにかく怖ぇぇッ!!?

 そして()()()()()()()()()()ベニートのヤツは、もっと怖いんだろうなぁ……!



「ベニート・ゴルトワ準男爵よ。先の忠告にも関わらずその過ぎたる物言い、もはや看過ならぬ」


「か、閣下、何を(おっしゃ)いますのじゃ!? わ、儂はただこの世の薬学のため……ひいてはこの帝国のためにと――――」

()()()()()……?」



 底冷えするような、背筋に氷を撫で付けられたような鋭いその言葉に、ベニートは言い訳を遮られる。


 あーあ、やっちまったなぁ。

 まさかよりにもよって伯爵の前で、『帝国のため』なんて言っちまうとは。


 ()が……あたしが十四年生きてきた中でこの伯爵ほど、このフォーブナイト帝国のために尽力している人は見たことがない。愛国心は人一倍で、さらに事〝帝国のため〟となれば自らの手を汚すことすら(いと)わない。そんな人なんだよ、彼は。


 そんな彼に向かって『帝国のため』だ? 見え透いた薄っぺらな愛国心なんぞ、この人に通用するもんかよ。ご愁傷様だね、ベニート。



「先までの会話を聞く限り、私にはお主が『帝国のため』に働いているとは、到底思えぬがな。奴隷といえど、平民といえど……ましてや錬金術師といえど、我らがフォーブナイト帝国の民に違いはない。それを一方的な高みから押さえ付け縛り付けようとしていると、私の目にはそう映ったが?」


「そ、そんなことは……!」


「もうよい。如何(いか)に錬金術ギルドが強大な権威を有していようとも、私が庇護を与えし寄子でもあるマリア・クオリア女士爵への数々の侮蔑や暴言、実に不愉快であった。あまつさえ皇帝陛下より預かりし()()()()を、当人の意思に関わりなく連れ去ろうなどと。これは私の領地への侵略・略奪行為も同然である」


「そ、そのようなことは!? 決して、決してそのようなつもりは……ッ!?」


「追って皇帝陛下より直々に、ギルドへと抗議が為されるであろう。ベニート準男爵よ、もはや問答は無用。疾く私の城から去るがよい」


「か、閣下――――」

「下がれ」



 伯爵が手を打ち鳴らすと、応接間の扉が開いて騎士達が乗り込んでくる。


 名にし負うムッツァート騎士団の屈強な騎士達に左右を固められ、抵抗すら許されずに。


 ベニートのヤツは応接間から引きずり出され、そのまま廊下の彼方へと消えていった――――





 ◇





「……少々、熱くなりすぎたか」


「閣下のお心の内のざわめき、我が事のようにお察しします」


「うむ……。時にマリアよ。あのような事になると、お主最初から見抜いておったな?」



 高慢ちきなベニートが退場した後の応接間で、あたしはジトリとした視線を伯爵から頂戴する。

 まあ、さっきまでの怒気はもう治まってるからね。呆れたような伯爵の顔に内心胸を撫で下ろしながら、あたしは苦笑しつつも居住まいを正して、正面の上座に移動した伯爵と改めて向き合った。



「ギルドの傲慢なやり口は事前に、風の噂に聞いておりましたので。そのような者達であれば必ず、奴隷商人や奴隷達を見下し、侮るだろうことは想像に(かた)くありませんでした」


「ということは、事前に奴隷契約も結び直していたのだな」


「はい。契約の大筋はこれまでと変わりませんが、契約満了の要項に、先ほどのようにわたくしが宣言することで、即座に破棄できる旨を追加しました。奴隷だから駄目なのであれば、奴隷でなくしてやれば……と」


「だからと言って、よくもそのような大胆な手を思い付き、かつ行動に移すものだな……」



 おやおや? 伯爵の浮かべる呆れの感情が濃くなった気がするぞ?

 おかしいなぁ。あたしとしてはまずまずの一手だったと思うんだけど……?



「まあよい。おおむねのところは私達が事前に描いていた通りの絵図となった。速やかに皇帝陛下に此度(こたび)の一件を上奏し、ギルドの改革もしくは解体を打診せねばな。まさか錬金術ギルドがあれほどまでに腐敗し増長していようとは……」


「閣下、その点についてなのですが……一つ提案がございます」


「……申してみよ」



 またそんな呆れたような顔するぅ……! しょうがないじゃん、事前に伝えてもし情報が漏れでもしたら、今度は()()()()()()()()()()()()んだからさぁ。



「先ほど奴隷身分より解放したこちらのコレットなのですが……実は彼女の職業適性は、【錬金王】なのです」


「…………待て。それは(まこと)のことか!?」



 おおー、驚いてる驚いてる。

 まあその驚きも致し方ないことではあるんだけども。


 コレットの持つ職業適性【錬金王】とは、いわゆる希少適性の一つだ。

 曰く〝その錬成に失敗は無く、その(ひらめ)きには神が宿る〟とまで言われるほどの、全ての錬金術師が憧れる、そしてその分野における最高にして最良の能力を秘めた適性なのだ。


 うん、またなんだよ。

 またもや、我が親父殿――スティーブの謎しかない差配と仕入れにより入手されていた奴隷だったのだ、彼女は。


 まったく、ムスタファといいコレットといい……お父さん(スティーブ)の目利きの異常さはホントに謎だよね……!



「はい。そしてここからが提案なのですが……閣下の監修の下、この伯爵領にて薬学研究をなさいませんか?」


「……ギルドにとって代われと、そう申すか」


「その通りでございます。此度の件でギルドに国からの査察が入れば、改善するにせよ解体するにせよ、多くの未来ある錬金術師や薬師達が路頭に迷う可能性がございます。その受け皿をこの領に用意し、民の生活に根差した薬学の研究を行えば、閣下の評判もますます上がり、ひいては皇族を支持する閣下の派閥の発言力も増すことでしょう」


「ふむ……お主の言にも一理あるな。しかし、私の生涯の務めである魔術研究も疎かにはできぬぞ?」


「魔法と錬金術は切っても切れぬ間柄ゆえ、両立は可能かと存じます。どころか、実戦魔法の権威である閣下と【錬金王】であるコレットが手を取り合えば、今までと違いさらに新たな知見も得られるものと、確信しております」



 あたしのその言葉に、研究者でもある伯爵の瞳に、好奇心が疼いたであろう様子が見て取れた。


 民のために善政を布き、皇帝陛下に忠誠を誓い、あたしが見る限り誰よりもこの帝国の平和を願い努力し続けているこの人なら……。


 きっとコレットを受け入れて、ますますこの領を……いや、この帝国をも発展させてくれるに違いない。


 あたしはそんな、願望にも似た思いを胸に抱いていたんだ。





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