第82話 マリアとコレットと錬金術師
長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。
徐々に連載を再開して参ります!
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「ミリアーナ、アンドレからの返信は?」
「『委細承知』と、今朝方の定期報告に併せ送られてきました!」
「バネッサ、依頼の準備は?」
「全て万端でございます、マリア会長」
伯爵閣下の突然の仕事の注文から、急ぎ準備を整え始めて早三日。あたし達ワーグナー商会はそれこそ蟻の巣を突いたように、調整に準備にと大騒ぎで動き回っていた。
『マリアよ、ブリリアン伯爵家を貴族派に取り込まれる訳にはいかぬ。しかし我らが動いてはそれこそ内戦の発端となりかねん』
『公人ではなくあくまで個人として、それも偶然を装って介入する必要があるということですね?』
『うむ。お主の配下達に期待させてもらう』
『かしこまりました』
あたしと伯爵の利害は完全に一致していた。
あたしはキョウヤの冤罪を晴らし、家名とその身分を取り戻して、彼の元の主人である【薔薇姫】――テスタロッサ嬢を救いたい。
伯爵は皇族派の貴族として、中立派のブリリアン伯への貴族派からの工作を防ぎ、このフォーブナイト帝国の平和とパワーバランスの崩壊を防ぎたい。
鍵はそれこそ、現在まさに婚約の差し迫った【薔薇姫】テスタロッサと、それを足掛かりに中立派の重鎮であるブリリアン伯爵家に食い込もうと企む婿側の、モンテイロ子爵家とその息子だ。
「それじゃあバネッサは留守をお願いね。キョウヤとジンを送るタイミングは任せるよ。ミリアーナはあたし達の護衛として領城に同行してね」
「承知致しました」
「お任せくださいお嬢様!」
あたしはこれからムッツァート伯爵の居る城に出向いて、彼に求められた仕事を遂行する予定だ。これは伯爵が持ってきた仕事に関する案件の中でも、あたしでないと処理できない類いのモノだからだね。
そのために必要な〝人物〟と〝成果物〟は幸いにも手元に在ったために、一石二鳥を得るためにも早速行動に移そうと決めた。
「それじゃ行くよコレット。緊張しなくてもあたしもミリアーナも居るから大丈夫だからね」
「は、はい……っ!」
「それではお嬢様、馬車までご案内します」
あたしはコレットとミリアーナ、そして戦闘部の奴隷数名と共に、領主にして協力者でもある伯爵の元へと向かったのだ。
◇
「伯爵閣下、ワーグナー商会会長マリア・クオリアが謁見いたします」
「うむ、短い期間で無理を言って済まなかったな。大儀である」
「勿体なきお言葉でございます」
ムッツァート伯爵領の領城、その応接間に案内されたあたしは、最低限の護衛としてミリアーナを傍に置き、ある意味では今回の主役であるコレットを伴って入室した。
伯爵への謁見ももう手慣れたもので、彼もだいぶあたしに心を許してくれているのか、登城の際にも謁見の直前にもほとんど顔パス状態で通してもらえるようになっている。
……その信頼を裏切らないように気を付けるのはもちろん、もっと頑張っていかないとね。
「伯爵閣下、まさかとは思いますが……その小娘がそうなのでございましょうか……?」
そんな風に伯爵とアイコンタクトを交わしていた矢先、不機嫌そうな声が応接間の和やかな空気を掻き乱した。声のした方に視線を向ければ、これまた不機嫌そうな顔を隠しもしない壮年の男が、長く伸ばした灰色の顎髭を撫でながら無遠慮な視線を投げ付けてきている。
なるほど、コイツがね……。
「ベニート殿、逸ってもらっては困る。その者はあくまでも〝雇用主〟だ。そして言葉遣いにも気を付けた方が良い。少女とはいえ、マリアは私が叙爵した紛れもない士爵位の貴族ゆえな」
「それは……なんともはや……」
おおん? なんだコラ、あたしが士爵でなんか文句あんのかぁ!? と、営業スマイルは崩さずに心で盛大に悪態を吐いて、あたしのことを胡散臭そうに眺めるベニートとかいう爺さんに礼を取る。
こんなヤツでも一応は伯爵の客人だし、これから行われる商談の相手――錬金術師ギルドのお偉いさんらしいからね。
「マリアよ。この御仁が錬金術師ギルドの幹部であるベニート・ゴルトワ準男爵殿だ。ベニート殿、私の寄り子の女士爵にして、奴隷商会を手掛けているマリア・クオリアである」
「ベニート・ゴルトワじゃ」
「マリア・クオリアでございます」
伯爵の紹介でお互いに挨拶を交わし、許しを得てから応接間の対面に位置するソファへと腰を下ろす。今回伯爵は双方を仲介する立場のために、一人掛けのソファであたし達の間に座った。
さぁて、このベニートって爺さんは、一体どんなヤツなのかなぁ?
名前:ベニート・ゴルトワ 年齢:68 性別:男
職業:錬金術師 適性:商人 魔法:水・風
体調:高血圧 能力:B 潜在力:B+
備考:錬金術ギルド幹部・準男爵
ふぅーん? 能力値はまあまあってところだけど、潜在能力はそこまででもないね。まあ単にあたしが能力高すぎなみんなをいつも見てるだけで、ホントはこれでも充分有能なのかもしれないけどね。
あたしの職業技能である【人物鑑定】で、コッソリとベニートを鑑定して、特に注意すべき点が無いか確認する。
とりあえず、本来の職業適性が【商人】ってことには驚いたね。もしかしたら交渉事だからって理由でコイツが選ばれたのかも? 高血圧については……まあ、お大事に?
「それではマリアよ。早速ではあるが、ベニート殿に此度の功労者を紹介せよ」
「かしこまりました。コレット、こちらへ」
「は、はい……っ!」
あたしとベニート、双方が落ち着いたところで早速本題に入りたいらしい伯爵が、あたしに話を進めるよう促してくる。
あたしはそれに応えて、今回初めて世間にお披露目することとなる一人の女性を、あたしの横まで呼び寄せた。
護衛であるミリアーナと一緒に後ろに控えていたその女性は、かなり緊張した様子で恐る恐るあたしの近くへとやって来ると、カチコチな気を付けの姿勢で直立する。
「彼女が、わたくしの商会でポーションの新たなレシピを研究・発見したコレットです」
「コ、コレットと申しますっ! そ、それとこちらが、今回考案した新レシピで作成した新たなポーションです!」
伯爵や客人への危害を疑われないように、予め銀のトレイに載せておいた今回の商品を、コレットから受け取って交渉のテーブルの中央に置く。
そうなのだ。商会の〝ハル・ムッツァート支店〟起ち上げと新事業の発足に際して、大貴族たるムッツァート伯爵にお願いしていた案件――我らがワーグナー商会〝研究部〟の成果のお披露目について、またその利権についての交渉のために、今回あたしはこの席に呼ばれ立ち合っているのだ。
「ふむ……手に取ってみても?」
「ええ、構いませんよ」
伯爵はあくまで仲介と裁定を下す立場だ。この場でのメインはあたしとこの、新ポーションを手に取り品定めをしている〝錬金術ギルド〟のお偉いさん――ベニートの交渉にある。
本来ならばこのように正式な交渉など行われることはない。既存薬の新レシピや新薬のアイディアや研究成果などは、大抵がギルドによって買い叩かれてしまうのだ。それも権利関連も一切合切、巻き上げるようにしてね。
そのようにして、ギルド上層部はその権利を独占して、治療薬や回復薬などありとあらゆる利権を貪り、相場を操って市場をコントロールしてきていた。
当然、あたしはあたしの部下や奴隷達の研究成果が安価に取り扱われ、権利も保証されないなどということを受け入れるつもりはサラサラない。
そのために、このフォーブナイト帝国での指折りの大貴族であるムッツァート伯爵閣下に――皇帝陛下から認められた実戦魔導士にして、魔法研究の分野でも発言力を有する〝キャスター〟の称号を持つ彼に、この交渉の席を用意してもらったのだ。
あくまで交渉は適性が【社長】であるあたしと、本来は【商人】が適性であるベニートの一騎打ちだ。
前世で言えば、〝中小企業の代表取締役〟対〝大手元請け企業の営業部長〟ってな感じかな?
「ふん、安っぽい容れ物に安っぽい色だ。効能は?」
「(んッッの野郎……!)コホンっ。コレット、説明して差し上げて」
「は、はい! 効能は〝軽度〜中程度の負傷の回復〟です!」
「用法は?」
「ち、直接散布しても、経口摂取をしても効果があることを確認しています。ま、また散布した場合は負傷部位の化膿を防止する効果が、経口摂取した場合は回復力がおよそ五割上昇することが、実験結果から判明しています!」
「素材は?」
「か、核心まではこの場では言えませんが、乾燥処理を施した魔力草と――――」
さすが、研究畑の専門家同士の会話だね。最初の内は小手調べ程度のつもりだっただろう、あたしにもなんとか分かる内容だったのが、早くも専門用語だらけになってしまった。
だけどコレットも熱が入ってきたのか、研究者魂に火が点いたのか。矢継ぎ早に繰り出されるベニートの小難しい質問に、途中からは吃ることもなく的確――なんだろうね、多分――に返答をこなしていく。
うんうん。ちゃんと企業秘密の部分は暈したり拒否したりもしてくれてるし、それをちゃんとあたしを窺いながらできてるね。ナイス演技!
偉いぞコレット! その調子だ、がんばって!!
あたしは大いに(心の中でだけど)コレットを応援して、その白熱する錬金術師二人の議論を見守っていたのだった――――
「なるほど。凡庸なりにも研鑽と探究は重ねてきたと判断しよう。さて、ではクオリア女士爵殿」
「なんでございましょうか、ゴルトワ準男爵殿」
長らく続いた質疑応答にキリが着いたのか、偉そうに上から目線でそうコレットを評したベニートは、話の矛先をあたしに向けてきた。
いよいよ、本格的な戦いの舞台が幕を開けるってことだ。
あたしはそれと分からないように腹に力を込め、気合いを入れ直す。会談が始まる前に用意された冷めきってしまった紅茶で喉を潤し、下に見られないように悠々と、余裕を持った動作を心掛けるのも忘れない。
「この者……コレットといったか。この者と新ポーションのレシピを、我ら錬金術ギルドに譲渡せよ」
交渉の大一番。
口火を切ったベニートの第一声はそんな、俺や俺達ワーグナー商会を舐め腐り侮りきった、そんな一言だった。