第81話 マリアと幹部と暗躍の時間
大変ご無沙汰しております!!m(*_ _)m
そして、読者の皆様本当にお待たせしました!!
これからまた、連載を再開させていただきます!
どうぞ今までと変わらぬお付き合いのほど、よろしくお願い致しますm(_ _)m
『まったくお主は……。次から次へと厄介事に事欠かんな』
『お言葉をお返しするようで申し訳ございませんが、わたくしとて好き好んで泥沼に足を踏み入れはいたしません。ですが事がわたくしの身内に関わる事であれば、わたくしは泥などいくらでも被る所存にございます』
『お主の頑なさと行動力は良く分かっておる。良くぞ事に移る前に報告してくれた。【毒蛇】も絡んでおるのであればそれは我等皇族派にとっても由々しき事態であるしな。独断は許してやれぬが、ブリリアン伯爵領への密偵行為を許可しよう。ただし条件が二つある』
『お申し付けください』
我等が領主様、ムッツァート伯爵閣下への謁見を済ませたあたしは、ワーグナー商会のハル・ムッツァート支店の執務室に居た。
あたしの私室とも言えるその部屋には、今回のミッションに適していると判断した人達が集められている。
情報部からは部長のアンドレとエースのアニータ。戦闘部からはヘレナとハダリー。研究部からルーチェ。総務部からカトレア。そして侍従部からカトレアの補佐として、貴族教育の素地があり〝A〟評価に上がったセレンという女性奴隷を選んだ。
バネッサとミリアーナはあたしの補佐としてこちらに留まる予定だ。そして当事者であるキョウヤとジンも呼んではいるけど、今はまだブリリアン領へは行かせない。
というのも、キョウヤとジンは元々ブリリアン領の住人だったから顔が割れているからだ。だから全てのお膳立てが整うまではあの領には立ち入らない方が、余計な警戒をさせずに済むという判断ね。
あたしがお留守番なのは……まあ、伯爵の条件のせいだね。
伯爵から言い渡された条件は二つ。
一つは、伯爵がブリリアン領に送り込んでいる間者との密な連携と、独断専行の禁止。
そしてもう一つが、あたし自身の介入は極力避けて、裏方に徹すること。
情報に敏感な貴族であれば、あたしがムッツァート伯爵の庇護下で名誉貴族の位に居ることを知っているだろうし、同じムッツァート伯爵領内ならともかく、今回は他領での活動だからね。
派閥も違うブリリアン伯爵領で大っぴらに活動も出来るはずもないし、そもそも開業したばかりで軌道に乗りかけの支店の運営も、領の補助を受けている以上はまだ他人任せにさせられないという指示なのよ。
「出張メンバーはジンとキョウヤからしっかりとブリリアン領の情報を受け取ってね。ジン、治療の目処も立ってないのに働かせてごめんね?」
「滅相もないですよ会長殿。私にとってもテスタロッサお嬢様は、得難き良き話し相手でしたから。どうか皆様、よろしくお願いします」
新たに仲間に加わった、元統一女神教会の神官で司教まで担っていた男――ジン・ソニトゥスには、傷病奴隷や身体障害を持つ入所者達への慰安を兼ねて、ハル・ムッツァート支店独自に新設した部署である〝慰問部〟を任せることにしたの。
彼に至っては元々が犯罪者でも、ましてや奴隷でもない身分だった。だというのにキョウヤに助力するためだけに、あの暗闘貴族である【毒蛇】カルロ―ス子爵に協力を取り付けて、奴隷身分に身をやつしてここに来たのだ。
あたしは早々に彼の奴隷身分を解消して、そのまま職員として雇い入れたというワケ。今回の冤罪事件でのことを気に病んだ彼は、せめて事が解決するまでは教会に戻りたくないと言っていたからね。心や身体に傷を負う多くの人達に説法を聞かせたり、様々な相談に乗ったりしてもらうつもりだ。
そういえば、近々玄関正面の東屋にみんなで集まって、簡易ミサを開きたいって言ってたね。正直あたしの趣味じゃなかったあの玄関前の女神像にも活用法を見出してくれて、ジン様様だね。
「さて、こんなところかな? それじゃあみんな。今回はあたしは表立って動けないけど、よろしくお願いね」
「「「はい!」」」
会議室に集まった幹部級の面々の覇気の込もった返事が響き、あたし達は各々のなすべきことに向き合うのだった。
◇
で、これは一体どういうことなのかな?
「うむ。このオムライスという料理も絶品であるな」
「閣下、こちらのナポリタンという料理も侮りがたいですよ」
あたしの目の前には現在、我らがご領主様であらせられるクオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下と、その右腕であるザムド・オイラス子爵が並んで、あたしの商会が誇る料理の数々に舌鼓を打っている。
アンドレ達調査団を送り出した次の日の、我が商会の食堂の、お昼時の風景がコレである。
「伯爵閣下、子爵様。お口にお合いになりましたでしょうか……?」
「うむ。私は大変に満足である、マリアよ」
「この料理の腕前……閣下から伺ってはいましたが、本当に領城に招き入れたいほどですね……」
「ザムドよ、早まるでない。私はマリアを敵に回したくない」
「冗談ですよ、閣下。マリア会長も、そう可愛らしい顔で睨まないでくれたまえよ」
ムスタファ引き抜きの危機が再来だった!? ダメダメ、絶対渡さないんだからね!?
伯爵ももっと強く言ってよ! 前の視察の時にちゃんと約束したじゃん!! っていうか『敵に回したくない』ってどういうこと!? 伯爵、アンタあたしを何だと思ってるの!?
ザムド子爵もなに笑ってんだよッ!? ホントに油断のならない人だなアンタは!!
怒りはすれど何も言えない立場のあたしを置いて、伯爵と子爵は和気藹々と、デザートのパンナコッタ――もちろんあたしがレシピを教えて、ムスタファに作ってもらったものだ――に手を付け始めた。
「……それで、本日は如何様なご用件でしょうか?」
場を和ませるためのテーブルトーク(のつもりだったんだろうね)もキリの良いところで、あたしは意を決して二人に訪問の理由を尋ねた。
お昼時に突然訪ねてきた、このムッツァート伯爵領の最高権力者二人は、パンナコッタのお代わりをボウルから取りたそうな素振りを一瞬見せてから、スプーンを置いてあたしに振り返った。
……帰りにお土産に包んであげますから、そんな残念そうな顔をしないでくださいお願いしますから!
「うむ、此度の訪問の理由はちと複雑でな。我が城よりも、お主の商会の方が間諜の耳目を気にせずに済むと思い、視察の名目で参ったのだ。ザムドよ」
「はっ」
伯爵が喋っている隙にちゃっかり自分のお代わりをよそっていたザムド子爵が、携行していた鞄から資料の束を引っ張り出し、居住まいを正した。
あたしも釣られるように姿勢を正して、食卓の上の食器類を侍従部のメイドさんに片付けさせる。
空いた食器類を下げ終え、食堂から幹部以外が居なくなったのを確認して、ザムド子爵は資料に目線を落としながら、学校の講義のようなノリで話し始めた。
「まず、今回の訪問目的から話そう。目的は三つ。一つはもちろん、例の他領での活動について。もう二つは、マリア会長への仕事の依頼についてだ」
「仕事……ですか?」
「まあ仕事の話はさて置いてだね、先に君が抱えている問題の話からしようじゃないか」
視界の隅で伯爵がパンナコッタをお代わりしているけど、今は無視して子爵に集中する。
あたしが抱えている問題といえば言わずもがなだ。キョウヤに掛けられた無実の罪と、それにまつわるブリリアン伯爵領内の不穏な動きについて。
既にあたし達が行動に移っていることも把握しているであろう上で、わざわざ商会まで出向いて話をするなんて……。何か重要な情報が手に入ったに違いないはずだ。
「まずマリア会長。……いや、マリア・クオリア女士爵殿は、社交界への進出は未だ果たしていなかったね?」
「はい。というか、そのつもりはありませんけどね……」
「結構だ。我々としても君のような有用な人材が、他の貴族達に目を付けられる事態はできれば遠慮したい。しかしだからこそ、この情報は君にとっては有益であると確信している。何しろ貴族達の、社交界での噂話だからね」
「社交界の……?」
確かにあたしには、社交界への伝手は無い。仲間に現役男爵令嬢であるカトレアは居るけど、彼女は社交界の華になる前に伯爵に取り立てられ、領地の政務に携わってきたはずだ。
彼女の有能さであれば可能かもしれないけど、忙しい政務の最中に社交活動に注力していたとは思えない。
かと言って伯爵の元を離れた二年前からも、今度はあたしの商会の要としてずっと働いてくれてたからね。
そりゃあ多少の情報は入ってくるかもだけど、噂話は鮮度が命。そう毎度毎度、ホットなニュースを仕入れられるわけじゃないよね。
「君が探りたいと言っていたブリリアン伯爵家のご令嬢――テスタロッサ・ディエス・ブリリアン伯爵令嬢には現在、婚姻の話が持ち上がっている。それは知っているね?」
「はい、存じております」
「結構。ではその相手が、モンテイロ子爵家の次男、ケルヴィン・マイト・モンテイロであるということは?」
「いえ、そこまでは。そのモンテイロ子爵家という家門……、ブリリアン伯と同じく中立派かとは存じますが」
「その通りだ。伯としても波風を立てないために、わざわざ中立派から婿を選んだという訳だね」
ブリリアン伯爵の有能さと影響力は、カトレアから事前に聞いている。この目の前でパンナコッタを黙々と食べているムッツァート伯爵閣下にも肩を並べるほどの大貴族で、皇族派とも貴族派とも一線を画している中立派の重鎮。
欲を募らせることもせず、どちらの派閥にもなびかず……。ただ世のため人のために民を治める、侯爵位に最も近い男だ。
そんな男であれば、他派閥からの婿入りを避けるのも納得できようものだね。申し入れは多々あっただろうに、全て断っていたという話だ。
「それで、だ。噂というのは、そのモンテイロ子爵家が、最近とある輩達と交わりを持っているということだ。もちろん、裏での話だがね」
「まさか……貴族派に寝返りを……?」
「可能性であるため、確証はない。あくまで噂の段階故な……」
パンナコッタを三度お代わりした伯爵が、返事を引き継いだ。
どうでもいいけど、そんなに気に入ったのかね……? 美味しいのは分かってるんだけど。
待ってましたと言わんばかりにパンナコッタに飛びついたザムド子爵の代わりに、今度は伯爵閣下が話を進めていく。
「ブリリアン伯は頑ななところもあるが、それ故にか身内に甘い面も持ち合わせておる。モンテイロ子爵家は譜代の家臣。伯爵家を共に支えてきたために、伯も警戒が緩みそこを突かれたのやもしれん」
「……【薔薇姫】を足掛かりにブリリアン家が貴族派の侵食を受けた場合、勢力図は……?」
「貴族派に大きく傾くであろう。皇帝陛下を始め皇太子殿下が推し進めている恒和政策への、強大な壁となるのは間違いない。貴族派の中には、更に版図を拡大しようと企む過激派も、多く参入している」
「かしこまりました」
なんだか大事になってきたじゃねぇか……!
我が因縁の相手である貴族派筆頭――ファステヴァン侯爵がどこまで絡んでるかは知らないが、噂とはいえ軽視するにはあまりにも問題が大きすぎる。
この噂が事実であった場合、今は安定しているこのフォーブナイト帝国が、さらに侵略戦争を始める可能性があるって……? そんなの一帝国民としても見過ごせねぇ!
「閣下。この婚姻……差し止める方向で動いても構いませんね?」
元々は、キョウヤの冤罪を晴らすためだった。だけどそこにある陰謀が一人の少女を不幸へと誘い、さらにそれが引き金となって戦火が巻き起こるなんて、そんなの許すわけにはいかない。
キョウヤはどうなる? 自分がハメられたせいで主を不幸にして、さらに戦争まで起こった時、アイツがどれだけ悲しむと思う?
テスタロッサ嬢は……【薔薇姫】様はどうなる? 心を許した親しい人を立て続けに奪われて、父親の信念すらも侵されて、自分が騒乱の引き金にされて……!
優しい良い子なんだろう。会ったことはないけれど、清らかで純粋な少女がそんな境遇に陥って、どれだけ自分を責めると思う……!?
「確証は必要だ。だが、後に起こり得る事態を座して待つ訳にもいかぬ。存分に能力を奮うが良い、マリアよ。ただし、くれぐれもお主の関与を疑わせてはならぬ」
「御意のままに、クオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下。わたくしマリア・クオリアは、全霊を賭して此度の陰謀を打ち破ってみせます」
あたし……俺は心から、キョウヤやテスタロッサ嬢のため、ひいては自分や仲間達の平穏のために、全力を尽くすことを、この偉大な伯爵に誓ったのだった。