第8話 成長〜悪夢見る少女・マリア〜
新年明けましておめでとうございます!
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
今作では、新年最初の投稿です。
今年ものんびりと、お付き合いくださいませ。
m(*_ _)m
『おい見てみろよ! あの奴隷商の娘だぜ。なんかワケ分からん【社長】とかいう職業適性の!』
『ああ、アイツが? 意味分かんねーよなぁ。なんだよ【社長】って?』
うるさい!
あたしだって好きでこんな職業適性を得たんじゃない!
『アレじゃないのぉ? 東方とかの神殿って、お社って言うんでしょ?そこの長ってことじゃないのぉ?』
『何それウケる! それじゃああの子は身を立てるためには、わざわざ海を越えて、東方の蛮族の国に行かなきゃいけないんだ?』
ちっげーわドアホ!
社長ってのは、会社の長だ! 偉いんだぞ!!
大体神社を仕切ってるのは宮司さんだ!
全国の社長さんと宮司さんに謝れ!
『ぶはっ! 何それ!?
そんなの実質追放じゃーん!!』
やめて……!
『いい気味だね! 人買い人売りなんてしてるから、罰が当たったんだよ!』
違うもん!
ウチは真っ当な商売してるもん!
『ホントそれな!! 人様の命で食うメシは、よっぽど美味かっただろうよ!』
悪いことなんてしてない!
法律だって守ってるし、税金だってちゃんと払ってるもん!
『さっさと東の国に行っちゃえばいいんだよ! 清々するよ!』
やめてよ!
奴隷商人だって立派な仕事だもん!
無職だったり、借金に苦しむ人達を助けてるもん!
『目障りだよな! 奴隷商人も、奴隷も! 消えちゃえよ!!』
やめてったら!
スティーブもジョアーナも、良い人だもん!
奴隷達だって、みんな良い人達だもん!!
『出て行かないなら、殺しちゃおうぜ! 人様の命で金儲けする奴なんか、死んだ方が世のためだろ!!』
いや!
やめて……!!
「いやああああああああっ!!!!??」
――――目が覚めた。
また、あの夢。
「はぁ、はぁ……! クソッ! なんなんだよ、【社長】って……!」
7歳のあの日に受けた【鑑定の儀】で、あたしの職業適性は【社長】と表示された。
そしてそれは、あたしだけではなく両親も、護衛のミリアーナ達も、そしてあの守銭奴のオッサン司祭や、お付の神父さんも、目にしていた。
社長という言葉の意味を知るのはあたしだけで、他の面々は揃って訝しげな顔だった。
特に印象に残ったのは、教会側の2人――司祭と神父の蔑んだような顔と……
パパ――スティーブの、落胆したような、あの顔。
そうだろうね。
あの日観た街並みは、精々が中世ヨーロッパ時代程度の発展度だった。
道路は石畳で、車ではなく馬車や荷車が行き交い、人の服装も麻布で出来たような簡単な衣服で。
会社なんて、社長なんて概念なんか、そりゃ無いだろうさ。
露店で商品をやり取りして、ちょっと儲かる人は商店を持っていて、大規模にやっても精々商会止まりでしょ?
それも、バネッサ先生の授業では、商業ギルドが牛耳ってるって話だったし。
株式なんか無い。
銀行だって無い。
そんな時代で、会社の長なんだよーって、会社なんか存在しないのに、しかも7歳のあたしが言ったところでさ。
相手になんか、されなかったよね。
あの日は、帰り道の記憶が無い。
いつの間にか家に着いていて、あたしはすぐに部屋に篭った。
あたしだけは知っていた。
職業【社長】の意味。
パパの顔がチラついて、心が痛んだ。
司祭や神父のあの、『卑しい奴隷商人の娘だから』って感じの蔑んだ顔を思い出して、腹が立った。
見返してやる。
そう思った。
みんなが知らないこの職業は、凄いモノなんだって、知らしめてやりたかった。
あたしは、勉強机に齧り付いて、メイド奴隷のバネッサが選んでくれた教本を、一から読み直した。
でも。
夕飯に呼ばれて。
何か、両親で話し合ったのだろうか。
パパだけでなく、ママ――ジョアーナまでもが、あたしのことを哀れんだ目で見てきた。
その日から。
毎日ではないけれど、あたしは、さっきのような悪夢を見るようになった。
「はぁ……」
時刻はまだ6時前。
東の空が明るくなってきた夜明け頃で、そして二度寝をしようにも夢見のせいで最早眠気もない。
「本でも読もっかな……」
簡単に着替えだけ済まして、勉強机に置いてある読み掛けの本を開く。
今読んでいるのは、歴史書だ。
あたしが転生したこの世界のことをしっかりと把握したいと思って、奴隷であり、使用人であり、あたしの先生でもあるバネッサに、お願いして取り寄せてもらったんだ。
おさらいを始める。
この世界の名前は【エウレーカ】。
所謂、剣と魔法のファンタジー世界だ。
地図も手に入れたけど、前世で見た物と違い等高線も書き込まれておらず、縮尺が正確じゃなかったりもして、お世辞にも信頼できるような地図とは思えなかった。
だけど、方角や各国の位置関係とかを見る分には、まあ使えないわけではない、そんな程度だ。
その地図によると、あたし達家族が暮らす国は名を【フォーブナイト帝国】といい、この地図に描かれている【スジャノーン大陸】の西端に位置する場所に在った。
国土は大陸全体から見て、10分の1くらいの広さかな。
そのフォーブナイト帝国の内陸中央よりやや西側の、【ムッツァート伯爵領】の中にある街【アズファラン】が、あたしが生まれた、この街の名前。
この帝国は西に海を背負った海洋国家でもあり、内陸では農業が盛んな農業大国でもあり、現在は国の北側の山岳国家群の鉱山開発を狙い、小競り合いを繰り返しているらしいね。
前世でやった戦略ゲーム的に考えても、元々地頭のよろしくないあたしには、この帝国がどのような立ち位置なのかは、地図だけでは読み取れない。
ただ、第一印象としては、そこそこ良い国なのでは? といったものだ。
西の湾岸都市を中心として漁業や交易も栄えているし、大陸の10分の1とはいえ、他の国々と比べれば遥かに巨大な国土。
中央寄りだからかどうかは、この街しか知らないから何とも言えないけど、我が家も、街の人達も、特に困窮もせずに、豊かに暮らせていると思う。
そうであるといいな。
いや、そうであれ。
生国が豊かなのは良いことなのです。
なんてったってあたし、まだ7歳だもの!
コンコン、と。
地図と睨めっこをしていたあたしの耳に、ノックの音が飛び込んできた。
「お嬢様、起きておいでですか?」
「起きてるよ。入っていいよ。」
ノックの主は、最近ではあたし専属みたいになっている、メイド奴隷のバネッサだ。
あたしの先生でもある。
「失礼します……あら、本日もお早いのですね。また悪い夢見でしたか……?」
既に着替えも済ませて勉強机に向かっているあたしを見て、心配そうな顔を向けてくるバネッサ。
「また、ちょっとね。でもおかげで、地理の復習ができたわ。」
もちろん痩せ我慢です。
でも、親身になって世話も勉強もしてくれるバネッサに、あまり心配は掛けたくないの。
「そうですか。あまりご無理はなさらないでくださいね。ミリアーナも心配していますよ。」
「ミリアーナが?」
ミリアーナとは、借金奴隷の身分にある、冒険者の綺麗な女性だ。
あたしが大好きな人で、良くお話をしてもらっている。
「あの儀式の日からお嬢様に元気が無い、と。私に相談してきましたよ。今日は午前中は仕事が無いみたいですので、お勉強をお休みにして、行ってらしてはいかがですか?」
彼女の主な仕事は、戦闘の技能を使っての護衛や、人に雇われる用心棒のようなモノが多い。
だから、あたしが彼女を護衛にしない限りは、こちらから会いに行かないと、会う機会はほぼ無い。
以前は足繁く通ってお話をせがんでいたけれど、それもだんだんと数を減らしていた。
彼女が言ったように、あの儀式の日から。
「うん、そうする。あたしもミリアーナに会いたい。」
今やあたしの拠り所は、ミリアーナとバネッサの2人の奴隷だけ。
あたしが本音を言える相手は、たったこれだけになってしまった。
パパやママは気を遣っているのか、腫れ物に触るかのように余所余所しい。
あたしがバネッサに師事して勉強を続けているのを、ただ見守っているだけって感じだ。
前のような心温まる触れ合いも、ウザかったけどパパの強引な抱擁も、今では無いんだ。
寂しいな。
でも、意味不明な職業【社長】を叩き出したあたしを見た、あの落胆したようなパパの顔が。
夕飯の時にあたしに向けられた、哀れむようなママの顔が。
どうしても頭から離れずにいて、あたしから踏み出す力を削いでくる。
あたしは頑張ってるよ?
【社長】の意味を知っているから、そうなるために。
パパもママも信じてくれなかったけど、【商人】よりよっぽど凄い職業なんだから。
だから、また褒めてほしいな。
家業を、この奴隷商人という仕事は、立派な仕事だと思う。
少なくとも、違法行為の無い我が【ワーグナー商会】は、真っ当な商売人だと思っている。
そして継いで、残したい。
パパやママと、ミリアーナやバネッサと、奴隷達と、一緒に居たい。
そのためにこうして、バネッサに勉強を見てもらってるのに。
前みたいに神童だなんだと言われるのは大袈裟で嫌だけど、声を掛けてくれても、いいじゃない。
ちゃんと護られてるってのは解ってる。
日々不自由なく生活できているのは、パパとママのおかげだ。
だけど、やっぱり。
前と違うその距離感に、寂しさを感じるよ。
「もっと、頑張らないと。」
パパやママに解ってもらうために、また受け入れてもらえるように。
中身は実は大人で、今更子供らしく甘えられないあたしに、出来ること。
それは、職業【社長】が良いモノだと、理解させること。
こんなにも役に立てると、解ってもらえること。
「努力なさるのは大変結構ですが、その前に朝食を摂りましょう。奥様のお支度も、直にお済みになりますから。」
そうだね。
腹が減っては戦は出来ぬって言うしね。
ササッとご飯食べて、大好きなミリアーナの所に行こう!
「……バネッサ。私はもう、我慢ならない……!」
「ミリアーナ、落ち着きなさい。」
「ミ、ミリアーナ……? どうしたの……!」
朝ごはんを食べて、久しぶりにミリアーナに会いにやって来た。
あたしは自分で頑張る、と。
パパやママに認めてもらうために頑張ると、2人に話したところ……
何故かミリアーナが怒り出した。
「お嬢様はこんなにも頑張っていらっしゃるというのに……! 旦那様も奥様も、一体何を見ておいでなのですか……!?」
「ですから、落ち着きなさい。お嬢様がお決めになったことです。」
「そ、そうだよ! あたしがそうしたいの! ミリアーナが怒ってくれるのは嬉しいけど、変なことしちゃダメだよ……!」
ミリアーナの奴隷契約では、主人はパパになっている。
そんな主人に逆らうようなことをしたら、奴隷の証である首輪が締まって、最悪命を落としてしまう。
「それでも……! お2人のお考えが私には解らない! あんなに大切にされていたお嬢様への想いは、その程度だったのか? 嘘だったのですか!?」
立ち上がったミリアーナ。
そのまま部屋を仕切っている鉄格子に向かうと、急に姿が消えた。
って、ええっ?!
ドガッシャアアアアアアンンンッッ……!!!
鼓膜が破れるかと思う程の騒音。
そこには、右足を蹴りの形に浮かせたまま制止する、ミリアーナの姿があった。
「よしなさい、ミリアーナ!!」
バネッサが即座に追い縋って、ミリアーナの腕を掴む。
「放せ! 私は旦那様と奥様の真意を問い質しに行く!」
「ちょっ!? ミリアーナ、そんなことしたら首が締まっちゃうよ!!」
「やめなさいミリアーナ! 止まりなさい!!」
駆け付けた、他の奴隷達も必死に止めに入る大騒ぎ。
妨害しようとしてはミリアーナに殴られ、蹴られ、次々と倒されていく奴隷達。
ええ……!? ミリアーナって、こんなに強かったんだ……
大の男が2人がかりでも3人がかりでも倒しちゃってる……
そんなミリアーナの大暴走は、騒ぎを聞き付けたスティーブが現れることで、なんとか治まった。
あたしはジョアーナとバネッサに連れられて、その後の顛末は見られなかった。
思ったのは、ミリアーナが無事でいて欲しいってことと、ミリアーナを怒らせるのはやめようってことだった。
ママにはミリアーナを許してほしい、ってお願いした。
ミリアーナはあたしのために怒ってくれたんだ。
あたしが言った程度で守れるかは判らないけど、お願いだから無事でいてほしい……!
ちょっと不穏な引きになってしまいましたね(汗)
「マリアがんばえ!」
「ミリアーナつよ、やばwww」
「このあとどーなる!?」
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