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第79話 マリアとキョウヤと傷病奴隷のジン

いつもお読み下さりありがとうございます。



 あたしマリア。マリア・クオリア。

 実はあたし、昨日14歳になりました!


 わー! おめでとうあたしー! ハッピバーズテートゥーミーっ♪


 ついに14歳! エ〇ァに乗れる歳になったあたしの誕生日は、残念ながら大好きな生家――アズファランの街のワーグナー商会本店だね――で迎えることはできなかった。

 だけど新事業所である〝ハル・ムッツァート支店〟に居るみんながパーティーを開いてくれたし、嬉しいことに本店で留守番をしてくれているみんなからも、お祝いのお手紙が届いたの!


 嬉しくて、嬉しくて。

 あたしはついつい羽目を外しちゃって、オークションの時にあの貿易都市で買ったネコミミを着けて、大はしゃぎしちゃったよ。

 せっかく買ったのに持ってこなかった! って、ミリアーナが凄く悲しそうにしていたけど。あとキョウヤが顔を真っ赤にしてキョドってたのがホントに面白かったね。その後ミリアーナに叱られてたけど、キョウヤってやっぱりロリコン……?


 新たにあたしの仲間になった、この支店に受け入れた奴隷達も、奴隷と一緒になってはしゃぐ奴隷商人が珍しいのか、最初は戸惑っていたけど、そんなものは雰囲気とムスタファの美味しい料理で吹き飛んで、一緒にお祝いしてくれたよ。



「それで? 彼がそうなの?」


「はい……。ジンさん、僕です。キョウヤです。分かりますか?」


「……キョウヤ……なのですか……?」



 そんなお祭り騒ぎの中で、あたしはベッドから起き上がれない傷病奴隷達の所にも、一人一人訪ねて声を掛けて回った。


 いつもならミリアーナをお供に連れ回すところだったけれど、ライオン耳を持ってこなかったことを凄く気にして落ち込んでたから、代わりにキョウヤと一緒に回ったのね。

 その時に、キョウヤが前の職場――ブリリアン伯爵家に仕えていた頃の知り合いに似ているという男性を見掛けたの。


 その男性は顔の上半分を包帯で包まれ、ひと目で眼を病んでいることが分かる状態でベッドに佇んでいた。




 名前:ジン・ソニトゥス 年齢:31 性別:男

 職業:マリアの奴隷 適性:高位神官 魔法:浄化・神聖

 体調:良好(視力低下) 能力:A 潜在力:AA

 備考:託宣者




 聞けば彼……ジン・ソニトゥスは、ブリリアン伯爵領にある統一女神教会(イシス教)の聖堂で、司教を務めていたほどの人物だとのこと。

 キョウヤが仕えていた伯爵家のご令嬢……テスタロッサ嬢と共に度々聖堂を訪ねては、交流を持っていたらしい。



「懐かしいですね、キョウヤ。やはりお告げの通りに再会できた。君も大変だったそうで」


「ジンさんこそ……! その眼はどうしたんですか!?」


「はいストップ。ここじゃ他の人達が不安がるでしょ? 積もる話は移動してしましょう。キョウヤ、彼を車椅子に乗せてあげて。今日はいい天気だし、お庭でお茶しながらお話しよう」



 不躾で申し訳ないが、あたしは横槍を入れて会話を中断させる。

 大部屋には他の奴隷達も居ることだし、【人物鑑定】で観た限りではそれなりの大きな事情が有りそうだと判断したあたしは、二人を連れて場所を変えることにしたのだった。





「改めて、このワーグナー商会の会長のマリアだよ。無理矢理部屋から連れ出してごめんね、ジン・ソニトゥス司教様」


「会長殿、何も謝ることなどありませんよ。それにとても日差しが心地好い。女神イシス様のお恵みに感謝を。会長殿との巡り合わせと、旧知の友との再会に心よりの歓びを。どうか私のことはジンと」



 そう言って陽の光に向かって会釈をしてから、あたしに向き直って笑顔を見せるジン。

 しかしそんな和やかな雰囲気を許せないのか、普段とは違う切羽詰まった声音で、キョウヤが口を挟んでくる。



「ジンさん、何があったんですか? 少なくとも僕が捕まる前に会った時には、あなたはそんな事にはなってなかったはずです。急な病気か何かにでも――――」



 矢継ぎ早に事情を訊ねるキョウヤだったが、しかしジンはそれを手で制して止めた。それから『落ち着いて聞け』と念を押してから、ぽつりぽつりと語り始めた。



「キョウヤが〝仲間殺し〟の容疑で捕まったその日の夜です。私は何かの間違いだと思い、詳細を訊ねるため伯爵邸を目指し馬車を走らせていました。聖堂には拙速が過ぎるのではと思うほど手際良く、裁判の審理官の派遣要請が提出されていましたからね」



 その道中襲撃に遭い、護衛達の奮闘と犠牲で辛くも退けたものの、ジンは顔に酸を浴びて視力をほとんど失ったとのことだ。



()()うの(てい)で聖堂へと帰り着いたものの、私はその体たらくでしたので裁判にも出席することが叶わず、半ば軟禁の形で聖堂の奥に押し込められていましたよ。キョウヤ、裁判の審理官は誰が?」


「……確か、〝キュベイ〟という助祭から繰り上がって司祭になった男です」


「なるほどキュベイが……。恐らくは審理官として御しやすいと判断されたんでしょうね。神前の誓いを踏みにじり捻じ曲げるとは、なんと罪深いことを……」



 帝国法によれば、平民同士による裁判であれば、領主及びそれに代理する地位の者の一存で裁くことができる。


 しかし、事が貴族が関わるとなると話が違ってくる。キョウヤは曲がりなりにもブリリアン伯爵に叙爵された名誉騎士で、裁判の相手も騎士を号する者。

 そうなると、帝国法に則り領主である伯爵はもちろん、国教でもある統一女神教会(イシス教)から審理官を招いて、神前に誓いを立てないといけなくなる。この場合の審理官とは、司祭以上の神官が該当するよ。



「人伝にキョウヤ、君が罪人として確定したと聞きました。家名を剥奪され、犯罪奴隷に身を落としたと」


「はい。ですが会長に……マリアさんに救われて、こうして不自由なく過ごさせてもらっています」


「それも聞きました。あの御方……カルロース・サンタ・アイオニス子爵様から」



 ここで意外な人物の名前が飛び出してきたな。


 カルロース・サンタ・アイオニス子爵。フォーブナイト帝国内務局に所属し、裏では【毒蛇】の異名を持つ暗闘貴族だ。キョウヤやロクサーヌを手に入れた奴隷競売(オークション)ではその責任者として、あたしとも商談のテーブルに着いた男だ。



「私では君を救えなかった。しかしせめて一助となるために、私はかの御方の協力の下こうしてここに来たのです。キョウヤ、備えなさい」



 本当に目が視えていないのかと思うほど、真っ直ぐにキョウヤを見据えて。居住まいを正したジンが、(おごそ)かに告げる。



「〝薔薇の君〟が、闇に囚われようとしています。そうなれば最後、私達が過ごした彼の地は血と謀略の渦巻く泥沼へと化すでしょう。託宣者たる私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()手助けせよと、女神イシスより神託を下され、ここへ来ました」



 …………とんでもないことになった。それがあたしの……()の正直な気持ちだった。





 ◇




 ジンと話したその日の、夕暮れ時。

 あたしは執務室に集まったキョウヤ以外の二人に事情を話し、助言を求めた。



「ブリリアン伯爵家のテスタロッサ嬢ですか……。これまた有名なお方の名前が飛び出してこられましたわね……」


「知ってるんだね、カトレア」


「ええ。社交界では比肩する者無しとまで言われ、〝薔薇姫〟と皇帝陛下に評されたほどの絶世の美姫ですわ。婚姻を望むお声が絶えないそうですわね」



 なるほど。ジンさんが言った〝薔薇の君〟というのは、そのテスタロッサ嬢のことで間違いなさそうだね。そしてそのテスタロッサ嬢こそが、キョウヤが〝仲間殺し〟の罪を被ることになった大きな要因に違いない。



「カトレア部長、アンドレ部長。ジンさんの話では、テスタロッサお嬢様を狙う者が居るそうなんです。僕が冤罪を被ったのもその一環だと。心当たりはありませんか?」


「ブリリアン伯爵家は確か中立派だったな」


「そうですわね。そしてわたくしがムッツァート伯爵家にお仕えしていた当初から、閣下が熱心に勧誘なさっていたほどのお方です。このフォーブナイト帝国に於いて、貴族最高位たる侯爵位に、ムッツァート伯爵閣下と並び最も近いお方ですわ」



 中立派……しかも我等が領主様と同格の大貴族ねぇ。あたし、すっごくイヤーな予感がしてきちゃったんだけど。



「〝皇族派〟たるムッツァート伯爵の仇敵である、対立する〝貴族派〟の謀略……ってのが、最も可能性が高けぇんじゃねえっすかね? あの【毒蛇】カルロースがわざわざ動いたってのも気になるしな」


「貴族派の……。すると筆頭はあの……」


「そうだねカトレア。ある意味あたしにとっても、そして領主様であるムッツァート伯爵閣下にとっても因縁の相手――ドナルド・フォンド・ファステヴァン侯爵だね」



 あたしの元本家であり、今は既にお取り潰しとなったセイラム男爵家――あたしの奴隷であるロクサーヌの生家でもある――が仕えていた大侯爵。

 あたし達の住むムッツァート伯爵領の隣りの領地を支配する大貴族で、その立場は皇家を支持するムッツァート伯爵とは正反対の、貴族達の権力を高めようとする派閥の筆頭貴族だ。



「そんな……大物が……!?」



 さすがのキョウヤも驚きを隠せない様子だ。

 そりゃそうだろうね。皇族の親戚筋に当たる公爵位を除けば、実質貴族では最も地位の高い人物。そんな奴が、自分の冤罪事件に関わっている可能性があるんだから。



「カトレア、ムッツァート伯爵閣下に謁見を申し込んで。それとアンドレは長期出張の準備をお願いできる?」


「かしこまりましたわ、マリア様」


「あいよお嬢。どっちから調べます?」


「両方だよ。ただしまだ準備までに留めておいて。閣下の許可が下りてから調査開始だよ。事は貴族の派閥抗争と権力闘争だからね。あたし達も慎重にいくよ」


「「「はいっ」」」



 14歳になったばかりのこのあたしが。

 この世界に生まれ落ちてから最大の、そして最悪の相手と敵対することになる、その切っ掛けとなった一日だった。





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[良い点] 一気見しました!生々しく辛い部分もありますがどのようにして進んでいくのか続きが楽しみです! マリアの雄々しいシーンは惚れますねぇ
[良い点] 更新ありがとうございます [一言] キュベイという助祭ですか… 「恥を知れ!俗物!」 と言いながらファンネル飛ばしそうですね
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