第78話 マリアと視察団
新章開始です。
なかなか書くのが難しく、遅くなってしまって申し訳ありません。
どうぞお楽しみください。
「マリアよ、これはどういう物なのだ? 従来の物とはだいぶ違うが」
「それは、使用者が自ら動かすことができる車椅子です。車輪に添えられた輪を手で回すことで自走できます。またこちらの物は片手でも操作できるように工夫してあります。片側に両輪を回す操作輪を付けているので、片腕を失った者でも自由に移動できます」
「ほう……」
あたしは現在、領都〝ハル・ムッツァート〟に新たに開いた事業所を、我等が領主様であるクオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵にご案内しているところだ。
傷病奴隷などの行き場のない奴隷達を受け入れ、稼働し始めてから早ひと月。従業員や奴隷達も少しはここでの生活に慣れ始めたと判断したあたしは、続いてこの福祉業に、〝行政からの補助〟を得るために動き出したの。
そのためにはまず、為政者にこの事業の有用性を認めてもらわないといけない。怪我や病気で社会に出られなかった人達も、やり方によってはここまでできるんだってことを、説明して理解してもらわないと。
「今まではただ押してもらい運んでもらうだけであった物を、その者達の脚とするのか」
「他にも研究部門では、義足や義手なども目下開発中です。現在は魔力によって物を意のままに動かすことを主題に置いております」
「魔力によって動く手足か。実用化されれば利益は計り知れんな」
「最初期は不具合も多くまた高価になるとは存じますが、効率化最適化を繰り返せば、一般層にも普及は可能になるかと存じております」
もちろんそう上手く物事が運ぶ訳が無い。車椅子なんかは前世の朧気な知識でなんとか形にはなったけど、普通のならまだしも魔力で動く義肢なんて物は完全に未知の領域だ。
それでも実現すれば、多くの奴隷や身体障害者達を救うことができる。だからあたしは商人の厚い面の皮を被って、多分にハッタリも交えて、自信を持って伯爵に伝える。
「ふむ。研究の分野も気になるところであるが、それよりも奴隷達の現状を知りたい。居住区画を見せてみよ」
「かしこまりました」
伯爵御一行様を引き連れて、新事業所であるワーグナー商会・ハル・ムッツァート支店の中央棟から階段で降りて行く。
「そういえばマリアよ。昇る時も気になっておったのだが、この中央階段の両脇の太い柱は何なのだ? 何やら各階に扉が付いているようだが」
お、そこに気付くとはさすが伯爵、お目が高い。
まあまだ開発中で、実用化はもうちょっと先なんだけどね。
「それらは、〝魔導昇降機〟という現在開発中の大型魔導具です。鉱山などの滑車を利用した昇降機を、魔力によって自動で動かし、人や物を上げ下げできます。実用化に至れば、車椅子など足の不自由な者でも上階へと簡単に行き来できるようになります。重い荷物を持って階段を昇り降りすることも無くなるでしょうね」
「それは素晴らしいな。完成したら我が城にも施行してもらうか」
さすが有能なる伯爵閣下、エレベーターの利便性に即座に気付いたみたいだね。
だけどまだ認識が甘い。あたしはそこを補足すべく、ちょうど降り立った二階のエレベーターの扉の前で振り返り、居住まいを正す。
「閣下。このエレベーターはただ便利なだけではありません。これは〝可能性〟なのです」
「ふむ? 説明せよ」
「はい。確かにこのエレベーターの利便性は計り知れません。閣下のお城や砦、果ては王城、皇宮などにも取り付けられれば、お務めになっている方々もさぞやお仕事が捗るでしょう」
「それだけではないと?」
「その通りでございます。わたくしは先程、『足の不自由な者達でも』と申し上げましたね?」
あたしの言葉にハッとした顔を見せる伯爵。
どうやら言わんとしているところに思い至ったようだ。
「在野に埋もれている、優秀ではあるが身体に支障のある者達……。その発掘と登用が可能となる……」
「病いや戦さで脚を失っても、頭と腕が有れば執務は可能です。それができなかったのは、偏に職場の機能性の問題です。魔導エレベーターと車椅子、そして将来的には……〝魔導義肢〟とでも名付けましょうか。それらを駆使すれば、優秀な人材が野に埋もれたり、手放すことも大幅に減らせるでしょう」
「全ては繋がっている、ということか……」
「左様にございます、閣下。此度の奴隷受け入れと新事業の発足が、その足掛かりとなる事をこそ、わたくしは望んでおります」
伯爵のみならず、同行する彼の側近や護衛達からも感嘆の声が上がる。
よしよし、中々好感触なんじゃないのコレ!?
「では皆々様、ちょうど二階に来たことですので、まずは身体障害の無い、もしくは軽微な者達の生活からご覧になってくださいませ」
一つの〝可能性〟という楔をまずは打ち込めたと、あたしは内心ガッツポーズをキメながら、視察団の案内を再開したのだった。
◇
「これは……!? これが奴隷や病人の食事だというのか……!?」
くふふふ。驚いてる驚いてる……!
一通りの施設見学を終えて、ちょうどお昼時となったので。あたしは是非にと伯爵やその一行に声を掛け、我が商会自慢の料理の数々を披露しているところだ。
「健康的な良き生活は良き食事から。そして良き仕事は良き生活からと、わたくしは常々考えておりますので。そしてこちらが、我が商会の調理部の面々が試行錯誤して出来上がった、病人用の〝軟菜食〟でございます。飲み込み易くありつつも、味と彩りを楽しめ、そして栄養も充分に摂ることができます」
「スプーンで簡単に切れるな……。これは肉か。こちらは野菜に、魚もか。確かにさほど噛まずともするりと飲み込める」
「か、閣下……!? 病人の食事など閣下が食さずとも我々が……!」
「戯けが。その病人や生活の困難な者達を我が領へと受け入れたのは我等であろう。その者達のために奮闘するワーグナー商会の成果、我等が確かめずして何とするか。そうであろう、マリアよ」
「勿体なきお言葉にございます」
さすが伯爵、ホントにできたお人だよ。アンタほど民を思っている領主なんて、この帝国に他に居るのかな? つくづくあたしは、このムッツァート伯爵領に生まれて良かったと思うよ。
「こちらが健常者用の食事でございます。献立の内容は、たった今召し上がっていただいた〝軟菜食〟と同じものです。軟菜食は煮崩したり潰したりといった過程でどうしても味が落ちる難点がございますが、回復改善されれば、こちらの普通の料理を食すことになります。今回は試食という形ですので、量は控えております故、是非ご賞味くださいませ」
「……ッ!? これは……し、信じられん……! マリアよ、この料理を手掛けた者は一体何者なのだ!? 」
そして〝常食〟……食事に不自由の無い奴隷やあたし達従業員が食べる通常食を口にした伯爵が、その目を驚愕に見開いた。
舌の肥えた大貴族たる伯爵といえども震わせる料理。そんな料理を作れるヤツなんて、一人しかいないでしょうが!
「我が商会が誇る調理部の長、ムスタファの作にございます。元々は我が商会に登録されていた奴隷であったところを、わたくしが正規の従業員として登用いたしました」
まあ当の本人は厨房の物陰に縮こまって、必死であたしに向かって手を横に振ってるんだけどね。相変わらず気の小さな漢女だねぇ、ムスタファってば。
「ぬぅ、奴隷でなくお主の部下であったか。惜しいな。是非我が城に招きたいほどの腕前である」
「お褒めに与り光栄の至りでございます。当人も喜ぶでしょう。ですがその者は我が商会の要でございますれば、何卒……」
「分かっておる。無理に召し上げることはせぬ故、安心するがよい」
「調理部にはムスタファの指導を受けた料理人の奴隷が多く居りますので、もしご検討の際はお声掛けくださいませ」
「まったく、お主には何度驚かされれば済むことやら……」
それもこれも、両親が死んで孤独になったあたしを、商会長として認めてくれた伯爵のおかげだよ。アンタのおかげで、あたしはここまで昇り詰めることができたんだ。ホントに感謝してる。まあだからって、ムスタファは絶対にやらんけどな!
あたしと伯爵。領主と領民。貴族と商人。そして貴族としての親と子。
不思議な巡り合わせと言ったらそれまでだが、ここまでお互いに認め合い協力し合える関係を築けたのは、本当にありがたいことだ。まさに一蓮托生の仕事仲間と言っても過言ではない。
伯爵は民を思う名領主として、あたしは伯爵領唯一の奴隷商として。これからも互いに支え合える関係でいたいものだね。
結果としては、今回の視察は大成功に終わったと言えるだろう。
伯爵御一行様方も満足して帰って行ったし、施設の設備や、受け入れた奴隷達の生活やそれに満足している姿を見てもらえたはずだ。
あとはあたしが頑張って、彼等行政府から支援を勝ち取るだけだ。その概要は既に伯爵の手元に届いているだろうし、むしろここからがこの福祉事業にとっては本番だろう。
気合いを一新して、これからも歩き続けるんだ。
あたしはマリア。マリア・クオリア。
奴隷商の娘で、奴隷商会であるワーグナー商会の会長さん。
祖父が興し父が継ぎ、そしてあたしが受け取ったこの商会の名は、絶対に潰させたりしないからね!