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第77話 心強い仲間を得るマリア



『実はね、カトレアにはまた領都へ行く前に伝えておかなきゃいけない事があるの』


『わたくしに……ですか? 何か粗相でもしてしまったのでしょうか……?』



 普段のキャリアウーマン的なキリリとした顔に不安の色を浮かべて、本物の貴族令嬢であるカトレアはそう訊ねてきた。



『ううん、カトレアは本当に良くやってくれてるよ。いくら伯爵閣下から命じられたとはいえ、あたしのような小娘の部下として働くなんて、伯爵領の財務次官でもある貴女には屈辱でしかなかっただろうに』


『それは、いつかにお伝えした通りですわ、マリア会長。わたくし自身にも興味があったと。そして今ではこの商会での生活がすっかりと身に馴染んで、心地好いともお伝えしましたわ』



 いつだったか彼女と話した内容を蒸し返したあたしに、彼女は嫌な顔一つせずにそう微笑んで返してくれた。それこそその時と同じようにあたしのことを、商会やみんなのことを肯定してくれる言葉と共に。


 カトレア、貴女は気付いてる? 感じてる?

 貴女はもう、あたしの商会にとって無くてはならない存在になっているってことを。

 あたしにとっても、みんなにとってもかけがえの無い、大切な仲間として思われているってことを。



『そんな貴女に、お願いがあるの。これはワーグナー商会の会長、マリアからの。名誉貴族としてのマリア・クオリア女士爵からの。そしてただの()()のマリアからの、心からのお願い。聞いてくれる?』


『……お聞かせくださいますか?』





 新事業の準備に追われる忙しい中で、カトレアと二人きりで話した日の事が蘇る。


 あの日あたしは、自分の正直な気持ちを彼女に伝えた。


 その場で即決で断られたらどうしようとか、烏滸(おこ)がましいとか、厚かましいとか思われたらどうしようとか。そんな考えが頭の中でグルグルしてて、不安で吐き気すら催してしまうほどだったのを良く覚えている。


 ()()()()()()()()()馬車から降りてくる、スレンダーでモデルのような、無表情なクールビューティー。

 デキる女代表の、伯爵から遣わされた監督官にして、我が商会の〝総務部〟の部長。


 カトレア・ストークス男爵令嬢が、落ち着いた声音で、あたしに声を掛けた。



「お疲れ様ですわ、マリア会長。唐突で大変恐縮なのですが、お時間を頂戴してもよろしくて?」



 あたしはバネッサにお茶とお菓子の用意を頼んで、この新事業所のあたしの執務室となる部屋へと、カトレアと共に移動したのだった。





 ◇





「まずは、新たな事業所の開設準備が滞りなくお進みになっている事、心よりお慶び申し上げますわ」


「はは、ありがとカトレア。貴女にそう言ってもらえると、なんだか自信が湧いてくるよ」



 二人きりの執務室で、簡単な応接用のソファセットで向き合いながら語るあたし達。

 お互いに一仕事終えた後なので、休憩も兼ねてお茶を楽しみながら、和やかな雰囲気で話し始めた。



「ご謙遜ですわ。我らがご領主様であらせられる、ムッツァート伯爵閣下も、マリア会長のご手腕を大層お褒めになっておられましたのに」


「光栄だね。あたしもあのお方のことは信頼しているし、本当に良い領主様だと思ってるからね。伯爵なんて大貴族なのに、平民や奴隷にまで気を配ってくれて、あたしこそ感謝の言葉も無いよ」



 怖い。この他愛のない会話だけで済んでくれないかと、心からそう思う。

 きっとカトレアは、あたしがあの日彼女に伝えた〝お願い〟のことを話すつもりだ。その答えを聞くのがどうしても不安で、どうしようもなく怖いんだ。


 そんな不安に揺れるあたしに対して、カトレアは目を細めて、優しい微笑みを浮かべてソファから立ち上がった。



「お隣り、失礼いたしますわね」


「う、うん……」



 そして何を思ったか、対面に座るあたしの方へと歩いてきて、あたしの隣りに腰を下ろした。

 あたしは成長期とはいえ、もうすぐ14にはなるけどまだ子供で。大人の女性でもあり、且つスタイル抜群のモデルのようなカトレアが隣りに座ったことで、必然的な彼女を見上げる形となった。


 ドキドキする。

 身体は女の子でも中身は八城要(やしろかなめ)という男で、そんなあたしのすぐ左隣りに、正真正銘の貴族令嬢の、それも美人なカトレアが微笑んで座っている。



「ふふふ。そんなに固くならずとも、よろしいのではなくて?」


「い、いやそうは言うけどね? カトレアは美人だし、緊張するなって方が難しいよ……!」


「まあ、嬉しいですわ。ですがマリア会長こそ、下手なご令嬢よりもよほど美しく、可憐ですわよ」


「いいいいや、その……!?」



 顔が熱い……! なんだコレは!?

 まさか百合!? 〝お話〟ってまさか、お姉様と少女の禁断の恋の始まりのことだったのか!?



「ふふ。そう緊張なさらないでくださいな? わたくし、先程まで閣下と例の件についてお話してきましたの」


「え、あっ、はい……」


「ふふふ。なんですの、それは? マリア会長ったら、一体()()ご想像してらしたのかしら?」



 ぐおおおおおッ!? そうだよね!? そりゃそうですよねぇッ!?

 クッソ恥ずかしいぃー!? 何が禁断の恋だこのバカチンめ! マリア、恥ずかしい子っ!!


 顔が赤くなっているのが自分でも分かり、慌てて逸らして誤魔化すようにお茶を飲む。

 アカン……あまりの羞恥に手が震えとるわ……!



「マリア会長。貴女様はわたくしにあの日、『正式にワーグナー商会の部長として働いてほしい』と、そう仰いましたわね?」



 そう。あたしはあの日、カトレアに伯爵の部下としてではなく、ただのカトレア・ストークスとしてあたしと一緒に働いてほしいとお願いした。

 貴族のお嬢様に、たとえ名誉貴族といえど平民出の娘の部下になれと、ありえないことを言ったのだ。



「わたくしに内緒で、この事業のお話が出た際に閣下にまでお願いなさったんですのね?」


「う、うん……。ごめんね、勝手に……」


「ええ、確かに勝手ですわ」



 うぐ……! 確かにあたしは、伯爵からこの仕事の要請を受けた時に彼女の今後の身の振り方について、彼に相談していた。

 彼女に監督役としてではなく、そして伯爵の部下との掛け持ちでなく、あたしの仲間として迎え入れたいと、そう願った。


 カトレアはとても優秀だし、商会のみんなとも打ち解けて、何よりもあたしにとってかけがえの無い存在になっていたから……。



「ですが、それも当然の筋ですわ。わたくしはあくまでも閣下から派遣された、あのお方の部下なのですから」


「カトレア?」



 てっきり怒られると思っていたあたしは、彼女のその言葉に思わずその顔を見上げる。

 カトレアは普段は冷たさすら感じさせる整ったその美貌に、しかしとても温かな微笑を湛えてあたしを見ていた。



「閣下から今回のお話をお聞きした時は、とても驚きましたわ。そしてそれと同時に、とても嬉しく思いましたの。マリア会長の真剣さが、確かに感じられましたもの」


「どういう……こと?」


「普段のご聡明さは如何いたしましたの? わたくしもそう望んでいたと、そういうことですわ」



 え……? カトレア、それってまさか!?



「確かに大貴族たる伯爵の部下を欲するなど、常であれば不敬極まりないことですわ。ですがわたくしは、常々閣下へのご報告の折に触れて、この商会に身を寄せたいと、そうお願いし続けてきましたの。そうなれば、話は別ですわ」



 伯爵への報告の内容なんて、知りようもない。それはあくまで〝監督官〟としての、伯爵の部下としてのカトレア・ストークス個人の仕事だったからだ。

 しかし彼女は。カトレアはなんと言った? 『前々からウチで働きたいと願っていた』と、そう言ったの……?



「わたくしが望み、マリア会長が望み、そして時期(タイミング)もお見事でしたわ。マリア会長はわたくしの上司たる閣下への筋を通し、しかもこのような大掛かりな案件をすら引き受けて、その度量を示されました。如何な伯爵閣下といえど、断れるものではございませんわ」



 まるで一緒に悪戯(イタズラ)を楽しんでいるかのように、蠱惑的とも言えるような妖しい笑みを浮かべるカトレア。

 あたしは何故だか時折覗くこの微笑こそ、彼女の本心なのではないかと。そう思えて、思わず背筋に冷たいモノを感じる。


 だけど嫌な気はしない。彼女は本来、暗闘を生業とする貴族家の娘だ。そういった家系で育ち、教育を受けてきた彼女の辣腕に、その知識に、これまでどれだけ助けられてきたか。

 頼もしさを感じこそすれ、恐れだとか、忌避感は持ちようがなかった。



「本当に、それでいいの? カトレアだったら、財務次官を足掛かりにもっと……、それこそ皇宮仕えだって狙えるんじゃ……」


「その場合わたくしは、ストークス男爵家の娘として、暗闘屋の娘として、そして〝キャスター〟たる伯爵閣下の部下としてまた生きることになりますわ。ですがわたくしはわたくしで、カトレアとして生きたいと、そう思うのです。そう、思うようになったのです」



 うるさく鳴り続ける鼓動が収まらない。だけどそれは身をつまされるような、追い詰められるような嫌な感じではなく、もっと別の。()()からくるドキドキが、あたしの小さな胸の中で鳴り響いている。



「改めて、わたくしから正式にお願いいたします。マリア・クオリア女士爵様。ワーグナー商会会長マリア様。そしてわたくしを友と呼んでくれた初めてのお人である、マリア様」



 あたしの隣りに座り、あたしの手を取って強く握り。

 優しい微笑を浮かべて、カトレアがまっすぐにあたしを見る。



「わたくしカトレア・ストークスを、このワーグナー商会で働かせてくださいませ。ミリアーナやバネッサら他の部長達と共に、貴女様を、マリア様を支えさせてくださいませ」


「うん……! うん、もちろんだよ! ありがとうカトレア! これからはずっと一緒だね!!」


「ええ。ずっと一緒ですわ。わたくしに、マリア様の成される全ての事を、共に眺め、共に感じ、共に成させてくださいませね?」



 いつの間にか、あたしは自分からカトレアの手を握っていた。中身が本当の女の子だったら、勢いで抱き着いていたかもしれない。

 それくらい嬉しくて、凄く凄く嬉しくて、緊張が解けたあたしの目からは、ポロポロと涙が溢れていた。


 それをまた微笑みながら、テーブルに置かれた布巾で優しく拭ってくれるカトレアにまたドギマギさせられながら。

 あたし達はその後は、楽しくお茶をしながら今後のことを語り合っていったのだ。





 あたし、マリア・クオリア。もうすぐ14歳になる女の子。

 伯爵からの要請によりこの領都に拠点を得て、新たな事業を興すことになったの。


 その事業は〝社会復帰訓練(リハビリテーション)〟。

 多くの行き場の無い傷病奴隷や、心を病んでしまった奴隷達を受け入れるべく、前世の知識や記憶を頼りに提案し、準備を進めてきた新事業はいよいよ大詰めとなり、受け入れが始まろうとしている。


 そんな渦中で、あのカトレアが正式にウチの、ワーグナー商会の仲間になったの!

 もう伯爵へ報告をする必要も無い、みんなに遠慮することもない、本当の仲間に。


 こんなに嬉しいことは無い。こんなに心強いことは無い。


 商会のみんなもきっと喜ぶだろう。総務部でカトレアの働きぶりと有能ぶりを見てきた部下のみんなや、商会のことで何かと一緒に動くことが多かったバネッサなんかは、特に歓迎するに違いないね。


 こうしちゃいられないや!

 新事業が始まったらまた大忙しで大変になるだろうから、その前にカトレアの歓迎パーティーを開かなきゃ!

 アズファランの街に残してきたみんなには悪いけど、〝伝書鳥〟を使ってお知らせして、向こうに帰った時にもパーティーが開けるように準備しといてもらおう!


 ああ! ムスタファを探してお料理やお菓子を頼まなきゃ!


 新しい事業所に、新たな頼もしい仲間に。

 あたしは今、ほんっとうに幸せです!!





いつもご愛読くださり、ありがとうございます!

このお話を持ちまして、今章の区切りとさせていただきます。


正式に仲間となったカトレアのこれからの活躍や、新事業の行く末など、是非新章を楽しみにしていてください!


作者の励みとなりますので、ちょっとした感想でもいつでもお待ちしております!

評価やブックマーク、レビューなどもいただけると本当に頑張ろうとやる気が漲りますので、是非応援をお願いいたします!


金曜の更新はお休みさせていただき、来週の月曜日から新章を始めさせていただきます。

どうぞ、おたのしみに(*^^*)


これからも応援をよろしくお願いいたします!!

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