第75話 新たな事業所を得るマリア
あたし、マリア・クオリア13歳。
領主であるムッツァート伯爵の元を一旦離れてからひと月余り。
会議に会議を重ね、準備に調整にと大忙しだったけれど、満を持してこの領都ハル・ムッツァートに戻って参りました!
目的はもちろん、捕まったロリぺド変態ギャリソンの所有していた、多くの傷病奴隷や心を病んだ奴隷達の受け皿となる、新たな事業所の起ち上げ準備のためだよ。
伯爵から領都での活動を要請された時は面食らったけど、皇帝陛下に忠誠を誓い、『奴隷も皇帝陛下の民』と憤る彼に感銘を受けたあたしは。
そして何よりも〝処分〟待ったなしの奴隷達を救いたかったあたしは、我がワーグナー商会の総力を挙げて新規事業の枠組みを練り上げ、必要な物資も資金も人材も掻き集めて、この領都に舞い戻ったのだ。
「さすがであるな、マリアよ。わずかひと月ほどで見事な新事業計画を練り上げるとは。〝社会復帰訓練〟か……。今回受け入れる傷病奴隷達だけでなく、広く万民を受け入れ門戸を開くとは、お主の発想には毎度驚かされるばかりだ」
「お褒めに与り、光栄の至りに存じます」
そんであたしは、今回の特大の仕事の要請者である領主様――クオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下と、絶賛ミーティング中でございます。
今回の伯爵の要請に対する、要となる新事業。それは心や身体を病み傷めた奴隷達だけでなく、戦争などで重度の負傷を負った兵士達や、先天的・後天的問わず障害を持つ人達を受け入れ、社会復帰や順応を目指す〝リハビリ〟がメインだ。
斬った張ったの戦争や小競り合いの絶えないこの世界〝エウレーカ〟で、手や脚などに取り返しのつかない負傷を負った人は多い。そして魔法やポーション類が発達しようとも生まれつきの障害を持つ人や、難病を患い社会に適合できないような人も数多く居る。
そんな人達を広く受け入れ、または雇い入れて他者との関わりを持たせ、社会に順応させ成長を促し、成功体験を経て復帰させる。
事業理念的なものであるなら、『人に寄り添い人を支え、生きる喜びを共に感じ、共に歩みます』といったようなことを、気恥しさも感じながらも伯爵に訥々と語ってみせたってワケよ。
まあ、ほとんどが前世の記憶頼りの、ニワカ知識からの発想なんだけどね。
「元奴隷商人ギャリソンの処刑も決まり、彼奴めのゴルフォン商会の解体並びに奴隷達の〝解放〟と〝処分〟まであとわずかといったところ。難題を押し付ける形となったが、よくぞ間に合わせた」
「恐悦至極にございます、伯爵閣下。これも偏に、閣下の日頃の格別なる御取り計らいに御恩返しをしたく、そう存じたまででございますれば……」
「よせ、堅苦しい。私はお主の能力を認めている。故にこと帝国の……延いては我等が皇帝陛下の御為と成るのであれば、私はお主と対等に語り合いたいと、そう考えている」
「も、勿体なきお言葉にございます……!」
いやいやいやいや、やめてくださいお願いします……!?
あたしはただの奴隷商人だからね!? そりゃあ家名と一緒に名誉貴族たる士爵位まで賜って、そのおかげでいくつもの難題を攻略できたのも事実ではあるんだけどさ……!
ほんの十数年前までは日本の社畜戦士として働いてた一般人には、荷が勝ち過ぎるってモンだよマジで!!
「さて。では本題であるが、お主が本拠地であるアズファランの街で奮闘している間に、我らも新たなお主の事業所の手配を滞りなく済ませてある。条件に見合うちょうど良い物件も在ったのでな、そこをお主が此処に残していったバネッサ嬢の助言の下改装・増築し、いつでも新事業を展開できるように整えてある。後ほどザムドに案内をさせよう」
「大変なお手数をお掛けしてしまい、申し訳ございません。ありがとう存じます」
その後もあたしと伯爵の綿密な話し合いは続き、お互いの情報の擦り合わせから今回の件に便乗したあたしのお願いなど、多方面且つ多岐に渡る調整等が、夕方近くまで行われたのであった――――
◇
「此処が、この領都ハル・ムッツァートに於ける君の新たな拠点、〝ワーグナー商会・ハル・ムッツァート支店〟だよ。……おや? そんなに顔色を悪くして、一体どうしたのだね?」
伯爵の側近である、ザムド・オイラス子爵の案内で向かった新たな事業所。
そこには、この領都に残し下準備を進めてくれていたバネッサの指示で慌ただしく動き回る、ワーグナー商会の従業員や奴隷達の姿があった。そしてそれだけでなく改築や舗装に携わったであろう職人達や人工達の姿も。
いやまあ、それはまだいい。
そうするよう指示したのはあたしだし、伯爵との謁見並びに話し合いに時間が掛かりそうだからと、連れて来たみんなを先行させたのもあたしだ。
「ざ、ザムド子爵様……? ちなみにですが、このお屋敷の元の所有者は、どちら様なのでしょうか……?」
そう、問題はその物件が建っている場所なの……! 伯爵領で最も栄えているこの領都で、しかも貴族街の外れとはいえあたしの生家の倍近い広さと大きさを誇る、煌びやかで豪奢なお屋敷。
もうね、立地と言い豪勢さと言い、嫌な予感しかしないワケですよ、はい。
「ふむ、おかしなことを気にするのだね? この屋敷は確か二、三年ほど以前に取り潰しになった男爵家の持ち物だったかな。ああそうだ、メトシェイド・ウォル・ハビリウス男爵という代官の男が不正を行い、閣下が直々に内部調査をしてお沙汰を下されたと記憶しているよ」
おぅふ……! やっぱりかぁ!!
その名前……メトシェイド・ウォル・ハビリウス男爵という貴族にはとっても心当たりがある。
会ったことはないけれど、過去に職業適性が【賢者】であるルーチェを狙い、当時冒険者であった彼女と彼女が所属していたパーティー【明けの明星】に、でっち上げの依頼を出して貶めたクソ貴族の名前だ。
そのお屋敷は貴族街の外れの、確かに地位が低い男爵家に見合う土地に建てられているが、その外見も規模も、一介の男爵家が別邸として建てるにはあまりにも大きく、意匠が凝らされている。
代官として治めていた街の民に重税を布き、その立場を良いことに好き勝手やって贅沢をしていた、まさに悪徳貴族のお屋敷そのものだ。
「不満かね?」
あたしは内心、これバレたんじゃなかろうかと焦りまくっていた。
何を隠そう、そのクソ男爵を嵌めて伯爵に不正を知らしめ、調査に乗り出させたのは、他ならぬあたし――お父さんとギルマスも協力してくれたけど――だからだ。
しかしザムド子爵の言葉に我に返ったあたしは、内心の動揺を悟られないように頑張って言い訳を探した。
「不満などと、とんでもないです。ただ、一介の奴隷商がこのような立派なお屋敷を使わせていただいても良いのかと、驚いてしまっただけです」
「そうかね? 閑静な立地に広い敷地、そして多人数を収容できる規模の屋敷と、君の提示した条件にピッタリだと思ったのだがね」
「それはもう、理想以上の物件です。ここでなら、傷付いた奴隷達も伸び伸びと、その傷を癒していけるでしょう。本当にありがとう存じます」
「なんのなんの。私達も頭が堅くなっていてね、物件を探すにも貴族街にまで気が回っていなかったんだよ。そんな私達に助言してくれた、君の部下のバネッサ嬢を褒めてあげたまえ」
バネッサ、あんたかぁー!?
いやね!? そりゃああたし達の関与の証拠なんか残さない、完璧な仕事ぶりだったと思うよ!? あたしだってそこは信用してるともさ!
でもだからって、自ら叩き潰した貴族の屋敷を使うことになるなんて、夢にも思わないじゃないかぁッ!?
いやぁ、もうね。その後子爵の案内で内部も見学させてもらったけど、あたしゃ内心ビクビクしっ放しだったよ……!
いつボロが出るか気が気でなくて、歳相応の女の子らしく驚いてみせたり、目を輝かせてみせたりと、普段のあたしを知るみんなが観たら大笑いされそうなことを連発して必死に誤魔化してたよ。
だってザムド子爵怖いんだもん! 伯爵の右腕だから信用も信頼もしてるけど、最初に会った時からそこはかとなく腹黒い、タヌキみたいな雰囲気を感じてるんだもん!
もちろん、貴族社会に所属している以上全てをクリーンになんてできっこないなんてことは、重々承知してる。
伯爵が厳格さを示す一方で、ザムド子爵のような部下達が根回しや裏工作を張り巡らせているんだろうなって、なんとなくだけど理解もしてる。
だからって楽しくお付き合いできるかどうかは、まったく別問題なんだよぉー!!
「ご歓談中に失礼いたします。ザムド子爵様、この度は格段の御取り計らいを頂戴し、深く御礼申し上げます」
そんな風に悶々としているあたしと子爵の元へ、噂のバネッサさんがやってきてそんなことを言い出した。
「いやいや、バネッサ嬢もお見事な差配でしたよ。私の部下に欲しいほどの有能さで、マリア殿が羨ましい限りだ」
「勿体ないお言葉、ありがとう存じます子爵様。そしてマリア会長、ようこそ〝ワーグナー商会・ハル・ムッツァート支店〟へ」
何一つ気負わず、堂々と。
自分が貶め潰した男爵家のことなど微塵にも臭わせずに、素敵な微笑を浮かべていけしゃあしゃあと返すバネッサさん。
バネッサあんたね……! なんなの、その『ドッキリ大成功!』みたいな笑顔は!?
くっそ、普段の美人さとのギャップでメッチャ可愛いよこんちくしょー!!!
いつもご愛読いただき、ありがとうございます。
メトシェイド・ウォル・ハビリウス男爵については、17話〜21話の辺りをご覧下さい。
ルーチェを仲間にする際に登場しております。
これからも応援よろしくお願いいたします。