第74話 〝警備主任〟ハダリー
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なんなんだ、この商会は。本当に奴隷商会なのか?
飯が美味い。アレもコレもやらなくていい。無茶な命令も無い。風呂にも入れる。
それに何よりも、自分に合った仕事ができる上、信じられないことに休みがある。
普通じゃない。
アタイは今でこそ慣れはしたけど、最初の頃は大いに戸惑ったモンだよ。
アタイの名はハダリー。氷狼族という狼の獣人族で、里では一番の戦士だった。
里から攫われた娘を探すため冒険者となり、しかし結局娘を失って自暴自棄になって、借金こさえて奴隷になったバカな女さ。
ある日アタイは主人の奴隷商人であるギャリソンに連れられ、他領にある別の奴隷商会、ワーグナー商会を訪れた。
目的は一つ。ギャリソンが競売で買い損ねたアイツ好みの奴隷を譲ってもらうため。そしてそれが叶わなければ無理矢理賭け試合に持ち込み、奪い取るためだった。
そしてギャリソンの思惑通り、目的の奴隷を賞品として、ワーグナー商会の奴隷と賭け試合をすることになったんだ。
「どんなとこなんでしょうね、領都の〝ハル・ムッツァート〟って。ハダリーさんは行ったことありますか?」
「いや、アタイも初めてだよキョウヤ。だけどまあ、〝キャスター〟の称号を持つ伯爵は有名人だからね。お嬢も良いとこだって言ってたし、期待してもいいんじゃないかい?」
「ですね。マリアさんの言うことなら間違いないですね」
賭け試合のアタイの対戦相手だった男、キョウヤが笑いながらアタイの隣りを馬で駆ける。
アタイと同じ【拳王】の適性持ちで、試合の時はアタイと一騎討ちの戦いとなって打ち破った、随分幼く見える青年だ。
アタイはキョウヤと馬首を並べて走り、後ろに続く商会の馬車を振り返る。
「アンタも、それに他の連中も、随分とお嬢を信頼してるんだね。確かに会長さんで名誉貴族位まで持ってるけど、まだ子供だよ?」
馬車の中で、厨房の大男と一緒に窮屈そうにしているであろう今の主人を思い浮かべ、思わず苦笑が浮かぶ。
「あはは。まあ、マリアさんは普通の子供じゃないですからね。それは貴女も充分に分かっているでしょう?」
「まあ、そりゃそうなんだけどね。時々妙に大人びて男前なこと言うし、まるで大人の男が少女の皮を被ってるみたいだよねぇ……。あん? どうしたんだいキョウヤ?」
有り得ない妄言を苦笑混じりに零して護衛の相棒に振り返ると、何やら滝のような汗を流して顔色を悪くしていた。
「あは、あはは……! な、なんでもないですよ〜っ! いやぁ、今日はちょっと暑いですねぇ!」
「……? おかしな奴だねぇ。この程度の天気で暑いのかい?」
乾いた笑いを上げて頭を搔くキョウヤに肩を竦め、アタイは会長の……マリアのお嬢の言葉を思い出す。
◆
「領主である伯爵閣下のお膝元で、新しい事業を始めることになったの」
たった一度の邂逅で、あの憎き悪徳奴隷商人ギャリソンを叩き潰した少女は、事も無げにそんなとんでもないことをアタイに伝えてきた。
領主のお膝元となれば、この伯爵領で最も栄えている都市であるハル・ムッツァートのことだろう。しかもただの伯爵じゃない、〝キャスター〟の称号を持つあの、ムッツァート伯爵の。
「ハダリーには、その新事業所の警備主任になってもらいたいの」
「…………ちょっと、何言ってるのか分からないね……!」
「基本的には施設の守衛の統括だね。周囲の悪意ある偏見から奴隷達を護るお仕事だよ――――」
「いやそうじゃなくてさっ!? アタイはちょいと前まで他所モンだったんだよ!? それもお嬢のとこの奴隷を巻き上げようとして、試合でもお嬢の大切な奴隷を殺そうとした奴だよ!? そんなアタイに何シレッと重大な仕事を任せようとしてるんだいッ!?」
信じられないことを言うお嬢に、思わず声が大きくなってしまった。
だっておかしいだろどう考えても!? ついこの間商会に来た新参者に、そんな重要な仕事を任せるわけないだろ普通!?
それも領主の住む都市での新事業所なんて、それこそ古参の部長とかの幹部連中の方が――――
「貴女が適任なの。すごく大変だろうけど、今度開く事業所の最初の受け入れをする奴隷達は、元ゴルフォン商会の奴隷達だから」
「…………どういうことだい?」
アタイは新事業を発足することになった経緯を、お嬢に聞かされた。
元主人であるギャリソンの明らかになった不正の数々。そのせいでゴルフォン商会は取り潰しとなり、多くの奴隷達の行き場が危ぶまれていること。
特にカレンのようにギャリソンに壊されてしまった子供達や、虐げられ続けてとても真っ当な生活ができない傷病奴隷達などは、〝処分〟されてしまう可能性が高いということ。
そしてお嬢と領主のムッツァート伯爵は、そういった奴隷達を助けるために新たな事業所を開くのだということ。
「ハダリーはあの商会でも最上級の奴隷だったよね? だけどギャリソンの思想に染まらず、彼等の処遇に怒りを抱いていた。違う?」
「そりゃあ、こんなことが許されるのかって思ってはいたよ……。勝手だけど、カレン達子供らには、アタイの死んだ娘を重ねたりもしてたさ……」
「だからだよ。あたし達ワーグナー商会は、その子達や傷病奴隷達が社会復帰を目指す手伝いをしていく。そのための新事業所なの。あの商会に居て、あたしの商会を知った今の貴女が、ギャリソンの手から解放された奴隷達を護る。これ以上の適任者が居ると思う?」
「…………分かったよ。どこまで出来るかは分からないけど、引き受けるよ。ホント、人をその気にさせるのが上手いね、お嬢は……!」
「これでも商人だからね。よろしくお願いね、ハダリー〝警備主任〟?」
◆
「都市が見えてきましたよ!」
キョウヤの弾んだ声で、回想に耽っていた思考が引き戻される。
アタイとキョウヤが先頭を行くワーグナー商会の隊列は、遂にあのムッツァート伯爵が直々に治める領都、ハル・ムッツァートの高い防壁が望める所まで差し掛かったのだ。
マリアのお嬢が前回領都から帰ってから、ひと月余り。
商会は怒涛のように慌ただしく、今日これから、領都で始める新事業のために目まぐるしく体制を変え、整え、準備してきた。
新たに雇い入れた医者や薬師達。
新事業所に異動になる従業員や奴隷達。
事業所間の連絡手段の確保や、新体制に向けての訓練や教育の数々。
そのどれもが普通じゃない、従来の奴隷に対する扱いとはまったく違うもので。
「まったく。我らがお嬢は一体どこを見据えて、何に成るつもりなんだろうねぇ……?」
領都を指差し、少年のようにはしゃぐキョウヤに苦笑しながら、残りの道程の護衛計画を頭の中でおさらいする。
まあ、今回の遠征は商会始まって以来の大規模な事業なだけあって、商会のほぼ全ての戦力が揃い踏みだから、万に一つも危険は無いんだろうけどね。
アタイやアタイを倒したキョウヤを始め、【赤光】のミリアーナに、アンドレ、ルーチェ、アニータ、ヘレナ。
いずれ劣らぬ実力者の数々に、冒険者で言えばBランク以上の実力者が勢揃いで護衛に就いているし、領都にはバネッサも残っている。
こんなの、最早軍隊だろう。
この隊列を襲うとしたら、相手の力量も読めないよほど間抜けな盗賊くらいだろうさ。
とはいえ、それは護衛の手を抜いていい理由にはならないんだけどね。
「残り僅かだけど、最後まで気を引き締めていくよ、キョウヤ!」
「はい! 任せてください!」
隊列の先頭で危険に備えるアタイ達は、気合い新たに周囲の気配を探り、隊列を率いて行くのだった。
目指すは領都ハル・ムッツァート。
アタイの主人であるマリア・クオリアの、新たな門出に向けて、ワーグナー商会の長い隊列は、粛々とその足を進めて行く。