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第72話 重大案件を引き受けるマリア

いつも読んで下さる読者様方、大変遅くなりまして申し訳ございません……!



「何やら、またも我が騎士団の長が手数を掛けたようだな……? 彼奴にはキツく言い含めておく故、どうか私に免じて許してやってはくれまいか?」


「め、滅相もないことでございます……っ」



 晩餐の会場で上座に座る我等が領主様、クオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下が、こめかみを押さえながら溜息と共にそう告げる。


 それに対して、あたしは苦笑いしかできない。

 確かに伯爵の右腕であるザムド・オイラス子爵には抗議はしたよ。五日掛けてようやく完成した騎士団員全員分の、能力鑑定付きの名簿をグシャグシャに散らかされたんだもん。

 そりゃあ天使と名高い(主にミリアーナが言ってるだけだけど)あたしだって腹が立つさ!


 だからって伯爵が謝ることないじゃんッ!!??

 アレクセイあんた、伯爵の顔に思いっ切り泥塗ってるからねぇ!?



「まあ、身内の恥の話はこのくらいにしよう。どうもあ奴め、先だっての【赤光(しゃっこう)】との一戦以来浮き足立っておっていかん……。時にマリアよ」


「は、はい。何でしょうか閣下?」



 そりゃまあ浮き足も立つだろうさ。武人であるアレクセイにとって、共に練磨し高め合える存在と出逢えたんだから。それもミリアーナのような超絶凛々し美人ともなればフォーリンラブしちゃうのだって無理はない。

 だが許さん! たとえ神が許そうと、あたしの目の黒い内と彼女が自ら望まない限りは絶対にだ!


 そんな決意を秘めながら、注がれた食前酒のグラスを手に取る伯爵と向き合う。



「カトレアの報告によれば、またもお主、面白い事を始めたようであるな? 食しながらで構わぬ故、お主の口から取り組みを語ってもらえまいか?」



 そう言ってグラスを掲げる伯爵に、あたしも果汁の注がれたグラスを掲げて返礼する。



「仕事の事柄で恐縮しきりではございますが、閣下のご酒席のお供となるのでございますれば……」



 あたしに同行したバネッサ以外の商会の奴隷達が、過分にも伯爵と同じ部屋で(とは言っても部屋の片隅でだけど)夕餉を共にする広い食堂で。

 あたしは、新たに着手し徐々に成果の見えつつある、人材派遣事業の説明(プレゼン)を披露したのであった。





 ◇





 貴族としても一介の商人としても、名誉な事この上ない伯爵との晩餐を経験した次の日のこと。

 例の如く、あたしに貸し与えられた一室に、伯爵の伝言を携えたザムド子爵が現れた。


 正直この人が来ると碌な目に遭わないんだけど。

 実際今までも碌な目に遭わなかったしね……!


 警戒しつつ話を聞くと、商会の将来についての大切な話をしたい、との仰せだった。


 あたし達の一行は身支度を整え、恐る恐る伯爵の待つ応接間へと向かったのだった。





「商会へ帰還したいだろうに、呼び出して済まぬな」


「閣下、どうかお気になさらず。いかようなご用件でしょうか?」



 再び伯爵との謁見に臨むあたし。

 もうね、なんというか……慣れちゃったよ、色々な意味でさ……。


 そんなあたしの心中を知ってか知らずか、伯爵は神妙な顔付きで言葉を発した。



「お主、過去に商会の拡大を望んでおったな? そして我が領都での事業発足を願い、私が許可したであろう?」


「はい、仰せの通りにございます。それが何か……?」


「うむ。お主、早々にそれに着手できぬか?」


「…………はい??」



 聞き間違いだろうか……? あたしの耳には、この“ハル・ムッツァート”でさっさと事業を始めろと聴こえたのだけれど……?



「重ねて申し付ける。ワーグナー商会会長にして名誉貴族たる、マリア・クオリアに要請する。我が領都“ハル・ムッツァート”での事業展開に、急ぎ取り掛かるのだ」



 聞き間違いじゃなかったぁー!?

 は? え?? なんでまた、こんないきなり!?



「か、閣下、恐れながらお訊ねしますっ! 何故(なにゆえ)に、そのようにお急ぎに……?」



 もちろん伯爵だって、新天地への事業展開が一朝一夕で出来ることではないことも重々承知の上だろう。

 だけどなんでそんなに、しかも奴隷商であるあたしに要請してくるのか、その理由がサッパリ分からない!


 あたしの質問に伯爵は、忌々しそうに眉を(しか)めて溜息を吐いた。


 えぇ……!? いや、そりゃ質問するよね!?

 いきなり事業を拡大しろだなんて、無茶もいいとこだもんっ。


 あたしは伯爵の不愉快そうな雰囲気に飲まれないよう下腹に力を込めて、真っ直ぐに彼を……クオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下を見据える。


 事と次第によっては、無礼を承知で断ることも覚悟しないといけない。あたしにはその責任が、たくさんの奴隷や従業員達の命と生活を預かっている責任があるんだから……!

 それに伯爵は“命令”ではなく“要請”と言ったのだ。一大事である事には変わりないけど、仮に断ったりしても不敬だ無礼討ちだ、とまではいかないだろうしね。


 ……いかないよね……?



「お主の疑問も、至極尤もであるな。ザムドよ、経緯を説明せよ」


「かしこまりました、閣下」



 そして例の如く伯爵の右腕であるザムド子爵が、複数枚の恐らくは報告書であろう紙を、そこに記されている内容を読み上げる。



「先だって行われた、奴隷商人ギャリソンの所有する商会、“ゴルフォン商会”への立ち入り調査にて、数々の不正や非人道的な()()が行われていたのは、既に君もご存知の通りだね?」


「はい。その結果お取り潰しのご沙汰が下ったはずなのでは……?」


「うむ、その通りだ。その通り……なのだがね……」



 なんだよ、歯切れ悪いな?

 言葉を濁すザムド子爵に首を捻ると同時に、嫌な予感を覚える。このタヌキ子爵が言い淀むなんて、よっぽど面倒な案件じゃねぇだろうな……!?


 ()は内心顔を引き攣らせながら、慣れたはずの応接間の張り詰めた空気に押し潰されないよう、必死に耐えるのであった――――





 ◇





『わたくしは商会へ戻り、早急に案をまとめます! 閣下には大変恐縮なのですが……』


『うむ、土地と建物の選定は任せておくが良い。できる限り望みに沿うことを約束しよう』


『それと、カトレア・ストークス男爵令嬢の件も……』


『分かっておる。万事良きように取り図ろう』



 急遽領都を飛び出した()の馬車は、本拠地アズファランへ向けて車体が耐えられるギリギリの速度で疾走する。

 護衛の“戦闘部”の奴隷達には悪いけど、一刻も早く商会に戻らなきゃならなくなったんだ。


 と言うのも、伯爵閣下が寄越したあの無茶な()()()が承諾したからなんだけどな……!



『先の調査で、ゴルフォン商会には多数の憔悴した奴隷――君の言葉を借りるなら、“心を病んでしまった奴隷”が多く居ることが判明した。それだけでなく、ギャリソンという男の内面を語るかのような劣悪な管理体制もだがね……』


『と、仰いますと……?』


『傷病奴隷や、それに準ずる何らかの()()……いや、言い方が悪かったね、済まない。何らかの()()を持った多くの奴隷達が、劣悪な環境で管理されていたのだよ。そしてその多くが……“処分”されようとしている』


『…………は??』



 何だよそれって思ったさ。ふざけんなとも、人でなしとも思って、盛大にブチ切れそうにもなったよ……!

 だけど()はこの人達が、伯爵やその側近である子爵の二人もまた()()に憤っていることがよく理解できてしまい、怒りで爆発しそうになる頭を制御することしかできなかった。



『奴隷を慈しんでいる君にこのような話を聞かせてしまい、我らも大変心苦しく思っている』


『だがな、マリアよ』



 子爵の言葉を受け取り、苦渋に満ちた声を紡ぐ伯爵。その顔には確かに、()と同じ“怒り”が浮かんでいた。 



『時は競売(オークション)開催から日が浅く、(ところ)は我が領内でもなく。加えて申せばゴルフォン商会を認めていた領主は、爵位こそ子爵位ではあるが……例の“侯爵派”なのだ。実用に耐えられぬ奴隷の“処分”は国の断ずるところだが、上が彼の侯爵では情状は期待できぬ。私に出来ることと言えば、お主に頼み受け皿を用意し、多数の“処分”を待つ彼等を我が領に受け入れることしか無いのだ』


『他の商会を誘致する、という訳にはいかないのですか……?』


『“(いな)”である。奴隷と言えど我が皇帝陛下の民。ただでさえ虐げられ、不憫に過ぎる扱いを受けた彼等を託すに足る人物など、お主を置いて他に居らぬ故。これはお主の実績や人柄を(かんが)みての要請なのだ。出来うる限りの支援は惜しまぬ故、どうか引き受けてはもらえまいか』



 怒りと苦渋に満ち満ちた、そんな伯爵の決断。

 偉大なる大貴族たる伯爵ともあろう男が、皇帝に忠義を尽くし()のような“異端児”とも真摯に向き合おうとする、そんな“漢”が頭を下げ、たった13歳の少女に託す“要請(ねがい)”。


 ()が彼に返す言葉なんて、『YES』しか有り得なかったよ。



「伯爵……。アンタの誠意や覚悟は、確かにこの()が受け取った。アンタの願いは、何に替えても必ず()が叶えてやる。そして哀れな奴隷達も、必ず救ってみせるさ……!」



 猛スピードで家路を駆ける馬車の中で。領都にバネッサを残し、珍しく独りきりで乗る広い車内で、()はああでもないこうでもないと、思案を重ねていたのであった。





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