第67話 ギルド訓練場での賭け試合②
賭け試合後編です。
《キョウヤ視点》
「さすがですヘレナ先輩! 暫くの間ソイツを頼みます!!」
「チィッ…………!?」
ヘレナ先輩の職業技能【ウォークライ】で注意が僕から逸れた隙に、背後から接敵しハダリー……さんを蹴りで引き剥がす。
さすがの身のこなしで僕の蹴りを躱したハダリーさんは、狼の爪を鋭く伸ばした両手を構えて、僕に身体を向ける。
「各個撃破……? 連携はしないのかい?」
「ちゃんと連携はしてますよ。コレがその結果です」
「……なるほど。アタイが邪魔なワケか」
その通りだ。一見して機動力に優れた彼女が居る限り、戦いの場は撹乱され、中々決着はしないだろう。要さん……マリアさんの【人物鑑定】スキルによれば、彼女の方が能力値は高いらしいしね。
それを伝えられた僕がヘレナ先輩に打診したんだ。彼女は僕が倒すってね。
自惚れたつもりも、自分を過大評価しているつもりもない。
ただ彼女を観た時に、ミリアーナさんほどの底知れない圧力を感じなかった。それだけだ。
ミリアーナさんの地獄のような特訓で、僕自身もかなり強くなれている自覚はある。だからこそ機動力のある僕が彼女を倒し、残るダルトンという大男を一緒に倒そうと提案したんだ。
「……アタイはハダリー。誇り高き氷狼族の戦士だ」
「元ブリリアン伯爵領騎士団所属、キョウヤです。正々堂々と戦いましょうっ!」
奇しくもお互い、同じ【拳王】の適性を持つ徒手の戦法。ただし僕は手甲と脚甲を用いた打撃主体だけれど、ハダリーさんには鋭く長い爪がある。
モデルみたいなスラッとした長身と長い手足をしているし、リーチでは若干僕の方が不利かな。
だけど……!
『いいかキョウヤ。お前の真価はその類稀な集中力と忍耐にある。私との手合わせを思い出し、冷静さを失うな』
試合に赴く僕に、師匠であり上司でもあるミリアーナさんが掛けてくれた言葉を思い出す。
大丈夫だ。僕ならやれる……!
「フゥッ……!!」
「ッ!!」
お互いに弾かれるように地を蹴り、一気に間合いが詰まる。さすが狼の獣人族と言うところか。ハダリーさんの方が瞬発力は上みたいだ。
それに狼は、獲物が疲れて走れなくなるまで延々と追い掛け続ける、と何かの動物番組で観たことがある。持久力もかなりのものだと思っておいた方がいいな。
拳の届く距離まで疾走し、足の指で地面を掴むように踏みしめる。
先に振るわれたのはハダリーさんの爪だった。斜めに顔を狙い振るわれるそれを手甲で弾く。しかしすぐさま反対の爪も振るわれ、それが二発、三発と凄まじい速度の連撃となって襲いかかってくる。
誤って指を切られかねないため拳は握り込み、左右の手甲を駆使して弾く。弾く。弾く。
「やるねぇ! ならコレはどうだい!?」
「うおっ!?」
再び振るわれた爪を弾こうと手甲をかざしたけど、それはフェイントだった。僕の手首はハダリーさんの手に流れるように絡め取られ、そのまま捻るように引っ張られた。そして――――
「ぐっふ……ッ!?」
腹部に鈍く強い衝撃と、呼吸の圧迫感を感じる。膝蹴りをモロに喰らい口からいっぺんに息が吐き出され、手を引かれているせいで身体がくの字に曲がる。
身体を硬直させた僕の首筋に悪寒が走る。
咄嗟に腹に刺さった膝を抱え込んで地面を強く蹴る。頭からハダリーさんの胸にぶつかってのタックルだ。革鎧越しになんだか柔らかい感触を感じたけど構っている余裕も無く、勢いに任せて諸共に倒れ込む。
「チィッ!」
倒れた拍子に掴まれていた手首の拘束も解け、僕は地面を転がって彼女から距離を取る。
「ゴホッゴホッ……! あ、危なかった……! あなた、僕を殺す気でしたね……?」
「さて、どうだろうね? でもまあ見事な反応だったよ。確かにあのままなら、アタイの爪が坊やの首を切り裂いてただろうね」
「坊やじゃありません。僕は20歳です……!」
「そうだったのかい? それにしちゃあ幼い顔をしてるね」
この女性は間違いなく殺すつもりで戦っている。先程感じた悪寒――殺気は、紛れもなく僕の命を刈り取ろうとしていた。
「ギャリソンの、主人の命令ですか……」
頭に当たった柔らかい感触も、ステップを踏む度に捲れそうになる際どい腰布も思考から追い出し、ハダリーさん……ハダリーを試合相手ではなく“敵”という認識に切り替える。
「……すまないね。精々しぶとく生き残っとくれよ!」
一瞬覗いた苦しそうな表情は、僕のその考えを確信に導いた。あのギャリソンという奴隷商人は、この試合を利用してマリアさんへの報復を企てている、と。
この賭け試合でワーグナー商会の貴重な戦闘奴隷を減らし、その上で賭けの賞品を奪い去ろうとしているんだろう。
目当ての奴隷――ロクサーヌちゃんを買われたからって、譲るのを断られたからって、ここまでするのか……!
「あなたは、それでいいのか!?」
再び距離を詰めてくるハダリーを迎え打つ。
さっきの攻防で爪のリーチは確認できたから、それを見越した間合いで今度は僕が先に拳を振るう。
牽制の左ジャブから右のストレート、さらに腰を捻って左のフックで胴体を狙う。対モンスターとは違い対人の、最短距離を鋭く穿つ回転力重視のコンビネーション。
ハダリーはおそらく、ミリアーナさんと同じく冒険者として腕を磨いてきたんだろう。その攻撃は的確に急所を狙ってくるが、ミリアーナさんほど対人戦に慣れていないのか随分と軌道が読み易かった。
なら対人戦の腕を多く磨いてきた元騎士の僕に一日の長があるはずだ。
「くっ……!?」
「従いたくない命令に従って、あなたの誇りはそれを許せるのか!?」
僕の連撃を防いだハダリーだったが、意識が上半身に偏り始めている。そこへ僕の体幹をブラさずに放ったローキックを放つ。
「ぐぅっ……!」
「氷狼族の誇りというのは、そんなに安っぽいものなんですかッ!!」
太ももに与えた打撃で一瞬身体が硬直するハダリー。そこへ再びパンチのラッシュを仕掛ける。ジャブからストレート。ボディ、アッパー……。
地球の格闘技番組で得た知識を基にこの世界で身に付けた、僕なりのキックボクシングで執拗に攻め続ける。
「……知った風なコトを、抜かすなァアアアッ!!」
「うわっ!?」
突然振るわれた大振りの爪の一撃。
被弾するのをものともせずに振るわれたその爪を、あわやというところで回避して、一旦距離をとる。
「温室育ちのガキが青臭い理想を吐きやがって……! 簡単に誇りが貫けたらこんなコトにはなってないんだよ!! 【超加速】!!」
速いッ!?
ただでさえ機動力のあったハダリーが、【拳王】のスキル【超加速】で更に速度を増して爪撃を繰り出してくる。
「くっ……!? 【超加速】!!」
たまらず僕も対抗してスキルを発動し、自身のギアを上げる。
この速度は……! ミリアーナさんにも匹敵するかも……!?
「アタイだって好きで奴隷になったんじゃない! 誰が好き好んであんな変態に……うぐぅッ!?」
「ハダリー!?」
激情に身を任せ爪を振るっていたハダリーが、突然首を押さえ苦悶の声を上げる。
奴隷の証である首輪のせいだ。主人への敵意を感知して、締め付けているんだ……!
思わず自分の首に手をやる。
そこにはデザインも従来の物より無骨でなく、意匠も凝らされたワーグナー商会の奴隷の証の首輪。
あまりにも真っ当に人間らしく接してもらっていたから、つい忘れていた。僕らは奴隷。借金をしたにしろ罪を犯したにしろ、契約が定める主人には逆らえない身分。
「ゲホッ……! 憐れむんじゃないよ坊や、余計惨めになるだろうが」
「……それでも、すみません。だけど、僕は今のあなたを認める訳にはいかない……! あなた達ゴルフォン商会のやり方は間違ってる!」
「……ふうん? だったらどうするってのさ!?」
「こうします!!」
自身の内に語り掛けるように、意識を集中させる。ミリアーナさんと本気で戦った時の感覚を呼び覚ます。
あの時、枷が外れたように迸った熱を、一筋の光を見出した極限の一撃を思い浮かべる。
異世界からの“転移者”である僕に宿った、この世界の人には無い力。なんともチープでチートだけれど、紛れもなく僕の力である“祝福”に意識を集中させる。
「……隠し玉ってことかい。坊やにしては良い顔するもんだね」
「ありがとうございます。けど僕は坊やじゃありませんっ」
「はっ! そりゃ悪かったね。じゃあ“アンちゃん”くらいに格上げしてあげるよっ」
高めた僕の集中力を感じ取ったのか、ハダリーが再び攻め込んでくる。先程までとは次元が違う、【超加速】された世界での攻防。
ハダリーが矢継ぎ早に繰り出してくる左右の鋭い爪を、時折混ぜられる蹴りを、手甲と脚甲を駆使して捌き、弾き、防ぐ。
『冷静さを失うな』
脳裏にミリアーナさんの言葉が浮かぶ。
集中しろ。思考を加速し途切れさせるな。守りきり、防ぎきった先にこそ、一条の光を見出すんだ……!
ふと、背後に急速な魔力の高まりを感じた。
この魔力は……ヘレナ先輩!? マズイ!!
「“その眼を奪え”! 【暗視転回】!」
「なっ……目がッ!? 闇魔法か!!?」
咄嗟に練り上げた闇魔法で、ハダリーの視界を暗闇にする。それと同時に、僕は慌てて後ろに振り返り身構える。
――――来た!!
飛来したのはヘレナ先輩が得意とする土魔法の数々。石の礫に鋭い槍、それに柱が無数に、乱れ撃ちといった様子でバラ撒かれている。
何があったのかはこの際関係ない。とにかく僕は味方の攻撃を喰らわないように、飛んでくる魔法をひたすらに躱し、弾く。
脇にチラリと視線を流せば、信じられないことだがハダリーは、急に視界を奪われたにも関わらずあれだけの魔法の雨を躱し続けている。とは言っても目が見えないせいで、掠ったり軽く被弾したりはしているが。
一瞬だったのか数秒だったのか。雨あられと降り注ぐ土魔法から身を守りきったその瞬間、切らさず高め続けていた集中力が自身の危機を報せてくる。
素早く身体をその闘気に向ければ、弾雨を掻い潜って今まさに爪を振りかぶり、僕に踊りかかってくるハダリーの姿が、スローモーションのように視界に飛び込んでくる。
「これで終まいだよッ!!」
「ええ、終わりですッ!!」
あの時と、ミリアーナさんとの戦いの時と同じだ。
極限まで高められた集中力によって、速いはずのハダリーの動きがスローに視える。高まった闘志と意識が混ざり合い、身体の隅々まで巡り、思考と反射のタイムラグが消え完全に自身の体躯を掌握した全能感を感じる。
振り下ろされるコマ送りの爪撃を掻い潜り、意識を断つのに最適な速度と威力、角度を瞬時に把握し、最高の、【乾坤一擲】の拳を叩き込む――――
「ごふっ……!?」
時間感覚が元に戻った世界。
僕の放った拳は、カウンターの形でハダリーの鳩尾にめり込んでいた。
息を詰まらせ脱力し、そのまま崩れ落ちそうになるハダリーの身体を抱き止める。
「今は寝ていてください。僕らワーグナー商会は絶対に、あなたの誇りを大切にしますから……」
「そこまで!! ハダリー、ダルトン共に戦闘不能!! この試合、ワーグナー商会の勝利であるッ!!」
へ!? 勝負着いたの!? ダルトンとかいう大男も!?
鋭く響き渡ったギルドマスターのハボックさんの声に、慌ててヘレナ先輩の方を振り返ると――――
「見たもの全部忘れてえええええええええええッ!!!」
土下座するように縮こまっている大男のダルトンに、あのメチャクチャ堅い甲羅の盾を振りかぶっているヘレナ先輩の姿。
既に何度も打ち据えられたのか、ダルトンの身体のあちこちは痛々しい痣が浮かんでいた……って、ちょちょちょッ!!?? ヘレナ先輩、試合終了ですぅーーーーッ!!!
「ストーップっ!!?? ヘレナ先輩止まってえええええ!!!」
どうやら服が破れて恥ずかしい思いをしたらしいヘレナ先輩を止めるのは……うん。メチャクチャ大変だったよ……!