第66話 ギルド訓練場での賭け試合①
賭け試合前編です。
《ヘレナ視点》
「ヘレナ先輩、よろしくお願いしますね!」
「こちらこそです! 一緒に仲間を守りましょう!」
今回の試合の相方となる、キョウヤさんと拳を合わせる。
作戦はシンプルだ。私がいかにも狂戦士といった様相の大男を抑え、その間にキョウヤさんが身軽そうな女戦士と戦い、打ち破る。その後は二人で大男を一気に攻め崩す。
【重戦士】の適性に合わせて訓練した私では、身軽な軽戦士の動きにはついていけないからだ。
「それでは、両者構え! ……始めえッ!!」
試合開始が宣言される。
相手方――ハダリーとダルトンと言ったか――が二人まとめて突進してくる。向こうは向こうで連携を密にして攻めてくるつもりらしい。
だが、そうはさせない!
「職業技能【ウォークライ】!!」
【重戦士】のスキル【ウォークライ】は、対象者の敵意を己の一身に集めるスキルだ。それによってハダリーとダルトン両名の標的は私一人となり、キョウヤさんから注意が外れる。
「スキル【フォートレス】!!」
憧れの先輩冒険者であるミリアーナ部長と共に倒した、“宝玉亀”の甲羅で作ったタワーシールドをしっかりと握りしめ、大地に足を踏ん張る。
スキル【フォートレス】は、一時的に筋力と耐久力を底上げしてくれるスキルだ。このスキルとこの特注のタワーシールドがあれば……!
「ッ!!??」
「ぐぅッ!!??」
むしろ盾で殴り掛かるように、ゴルフォン商会の戦闘奴隷二人の突進を迎え打つ。
私の顔にも届く大きなジュエルタートルの盾を横にして、ハダリーの拳を、ダルトンの戦斧をまとめて受け止める。
「さすがですヘレナ先輩! 暫くの間ソイツを頼みます!!」
「チィッ…………!?」
私が二人の攻撃を受け止めた隙に、キョウヤさんがハダリーに蹴撃を見舞う。さすがの身軽さでそれを躱したハダリーだったが、私達の狙い通りに大きく飛び退き、それを追撃するキョウヤさんと一対一の形と成った。
さて、では私もダルトンに集中させてもらいますよっ!
「各個撃破か……。だがあの若造にハダリーは倒せんぞ。そして無論俺も、女が相手だからと容赦はしない」
「戦いの場で女だからと手を抜かれる方が屈辱です! それに……」
ダルトンの戦斧を弾いて、盾を地面に突き立てる。そして私の主武器である通常よりも柄を長くした戦棍を、ダルトンに突き付ける。
「私達の師匠を誰だと思っているんですか。【赤光】のミリアーナに鍛えられた私達が、あのような穢れた男の魔手を仲間の元に届かせるなどとは、思わないでください!」
私の宣言に眉を顰めるダルトン。その目は見届け人であるギルマス達の元に居るロクサーヌちゃんを確かに見て、そして再び私に向けられる。
「俺たちの主人の嗜好はともかくだ。あの【赤光】の弟子と言うのなら望むところ。久し振りに全力で楽しめそうだ……!」
重厚な戦斧を片手で軽々と振り回し、肩に担ぐダルトン。その顔には戦いへの喜悦がアリアリと浮かんでいた。
なるほど、会長が気を付けろと言っていた【狂戦士】とは、こういう意味ですか。いわゆる戦闘狂いの類いなわけですね。
「【狂戦士】は戦いに於いて無尽蔵の体力を有し、時にはその蹂躙が過ぎて仲間をも傷付けると聞きます」
「良く調べているな。俺が奴隷となったのもそれが理由だ。以来こうして、主人の敵となった者を排除してきた」
「後悔している……という訳でもなさそうですね。ならば遠慮は無用ということで、全力を尽くしてあなたを止めますっ!」
「やってみろ!!」
再び突進してくるダルトン。戦斧を高々と振りかぶり力任せの一撃を見舞おうと、その腕の筋肉がはち切れんばかりに膨張しているのが分かる。
だけど……!
「なにっ!?」
私は真正面から受け止めるのではなく、タワーシールドの反りに合わせて戦斧を滑らせ、そのまま弾くように去なす。戦斧は甲羅で作られた盾の上を滑り、勢いのまま訓練場の地面を抉る。
「せやあッ!!」
「ぐっ!?」
反撃に私が横薙ぎに振るったメイスは、地面に打ち付けた戦斧の柄で受け止められた。しかしその衝撃でダルトンは姿勢を崩し、左手側の半身が隙だらけとなった。
「そこぉッ!!」
素早く引き戻したメイスを袈裟に振り下ろし、がら空きの半身に叩き付けられる、その直前――――
「ッ!!??」
悪寒にも似た嫌な予感で即座に盾を翻す。盾に鋭く返ってきたのは、硬い金属のぶつかる感触と、耳障りな擦過音だった。
「勘が良いじゃねぇか。俺のこの不意打ちに掛からなかった奴はそう居ねぇぜ? 自慢話ができたな、嬢ちゃん」
「隠しナイフ……!? 斧を大振りにしたのはワザとか!」
「そういうこった!!」
再び攻守が逆転し、戦斧の重撃とナイフの回転力相手に防戦となってしまう。
しかもこの男、戦斧の重さをも利用して体幹を制御し、遠心力で加速してくる。見かけによらず技巧派のようだ。
「どらあッ!!」
「ぐ……ッ!?」
重い一撃によって盾が悲鳴を上げる。これ程の重い攻撃など、【炎ノ加護】を発動したミリアーナ部長との訓練以来だ。
盾を構える左腕にも、その衝撃は容赦なく降り掛かってくる。
だけど、下がりはしない……!
身体を張って敵の攻撃を受け止め、背にする仲間を護り切るのが【重戦士】の……盾役の務めなのだから!!
「チィっ! 邪魔くせぇ盾だなッ!! 【狂化】ッ!!」
「なっ!?」
斧を受け止めた盾が、衝撃を逸らすことも出来ずに横に払われ、弾かれた。
急に何故――――ッ!!??
続く悪寒に従い、直感的に後ろに倒れるようにして身を投げる。目と鼻の先を、鋭い銀光が通り抜けていった。
「俺ノ【狂化】済ミノ攻撃デモ盾ヲ放サンカ……。ダガ……」
ニヤリと、まるで獲物を見付けたオークやオーガのような醜悪な笑みを浮かべるダルトン。
私は素早く体勢を整え、左腕の盾の状態を確認する。
大丈夫だ。まだ耐久力は保ちそう――――
「「「「ふおおおおおおおおおおおおッッ♡♡♡」」」」
ぴえっ!? な、なに!?
突如上がった観衆のものであろう大音量の歓声に、思わず身体が竦む。
なんだ!? 何が起こった!?
ダルトンを収めたままで素早く視線を巡らせるが、試合会場に特に変わった様子はない。
ならば何が……といったところで、ふと会長の姿が視界に入った。なんだ……? 何を言ってるん――――
「ヘレナ! 胸っ、胸ぇッ!! 早く隠してええええッ!!!」
へ? むね……?
会長の言葉に自身の身体に目を落として見れば、そこにはどれだけの力で斬り付けられたのか、真っ二つに切り裂かれた革鎧とシャツ。そして外気に晒され揺れている私の……おっぱ――――
「ッッイイイイヤアアアアアアアアッ!!?? なんで!? なんでどうしてえええええええッ!!?!」
慌てて盾を抱き寄せ、露出してしまった胸を隠す。
うそっ! 見られた!? こんな……こんな大勢に!!??
思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
ふぇぇん……! まだ誰にも……商会の女性陣以外では誰にも見せたことなかったのにぃ……ッ!!
「オイオイ、性別ナンゾ関係ナイト言ッタオ前ガソウナルノカ? ヤハリ女ハ女ダナ!」
随分と聴き取り辛くなった吃音で、ダルトンが私を嘲笑しているのが聞こえる。
視線をダルトンに戻すと、奴は下卑た笑みでニタニタと私の醜態を眺めていた。
「ソレニシテモ中々ノ乳ヲ持ッテルジャネェカ。コノ試合ガ終ワッタラ、ぎゃりそんニ褒美トシテ買ッテモラウカ! ソノ乳モ尻モ、たっぷり可愛イガッテヤルヨォ!!」
三度距離を詰めてくるダルトン。先程の斧の一撃も、鋭いナイフでの斬撃も、なるほどどうやら、奴のスキルによって強化されたかららしい。
だけど今は……そんなもの…………っ!!
「……まえの……だ……」
「アアン!? 何ダッテェ聞コエネェゾオッ!? 今揉ンデヤッカラヨオオオオ!!」
容赦なく振るわれる斧の強力な横薙ぎに、耐えられなかったのは盾ではなく、腕に固定していたベルトだった。
ベルトが千切れたせいで呆気なく弾き飛ばされる私の盾。
私は、ベルトと一緒に頭の中で何かが切れるのを感じた。
「【石柱】」
「ぐほあっ!?」
大振りの隙を突いて発動した私の土魔法。地面から突如突き出した石の柱によってダルトンは、辛うじて柄での防御は間に合ったが後方へと弾き飛ばされる。
「テメェ、魔法戦士ダッタノカッ!?」
たたらを踏んで転倒を防ぎ、体勢を整え声を上げるダルトン。でももう、そんなの関係ない。
「おまえのせいだ……!」
「アァン……?」
私はメイスを放り出し、先程弾き飛ばされたタワーシールドを拾い上げる。その間も、魔力を練り上げ続けながら。
「もう、もう……!」
盾を利き手の右手で持ち、左手で胸を改めて隠す。そして、練りに練った魔力を解放する。
「もうお嫁に行けないじゃないのよおおおおおおおッッ!!! 【石の槍】! 【岩の礫弾】! 【石柱】!」
怒りと羞恥に任せて、ありったけ魔法を発動する。石でできた鋭い槍が、拳大の無数の石礫が、私の足元から次々と生える石の柱が、一斉にダルトンに殺到する。
「ヌッ、グォオオオオオッッ!!??」
奴が避け、躱し、斧でナイフで慌てて弾いている隙に、私は一気に距離を詰めて右手の盾を振りかぶる。
「チ、チョット待ッ――――」
「死ぃいいいねええええええええええええええッッ!!!」
未だにスキル【フォートレス】の効果が残っていた、強化された膂力で以て全力で盾を振り抜く。
「ペギャアッッ!!??」
慌ててダルトンは戦斧の腹で盾を受け止めるが、魔法を弾いたばかりで体勢も整っておらず、私の全力の盾撃――で、いいの!――に押し切られ、自分の斧に強かに顔を打ち付け吹き飛んだ。それが、手に伝わる感触で分かった。
けど、まだだ。
私は吹き飛んだ奴に更に追いすがり、再び盾を振りかぶる。
「待テッ!? 降サ――――」
「記憶を消せえええええええええええええええッッ!!!」
一発、二発、三発、四発……。
繰り返し盾を叩き付け、奴が掲げる斧やナイフを弾き飛ばし、また叩き付けて……。
「はぁ……はぁ……!」
「ゴ……ゴベン……ナバイ…………ユルヂテ……!」
息が切れた頃には、まるで亀のように縮こまって許しを乞うダルトンがそこに居た。
ふと気になって観衆を見回すと、先程歓声を上げた奴らだろうか? 慌てて私から顔を背ける男達が見えたのだった。
試合はもう一話続きます。