第64話 やりくるめられるマリア
更新日を月水金の三日に変更します。
よろしくお願いいたします。
いやぁー、まさかのこう来たかー。
あたし、マリア・クオリア。13歳の女の子で、奴隷を扱うワーグナー商会の会長さん。
そんなあたしは現在、商会の応接室でとある人物と面会中なの。
「いやはや、街の規模にしては随分と慎ましく経営されているようで」
「いえいえ。おたくの商会に比べれば何処も慎ましくなってしまうでしょう? ウチは至って普通ですよ」
「いやいや。ウチなど吹けば飛ぶ木っ端のようなものでして……」
やって来たのはご同業のアイツだよ。
あたしの本家であったセイラム男爵家の令嬢、ロクサーヌを巡ってオークションで最後まで競り合った相手。
“ゴルフォン商会”の会長の、ギャリソンという中年の太った男だ。
ていうかこのロリぺド髭〇爵、さっきから嫌味しか言ってきやしねぇ……!
大方マウント取って萎縮させて、“交渉”を有利に進めようとしてるんだろうけどさ……。
とりあえずうぜぇええええええっ!!!
みんなには絶対にロクサーヌを表に出さないように厳命してあるけど、この野郎あたしのことも値踏みするようなエロい目で観てくるぅううう!!
きめぇえええええええ!!!
「しかし、本当にあなたのような可愛らしいお嬢さんが会長だとは。色々とご苦労も絶えないでしょうにねぇ」
「お気遣い感謝します。皆に支えられて何とかやっていけていますよ」
このギャリソンという男、オークションの後、貿易都市サンクローラでは何も仕掛けては来なかった。念のためにとアニータに身辺や動向を調査してもらったけれど、意外なほどアッサリと自分の本拠地へと引き返していたのだ。
……その理由は恐らくは、手駒を揃えるためだな。
名前:ダルトン 年齢:27 性別:男
職業:ギャリソンの奴隷 適性:狂戦士 魔法:無属性
体調:良好 能力:A 潜在力:A+
名前:ハダリー 年齢:19 性別:女
職業:ギャリソンの奴隷 適性:拳王 魔法:水
体調:良好 能力:A 潜在力:S
種族:獣人(氷狼)
あたしの職業技能【人物鑑定】で、ギャリソンを護るように後ろに控える奴隷二人を精査する。
いずれもあの都市でギャリソンの取り巻きには居なかった戦闘奴隷だ。この能力の高さからして、彼の商会でも目玉商品なんだろうね。特にハダリーという銀髪褐色肌の獣人女性は、能力も潜在力もウチの部長陣にも匹敵するほどだ。
あー嫌だ嫌だ。くだらない提案をされる未来が目に浮かぶよぉ……!
「時に、今日お邪魔したのには深い訳がありましてねぇ」
ほら来たー。
まあ暗殺だの襲撃だの、短絡的な行動を取らなかった点だけは評価して、聞くだけ聞いてやるけども。
「マリア会長が落札した奴隷、ロクサーヌをお譲り願いたい」
「…………理由をお伺いしても?」
現在応接室内には、メイド姿をしたバネッサと、あたしの補佐としてカトレアが控えている。あとは万が一の保険にと、アニータとアンドレが気配を殺して潜んでいる。別室にはミリアーナ始め“戦闘部”の精鋭も控えているし、仮に襲われても何とかなるはずだ。
だからあたしは落ち着いて、ギャリソンの真意を見抜くことに集中しよう。
「いやいや、実はさる貴きお方が、若さ溢れる奴隷をご所望でしてねぇ。あのロクサーヌはそのお方に献上しようと、当初から目を着けていたのですよ」
「それは残念でしたね。ですがロクサーヌは、私が正当に競り落とした我が商会の奴隷です」
「もちろん存じておりますともっ。なのでこうして、穏便にお願いしに参った次第でしてねぇ」
冒険者でいうならAランク級の戦力をチラつかせて“穏便に”ねぇ……。
しかしあたしだって伊達や酔狂でロクサーヌを大枚はたいて買った訳じゃないからね。言うことはキッチリ言わないと。
「そうは言われましても、あの子は今のところ手放すつもりは無いんですよ。誰かに譲るつもりがあれば、金貨15,000枚もの金額まで競り合いませんよね?」
「それはごもっともで。ですが私も商人の端くれでしてねぇ。顧客のご要望は出来る限り叶えたい所存でして」
「他に探せばいいでしょうに。あなたと競り合った結果、あの子の値は能力に反して高騰し過ぎています。どうぞ、他を当たってください」
「いやいやっ。私としてはあの娘が良いのですよ! どうか聞き届けてくれませんかねぇ?」
しつっけぇなぁ!?
ていうかこうまで言って引き下がらないとなると、嗜好以外にも何かありそうだな……?
「バネッサ」
「はい、マリア会長」
あたしはロクサーヌの教育係でもあるバネッサを傍に呼び寄せ、耳打ちする。
「(ロクサーヌの適性って、確か【神官】だったよね? それって、何か特別なスキルを得たりできるの?)」
「(はい。一部の【神官】がごく稀に【破邪】というスキルを発現します。悪しき者への結界となり、身中の病魔をも退けると云われています)」
それか。その【破邪】を発現させて癒したい誰かが居る、もしくは備えとするために、歳若いロクサーヌを手に入れて教育を施したいって訳か。
いやでも、それだけじゃないよね。
改めて【人物鑑定】を行使して、ギャリソンの隣りに座る少女を鑑定する。
名前:カレン 年齢:12 性別:女
職業:ギャリソンの奴隷 適性:商人 魔法:無・闇
体調:心神喪失 能力:D 潜在力:A
ギャリソンが侍らせるように隣りに座らせたこの少女。
赤い肩口程の髪は綺麗に整えられて身なりもキチンとしているけれど、目に光が無い。加えて鑑定結果の体調欄の“心神喪失”って……。
いったい、どんな扱いを受けてるんだろうなぁ……ッ!?
思わず拳を堅く握ってしまうが、決して表情には出しはしない。
相手は商人だ。しかも同業だし、会話の主導権を握らせる取っ掛りを与える訳にはいかない。
「それで? そのような無理を仰るからには、相応の対価はご用意されてるんですよね?」
かと言ってコイツに長々喋らせるのも不愉快なので、話を進めることにする。その上で無理難題を言い出すようなら叩き返してやるよ……!
「いやいや。流石に私の商会といえども、そこまでの高値の奴隷を手に入れるには些か懐が厳しくてですねぇ……」
嫌なニヤケ面だな……。
こういう奴は決まって、碌でもない事を考えてるんだよなぁ……。
「ところでですね、マリア会長? 今一部の大商会の間で、とある賭け事が流行っているのですが……ご存知ですか?」
「賭け事……ですか?」
勘弁しろよマジで……! こうまで明け透けに狙いの読める手を打ってくるとか、お前どんだけ俺のことを見縊ってるんだよ!?
「まあ端的に言えば、お互いの奴隷の腕比べですねぇ。互いに自慢の戦闘奴隷を出し合って、試合を行わせるんですよ。賞品を賭けてねぇ」
「そんな申し出を、私が受けるとでも――――」
「まさか断るとは言いませんよねぇ? ムッツァート伯爵閣下のお墨付きを受けるほどの商人が。ねぇ、マリア・クオリア士爵殿?」
コイツ……ッ!? そっちを攻めてきたか……!
商人にとって後ろ盾というのは切り札でもあり、同時に弱点でもある。特にあたしの後継を認めたムッツァート伯爵は有力な大貴族だし、皇帝陛下から当代随一の魔導士と認める“キャスター”の称号まで授かっている大物だ。
そんな伯爵の、言わば庇護を受けているあたしが、一介の商人であるギャリソンの挑戦を断る……それは言ってしまえば腑抜けた行為と受け取られかねない。つまり、伯爵の顔に泥を塗ることになる。
コイツが吹聴しなければ問題は無いが、生憎とコイツにそんな口の硬さは期待できそうにない。むしろ嬉々として噂をばら撒くタイプだよね、どう見てもさ。
「…………いいでしょう。その賭けの申し出を受け入れます。方式と賭けの対象はどうしますか?」
「素晴らしい! 流石はそのお歳で奴隷商会を継承したマリア会長ですねぇ! ええ、ええ。私はもちろん、ロクサーヌを対象にしていただきますよ!」
っんの野郎……!
……いいぜ。そういうことなら俺は……!
「では私は、ロクサーヌの落札価格と現在の能力を鑑みて――――」
このロリぺド髭男〇が……! 精々毟り取ってやるよ!!
「私が勝った暁には、護衛の獣人女性の奴隷と、お隣りの少女を貰い受けますね」
さあ、覚悟しろよ変態ロリコン野郎が。ぐうの音も出ないほどコテンパンにしてやるからな。俺の仲間が!!
「いやはや、これは手厳しい……! ですがまあ、価値としては確かにそれで釣り合いとなりましょうねぇ。よろしいでしょう。では、契約は成立ということで」
なんだ? ヤケに自信たっぷりじゃねえか……?
商人である以上、情報には敏感なはず。ということは、ウチに高名なAランク冒険者である【赤光】のミリアーナが居ることも、当然把握しているはずだ。
だというのに、この余裕はなんだ……?
「今さらナシとは言わないでくださいねぇ? ああそうそう、先にも言いましたが、これは奴隷同士の果たし合いですからねぇ? 既に奴隷ではない人物の参戦は、認められませんからねぇ!!」
「んなッ!?」
やられた……ッ!? ソレがコイツの自信の根拠か!
俺はミリアーナも、バネッサやアンドレ、そしてアニータも。戦闘に秀でた優秀な奴隷はみんな解放して、従業員に取り立ててしまっている。コイツはその情報を手に入れて、最初からこの罠に嵌めるために話をコントロールしてたってことか……!
どうする……? 今居る戦闘奴隷達で、コイツのAランク級の奴隷に敵う奴は…………!?
「……分かりました。では、お互い不正も無いでしょうが、証人を立てましょう。それが条件です」
「ほう、それは願ってもないことですねぇ。ついでですから、この内容を書面にでも認めましょう」
「構いません。では契約書を交わし果たし合いは後日、証人の都合の良い日に執り行いましょう。宿はお決まりに?」
「もちろんですとも。それで結構ですよ。ああ、今から新たに奴隷を加えるのは無しにしてくださいねぇ?」
「そんなことはしませんよ、信用に関わりますから。では、早急に日取りを決めて使いを送りますね」
面倒なことになったもんだ……!
だが受けちまったモンはしょうがない。精々公正な証人と、今ウチから出せる最高の手札を用意するしかないよな……!
こうして賭けの契約書を交わし、この日はこれでギャリソンを見送ることとなったのだった。