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第62話 お嬢様のために



 私はミリアーナ。

 ワーグナー商会の“戦闘部”の部長にして、【赤光(しゃっこう)】の二つ名を持つAランク冒険者でもある。


 私の役目は、我等が商会の会長であるお嬢様……マリア・クオリア商会長をお護りすること。そしていつの日か、“お嬢様と世界を旅する”という約束を果たすこと。

 己の短気で犯罪者となりかけたところをお嬢様に救われ、それからはそのためだけに邁進し、一時は失ったAランク冒険者の肩書きも取り戻した。


 元は借金奴隷であった私を、お嬢様は商会の従業員として取り立て、あろう事か一つの部署をも任せてくださった。身分すら、既に奴隷の身から解放してくださっている。


 私をお救いしてくださったあの日に、私はお嬢様の盾となり剣となることを誓ったのだ。



「判断が遅い!! 相手の動きに合わせるな! 己の挙動で相手の動きを制限し、誘導しろッ!」


「はいっ!」



 我が“戦闘部”では、字のごとく戦闘に秀でた奴隷の教導・育成を旨としている。

 それぞれの奴隷は同時に冒険者として登録し、平時ではギルドの依頼をこなして収益を上げており、この商会の利益の内訳の大部分を占めていると自負している。



「なんだその気の抜けた防御は!? それでも騎士か!? そこらの子供の方がよほど上手に捌くぞッ!? それとも貴様は叩かれて悦ぶ性癖でもあるのかッ!!」


「はいッ!!」



 そして有事の際には、ワーグナー商会の一兵として命を賭してお嬢様と、この商会の本拠地である御屋敷をお守りするのだ。

 先の魔物の暴走(スタンピード)の際には、十二分にその役目が果たせたと思うし、大変誇りに思っている。

 お嬢様の温かな笑顔のためならば、私独りとなったとしても絶対に敵を通しはしない。



「魔力を絶えず循環させろッ! モンスター相手に気を抜いて生き残れると思うな!! 集中力をママの腹に忘れてきたのかッ!!」


「はいッ!!」



 ちなみにだが、現在は新入りである、キョウヤという元騎士の男性奴隷の特訓中だ。まあ私はモンスターを(けしか)けて、ひたすらキョウヤの方へ誘導しているだけだが。

 今もまた新たに一頭のファングボアを怒らせ、彼に突進させたところだ。



「莫迦か貴様はッ!? 質量で負ける相手の突進を真正面で受け止めてどうする!? 後ろに通さないにも方法があるだろう!? 少しはその小さな脳味噌で考えろッ!!」


「はいッ!!」



 いや、決して揖斐(いび)っている訳ではないのだ。

 これは私が先輩冒険者から教わったやり方を真似しているだけで、私は普段からこれほど口汚い訳ではないぞ。


 お嬢様がある時『グンソウ式だ……』などと呟いておられたが、何故会ったことも話したこともないのに、私の先輩冒険者グンソウの名を知っていたのだろうか……?



「よし、一旦休憩だ! 私は索敵はしないからな! 貴様がしっかり気配を探れ! もし一匹でも見逃したら、今日の訓練を倍に増やしてやるからなッ!!」


「はいッ!!(きっつぃよぉ……!)」


「何か言ったか!? ハッキリ喋れこのウジ虫が!!」


「何でもありませんっ!? はい!!」



 まあ口ではこうも汚く罵ってはいるが、キョウヤの成長速度には目を見張るものがある。近々“A”評価に上げる予定の、同じく戦闘部所属のヘレナにも迫る勢いで上達しているからな。


 とは言ってもヘレナの戦士としての資質は重戦士だし、キョウヤは真逆の軽戦士だ。お互いの戦いに置ける主旨が異なる以上、一概に比べられるものでもないのだがな。


 地面にへたり込んで息を調えているキョウヤに歩み寄る。

 しっかりと魔力を波紋のように広げ、周囲の動きを探知しているようだな。私の接近にもすぐに気が付き、慌てて立ち上がって姿勢を正している。



「いやいい。休憩中だから楽にしていろ。ただし魔力探知は切らすなよ? 警戒しつつ休息を取るのも、冒険者にとっては必須技能だからな」


「はい! それで、何か……?」



 このキョウヤという元騎士の青年には、“仲間殺し”という非常に重たい嫌疑が掛けられている。否、嫌疑ではなく、既に裁判も終わっているため“罪過”と言っていい。

 しかし、お嬢様はそれは有り得ないと言う。そして“暗闘屋”でもある、商会の監督官として伯爵領城から出向してきているカトレアも、同じ見解だと。



「キョウヤ。私は仲間に裏切られて借金奴隷になった」


「は、はい……。伺ってます」



 この青年の褒めるべき点は、一つはこの物腰の低さ、柔らかさだ。

 女だからと私を見縊ることもせず、初対面の時から私の実力を見抜き、敬意を払ってきている。かといって実力の無い相手に居丈高となるでもなく、変わらず柔らかな、丁寧な言葉使いで接している。


 ブリリアン伯爵家に仕えていたと聞くが、よほど良い教育を受けたのか、それとも彼本来の気質なのか……。



「だから。繰り返しになるが、私は仲間を裏切る奴は大嫌いだ。吐き気すら催す」


「…………はい」



 私は今、そんなに恐ろしい顔をしているのだろうか?

 顔を青ざめ俯くキョウヤの視線が、左右に揺れているのが瞼の動きで見て取れる。



「お嬢様は根拠の無い大言は仰らない。そしてお前自身も自らの罪を否定している。ならば……」



 私を救ってくださったお嬢様。


 その、時に憂いを湛えたお顔を。激情を露にした鋭いお顔を。私達に向けてくださる、まるで天使や女神と見紛う楽しそうな笑顔を。


 そしてご両親を喪った、あの絶望に染まったお顔を思い出す。



「私に示してくれキョウヤ、お前の信じる正義を。私は無骨者だから、剣を通してでなければ相手を見抜けない。だから私にお前の本気を、お嬢様と商会に対する思い……いや、決意をぶつけてきてほしい」



 私の言葉に、ハッとしたように顔を上げるキョウヤ。

 未だあどけなさの残る幼く見える顔立ちはしかし、希望……いや目標を見定めたかのように力強く、輝いて見えた。



「勝てなくてもいい。一本取れなどと条件も付けない。ただありのままの剣を、拳を、お前を見せてくれ。納得がいけば、私は真の仲間としてお前を歓迎する」



 二度とあんなお顔を、お嬢様にさせたりしない。

 絶望に打ちひしがれ、ついには乗り越え新たな道を歩み出したお嬢様に、悲しみなどもう決して、降り注がせてはならない。


 息が完全に調ったキョウヤから十歩ほど離れ、私は愛剣を鞘から抜き放つ。当然私も本気で立ち合うつもりだからな。もし怪我をさせてしまったら、その時は謝罪し、責任を持って治療しよう。



「……ははっ」



 構えた私の耳に、吹き出したような、それでいて溜息のような笑い声が届く。キョウヤがゆっくりと立ち上がり、剣でも槍でもない、本来の彼の武器である手甲と脚甲の留め具を締め直した。



「何か笑うところがあったか?」


「ははっ、すみません……! いや、嬉しくて……」



 嬉しい? 私はお前を信じられないと言っているのにか?

 訝しむ私に、キョウヤは少年のような笑顔で。そして男らしい、武人の瞳で。



「信じたいと、こうも真っ直ぐに言われたのは……僕が生きてきた二十年で、たったの三回です。故郷に残してきた両親は……まあきっと思ってはくれてたと思いますけどね。それでも言葉にして聞かされたのは、初めてはお仕えしていたテスタロッサお嬢様でした。マリア会長が二人目。そして、貴女だ」



 キョウヤの闘気が膨れ上がる。魔力が身体を駆け巡っている。

 気弱そうにも見える幼い顔立ちは、今や完全に戦士の、凛々しい顔付きになっていた。



「信じたいとは言っていないのだが?」


「同じことです。行動と力で示せということでしょう? それは僕にとって、新入りで部外者である僕にとっては同じことなんです。だから……胸をお借りしますよ、ミリアーナさんっ! 絶対に仲間として認めてもらいます!!」



 両手に嵌められた手甲を打ち合わせ、硬い音を鳴り響かせるキョウヤ。

 モンスター共を相手にしていた時よりもよほど充実した気勢を吐いて、その瞳は真っ直ぐに、私を見詰めている。



「それはこれから決めることだ。来い、キョウヤ!!」


「はい! いきますッ!!」





 ◇





 どれほどの時が経っただろうか。

 数時間通して打ち合っていたようにも、実は数分しか経過していないのかもしれない。


 それほどまでに。

 時を忘れるほどに、キョウヤと私との戦いは白熱し、今尚続いている。



「何やら吹っ切れたみたいだな! 先程までと動きが段違いだぞ!」


「ええ、吹っ切れましたよ! 先のことなんて思い悩んでも仕方ないって! 僕は僕を信じてくれる人のために、今出来ることを何でもやる! まずはそこからだって、気付かせてくれたのは貴女です、ミリアーナさんっ!!」



 鋭い左右の拳打を逸らし、躱し、剣の柄で弾き、時折交ぜられる蹴撃を革のブーツで受け、飛び退いて躱し、剣の間合いを確保する。



「シッッ!!」


「ぐぅッ!?」



 僅かな隙間に一息で三連の剣戟。キョウヤは手甲と脚甲を駆使して受け止め、肉弾戦の超至近距離に詰めようと尚も前へと踏み込んでくる。


 良い覚悟だ。純粋な体技だけならば、この戦闘中に既に私とも遜色ないほどに研ぎ澄まされてきている。

 ならばもう一段超えてみせろ。生死を分けるのは可能性を掴み取れるかだ。それを冷静に見出し、諦めずに手を伸ばし続けられるかだ……!



 ――――我(こいねが)うは猛き息吹。その情動に身を焦がせ。その激情を束ね宿らせよ。我は宵闇を祓う(ともしび)也。この身この魂を燃やし一体と成らん!



「【炎ノ加護(フレイムブースト)】!!」


「くあッ!!??」



 私の得意魔法である【炎ノ加護(フレイムブースト)】は、単純な魔力のみの身体強化とは異なり炎の特性を得ることができる。

 昔弟子入りをした師匠に特別に授けられた、私の切り札であり勝ち札だ。


 膂力、速度、耐久力は飛躍的に向上し、さらには炎熱による派生ダメージをも与えられる。そして特筆すべきは、この魔法は“精霊”の力を借りて行使している点だ。


 精霊はこの世に遍く存在しており、魔力とは異なり、より原始的で根源的な力――元素(マナ)を有している。

 魔力でなくマナを使う分、制限時間はあるものの、より継戦能力に優れているのだ。発動中でも魔力の行使は可能であり、私のもう一つの得意属性である風魔法とも組み合わせれば、さらに何段かの強化も不可能ではない。



「私はこの火の力と風の力、そして剣技の総てを賭してお嬢様のために戦う。そう誓った。お前はそれほどの才と力を何のために使うのだ!? 応えてみろ、キョウヤ!!」



 超加速からの連続の刺突。次いで袈裟の斬り下ろしから返しての斬り上げ。御前試合で【竜槍(りゅうそう)】と戦った時以上に苛烈に攻め立てる。


 しかしこの青年は。キョウヤは瞳を爛と輝かせ、さらに高めた集中力でもってその全ての刺突も斬撃も、両手の手甲で捌ききった。



「僕は、貴女を超える! そしてマリアさんや商会のみんなだけじゃなく、貴女だって守ってみせる!!」



 裂帛の気合いと共に突き出された右の拳。その拳は速度では遥か上を行く私に確かに追い付き、そして確かに届いていた。


 二人して動きを止める。

 私の左の頬には痺れるような痛みが、じわりと滲んできた。



「女性の顔に……すみませんでしたっ」


「何を謝ることがある? 女である前に私は冒険者で戦闘屋だ。この程度の傷などしょっちゅうなのだから、気にするな」



 キョウヤの拳は私の頬を掠め、浅く裂いていた。

 滲み出た血を拭い、剣を鞘に納める。



「見事な防御と反撃だった。お前の本気は確かに私に届いたぞ」


「あ、ありがとうございますっ! ミリアーナさんが僕の力を引き出してくれたから――――」


「違うな。お前は冷静に耐え続け、そして確かな一撃を自ら掴み取り体現したんだ。あの一撃に込められた思いになら、私は安心して背中を預けられそうだ」



 私の賛辞を受け取ったキョウヤは、何故か顔を赤くして目を逸らしている。照れるのは分かるが、少し気を抜き過ぎだな。



「ぼ、僕は、貴女も守――――」


「見縊るな。まだまだお前では私には勝てんよ。それに私も未だ修行の身だからな。さらなる高みへと昇る私に追い付いてから、そういうことを言うんだな。それより、気を引き締めろ」


「え――――ッ!?」


「やっと気付いたか。どうやら先程の私達の闘気で刺激してしまったようだな」


「ギィオオオオオオオオオオオッッ!!!」



 私達が訓練に使っていた場所は、人里離れた森の中、その開けた広場だ。

 当然周囲は鬱蒼と繁る草木に囲まれているし、獣も魔物も蔓延り放題だ。そして縄張りを荒らされたと勘違いした一体のモンスターが、のそりと茂みの奥から姿を現した。



「これは……!?」


「パイロヒュドラだな。高い再生能力と、火属性のブレスや魔法を使ってくる。口から稀に吐く毒液や体液は酸だから、浴びないように気を付けろ」


「ち、ちなみに、討伐適正ランクは?」


「パーティーならBランク二組以上、ソロならAランク上位だな。再生しきる前に生えている首を全て斬り落とさないと、死なないからな」


「ええぇ……」



 さっきまでの威勢はどうしたんだ、まったく。



「先程の戦闘の感覚を思い出しながら身体に馴染ませる、絶好の機会じゃないか。情けない声を出すな! そんな体たらくではお嬢様の守護は任せられんぞ!!」


「は、はいぃッ!!」


「危なくなったら援護はしてやる! さあ、そのへっぴり腰をシャキッとさせろ!! 股間のモノが飾りじゃないところを見せてみろッ!!」


「なんで訓練になった途端暴言ばっかりになるんですかぁあああああっ!!??」


「つべこべ抜かすなお上品なお嬢様めッ!! そんなにチヤホヤされたければ娼館の仕事を紹介してやろうかッ!?」


「キャラ変わりすぎですってぇえええええええッッ!!!」



 ほら走れ走れ!

 モタモタしてると黒焦げにされてしまうぞ!!



「よく考えたら朝から戦い通しなんですけどぉおおおおおおお!!??」



 よぉしいいぞ、その調子で倒してみせろ! そして強くなれ!

 総てはお嬢様のためなのだからなッ!!





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