第61話 新事業を考案するマリア
昨日更新分です。
今話より新章となります。
「買われないねー」
「買っていただけませんわねぇ」
オークションから戻り早ひと月。
緊張しきりだった新人奴隷のロクサーヌやキョウヤも、今ではすっかり商会での暮らしに慣れたみたい。
「なんでかなぁー」
「なんででございましょうかねぇ」
ロクサーヌは最初こそ不平不満も零していたけれど、今ではなんだかんだ自分で出来ることが増えていくのが楽しいみたいで、意外なほど真摯に教育を受けている。
まあ先生のバネッサが超優秀だからね。生徒が成長することに何の疑問も無いかな。
「みんな優秀な奴隷なのになー」
「優秀ですのにねぇ」
キョウヤはさすがは元騎士なだけあって教養も礼儀作法もそれなりにできるし、今はミリアーナの指導の下で“戦闘部”のみんなと研鑽を積んでいる。
転移者は成長が早いのか、その腕の上げようは部長のミリアーナが驚くほどだそうだ。
うんうん。その調子で強くなって、早くあたしの手足として動けるようになってね。
「お嬢、いい加減現実見ましょうぜ?」
「ん。カトレアも一緒になって遊ばない」
うっ……。分かってるよアンドレ。アニータもそんな困ったものを見るような目で見ないでよぅ。
「やっぱこの近辺で売るには、ウチの奴隷は優秀過ぎて高いんだよねー。大店に売り込むにはまだあたしの信用が足りないし……」
「マリア会長? 領主である伯爵閣下から士爵位を賜っているではないですか。何故それを前面に出されないのですの?」
「うぐ……っ」
カトレアに痛い所を突かれてしまった。
確かにあたしは一代限りとはいえ、貴族の末席に名を連ねることになった。あたしとしては家名だけ貰えれば良かったんだけどね……。
カトレアは、要はその“名誉貴族位”を信用の担保に営業しろと言っているのだ。
確かに大貴族たる伯爵閣下のお墨付きの商会となれば、箔は充分だろうね。皇帝陛下から直々に帝国随一の魔導士であると認められた、“キャスター”の称号を名に持つあのムッツァート伯爵なら、なおさらに。
「伯爵のお墨付きを貰ったからって、それで近付いてくる連中のお目当てはお嬢でなく伯爵だろう? 買ってやるから紹介しろって言われるのがオチだぜ」
「なるほど……。後ろ盾があるというのも、痛し痒しなのですわね。お金が絡む以上無碍にもできませんものね……」
アンドレがあたしに代わって考えを述べる。確かにそれもあるんだけど、あたしの考えはもっと、いやかなり子供っぽい理由だ。
だって悔しくない?
貴族の名をひけらかして商売だなんて、それで売れてもそんなのが商人だなんて言える? 死んでしまったスティーブに胸を張って報告できる?
もっともらしい表向きの理由で納得してくれてるから、敢えては言わないけどさ。
「売れない以上は何か新しい方策を練るしかないよね。という訳で、何か意見は無いかな?」
あたしの私室兼執務室でテーブルを囲み、一緒にお茶を楽しむ三人にアイディアを乞う。“三人寄れば文殊の知恵”って言うし。具体策までいかなくても取っ掛りのようなモノが掴めればって思ってね。
「単純に値を下げたらダメなんすか?」
「ダメだね。奴隷の価格は相場を元にその人の能力や価値で決まるものだから、値が低いっていうのは、自分で能力が低いと言っているようなもんなのよ。そもそもウチの奴隷の売上金は、ウチの利益分とその奴隷の支度金兼祝い金になるからね。奴隷のためにも価格は正当な値で売らなきゃ」
アンドレの意見を退ける。
薄利多売は確かに商売のセオリーの一つだけれど、あたし達が取り扱っているのは奴隷……生きた人だ。その人の人生を売り買いするのだから、安直に値を下げるワケにはいかないんだよ。
「新規の顧客を開拓しては如何でしょう? 今までのやり方とは変わった方法で、ですわ」
「というと?」
カトレアが至極当たり前のことを言ってくるが、顧客獲得の方法なんてそう多くはないと思うんだけどな……?
「名に頼るのではなく、利用するのですわ。平民身分であったお父君や他の商会主では入り込めなかった場所へ、自ら踏み入るのですわ」
「まさか……」
「ええ。貴族の夜会に出席するのですわ、マリア会長」
貴族の夜会はただ単に贅沢を楽しむだけではない。勢力を誇ったり、他の貴族と顔を繋いだり取り込み取り込まれなどの、政略の場だ。
そこに出て顔を売れと、カトレアはあたしに言っているのだ。末席で名誉貴族位とはいえ士爵も立派な貴族。招待さえあれば出席することになんら不思議はない。
招待されればね。
「閣下が席を置く派閥の中から近隣で、友好的且つ人脈の太い人物を幾人か選び出し、お手紙でやり取りをしてみては如何でしょうか? 贈り物なども添えれば好印象も与えられますし、上手くすれば夜会へと招待していただけるかもしれませんわ」
「貴族……貴族かぁ……」
カトレアの言うことももっともな話だ。我等が帝国は貴族制を布いているし、特権階級の貴族達とパイプが繋がれば、まさに商人としては大成功と言っていい。あの伯爵も所属する派閥員ならそれなりに信用もできるとは思う。
「元本家みたいな悪徳貴族ばかりじゃないとは、分かってるんだけどねぇ」
「その辺りの人選はお任せくださいな。信用に足る人物を選んでご紹介しますわ。マリア会長の苦手意識も理解はできますけれど、販路の拡大は商会にとっては重要ですわ」
「そう……だよね……。従業員や奴隷達を守るためにも儲けは出さないといけないんだし、少しだけ考えさせてね」
「ええ。じっくりとお考えくださいませね」
あんなに苦手だった貴族に自分もなって(自覚はまったく無いけどね)、今度は自分から歩み寄るのかぁ……。
事実は小説よりも奇なりとは言うけれど、なんだかおかしな気分になっちゃうね。
「ん。というよりも、売らなくても良いんじゃないの?」
「……アニータ? どういうこと?」
今まで成り行きを見守っていたアニータが、ポツリと言葉を漏らす。
売らないでどうやって奴隷商が利益を上げるの?
「ん。冒険者達が頼んできた助っ人、アレをみんなやればいい。大工だったり、店番だったり、農作業だったりに奴隷を貸し出してお金をもらう」
「レンタル……いや、人材を派遣して料金を取るってこと?」
「ん。どうかなご主人?」
アニータの言葉に思わず考え込む。
確かに現状、このアズファランの街には奴隷を購入したいというニーズが無い。だから困ってたんだけど、そうか派遣かぁ。
冒険者への助っ人派遣なら報酬の一人分は確実に貰えるようにして、あとは貢献度で歩合かな? 役割指定や個人指名で料金を上乗せしてもいいかもしれないね。
農家や工事現場の人足も、能力と成果次第では追加料金を貰えそうだね。専門の技術料なんかを取る仕組みにしてもいいかも。
これは……いけるんじゃないかな……?
「お嬢?」
「ご主人?」
「マリア会長?」
三人が急に考え込んで黙っていたあたしの顔を、心配そうに覗き込んでくる。だけどあたしの頭は、どうすれば円滑に派遣業務を導入できるかということで一杯だった。
そうだよね。奴隷商だからって、必ず奴隷を売らなきゃいけないなんて決まりは無いもんね。実際あたしだって、優秀な奴隷を商会の従業員に登用して囲ってるし。
奴隷をお試しでって感じで働かせてもらえれば、みんなの優秀さも分かって評判も上がるかもしれないね。
「アニータ、それいいかもしれない。早速方策を練って、明日以降の会議で提案してみるよ。ミリアーナやバネッサ、ルーチェにムスタファの意見も聞きたいしね」
「ん。迷いの晴れた顔になった。アテももうちょっと考えるの付き合う」
「わたくしもお手伝いいたしますわ」
「そんじゃ俺は、この街でどんな所が人手を欲しがってるか、軽く調べてくるっすかね」
ありがとう三人とも。
そもそもホワイト精神を掲げる我が商会が居心地が良いのか、あんまり奴隷達も売られたがらないというか、ここで働きたいと言い出す人も中には居るんだよね。
もし人材派遣事業が成功すれば、商会の奴隷を減らすことなく充分に利益が上げられるかもしれない。
これは全力で形にしていかないとね。
……もちろん、カトレアが提案してくれた貴族への顔繋ぎも並行して考えてみるよ。派遣でお試しして、もしかしたら買ってもいいって思ってもらえるかもしれないし。
「また忙しくなりそうだね。みんな、力を貸してね」
「はいよ」
「ん。任せて」
「喜んで、ですわ」
ニーズが無い、慕われて売れない。
そんな問題に立ち向かうにしても、人材派遣という事業は強力な武器になりそうだね。
いっちょ、この新事業で一旗上げてみますかねっ。