第60話 我が家とマリア
「マリア会長、見えてきましたわ」
「やっとだね、カトレア。長かったなぁ〜」
国主催の奴隷競売の開催から既にひと月以上。移動に片道三週間だから、延べ二ヶ月もの間出掛けていたことになる。
そんな長期出張もかくやといった遠出から、ようやく生家のあるアズファランの街の近くまで辿り着いた。
もうね、今ほど新幹線や飛行機、そこまでいかなくても自動車のありがたみを実感したことはないよ……!
「お尻が痛いですわ……です」
「解るよロクサーヌ。それなりに良い馬車だと思うんだけど、やっぱ問題は道だよねぇ」
はぁ……。土魔法の達人とかが街道を真っ平らに舗装とかしてくれないかなぁ。
そんなことを切に思いながら、未開発なデコボコの街道を馬車に揺られ続けたのだ。そりゃあお尻だって痛くなるよ。特にあたしやロクサーヌのような、肉付きの未発達な子供はね……! あとは単純に、長旅への不慣れもあるかな?
「ん、バネッサ。腕の良い馬車職人、探す?」
「それも良いかもしれませんね。先代会長の贔屓の職人とはいえ、一流とまでは言えませんしね。それか商会の者でそういった技術を学ぶのはどうでしょう?」
御者席で索敵警戒しているアニータが大袈裟な提案をしたのだけれど、なんだかバネッサ、乗り気だね?
「それでしたら、伯爵家御用達の職人へ紹介状を書きましょうか?」
「ええ……? カトレア、そんな風に伯爵家……領主様の内情を教えて大丈夫なの?」
「マリア会長でしたら、大丈夫だと信じていますわ。でしたら次の報告の際に、閣下にお伺いを立てましょうか?」
「うーん……一流の技術を学ぶ機会なんて滅多に無いからなぁ……。分かったよ、よろしくお願いね?」
「ええ。お任せくださいませ」
これは、更に部署を増やした方が良いかもしれないなぁ。
何がいいかな? “職人部”? いや、“生産部”とか“技術部”とかの方がいいかも?
確かに専門技術の取り扱い幅は多い方が、より細かく顧客のニーズにも応えられそうだもんね。
これは帰ったら一休みして、早速会議かもねー。馬車職人として育成するとなると、適性は何が相応しいんだろ? 【木工職人】? それとも【大工】かな?
「ワタシはもうしばらくは、遠出は遠慮したいです……」
「なぁに、ムスタファ? お出掛け、楽しくなかった?」
筋骨隆々な巨漢のムスタファが、なんだか疲れたご様子だ。
うん、いやまあ大体は察しが付くけどね。
「さすがに……会長サマに窮屈な思いをさせたくないので……」
身体大っきいからねームスタファ。
みんなと一緒に乗ることも考えて、割と余裕を持って造られているあたしの馬車。対面式の大人の女性でも三人は座れる座席を一つ、その巨躯でもって占領してしまってるの。
まあ正確にはあと子供一人が座れるくらいは空いているから、あたしがそこに収まってるんだけどね。さすがにロクサーヌをここに座らせるのは酷かと思って、対面のカトレアとバネッサの座席の方に座らせてるけど。
「気にすることないのに。あたしがもう少し大きくなって座れなくなっても、その時はムスタファのお膝に乗ればいいじゃない」
「膝に!? そそそんな、いけません会長サマ!?」
気分を軽くしようと冗談めかして言ってみたんだけど、そんな慌てるほどあたしって重そうかな……? ダイエット……した方がいいのかな……?
「まあ、マリア会長? そのようなご提案、ミリアーナが嫉妬に狂いますわよ?」
「カトレア……そうではなく、未婚の女性が男性の膝に乗ることを彼は危惧しているのです」
「分かってますわよバネッサ。そんなに呆れなくとも、ほんの冗談ですのに……」
うん。カトレアさん、ホントに冗談だよね? 言っちゃダメだよ!?
なんか嫉妬に狂ってるミリアーナが鮮明に目に浮かんじゃうから、絶対言っちゃダメだよ!?
「ま、まあその点も馬車を新調するなら考慮しよっかっ。ムスタファも、そんなこと気にしなくて良いんだからね。あたし達は同じ商会で一緒に頑張ってる、家族みたいなものでしょ?」
「会長サマ……!」
ホントにムスタファは……。厳つい見た目とはまったく正反対の漢女なんだから。
そして今の会話って、外で馬に乗って護衛してくれているミリアーナに聴こえてないよね!? 大丈夫だよね!?
「しかし……彼にまで馬を与えて本当に大丈夫ですの、マリア会長?」
カトレアが心配そうに訊ねてくる。彼というのはもちろん、新たな奴隷となった風間京也……キョウヤのことだろうね。
「心配し過ぎだよぉ。確かに彼に悪名が有るのは事実だけれど、それが本当にそうなのか、彼と話して疑わしいって、カトレアも感じたでしょ? 【毒蛇】の子爵様もそんな感じのことを匂わせてたし、そこまで過敏にならなくても大丈夫だよ。そもそも、彼とはしっかり奴隷契約を結んだんだからね」
貿易都市の宿屋での面談後早々にミリアーナに目を着けられて、訓練に付き合わされていたキョウヤだったけれど、そこは若さ全開の20歳で、しかも騎士をやっていただけのことはあったよね。
ミリアーナのハー〇マン軍曹もかくやといった訓練にしっかりとついていけてたし、手合わせでは数合とはいえ彼女と渡り合ってみせた。
とにかく体力的に問題はなさそうだったので、その訓練の後でそのまま本契約まで済ませたのだ。
元騎士で即戦力ということもあり、彼には馬を新たに買い与えて、馬車の護衛としてミリアーナ達と共に随行してもらっている。
適性が【拳王】となっていたから得意なのは肉弾戦かと思いきや、人並み以上には剣や槍も使えるらしいしね。あれか。転移者だから全ての能力値が軒並み高いですよーとか、そういうチート的なやつか。
……あたしには【社長】の職業技能以外には特に良いとこないのに、ズルいよね?
まあそんなこんな賑やかで楽しい、少し疲れた旅路が、ようやく終わったのだ。
◇
「おかえり、お嬢」
「ただいまアンドレ。留守中変わりは無かった?」
という訳で、帰って参りました愛しの我が家!
ああ、懐かしい……! およそ二ヶ月も離れていただなんて、我ながら信じられないよね。
前世の社畜時代には、家なんてお風呂入って寝るばっかりだったから、家という物にあまり愛着なんてなかったのだけど。
だけど新たなこの人生では愛されて育くまれ――もちろん前世でも両親には愛されていたと思うけどね――、自営業で忙しいとはいえホワイトに務めて規則正しい生活を送り、みんなの笑顔がある家が、当たり前に大好きになっていた。
守らなきゃね……! どんな障害が立ちはだかってもさ。
あたしにとってこの家と商会こそが、死んでしまった両親との思い出の地で宝物なんだから。
「取引自体はお嬢が居なきゃできなかったんでね。ただ、問い合わせはひっきりなしに来ましたかね」
「あー、スタンピードの時の活躍のせいね?」
「あれでだいぶ、特に警備隊や冒険者の連中からの見る目が変わったっすからねぇ」
あたしが家名と士爵位を授かるきっかけになった、このアズファランの街を襲った魔物の暴走。
その際あたしは、我が商会の戦力と物資を大盤振る舞いで投入し、商会の従業員も奴隷もみんな、獅子奮迅の活躍を見せ付けたのだ。
現場で一緒に戦っていた警備隊や冒険者達の評価が上がるってのも、まあ解らないでもないかな。
「それで? 何て言ってきたの?」
「警備隊の方からは、年季明けが近い戦闘奴隷を紹介してくれと。まあ税金で勝手に奴隷を買うわけにはいかねぇっすもんね」
「冒険者は?」
「依頼に協力してほしいって声が多かったっすね。特に盾役と、回復要員の希望が多かったっすね」
「……買うんじゃなく?」
「お嬢……。ミリアーナのような一線級の高位冒険者ならともかく、日銭暮らしの鳴かず飛ばずの中堅以下に、奴隷が買えるとでも? 宿代に食費、各種装備に道具代まで考えりゃ、そんなん無理に決まってるっすよ」
うぐぐ……っ! いやそりゃ確かにそうだけどさぁ……!
「はぁ……。まあ、一部でも奴隷商を見る目が変わったってことで、良しとするしかないかな」
「っすね。お嬢の方は……オマケまで付いて大成功って感じっすかね?」
「当然っ♪」
留守番組のまとめ役をまかせていたアンドレと、旅の間にお互いあった事を報告し合う。
貯め込んだ資金は随分と溶かしてしまったけれど、お金はまた稼げば良いしね。
「まあ、こんなとこっすかね。あとカトレアの嬢ちゃんに伯爵の部下から伝言だ。『帰還したら至急報告書を上げるように』だとさ」
「忙しないですわねぇ。承知しましたわ。明日にでも渡して届けていただきましょう」
やれやれだね。
みんなも長旅で疲れただろうし、今日は本格的な報告会はやめにして早く休もう。
明日一日くらいはノンビリ我が家を堪能したいけど、馬車や技術交流の話も出てきたし、早い内に話し合って形を定めてかないとね。
「うん。みんなお疲れ様! 遠征組は先にお風呂に入って、夕食は食堂でみんなと久し振りにお喋りしながら盛り上がろう。それが済んだら今日はもう休もうね」
あたし、マリア・クオリア13歳。
生まれて初めての長旅で、その目的も果たして我が家に帰って来られました。
旅の大本命である本家の娘ロクサーヌも無事購入でき、さらにはなんと、同じ日本を故郷に持つ転移者の風間京也も仲間となって、実り多い旅ができたんじゃないかな。
そして当然この後は、キャッキャウフフな魅惑のお風呂タイムを心ゆくまで堪能したのでした。
ふふふ、どうだキョウヤ? 羨ましいでしょ〜♪
これにて今章は完結です。
面白い、続きが気になると思われましたら、評価やブックマークをお願いします!
ご意見ご感想も何時でもお待ちしております!