第59話 転移者キョウヤと転生者マリア
「全員、席を外してくれる?」
「「「ッ!!??」」」
目的を達成――正確にはこれから達成するんだけど――したあたしは宿へと戻り、対面に座る新しい奴隷……キョウヤ・カザマ以外のみんなにそう、声を掛ける。
あたしの言葉にみんな一様に驚愕する中で、真っ先に我に返り声を上げたのは、あたしを誰よりも慈しんでくれる凛々し美人、ミリアーナだった。
「お嬢様!? このような買われたばかりの、それも本契約前の奴隷の……! しかも男と二人きりになるなど、危険過ぎます!!」
まあごめんだけど、それは想定内だったのよね。
だからあたしは、予め用意しておいた答えを返すことにした。
「それを言ってしまうと、彼は若干13歳の少女に欲情するような変質的な性的嗜好を持っていることになるね。どうなのキョウヤ? あなたはあたしに邪な気持ちを抱いちゃうヘンタイさん?」
「ち、違いますよッ!? 僕はいたってマトモな、大人の女性が好きな健全な男ですっ!! 誓って手なんて出しませんって!!」
「だってさ、ミリアーナ。奴隷身分になったとはいえ彼は騎士だよ? あまり彼の名誉を傷付けるものじゃないよ?」
「うぐ……っ! し、しかし……! その男は“仲間殺し”を――――」
「はいストップ。その話は怪しいって、さっきも話してたのを聞いてたでしょ? あの子爵が言葉を濁したことからも、それは限りなく可能性が高い。それを明らかにするためにも必要なことなの。分かってくれる?」
「…………はい、分かりました……」
ごめんねミリアーナ。
貴女があたしを心から心配してくれているのは、痛いほどに分かってるの。だけどこれから話す内容は、おいそれとは広められないことだから……。
「みんなもいいね? 大丈夫だよ。何かあれば仮契約の縛りが効いてる内に逃げるから。さあ、二人きりにしてちょうだい」
あたしのダメ押しに、心配そうな顔で退室していくみんな。
うん、ミリアーナ? すっごい顔でキョウヤを睨んでるけど、怖がってるからやめてあげて?
そうしてあたしとキョウヤだけになった宿の一室で、改めてあたしは彼に向き直り、その焦げ茶色の瞳を見詰める。
いやさ、そんなに身構えられると話し辛いんだけど。
まあ本当に大切な話をするから、真剣になってくれるのはありがたいんだけどね。
「さて、キョウヤ……キョウヤ・カザマがフルネームね。改めて、あたしの商会にようこそ。あたしが三代目の会長、マリア・クオリアだよ」
「……キョウヤ……です。家名は没収されてるので」
自己紹介を返す彼は家名……いや、苗字を名乗れないことがとても悔しそうに見える。
「うん。犯罪者扱いだもんね、仕方のないことだよ。じゃあキョウヤ。みんなとは仲良くやっていけそう?」
「分かり……ません。あの騎士風の……」
「ミリアーナ?」
「そうです。ミリアーナさんには、嫌われてしまったみたいですし……」
まったくミリアーナは。
大事にしてくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと過保護過ぎかもね?
「彼女は、あたしが赤ちゃんの頃から護ってくれているの。物心付いた頃にはあたし、彼女の後ろをアヒルの子供みたいに付きまとってたんだよ?」
「それで、あんなに……」
「別に男性全てを嫌悪してる訳じゃないよ。今日はたまたま女性しか連れてなかったけど、ウチの商会には男性も普通に、沢山生活してるから」
「……信用されろ、ということですか」
「うん、分かってるね。それじゃあ本題に移るけど、その前に。話す前に一つだけ誓ってほしい事があるの」
「なんでしょうか……?」
「これから話す内容は誰にも漏らさないこと。何か分かったり思い出したりした場合は、あたしにのみ相談すること。要は守秘義務だね」
「契約内容は漏らすな……ってことですか?」
「ううん、もっと重いよ。それこそあなたの苗字に誓ってほしいほどに」
「ッ!?」
驚いてるね。
あたしの今の言葉に込めた思いに、どれだけ気付いてくれるかな?
そう値踏みしていると、キョウヤは先程までの不安そうな表情はどこへやら。真剣な強い眼差しで、あたしを見詰めてきた。
「誓います。僕の苗字“風間”に誓って、決して秘密は漏らしません」
《うん。百点満点だよ、風間京也》
あたしはそれこそ生まれて初めて披露する、日本語で彼にそう笑い掛ける。
呆気に取られた京也はしばし口をポカンと開けていたが、慌てて取り繕って居住まいを正した。
《改めて自己紹介しよう。俺の前世での名前は八城要。今世では、奴隷商人の一人娘であるマリアとして生まれた》
《て、転生ってことですか……? 日本で死んで……?》
《そうなるだろうな。最後の記憶は社畜生活に疲れ果てて、アパートの部屋で泥のように眠りに着いたところまでだ》
《う、うわぁ…………!》
そんな同情するような目を向けんなよ。俺はこれでも今世の美少女奴隷商ライフを楽しんでるんだからな。
もしこの部屋の外でミリアーナなりアニータなりが聞き耳を立てていたとしても、この世界に存在しない日本語で喋れば何も問題無いだろう。
だって“聖女セツコ”の手記の日本語ですら、数百年経った今でも解読されてないんだぜ?
《京也は転移なんだよな? こっちに来たのは最近か?》
《三年くらい前……です。受験の合格祈願の後、鳥居を潜ったらこっちに来てました》
《そっか、高三の受験シーズンだったのか。お前、転移した時とかコッチで生活してる間に、何か女神的なヤツに会った? もしくは神託とか》
《ラノベとか漫画みたいにですか? いや、全く無いです》
《俺も気付いたら赤ちゃんだったんだよなぁ……。ホント、神様とやらは俺らに何をさせたいんだか……》
あるいは俺や聖女セツコのような転生の場合は、異なる世界間で魂のやり取りが為されてて、輪廻転生の枠組みの内かと考えはしていた。
だけどこうして訳も分からず転移させられた奴が出てきたということは、それは意味合いがまるで違うように感じる。
《まあいいや。それは追々調べてけば良いだろ。俺以外にも転生者が居たように、京也以外にも転移者が居るかもしれないしな》
《え……!? マリア……八城さん以外にも転生者が居るんですか!?》
《ん? 聞いた事無いか? “聖女セツコ”って。数百年前にこの世界に現れた日本人で、史上初のSランク冒険者パーティーを育て上げたり、帝国じゃないけど一国を興したりした偉人だ。本にもなってるぞ?》
《そう……ですか……。いえ、知りませんでした。僕はてっきり、身近に居るのかと……》
ああ、伝え方が悪かったか。確かにさっきの物言いでは、囲っているもしくは知己を得ていると受け取られてもおかしくないな。反省反省。
《聖女セツコに関しては、俺が持ってる本を貸してやる。騎士をやってたくらいだから、コッチの言葉も読み書きできるようになってるんだろ? 俺も何度も読んだけど、京也も読んで何か気付きがあれば教えてほしい。今後転移者や転生者についての調査は、お前に主に動いてもらうつもりだしな》
《え……ぼ、僕がそんな、大事な役目を……? 奴隷なのに……?》
俺の言葉に、京也は目を丸くして驚いている。
なんだよ? 古代エジプトの奴隷よろしく、過酷な肉体労働に就けられるとでも思ってたのか?
《おいおい、同じ日本人……元だけど日本人の俺に、しかも過労死までした虐げられ続けてきた俺に、たとえ奴隷とはいえ同じヒトをそんな人非人みたいな扱いができるわけないだろ? お前には他の新入り奴隷達と同じように研修や教育を受けてもらったら、早速俺の直属の異世界関連の調査班を受け持ってもらいたいと思ってる。もちろん給料も払うし、週休二日制で必要経費にも対応可能だ》
《なんですかそのホワイトな奴隷商は……》
《お、よくぞ訊いてくれたな! 我が社……我が商会では“ホワイト精神”に則った健全な経営のために、目下組織改革を継続中だ。目指せホワイト企業! 不当労働撲滅! 労働者の権利を【社長】の俺が守るのだ!》
《は、はぁ……》
む。ノリが悪いな京也くん! アレか、“悟り世代”ってヤツか!?
いやまあ? 付き合いの浅い奴にいきなりこんなこと言われてもかもだけどさ、もうちょっと明るくいこうよ?
《安心しろ、京也。商会に来た以上はお前は俺の仲間だ。お前の無実の罪も払拭し、大事な親御さんから貰った苗字だって取り返してやる。だからお前はまずはウチに慣れろ。みんなと話して打ち解けて、味方を増やせ。お前の努力や働き如何によっては、お前の代金、金貨2,000枚の返済を待たずして奴隷身分からの解放も検討可能だからな》
《ま、マジですか!? ……あっ!?》
《はは、やっと日本の若者らしくなったな! ああ、マジだ。事実お前の上司であり先輩でもあるミリアーナ達は、そのほとんどが奴隷から従業員に登用した人達だ。実力主義。人柄と能力で出世する。どうだ? 燃えてきただろ?》
《は、はい! 頑張ります!》
《それと契約に於ける特記事項を、一つ追加しておこう》
《え……? 守秘義務と、まだ何か……?》
随分と前向きな明るい表情になった京也をまっすぐに見詰め、俺は伝えるべき事柄を口にする。
《仮にだが、もしお前が“日本への帰還方法”を発見、そして再現できることとなった暁には、その時点でお前との契約は満了することとする。意味、分かるか?》
息を飲む京也。その目は信じられないといった様子で見開かれ、揺れていた。
《それは……僕に向こうへ帰れと、そういうことですか……?》
《その通りだ京也。“取らぬ狸の皮算用”だけどな、もしそれまでに他にも転移者が見付かるようなら、そいつらにも同じように提案するつもりだ。俺みたく死んで転生だったり天涯孤独だったならともかく、お前には大事な親御さん達……家族が居るんだろ?》
《ッ!!》
《当然“異世界間の転移法”については我が商会の最重要機密として、正確に確実に調査・記録してもらい、その内容の所有権は俺ということになるけどな。もしお前にどうしても向こうに帰りたくない、帰れない事情があるってんなら話も聞くが、親御さんも突然息子が居なくなって、悲しんでるんじゃないのか?》
《そう、ですよね…………》
これは極力考えないようにして、半ば諦めてた感じかな?
京也のこの世界での経歴はざっとは洗ってはみたが、大方拾ってくれたブリリアン伯爵家への恩返しとかで、故郷への気持ちを誤魔化していたんじゃないか?
《分かりました……。その内容で契約に合意します。ただ……》
《うん? なんだ?》
今までにない強い瞳。
日本人にありふれている黒髪に焦げ茶の瞳の、大人になりたての青年が。訳も分からずこのエウレーカの世界に迷い込んだ、ただの男子高校生だった男が、俺をまっすぐに見詰め、口を開いた。
《もし帰還方法を見付ける前に奴隷から解放されていた場合は、僕の意思で帰還するかどうか決めさせてください。お願いします》
そう言って見た目は少女の俺に頭を下げてきた。
そこまで言われちゃしょうがない。
コイツだってもう20歳だ。コッチではとっくに、向こうでも成人している立派な男だもんな。
《了解だよ、京也。その時までにもしお前が自由な身分を得ていたのなら、お前の自由意志を尊重しよう。約束する》
《ありがとう、ございます……!》
《調査研究については追々話を煮詰めていくつもりだ。それまでにしっかりと学び、研鑽しておけ。お前の価値は、お前が作り上げるんだ》
《はい! よろしくお願いします、八城さん!》
《みんなの前ではマリアな。呼び方は無礼だって怒られなきゃ自由で良いから、みんなから良く学んでくれ》
《はい、マリアさん!》
こうして、俺……あたしは自身の身の上を話せる相手、日本人の転移者の奴隷を得た。
あたし達転生者や転移者がどうして、何のために世界を渡ってこの世界に流れ着いたのか。それを調べる上でも戦闘に適性があり若い京也はうってつけだ。
それに、真面目で努力家に見える京也をハメた相手も気になるところだ。
話をしてみてやはり、京也が“仲間殺し”なんて大それたことをするようには、とても思えなかった。伯爵家令嬢に拾われたという話だが、それを妬んだ怨恨の類いか、はたまたもっと大きな陰謀が隠されているのか。
一度領主様――ムッツァート伯爵閣下にお伺いを立てた方が良いかもしれないな。
……あっ。
「あ、そうだキョウヤ」
「はい? なんですか、マリアさん?」
あたしは大事なことを伝え忘れていたことに気付き、キョウヤに声を掛ける。もう内緒の話は終わったからね、普通にこっちの言葉でだよ。
「あなたの今後だけど、研修期間中は【戦闘部】所属になるからね。その間の直属の上司はミリアーナだから、ちゃんと仲良くしてね」
「え゛……ッ!?」
おおう……! なんて顔で固まってるんだい、キョウヤくん……!
まああれだけ睨まれてれば苦手意識が芽生えるのも仕方ないかもしれないけど……
「ま、マリアさん……? マリア会長? もしかして、笑ってませんか……!?」
「え、いやいやヤダなぁキョウヤ。あたしがそんな性格悪い子に見えるの? こんなに可愛いのに?」
「自分で言うとか……いや、確かに可愛いですけど――――」
「やはり本性を表したな獣めッ!!!」
うわっ、ビックリしたぁ!?
み、ミリアーナ!? アンタやっぱり聞き耳立ててたんだね!?
「いや、ちょ、誤解で――――」
「黙れこのケダモノめ! こっちへ来い! その根性叩き直してやる!!」
「いや待って誤解なんだって……!? マリアさん!? 助けてくださいよ!?」
「頑張れキョウヤ〜♪ ミリアーナ、ほどほどにねー。まだ本契約してないから、そのくらいの元気は残しておいてね?」
「はい! お任せ下さいお嬢様!」
「いーやーだぁーッ!? やっぱり奴隷なんてイヤだぁーッ!!」
「甘ったれめ……! いいから来い! 笑ったり泣いたりできなくしてやるッ!!」
いや、ミリアーナさんそれはやり過ぎじゃあ…………あ、いや、そんなとても凛々し美しい笑顔で微笑まれても……あ……引きずって行っちゃった。
ま、いっか♪
頑張れキョウヤ! 健闘と無事を祈るっ!
度々更新が途切れ、申し訳ございません。
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