第58話 転移者、風間京也
最近寝落ちが増えてます……
更新できず申し訳ありません。
僕の名前は風間京也。
地球の日本国生まれの、生粋の日本人だ。
あの日、当時まだ高校三年生だった僕は、突然この世界に……エウレーカに転移してしまった。
別に何をした訳でもない。
巷で流行りの転生トラックに轢かれた訳でもなければ、突然足元に魔法陣が光り輝いた訳でもない。
死に瀕した誰かを身を呈して庇ったりもしていないし、悲惨な境遇の末に学校の屋上から身を投げた訳でもない。
僕はあの日、近所の神社で大学受験合格の願掛けをして、さあ帰ろうと鳥居を潜って石段に足を踏み出しただけなんだ。
だけど気が付いたら石段は森の中の下草に変わっていた。
「あれから、もう三年近くなるのか……」
この世界に迷い込んだ僕――その時はまだ異世界だとは思ってもみなかったけど――は、とにかく人に会って助けてもらわないと、と必死に森の外を目指した。
だってそうでしょ?
極々一般的な男子高校生がいきなり森に放り出されたんだよ?
成績はまあ上の下くらいで、スポーツもとりわけ苦手という訳でもない。顔だって普通かやや良いくらいなんじゃないかな? 少なくとも昔から付き合いのある親戚達や近所の人達には、カッコイイと言ってもらえていたはずだ。
難を言うとすれば。
塾があったから碌に友達も居なくて、もちろん彼女なんてできた試しもないことくらいかな。
だけどおおむね、満ち足りた生活をしていたと思う。
ただそんなごく普通の男子高校生には、森で生き抜く術なんてあるはずが無かった。だからとにかく森の外を目指したんだ。
幸運にもそれほど森の深くに迷い込んだわけじゃなかったみたいで、一時間ほど勘を頼りに彷徨っていたら森から出ることができた。
できたんだけど……僕はそこで絶句してしまった。
見渡す限りの草原が、そこには広がっていたんだ。
自慢じゃないけど、僕は一応都会生まれの都会育ちだったから、そんな地平線が見えるほどの大草原なんてもちろん近所にある訳でもないし、実際に見た事もない。精々がテレビの動物番組とかで、世界のどこかの草原を観るくらいだった。
「キョウヤくん。こちらへ来なさい」
「……何ですか一体……? いよいよ僕を、どこかの鉱山に送るんですか」
回想に耽っていた僕を現実に引き戻す声に、不機嫌さを隠すこともなく返事をする。
ついこの間開かれた奴隷オークション。
僕はそこで誰にも値を付けられることなく、このオークションの責任者の男――カルロース・サンタ・アイオニス子爵って言ったっけ――の元へと差し戻された。
僕に付きまとう、“仲間殺し”の汚名のせいで。
「そう悲観するものじゃないよ。喜びたまえキョウヤくん。君を買いたいと言う奴隷商人が現れたんだ」
「……でもどうせ奴隷なんでしょう。僕はやってないと何度も訴えているのに、誰一人として僕の言葉を信じてくれない。誰一人として……そう、あなただって……!」
「気を鎮めたまえよキョウヤくん。私はもちろん君の無実を信じているとも。だがしがない役人風情が声を上げたところでね……。それよりも聞きたまえよ。君を買い取りたいと言い出した奴隷商人だが……一体どんな人物だと思うかね?」
「どうせ若い男だから肉体労働で扱き使うつもりなんでしょう。興味ありませんよ」
僕は、つい最近まで騎士だったんだ。
正確には名誉騎士爵というらしく、王や皇帝から直々に授けられる騎士爵とは違って子供に継がせることはできない。
各地方の領主が独自に――制限は有るけれど――任命できる、一代限りの貴族の位だ。
僕が仕えていたのは、ちょうど今滞在している貿易都市サンクローラの北の土地。ブリリアン伯爵という人が治めている領地だった。
この世界に迷い込んで、草原で途方に暮れて立ち尽くしていた僕は、たまたま近くの街道を通り掛かった伯爵の娘の馬車に拾われたんだ。
いや、漫画やラノベみたいに襲われてたり戦ったりはしなかったけどね? 常識で考えて普通の男子高校生がいきなりそんな状況で戦えるわけないじゃん。
それで、珍しい服装をしていた僕――とは言っても普通の学ランだけどね――を見止めたお嬢様……テスタロッサ様に声を掛けられて、ここが何処だか分からないと、どうやって来たのかも、何もかも分からないと正直に話したら、お優しいテスタロッサ様は、僕を馬車に乗せて、領城のある都市へと連れ帰ってくれたんだ。
それから何だかんだとお世話になり、恩返しのためにと魔法や剣術、槍や乗馬など、様々な訓練を熟して頑張ったんだ。
その頃にはもう、ここは異世界なんだと納得してたよ。
漫画やアニメでしか見たことの無いファンタジーな街並み。騎士が剣を振るい、何よりも魔法が実在する。これが話題の異世界転移なんだと、当初の僕は無邪気にワクワクしちゃってたっけ。
それがどうして。
「いやいや。君を購入したいと言っているのは、実は若干13歳の少女なんだよ」
「…………はあ??」
◇
「…………………………!」
空いた口が塞がらないって、こういうことなんだろうね。
本当に少女じゃないか。
金髪の長いストレートヘアーに、エメラルドグリーン(って言うんだっけ?)の綺麗な瞳。
まるで人形のように整ったその顔は、年相応にあどけなくてもどこか大人びて見える。
歳は13歳らしいから、日本で言えば中学一年生だ。
だけど目の前で凄い美人な女性達を控えさせてソファに座るその少女からは、歳に似つかわしくない凄みというか、貫禄を感じさせられる。
こんな可愛くてキレイな女の子が、奴隷商人なの……!?
「初めまして、キョウヤさん。あたしは奴隷商会・ワーグナー商会の会長を務めている、マリア・クオリアです。どうぞよろしく」
「は、初めまして……。キョウヤ・カザ……いえ。ただのキョウヤです。よろしくお願いします」
そうだ。僕は家名……苗字を没収されていたんだった。
誰に授けられた訳でもない、生まれ持った……元々持っていたモノだというのに。
「単刀直入に話しますね。あたしはキョウヤさん、貴方を購入したいです。もちろん、貴方に付きまとう汚名についても承知しています。キョウヤさんは奴隷として買われるのと、犯罪者として労役に就くのと、どちらが良いですか?」
本当に単刀直入に訊いてきたな……。
本来ならどちらもゴメンだと叫びたい。だけどそんな事をすれば僕に嵌められた奴隷の首輪が、すぐさま僕の首を締め付けてくるだろう。
それに……何なんだよ、その女性達は……!?
落ち着いて観察してみると、少女……マリアさんの後ろに控えている女性達のその誰もが、只者でないと分かる。
片眼鏡を掛けた女性、メイド服の女性、魔導士っぽいローブの女性、猫耳っぽいフードを被っている多分少女、そしてその中でも飛び抜けてヤバイと感じるのが、騎士風の正装を着こなしている女性だった。
「僕は……やっていません。本当なら奴隷にだってなりたくない」
こんな手練達を囲っているこの子ならと、そんな願望が表に出てしまったのか。僕はついそんなことを口走っていた。
言ってしまってから後悔する。こんな、たった13歳の少女に一体何を言ってるんだ、僕は。
親のコネか財力にものを言わせたか、別に子供だってお金さえあれば奴隷を買える世界なんだし、相手の素性も知らない、しかもこんな少女に何を期待しているんだか。
「なるほど、貴方は無実を主張しているわけですね? カルロース子爵様、彼の言葉は真実なのですか?」
「私からは何とも。一つ言えるのは、件の事件についての調査も裁判も、既に終了してしまっているということだけだね」
そう。僕の“仲間殺し”の汚名の発端となった事件は、僕が犯人だということでもう決着が着いてしまっている。
本当は違うのに。僕は嵌められて、貶められただけなのに……!
「冤罪の可能性も有るという事ですね。そして相手は、そのような情報操作を得意としているかもしれないと」
「……え?」
「危険な発想だね、マリアくん。私でなかったら国へ報告しているよ?」
一瞬、この子は何を言っているんだと呆けてしまった。しかし続く子爵の言葉で我に返る。
まさか。こんな小さな子が、僕の無実を信じてくれる……?
「子爵様もそう思っておいでなのでしょう? 『何も言えない』というのは、『何か知っている』ことを意味しているのでは?」
「いやはや、流石はムッツァート伯爵閣下のお気に入りだ。その歳で士爵位を授かったのも頷けるよ」
待て、待ってくれ。僕完全に置いてけぼりだから!
「あ、あの……! 信じて……くれるんですか……? 僕はやってないって……」
「私は先程もそう言ったがね。そして木っ端役人の私には、どうにもできないとも」
あんたじゃない……いや、あなたには何だかんだ気に掛けてもらってたっけ。でもそれよりも……
「あたしも信じるよ? あなたは、“仲間殺し”ができるような人じゃないでしょ?」
急に変えられた歳相応な砕けた口調に、思わず胸が高鳴る。
いやいや、この子はいくら大人びていてもまだ13歳だぞ!? 何をドキッとしてるんだ僕は!?
「なぜ……そう言えるんですか……?」
「うーん、そうだね〜……」
僕の言葉に顎に人差し指を当て、しばし考え込むマリアさん。そんな何気無い仕草にも、不覚ながらもドキドキしてしまう。
うっ!? 騎士風の女性の視線が突き刺さってくる……!?
こわっ!? ちょ、何で僕こんなに睨まれてるのッ!?
「あえて言うなら、【社長】だから」
「……は?」
「おっと。これ以上はあたしについて来たらゆっくり話そうか。それでどうするの? あたしの奴隷になる? それとも最前線に放り込まれるか、鉱山に行く?」
この子は今、何と言った? シャチョウ……社長?
久しく聞かなかった故郷の言葉を不意打ちで出され、頭が混乱する。
「キョウヤくん、先方にお答えしなさい」
「はっ……!?」
カルロース子爵の言葉に我に返る。
もしかしたら今日は。この世界に転移した時と同じで、僕の人生の大きな分岐点なのかもしれない。
奴隷になんてなりたくない。だって僕は、何も悪い事はしていないのだから。ただこの世界に迷い込んで、困り果てていた僕を救ってくれたブリリアン伯爵様に……テスタロッサお嬢様に恩を返したくて、不相応ながらも騎士となって働いていただけだ。
なのに“仲間殺し”の汚名を着せられ、犯罪者のレッテルを貼られ、オークションでは値も付かず。
あとは本当に、故郷の囚人のように強制労働が待つのみだった。
そこに。
「どうするの、キョウヤ・カザマ? あなたはあたしの奴隷になる?」
天使のような――あるいは悪魔かもしれないけど――美少女が現れて、僕を買いたいと言ってくれている。
不謹慎かもだけど、そして僕は断じてロリコンではないけれど。
胸の高鳴りが、うるさかったんだ。
熱に浮かされたように、頭に血が昇っていたんだ。
だから。
「……なります。僕は、マリアさんの奴隷になります」
そう、答えていたんだ。
「素晴らしい! 先日に続き購入してくれて、感謝するよマリアくん。いやあ、私としても彼を犯罪奴隷として使い潰すのは、非常に勿体ないと思っていてね!」
「こちらこそ良き商談に感謝いたします、カルロース子爵様。では早速、支払いを済ませて彼を引き取りたいのですが」
「良いとも良いとも。彼にはその間に、身綺麗に支度させよう。キョウヤくん、おめでとう。さあ、別室で身支度を整えて来たまえよ」
子爵の部下に連れられ、応接室から退室していく。
たとえ奴隷だとしても強制労働よりはマシなはずだし、主人となる人は物凄い美少女で、側仕えの女性達も美人揃い。
境遇とは裏腹に、僕はちょっと、この世界が異世界だと知った時のように、ワクワクしていたんだ。
「おい」
「え……?」
そんな退室する間際の僕に、すれ違いざまに例の騎士風の女性から声が掛かった。
商談――なのかな、あれは?――の最中は一言も発さなかったのにと、少し驚きながら顔を向けると、その美しく凛々しい女性は僕に顔を近付けてきたんだ。
急にキレイ過ぎる顔が迫ってきたから、つい顔を熱くして硬直してしまった。
女性は僕の耳元に口を近付けると、小さな声で囁くように。
「(調子に乗るなよ? お嬢様を先程のようなイヤらしい目で見てみろ。足腰立たなくなるまで扱き倒してやるからな?)」
そう、背筋の凍る言葉を聞かせてきた。
その言葉が頭から離れなくて、恐ろしくて。
僕は意識も散漫に、連れられて行った部屋で身体を清めて身支度を整え、気付いたらマリアさん……ご主人様の逗留する宿に着いていたんだ。
僕は京也。風間京也。
地球からこのエウレーカに迷い込んだ日本人で、騎士から犯罪者、そして奴隷へとその身分を慌ただしく変えてきた。
そして流れ着いたのは、天使のような会長が取り仕切る、ワーグナー商会という奴隷商。
美少女の会長……ご主人様を筆頭に、腕も容姿も人並外れた女性達に囲まれて、特にヤバイ凛々しい女性には睨まれて。
一体僕、これからどうなっちゃうのぉ〜!?