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第54話 オークションとマリア



 うっはー! 地下とか! 奴隷の競売に地下使うとかめっちゃ定番じゃねーか!


 我らがフォーブナイト帝国主催の奴隷競売(オークション)当日。あたしはミリアーナ、バネッサ、カトレア、ムスタファの四人だけを連れて、本番前日になって発表されたオークション会場へとやって来ていた。


 護衛にミリアーナと(見た目だけだけど)ムスタファを、補佐にバネッサとカトレアって感じの配役だね。

 他のみんなは馬車の見張りだったり宿でお留守番、それからアニータとルーチェにはこの都市の市場調査や色んな国の情勢、それと奴隷に関する情報なんかも調べてもらってるよ。


 入場人数には制限があったし、それに女ばかりでは舐められるかもってことで見た目だけは厳ついムスタファに同行してもらったのね。そんなムスタファさんはすっごい緊張してるみたいで、表情を引き攣らせてるけども。



「ワーグナー商会のマリア・クオリア女士爵殿…………は? お嬢さんが……?」


「はい。わたくしがマリアです。何か問題でも?」



 あー。ミリアーナさん、睨むのはおよしなさい? カトレアも、そんな冷たい笑みを浮かべて威圧しないの!



「し、失礼しましたっ。では招待状と、奴隷商組合の会員証、それから“魔力印”をご提示くださいっ」


「はい。バネッサ」


「こちらに、マリア会長」



 バネッサに預けておいた入場に必要となる物を受付の警備員に提示させる。


 国が主催し貴族までもが売りに出されるオークションだものね。警備も厳重になるのは当たり前だね。



「はい、確かに確認致しました。マリア会長殿の割り当て番号は“77番”となります。こちらの番号札を掲げれば購入の意思を示すことが出来ます。商品(・・)によって吊り値は変わりますので、ご注意くださいませ。お席は同じ番号の場所となります」


「ありがとうございます」



 “ラッキーセブン”とは縁起がいいね! このまま何事も無くオークションで勝ち抜けられれば良いんだけど。


 無事受付を通過し、会場へと入る。その際に今日出品(・・)される奴隷達のリストを貰えたので、あたしに割り当てられた“77番”の座席に座って早速中身を確認する。


 招待状で目玉となる奴隷は知らせてもらえたけれど、そうでない人の情報は無かったからね。

 もちろんあたしの目的はただ一人。取り潰しとなった元あたしの本家、セイラム男爵家の一人娘であるロクサーヌ・モルド・セイラムだけだけどね。



「……ロクサーヌが特別幼いね。他の女性奴隷達は……若くても17歳か……」


「13歳のロクサーヌ嬢に注目が集まりそうですわね。ただでさえ元貴族令嬢の奴隷は引く手数多ですのに」


「根回しとかしようにもあたしじゃまだ無理だしなぁ……。ありったけの資金を持って来たとはいえ、不安だよね……」


「わたくし達の目的はロクサーヌ嬢だけですわ。今回持参した資金を全て注ぎ込めば、他の大手商会にも負けない筈ですわ」



 ……確かにいくら大手商会といえど、たった一人の奴隷だけに今回持ち込んだ大金貨200枚……金貨にして2万枚ものお金を注ぎ込んだりはしないだろう。

 だけど、いざとなったらあたし個人のヘソクリも投入してやる。絶対にロクサーヌは他所へは渡さないからね。



「お嬢様、始まるようです」



 ミリアーナの声にリストから顔を上げる。

 劇場のような会場で、観客席に犇めくあたし含め多くの奴隷商人が見守る中、舞台の上に貴族の正装を着込んだ男性が進み出てきた。



『フォーブナイト帝国に所属する奴隷商会の諸君。本日は日柄も良く……とは言っても今はもう夜もほど近く、挙句此処は地下なのだがね』



 拡声の魔導具を通し発したその声に、会場からささやかな笑いが起こる。まあ空気を和ませるためのジョークだったんだろうけど。

 舞台の男性は中年から初老に差し掛かったくらいに見える。小気味よい軽快な口調で彼は言葉を続けた。



『私はフォーブナイト帝国・帝都内務局に名を置く、カルロース・サンタ・アイオニス子爵という。此度の司会進行役を皇帝陛下より賜った。今宵の競売が諸君にとって有意義なものとなるよう取り計らう所存だ。見知り置きをお願いする』



 へぇ……、帝都の内務局からわざわざこんな西南の果てにねぇ。

 流石は奴隷に堕ちたとはいえ、国に所属した貴族を売買するオークションってことか。



「カトレア、内務局って主にどんな仕事をしてるの?」


「そうですわね……。多岐に渡りますが、主には国や城の内政に関わる部署が多いですわ。税務局や造幣局、それから貴族議会の調停委員会なども内務局の管轄ですわね」



 貴族議会とは、要するに立法機関のことだね。日本で言う国会に当たる議会で、帝国の男爵以上の貴族が名を連ねている。

 まあ出席は強制ではないし、地方と中央では同じ爵位でも発言力に雲泥の差が出る不平等極まりない権力の坩堝(るつぼ)らしいけど。



「それにしても“アイオニス子爵家”のご当主が司会とは……」


「知ってるの? 有名な人?」


「知る人ぞ知る……と言ったところでしょうか。あのお方は同じ内務局に所属はしていても、俗に言う“暗部”の人間ですわ」


「……暗部ってことは、諜報や暗殺、裏工作とかするような?」


「そうですわね。その中でもあのお方……アイオニス子爵家のカルロース様と言えば、裏の界隈では【毒蛇】の異名を持つ暗闘屋ですわ」


「【毒蛇】っ!? 明らかに暗殺者っぽい異名なんですけど……!」


「表向きは内務局内の情報局所属ですけれど、嘘か誠か皇帝陛下直属の暗殺貴族家という噂もありますわね」


「おっそろしい御仁ということね。というかカトレアさん? どうしてカトレアさんはそんなに裏話に詳しいのかな……?」


「それは……我がストークス男爵家も、ムッツァート伯爵領内の暗闘屋の一家ですからね。皆には内緒ですよ?」



 いや、そんな可愛らしく指を口にシーってしてウィンクされても……! どうしよう……、知りたくなかった真実を知らされた気分だよぉ……



『それでは諸君、本日は113名の奴隷が用意されている。存分に財貨を積み上げ、目当ての奴隷を得て帰ってくれたまえ。我らがフォーブナイト帝国に栄えあれ』


『それでは出品番号1番より競売を開始します。出品番号1番、名はセガール、性別男、年齢32歳――――』



 いよいよオークションが始まった。

 基本的に、オークションの進行は補佐の人がやるみたいだね。あのカルロース様という子爵は要所要所で注釈を入れたり、時々鋭い目付きで客席を見回したりしている。

 多分警備の責任者でもあるんだろうね、ご苦労様です。


 元貴族の奴隷や希少価値の高い奴隷なんかは、だいたい間に挟む休憩の間際か、終わりがけに集中している。

 あたしのお目当てのロクサーヌは、終盤の少し手前。カトレアに訊ねてみれば、その前後数人も元貴族の女性達だと言う。


 それまではノンビリと、リストと本人を見比べたりしてようかな……





 ◇





「――――ょう様。お嬢様。そろそろですよ」


「ほあ……?」



 ミリアーナの優しい声で意識が浮上する。ってあたしってば、寝ちゃってた……?



「あと三人の競売が終わりましたら、ロクサーヌ嬢の番でございます」


「そっか……。休憩までは大丈夫だったんだけどなぁ」


「無理もございません。常であれば、マリア会長は既にお休みになっているお時間でございますから」



 バネッサの言葉に会場の時計を探すが、見当たらない。

 諦めて周囲の様子を観察すると、いよいよ終盤に差し掛かり、高額での落札が出始めてきたためか会場の熱気も凄い。



「凄いね、最初とは熱気が段違いだよ……!」


「この辺りから、目玉となる商品(・・・・・・・)が出てきましたからですわね。貴族子女や有名な戦士や冒険者などは、何処も引く手数多でしょうしね」


「カトレアは、誰か気になるような人居た?」


「わたくしは、あまり人を見る目がございませんから。ですがお一人だけ、落札されずに差し戻された男性が居らっしゃいましたわね……」


「へえ……! そんな事もあるんだねぇ」



 なんか悪名高い人なのかな? それで誰も買いたがらないとか?


 あたしが寝コケてる間にもオークションを見守ってくれていたみんなと話していると、いよいよあたしの目的の番号と名前が読み上げられた。



『続いては、出品番号106番。名はロクサーヌ。性別は女。年齢は13歳。初値(はつね)は金貨2,000枚から。吊り値は金貨100枚ずつとなります』



 遂にロクサーヌの競売の時がやってきた。

 舞台袖からビクビクとしながら連れられてきた、我が家の元本家の一人娘。首にはあの活発そうな少女にはおよそ似つかわしくない奴隷の証しである首枷を着けられ、明かりに照らされた顔は涙を浮かべて真っ青だ。


 そして司会の口上からも、彼女が“セイラム”の家名を失っている事が伺い知れた。



『それでは競売を開始します。はい、2,100枚。2,200枚。2,300枚……』



 あたしはまだ札を上げない。上げるのは、こうしてチマチマ値が吊り上がっていくペースが落ち始めた頃だ。

 その辺りで一気に値を吊り上げて、有象無象を黙らせるのが狙いだよ。


 オークションでは、こうして順番に番号札を掲げて吊り値分上乗せするやり方と、札を挙げて値を宣言するやり方の二種類ある。


 我が商会の予算は金貨2万枚。このペースでどこまで値が上がるかによって、切り込みどころを見極めなくては……!



『3,600。3,700。3,800……』



 そろそろかな?

 吊り値の読み上げのペースがゆっくりになってきた辺りで、あたしはみんなに顔を向ける。



「私が付いております、お嬢様」


「マリア会長のお望みのままに」


「応援しておりますわ、マリア会長」


「が、頑張ってください、会長サマ!」



 みんなが背中を押してくれたおかげで、なんだか胸の内に温かいものが込み上げてくる。


 さあ……! いよいよ、奴隷商(あたし)の戦いが始まるんだ……!



『4,200。4,300――――』


「5,000!!」



 あたしが上げた声に、会場にさざ波のようなどよめきが沸いた。そりゃあね。可憐な女の子の声がいきなり上がれば、ビックリもするよね。



『……し、失礼しました! 77番の方から5,000のコールです! 他にありませんか!? ……はい、5,100! 5,200!』



 流石にこの程度じゃ振り切れないよね……!

 とは言っても、既に日本円にして5千万円くらいは積み上げられてるんだけどね。



『5,800……他にありませんか!?』


「6,500!」


「んなっ!?」



 突如上がった男のものであろう声に、あたしは思わず声を上げ振り返る。

 そのあたしの席から少し離れた後方には、恰幅の良いカイゼル髭を生やした中年くらいの男性が札を掲げていた。



『89番の方より6,500枚が出ました! 他にありませんか!?』


「お嬢様っ!」



 ハッ!?

 ミリアーナの声に正気に戻る。

 いけない、今は驚いている場合じゃない!!



『他にありませんか!? 無ければ――――』


「7,000!!」



 慌てて声を張り上げ値を吊り上げる。

 危ない……! 危うくヒゲ〇爵みたいなオッサンにロクサーヌをカッさらわれるところだったよ!



『77番の方7,000枚です! 他にありませんか!?』


「7,500!」


『89番の方7,500枚! いかがですか!?』



 くっそぉー、ヒゲ男〇め!! 大人しくお(うち)でワイン片手にルネッサンスしてなさいよぉー!!



「8,000!!」


『77番の方8,000が出ました! さあどうですか? ありませんか!?』


「8,500!」



 こんっの、ヒゲデブがぁーッ!!?

 ロクサーヌにどんだけ執着してんだこのロリコンヒゲ野郎!!



『89番8,500です! いかがですか!?』



 会場は今やあたし(77番)とロリコンヒゲデブ(89番)の一騎打ちの舞台となっている。

 ざわめきはより大きく会場全体へと広がり、熱気は否応なしに高まりに高まっている。


 負けて……たまるかァーーーッ!!!



「9,500!!」


『きゅっ!? な、77番の方9,500です!! いかがですか!? 他にありませんか!?』



 一気に金貨千枚吊り上げてやった。これでもう既に、持って来た予算の半分だ。

 頼むから降りてくれ……!



「……10,000!」


『出ました10,000!! 89番の方10,000です! 他にありませんか!?』



 ふ・ざ・け・ん・な・ッッ!!



「12,000!!」


『なっ!? い、一気に2,000上がりました!! 77番12,000です!! ありませんか!? 無ければこのまま――――』


「12,500!」



 まだ食い下がってくるのかよ……!? このロリコンペドフィリア野郎がッ!!

 あたしは肩越しに睨み付けるが、気付いているのかいないのか、カイゼル髭の変態野郎はニマニマと舞台のロクサーヌに視線を向けている。


 いいぜ……! だったら引導渡してやらあッ!!



『89番より12,500です! 他にあり――――』


「15,000ッ!!」



 司会の口上を叩き切って更に値を吊り上げてやる。

 どうだこのロリぺドカイゼルが!! ロクサーヌはテメェみてぇな変態には渡さねぇッ!!



『な、77番より15,000です! いかがですか!? 他にありませんかッ!? …………出品番号106番は、金貨15,000枚にて77番の方が落札ですッ!!! おめでとうございます! なお、只今の値は本日の最高額でした!!』



 その司会の声に、沸騰したかのように会場に歓声と拍手が湧き上がった。

 肩越しにチラリとカイゼル髭のロリ野郎を振り返って見れば、悔しそうに顔を赤くしてあたし達を睨んでいた。



「おめでとうございます、お嬢様!」


「マリア会長、お疲れ様でした」


「お見事でしたわ、マリア会長」


「お、おめでとうございます、会長サマ……!」



 口々に言祝いでくれるミリアーナ達。

 その言葉にようやく、あたしにはオークションに競り勝ったという実感が湧いてきたのだ。


 良かったね、ロクサーヌ。

 あたしが来てなかったら、アンタあのロリぺド髭野郎に何されてたか分かんないよ? 精々感謝してよね!


 ……まあ、そんなこと言うつもりはないけどね。





 あたし、マリア・クオリア。13歳。


 帝国主催の奴隷競売(オークション)で、今はもう無い我が家の本家、セイラム男爵家の令嬢であるロクサーヌを、見事競り落とすことができました。

 係りの人が持ってきた割り符を受付まで持って行き、照合されれてお金を支払えば、晴れてロクサーヌはあたしの奴隷だ。


 まあだからといって、何をどうこうするつもりは無いの。


 彼女には、これから独りでも生きていけるよう、あたしの商会で色々学んでもらうつもりだよ。


 あの子の家を潰したのもあたしなら、あの子を救い上げるのもあたし。

 なんとも皮肉な事だけれど、それでもあたしはあたしの……()の思うように、心に従って行動する。


 たとえ、彼女から心底恨まれたとしても。





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[良い点] 更新ありがとうございます [一言] ルネッサーンスよりも 高層ビルの一室で バスローブ着て 金魚鉢みたいなグラスにブランデー入れて 窓際に立って 見ろ、人間がゴミの様だ って言ってみ…
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