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第52話 カトレアとマリア



「ふむ。確かにムッツァート伯爵家の刻印だ。それに署名の筆跡も閣下の物だな」


「閣下の直属の部下であるカトレア・ストークス男爵令嬢の証言とも供述が一致していますね」


 あたし、マリア。マリア・クオリア13歳。


 あたしは今、我が家の本家であるセイラム男爵家を()()()()()()憲兵隊の隊長さんと副隊長さんに、直々に取り調べを受けているよ。


 あたしの言い分は、



『両親が亡くなって以降伯爵閣下に継承を認められた我が商会に、男爵家から商会を明け渡すよう手紙で呼び出された。それと同時に行方を探していた父の魔導具がこの都市で不法に使用されている情報を得たため、男爵家を問い詰めたところ襲われた』



というもの。


 証拠として提出した“蓄音”の魔導具の内容を聴いた隊長、副隊長の両名は、あたしの本性を表した会話に顔を引き攣らせてたけど。


 だって我慢なんてできなかったんだもーん。

 念願だった両親達の仇討ちなんだ。お淑やかなお嬢様でなんていられるかってんだよなー。


 そして極め付けの証拠として、あの男爵家子飼いのゴロツキ共との大立ち回りの最中“潜らせた”、アンドレとアニータの挙げた成果だ。


 遂に見付けたんだよ。隠居ジジィの私室の執務机の引き出しから、お父さん(スティーブ)の物であった“魔力印”を含む、正規の奴隷商のみに扱いを許される魔導具たちを。


 あたしは自分の物を所持していたし、なら何故ここに同じ()()()()()()()()()()()()()魔導具が存在するのかという話となり、男爵家の余罪が見事に一つ追加された形になった。


 あたしは調査協力として素直に事情聴取を受けて、見付かった魔導具類は奴隷商会の組合を通して国に返還すると表明した。

 同じ商会の魔導具が二つ存在するとまた何かあった時に困るし、あたしは法律を遵守する善良な国民だよアピールも兼ねてね。


 そして最終的にあたしの身の潔白を証明してくれたのは、我らが領主様であるクオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下より賜った家名――クオリアの士爵号の証文だった。


 その家名と証文のおかげで、あたしは本家からは既に独立し無関係であるという証明が成されたの。男爵家の寄親とは敵対派閥である伯爵の“お墨付き”ってワケよ。


「マリア・クオリア女士爵殿、捜査への協力感謝する。今後またお話を伺う機会もあるとは思うが、この都市に滞在なされるのか?」


「滅相もございません、憲兵隊長殿。今は亡き【聖騎士】の叔父上の墓前にも参りたいと存じておりますので、今暫くはここに留まります。部下に宿を取らせておりますので、後ほどお伝えします」


「協力的な姿勢に感謝する。宿には部下を数名連絡員として留まらせる故、外出等の折には彼等に報告を頼みたい」


「承知致しました。伯爵領へ帰還する際はどのように?」


「それもその旨を伝えてくれれば良い。アズファランの街のワーグナー商会だったな。身元がハッキリしているのだから、今後はそちらに直接出向かせてもらう」


「寛大な措置に感謝します」


「いや、貴女と貴女の配下のおかげで我々も無駄な抵抗を受けずに済んだのだ。これにて聴取を終える事とする」


 男爵家の屋敷の一室を用いて話を聴かれていたあたしが外に出ると、あたしについて来てくれて一緒に仇を討ってくれたみんなが待っていてくれた。


「さあ、宿へ引き上げよう」


 こうしてあたしは因縁深き男爵家と、完全に決別したのだ。




 ◇




「はぁ……悔しいなぁ」


 両親達の仇討ちを成し遂げてから一週間と少し。

 あたしは我が家である、ワーグナー商会へと帰還していた。


「致し方ありませんわ、マリア会長。【聖騎士】アーロン卿の葬儀は、領主であり最大の寄進主であるファステヴァン侯爵閣下の命令によって行われたもの。ご遺体の移譲に侯爵閣下の許可が必要になると言われてしまっては、どうする事もできませんわ」


 そうなのだ。

 男爵家との因縁にケリを着け、ファステヴァンブルグに逗留中の数度の聴取に応じる傍らで、あたしはアーロン叔父様のお墓参りにも行っていた。


 そこで墓守の人に聖堂の職員さんを紹介してもらって、彼本来の家に遺体を帰してあげたいと伝えたところ、そう言われ取り付く島もなく追い返されたのだ。


「追々、ですわマリア会長。お墓は逃げないのですから、いつかご両親のお隣りに帰して差し上げましょう」


「そうだね……。ところでカトレア?」


「なんでしょうか、マリア会長?」


 仇討ちの時にも大活躍してくれた、頼れる総務部長であるカトレアに、気になっていたことを訊ねる。


「いつまでその口調なの? もう令嬢として取り繕う必要ないのに」


 そう。何故かカトレアさんってば、男爵家の騒動の後もお嬢様口調のまま、あたしに接してくるのだ。


「それはですね、マリア会長」


「うんうん、それは?」


 なんだろうか? いつもは単刀直入に物事を伝えるカトレアが勿体ぶるなんて。

 益々興味を引かれたあたしは、若干前のめりになって耳を傾けた。


「わたくし、マリア会長の雄々しいお姿に一目惚れしてしまいましたの」


「…………は?」


 一体何を仰っているのだろう、この男爵令嬢は……?


「敵の本拠地でのあの悠然とした佇まい。前男爵のご老人をじわりと追い詰めるあの話術。そして何より、まるで殿方のような雄々しく容赦の無い後半の怒涛の口上……! 普段の可愛らしく聡明なマリア会長とのあまりの差に、わたくし胸の高鳴りが止まりませんでしたわ!」


 え、ええぇぇ……!? ホントに何言ってんのカトレアさん!?


「他の方達からマリア会長の度々の豹変についてはお聞き及びしていましたが、あのような……()()()()()()殿()()()()()()()猛々しさだとは、正直思っていませんでしたわ。不覚にもこのカトレア、マリア会長の雄々しさに胸を射抜かれてしまいましたの」


「へ、ヘェーソウダッタンデスカ……!」


 サラッと真実に触れながらそうウットリと話すカトレアに、あたし……()は内心冷や汗が止まらなかった。


 うん。この話題は危険が危ない。即座に話題を変えようそうしよう。


「と、ところで本家の……男爵家の人達はどうなったのかな?」


 無理矢理のあたしの話題変更に、まだ語り足りないとでも言いたげな残念そうな顔をするカトレア。

 もうやめておくれ……! カトレアみたいな美人さんに惚れられるのは光栄の至りだけれど、その話題は心臓に悪いんだよ……!


「男爵家は恐らくはこのままお取り潰しになるでしょう。家財は換金され屋敷も売りに出され、国が接収する事となりますわ。もちろん、男爵家が溜めていた財貨の類いもですわね。帝国法で重罪と知りながら、不当に得た“魔力印”を濫用したのですもの、当然ですわ」


「だよね。家の人達は……?」


「不正を絶対に知り得ない丁稚や奴隷などの下級奉公人等は、特に咎めは受けないかと。ただし仕えていたお家の没落という醜聞が有りますので、次の職を得るのには苦労するかと思いますわ」


「そっか、そうだよね……」


「不正に関わり有りと判断された使用人達は、皆犯罪奴隷として競売(オークション)に掛けられますわ。そして首謀者である前男爵と、現当主の二人を除いた男爵家の者もですわね。その後の事は、マリア会長の方がお詳しいでしょう?」


 取り潰しされた貴族家の者は、首謀者は裁判に掛けられ罪を裁かれる。その罪如何によっては、連座制が適用され残る親族にも処罰が下される。


 しかしその処罰から逃れられた親類縁者は、奴隷として国が主催するオークションに掛けられることになる。

 あたし達奴隷商人が新たに高級な奴隷を仕入れられる、数少ない機会だ。“元貴族令嬢”だったり、“上級使用人”だったりね。


 奴隷として売られた者は、たとえ元貴族であろうとも、購入した奴隷商人に全ての裁量が任される事になる。あくまで法の下で許される範囲で、だけどね。


「カトレア」


「はい。なんでしょうか、マリア会長」


「資金を準備しておいて。元セイラム男爵家のオークションに間に合うように。それと、下級奉公人や新たな労働奴隷達を雇い入れる準備も並行してお願い」


「……お助けになるのですか? ご両親の仇であるというのに」


「使われていただけの下級奉公人や奴隷達には罪は無いんでしょう? ならあたしの都合で職を失った彼らには、手を差し伸べる義務があたしにはあると思うの。それと……」


「ご令嬢……ロクサーヌ嬢ですか」


 あの奔放な性格の、とても淑女とは言えない我儘そうな……あたしと同い歳の女の子。ロクサーヌの、コロコロ変わる表情を思い浮かべる。

 今彼女は何処で、どんな思いで過ごしているのだろう……?


「彼女もれっきとした男爵家の一員ですよ? マリア会長の仇の片割れです」


「そうかもね。だけどまだ子供だよ。本来なら夫や家を支える立場にある奥方ならともかく、子供には生まれる家も親も選べないじゃない。それにあの家で、あんな女の子に一体何が出来たと言うの?」


 確かにチヤホヤされ、我儘もたくさん聞いてもらっていただろう。だけどそれは、親やジジィの教育のせいでもある。

 貴族として真っ当な家で、真っ当な淑女教育を受けていたのであれば、絶対にああは成らなかったはずだ。


「今後の我が商会の方針を伝えます、カトレア総務部長(・・・・)


「はい、お優しいマリア会長」


 “優しい”は余計だよ。もしかしなくてもあたしはこれから、ロクサーヌに酷く恨まれる事になるかもしれないんだから。


「我がワーグナー商会は、セイラム男爵家の職を失った下級奉公人や労働奴隷達を広く雇い入れます。ファステヴァンブルグの職業斡旋所や同領に在る奴隷商会に、遣いを送ってください」


「承知致しましたわ、マリア会長」


「それから近く開催されるであろう奴隷競売(オークション)に於いて、元セイラム男爵家令嬢ロクサーヌ・モルド・セイラムの落札を目指します。彼女の身柄を確実に確保するため、商会の資金繰りを調整してください」


「仰せのままに、わたくしのマリア会長」




 あたし、マリア・クオリア。


 因縁浅はかならぬセイラム男爵家への仇討ちを成功させたあたしは、自身の心情に一区切りを着ける事ができました。


 だけどあたしが起こした行動によって、少なくない人達の人生を狂わせもしてしまったの。


 もちろんあたしにその事で後悔は無い。

 両親を失った悲しみや怒りは、そんなもので躊躇いを覚えるほど軽いものではなかったからね。


 けれどせめて、あたしが巻き込んだ罪の無い人達だけは助けてあげたいと、そう思ったの。


 そしてロクサーヌ。

 あたしと同じ歳の、まだ世の中の事を知らない哀れな女の子。


 たとえ恨まれようとも、罵倒の言葉を浴びせ掛けられようとも、あたしは貴女をウチで面倒見るよ。


 だから寂しいし怖いだろうけど、もう少し待っていて。


 絶対に、他の商会に貴女を買わせたりはしないからね。





次回、奴隷競売(オークション)です。

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