第51話 仇討ちとマリア
「貴様は今、『我が商会』と、そう申したのかッ!?」
隠居ジジィが険しい顔をして前のめりに詰問してくる。
良い顔だなぁオイ? 今まで思うがままだったんだろう? 求めれば叶ってきたんだろう?
思い通りにいかないってのはどんな気分かなぁ!?
「そう申しましたが。不幸な事件により今は亡き父スティーブの遺したワーグナー商会は。ご隠居様の弟君が創設された商会は、現在はわたくしマリアが正式に継承しております」
「世迷言を抜かすでないわッ!!」
「ち、父上……!?」
「お義父さま!?」
「ふぇ……ッ!」
歳に見合わない大声で否定の言葉を告げる隠居ジジィ。
その剣幕は横に控えるジジィの息子夫婦や孫娘までをも驚愕させていた。
あーあ、孫のロクサーヌに至っては怯えちゃって涙目だぞ、じぃじ? 嫌われちゃうよぉ?
「むっ。す、済まぬロクサーヌや……! 爺は怖くないぞぉ……!」
孫娘の浮かべた涙に我に返ったジジィは慌てて取り繕ってみせる。俺はそんな光景をニコニコと眺めてやってるぜ。
あー楽しい! もっと狼狽えてくれよぉ……!
「ち、父上。それほどに取り乱されるほど、この小娘の申したことはおかしな事なのですか……?」
……コイツ本当に男爵家の当主継いだの? 不勉強にも程があるだろ……!
奴隷制は我等がフォーブナイト帝国の掲げる法律にしっかり明記されている事柄だぞ?
それを帝国貴族たる現男爵が知らなくて俺みたいな小娘が知ってるとか……この国の貴族って、ホントに大丈夫か……?
「……奴隷の商いは帝国法の下、正式に認可された者にしか許されておらぬ。人の意志を歪める危険な魔導具を取り扱うでな。更にその魔導具の取り扱いも国が管理する奴隷商協会が認めた者のみに限られる。それを、その認可を得ていると、この小娘はそう宣っておるのじゃ……!」
うんうん、流石は狸な前男爵様。法律を侵すにはその法律を熟知してないといけないもんねぇ……?
「なんという大言壮語を……! 父上、最早これは不敬どころではありませぬぞ!? 我等が偉大なる帝国に唾吐く、国家反逆とも取れる暴言です!」
ロリド下衆……ジジィの息子ロドリゲスが、理解が遅かったクセに偉そうな事を抜かしてやがる。
「息子の言う通りじゃ。今ならば女児の戯言として忘れてやる故、商会を我が男爵家に明け渡すが良い」
息子の援護にもなってない援護射撃で気を良くしたのか、隠居ジジィは改めて俺に、今度はハッキリとそう宣言する。
「お断りします」
「うむ、良くぞ言った…………はぁ?」
「お耳に届きませんでしたか? お断りします」
「な、なな……ッ!?」
おいおい、耄碌するにはまだ早いんでないのぉ〜?
大事なOHANASHIなんだから、耳の穴かっぽじってよぉく聴けよぉ!!
「わたくしは虚偽も妄言も申しておりません。我がワーグナー商会は、領主たるムッツァート伯爵閣下のお許しを得て、正式にこのわたくしが継承致しました。また魔導具の取り扱いの認可に於いては、未だ父が存命の内に既に組合より頂いておりますので」
「何を……何を言っておるのだ貴様は!? あの小僧が、あの堅物が貴様のような小娘に許可を与える訳がなかろう!?」
「事実です、ご隠居様。バネッサ、継承の証文を」
「はい、マリア会長」
俺はバネッサに命じて伯爵からの商会継承の許可証を受け取り、隠居ジジィ共に見えるように掲げてやる。
渡しはしないよ? 破かれでもしたら大変だもん。
「ここにハッキリと『奴隷商会ワーグナー商会を、前会長スティーブの娘マリアに継承させる事を許可する』と、閣下の署名付きで認められています。もちろん、領主の証しである伯爵家の刻印も押されていますよね?」
「寄越せ! どうせ偽造したのであろう、検める!」
「お断りします。コレは我が商会が伯爵家の庇護の下にあるという、大切な証しなのですから。伯爵閣下より賜った大切な文書に、何か有っては一大事ですから」
これ見よがしにバネッサに証文を戻し、大切に仕舞わせる。
くっくっくっ! 悔しかろう、口惜しかろうっ!!
「それに偽造? 何処ぞの違法に奴隷を扱う輩と違い正式に認可を得ているわたくしには、何一つ偽る事はありません。女神様に誓い、アレは本物の認可証です。そもそも、わたくしのような小娘が、公文書の偽造など出来るはずがないでしょう?」
「ぐぬっ……!」
まるで茹でダコのように真っ赤な顔をして、証文を奪おうと差し出した手を強く握り締める。
まだまだ止まんねぇぞ? お前は自分の失態にまだ気付いてねぇんだろう……?
「それにご隠居様? 如何に男爵家の先代当主様で、未だにこの家の実権を握って居られるとしても、先程の仰り様は如何なものかと存じますが?」
「何の話じゃ……」
「おや、ご自覚がございませんか。ご隠居様は先程、我が領地を治める伯爵閣下のことを……何と仰いましたか?」
「ッ!?」
「カトレア。ご説明して差し上げて」
「はい、マリア会長。前セイラム男爵様は、畏れ多くも大貴族たるムッツァート伯爵閣下を示して、あろう事か『小僧』と、更には『堅物』などと仰いましたわ」
「わたくしも確と耳にしました。ご隠居様。如何に伯爵領の内でもなく安全なお家の中だとしても、些かお言葉が過ぎるのではないでしょうか?」
「そんな事はどうでも良かろうッ! あの不相応にも“キャスター”の号を名乗る不遜な男など、小僧で充分じゃろうがッ!!」
あらー。言っちゃったねぇ……?
「せっかくお諌めしましたのに。ですってよ、カトレア・ストークス男爵令嬢様?」
「ええ。残念ですわ、マリア会長」
堪えろ……! 湧き上がる笑いを堪えるんだぞ俺……ッ!
「貴様ら……何を……!? 男爵令嬢じゃと……ッ!?」
「カトレア、自己紹介をして差し上げて?」
「はい。申し遅れましたわ、セイラム前男爵様並びに現当主様。そして奥方様とご令嬢様。わたくしはムッツァート伯爵領にて男爵位を預かる、ストークス家の娘ですわ。領城では閣下の覚え目出度く、財務次官の任を賜っておりましたの」
優雅にカーテシーを決めて一礼して見せるカトレア。
その普段は氷のような鋭い瞳が、今は若干楽しんでいるように見えたのは……俺の気のせいだろうかねぇ……? いやあ怖い怖いっ。
「な、何故そのような者がこんな平民の小娘と共に居るのじゃ!? しかも先程までの言い様じゃと、まるでこの小娘に付き従って居るような……ッ!?」
「彼女は伯爵閣下より遣わされた監督官なのです。さしもの懐深き伯爵閣下も、わたくしのような幼い娘に奴隷商会を預ける事に不安を覚えられたのでしょう。継承に併せて領城より派遣され、今は共に商会で生活しているのですよ」
「更に言わせていただけば、派遣中はわたくしはマリア会長の部下という扱いですわ。商会の財務や運営にも携わらせていただいて居りますの。これだけでも、閣下がマリア会長を格別に取り上げられておられるのが、解りますでしょう?」
「なん……じゃと……!?」
はーっはっはっ! 手にした情報が古過ぎるぞ隠居ジジィ!!
大方分家の小娘と侮って、碌に内偵も進めてこなかったんだろうけどなぁ!? コッチは両親が死んでからずっと、必死こいて働いてきたんだよっ! ざまァみろってんだ!!
「そういう事ですので、ワーグナー商会は今も、これからも、わたくしマリアが確と守り抜いてみせます。ですのでご隠居様? どうか此度のお話、お諦めくださいませ。わたくしに男爵家の保護は必要ありません」
「ぬ、ぬぅ……! 貴様、小娘が……ッ!!」
いやぁ、ちょっとはスッキリしたなぁ!
なんだよジジィその顔は? 怒るのか悔しがるのか、どっちかにしとけよ。顔が面白いことになってんぞぉ?
で、多少なりとも溜飲が下がったところで……だ。
「時にご隠居様。不躾ながらも、それとは別件でお願いがあるのですが?」
いよいよ本題といこうか……!
「貴様……ッ! 散々儂をコケにしおって、この上願いじゃと!? 儂を誰だと思っておるのじゃッ!?」
「……申し上げてもよろしいのですか?」
「言ってみるが良い! 場合によっては貴様、生きて生家の土を踏めぬものと思えよ!?」
食い付いた食い付いた♪ プライドが高くてメンツが大事なお貴族様は、守るモノが多くてたいへんですなぁ〜!
例えばそう……、人殺しの真実とかな!!
「我が両親スティーブとジョアーナ、そして護衛の奴隷達五名を惨殺した、その首謀者であると存じ上げております」
「な……んじゃと!?」
「そして亡き父スティーブの所持していた、正規の奴隷商にのみ扱いを許される魔導具を奪い、あまつさえ不法な用途で使用している、とも」
「き、貴様ッ、言うに事欠いて儂を犯罪者扱いするか!? 誰かあるッ! この不敬極まりない小娘を捕らえ、この場で無礼討ちにせよッ!!」
誰かが言ってたよなぁ。指摘されて怒るのは、図星な証拠だってさぁ……!
壊れるんじゃないかと思える程の激しい音を立て、応接間の扉や脇の控え室の扉が乱暴に開かれる。
そこから出て来るわ出て来るわ。二十人ほどのジジィの配下の連中が、広い応接間に雪崩込んできた。
「無礼討ちじゃ! 後の事は男爵家がどうとでもする故、その者共を生かして返すでないぞ!!」
護衛の後ろに隠れた男爵家の面々の中から、隠居ジジィが唾を飛ばして命令を下す。
護衛達はその統一されていない装備から、男爵家が金で雇ったゴロツキの類いだろうな。
「へっへへ! 悪いな嬢ちゃん、コレもオシゴトなんでなぁ!」
粗末な軽鎧のゴロツキの一人が、俺に近付き捕らえようと手を伸ばす。しかし半ばまで伸ばされたその腕は、肘の辺りからいつの間にか無くなっていた。
「……へ?」
「お嬢様に触れるな、下衆めが」
気付かせる事なく俺の隣りに立ったミリアーナが、その凛々し美しい顔に闘志を浮かべて剣を構える。そしてそれを皮切りに次々と、俺の仲間達が横一列に、俺を背に護るように並び立つ。
「マリア会長には指一本触れさせはいたしません」
「会長はわたし達が守りますっ!」
「ご主人は後ろに居てね」
「わたくしも各々方には及びませんが、力を尽くしますわ」
「はっ、まるで戦さだなコリャ」
バネッサが、ルーチェが、アニータが、カトレアが、アンドレが。みんなが、俺を護って立ちはだかってくれる。
「ルーチェ、少ししたら例の手筈通りに頼むね? さて、バネッサ先生?」
俺は本来の目的通りに事を運ぶため、ルーチェに確認の声を掛ける。そして次いで、俺の礼儀作法の先生であるバネッサへと、顔を向ける。
そんな俺の顔を観て読んだのか、バネッサは。
「仕方ありませんね。今日だけでございますよ、お嬢様?」
お許しありがとう、バネッサ。
そしてみんなも、こんな頼りない小娘の俺を信じてくれて、護ってくれて、助けてくれて……本当にありがとう。
さあ、全開だ……!!
「さあ本家のクソども! その都合の良い事しか聴きたがらない勝手な耳で良く聴きやがれッ! お前らが俺の両親を殺した事は判ってんだッ! 大人しくスティーブから奪った魔導具を返しやがれッ!!」
怒りのままに声を荒らげ、俺は声高に宣言する。
澱のように積み重なったこの男爵家との因縁も、溜めに溜め込んだ俺の鬱憤も、悲しみも、孤独も吹き飛ばす心積りで声を張る。
「な、何を根拠に斯様なデタラメを抜かすかッ!!」
「うるせぇ狸ジジィ!!」
「なっ!? た、タヌ……!?」
顔を顔にして唾を飛ばし尚も言い募る隠居ジジィを、一喝して黙らせる。
「ネタは上がってんだよ! この街に複数いるテメェの子飼いの“魔力紋”持ちは何だってんだ!? 何故ウチの商会の“魔力紋”が押されてるんだよッ!? あんなゴロツキな奴隷なんぞウチの商会で取り扱ってるワケねーじゃねぇかよ!!」
「ぐ、ぐぬ……ッ!」
「ソイツらの存在は伯爵閣下の密偵も確認済みだ! 追々商会を乗っ取れば良いとでも思って調子に乗ったか? 馬鹿が!!」
「き、きさっ……! 貴様ァ……ッ!!」
「更に言えばテメェがスティーブの“魔力印”を使っている光景もバッチリ俺の部下に観られてるからなッ!! この屋敷にスティーブの誇りとも言える魔導具が在るのは、端ッから割れてんだよッ!!」
「こ、こッ、殺せェッ!! 絶対にこ奴らを生かして家から出すでないぞッ!! 」
「「「「ウオアアアアーーーッッ!!」」」」
ジジィの手駒共が一斉に襲いかかってくる。
しかし前から横から、後ろからも囲むようにして向かってくるソイツらの前に、俺の仲間達が立ち塞がる。
「ふん、威勢だけの雑魚め」
「遅いですね」
「ウチの見習い奴隷さん達の方がよっぽど強いですっ」
「ん。ザーコザーコ」
「皆さん、そんな本当の事を仰っては可哀想ですよ?」
「温いんだからしょうがねぇだろ、カトレア嬢ちゃん?」
まさに鎧袖一触。
我が商会の最精鋭達によって、まるで吹けば散る木の葉のように斬り伏せられ、撃ち抜かれる手駒ども。
頃合いだね。
「アンドレ、アニータ、“潜って”! ルーチェ、合図を!!」
「はいっ! 【炎柱】っ!!」
ルーチェが詠唱文を破棄しながらも、巨大な炎の柱を顕現させる。炎柱は天井をも穿ち、貫いて空高くへと轟々と立ち昇った。
「なん……じゃ!? 貴様小娘ェ!! ソレは何の合図じゃあッッ!!??」
「はっ! 流石に察しが良いなジジィ! 今のはテメェが尻尾を出したぞって報せる狼煙だよ! 伯爵閣下が秘密裏に告発して、密かにこの都市に潜り込ませていた憲兵隊へのなァッ!!」
「なんじゃとおッ!!?? き、貴様小娘……なんたる事を……ッ!!」
「じきに憲兵隊がこの屋敷に乗り込んでくるぜ!? こんだけ騒ぎを起こしてるんだから捜索は拒めやしねぇだろッ! あ、それとなぁ隠居ジジィ!」
「な、なんじゃ……!」
「テメェとの会話は最初っからテメェが尻尾を出すまで、全部マルっと“蓄音”の魔導具で保存してるからなァ!! 俺らのご領主様であらせられる伯爵閣下を侮辱した言葉も、全部だぜ!? さぁーて、どうなることやら! はははッ!!」
「な、き、貴ッ様ァーーーーッッ!!」
ああ、気分が良い。
ムカつくジジィに思い切り暴言を吐いて、プライドをズタズタに踏み躙って、悔しがらせて。
両親の仇とはいえ、流石に殺すのは伯爵の手前よろしくないのは分かってるからさ、せめてタップリとその自尊心を傷付けてやらねぇとなぁ……!
コレが俺の、スティーブやジョアーナ、ワーグナーお祖父様、アーロン叔父様、奴隷達に捧げる、今できる精一杯の復讐だ。
見ててくれてるかな? 良くやったって、頑張ったって言ってくれるかな?
そんな事を思いながら、俺は憲兵隊が乗り込んでくるまでの間、我が商会の最高戦力達の蹂躙劇を鑑賞していたのだった。




