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第50話 本家の隠居とマリア



「ふぅーん、ここがファステヴァン侯爵閣下のお膝元、“ファステヴァンブルグ”なのね」


 馬車の窓から街並みを眺める。

 まあ発展はしているけど、伯爵の領都の“ハル・ムッツァート”の方が活気があるかなー。


 あたしは現在、我が家の本家に当たるセイラム男爵家の召喚に応じて、男爵家の住まう隣りの領地、ファステヴァン領へとやって来ている。


 その領都でもあるここファステヴァンブルグまでは、馬車で一週間も掛かったよ。途中の街で宿を取ったり、時には野営なんかもして、遠路遥々アズファランの街からやって来たの。


 何故男爵家に……と言うよりは隠居の前男爵に呼び出されたかというと、それにはあたしの両親の死が関係している。


 あたしの父スティーブは奴隷商会の会長だったからね。多くの奴隷や、商会の資産や権利を男爵家が接収するために、こうしてスティーブの娘であるあたしを呼び付けたってワケよ。


 譲ってやる気はさらさら無ぇけどな。


「決着が着いたら、アーロン叔父様のお墓にも行きたいなぁ」


「スティーブ前会長の実の弟君でしたか。確か【聖騎士】として出征し戦死なされたとか……」


「そうだよカトレア。お祖父(じい)様……初代会長の次男で、適正が優秀だったせいで本家に取り上げられたの。今はこの都市の聖堂墓地で眠っているはずだよ」


「“アイネ・ホルルノウェ大聖堂”ですね。統一女神教会……女神(イシス)教の“聖王女アイネ”様が晩年に建立なされ、ファステヴァン侯爵閣下が近年修繕と増築に多額の出資をなされたとか」


「そだね。だからまあ、言い方は悪いけどこの街の教会関係者もどっぷり侯爵派だろうね。お墓参りの時は気を付けなきゃね」


 馬車の中でカトレアとお喋りしながら、流れる風景を横目にする。

 なんというか、この街って堅苦しい雰囲気だね。

 道行く人達は派手な色は控えた一般的な服装の人ばかりだし、露店や商店の呼び込みなどもやっていない。


 聞けばここファステヴァンブルグでは、平民が着ていい服や使っていい色は都市の規定で決められていたり、街中で大声で騒ぐ事なども禁止されているらしい。


 道理で先程から街中で遊ぶ子供の姿が見えないと思ったよ。子供に法律を守って静かに遊べなんて言って聞ける訳がないもんね。

 だったら最初から家から出さず家の中で遊ばせていれば、法に触れる事もないって、そんな感じかな。


 そして代わりに目に付くのが……


「アテが知る奴隷はこう。ご主人の所が特別なだけ」


 痩せこけた体躯で重たそうな樽を運ぶ奴隷達。

 他にも馬の代わりに荷車を引く奴隷や、まだ子供だというのに大荷物を持たされている少年奴隷、中には鞭で打たれている奴隷なども……


 奴隷達の()()の光景が、そこには広がっていた。


「そうだねアニータ。今はまだ変えられなくても、いつか彼らも、人らしく生きることができるようにしたいね……」


 とても栄えている都市のはずなのに、あたしの目には色を失っているように視えた。

 そして何より、奴隷達の扱いに悲しみと、そして怒りを覚えた。


「お嬢、先触れとして行ってきたっすよ。『そのまますぐに来い』だそうです」


「そっか。まああちらさんは取り込む気満々だろうしね。アンドレ、情報部の誰かに、人数分の宿を取らせておいて。支払いはコレで。あ、そんな高級宿じゃなくて良いからね?」


 馬車の窓がノックされ、アンドレが報告をくれる。

 男爵家の屋敷はこの都市の貴族街に在るから、事前に普通の宿を取ってもバレはしないだろう。


 そう考えながら、アンドレにお金の入った皮袋を渡す。

 そんなあたしにアンドレは。


「お嬢、マジでこの都市に泊まるんすか? ここは侯爵の本拠地……謂わば敵地っすよ?」


 そう、心配そうに訊ねてくる。

 あはは、ありがとねアンドレ。でも。


「叔父様のお墓参りに行きたいからね。何とか聖堂と交渉できれば、叔父様もウチに連れて帰ってあげたいんだよ。結局別れてから一度も会えなかった、お父さんのためにもね」


 ウチのお庭の両親のお墓の横に、眠らせてあげたい。

 叔父様が男爵家でどのような扱いを受けていたかは知らないけれど、実の父親が建てた家で、実の兄の隣りで眠れた方が、きっと安らかに眠れるだろうから……


「それに男爵家を摘発したところで、侯爵は動かないはずだよ。そうだよね、カトレア?」


「絶対とは言い切れませんが、恐らくは。セイラム男爵家の派閥内での序列は、決して高くはありません。家格こそ()()()()()()()()()()()()で、下級貴族の男爵家にしてはそれなりのようですが、人材の輩出には時が掛かります。言ってしまえば替えの利く家のために、派閥の長たる侯爵家は動かないでしょう」


「ね? だからお願いね、アンドレ?」


「……そこまで仰るなら。分かりましたよ、お嬢」


 納得したアンドレが馬車の窓から離れ、馬車は変わらずに貴族街を目指して進む。


 そして。


「マリア会長、到着いたしました」


 御者席に居るバネッサから、男爵家が見えてきたと報告を受けた。




 ◇




「良くぞ参った、スティーブの娘よ」


 最後に見た時と変わらない小太りで背中の曲がった老人が、応接間の上座のソファからそう告げてくる。


「ワーグナー商会前会長、スティーブの娘マリア。お声掛けにより参りました。ご隠居様、セイラム男爵家の皆々様、ご無沙汰しております」


 あたし……()はバネッサに習ったカーテシーを披露しながら、端的に、失礼でないように挨拶を述べる。


「……後ろの者達は何じゃ?」


「わたくしの護衛です。商会の従業員と奴隷です」


「ふん。一端(いっぱし)振りよって」


 滑り出しは順調かな?

 さあ頑張れ()! 正念場だぞ……!


「ねぇおじい様、お父様! 本当にこの庶民を男爵家に養子にするんですの!? あたくし嫌ですわ!」


「これ、ロクサーヌ……!」


 な、なんだぁ……?


 ジジィの孫娘ロクサーヌが、礼儀作法もへったくれも無しに口を挟んできやがった。


 オイオイ男爵家よ。程度が知れるぞ?

 お宅では一体どんな教育をされてるんですかねー?


 キャイキャイと文句を垂れるロクサーヌを、その父親にして現男爵家当主のロリド下衆……ロドリゲスが宥める。


「まあ、我が孫ロクサーヌが今申した通り、そして文書でも伝えた通り、お前の身柄は我が男爵家が引き取ってやる事にしたのじゃ。(したた)めてあった物は用意してあろうな?」


「持参を求められた物は、此方(こちら)に。商会の権利関係の書類と、奴隷達の契約書類が入っています」


 そう答えて、()()()()()()()()()()()を指し示す。


「む……? その(ほう)、名は何と申す?」


 案の定隠居ジジイは食い付いたな。流石は過去に彼女を欲して、情報を集めていただけある。


「お答えしなさい」


 ミリアーナの首には、奴隷であることを示す枷が未だに着いている。()は立場を明確にするために、敢えて彼女に返答を促した。


「はい、お嬢様。前セイラム男爵様、私はミリアーナと申します」


「なんじゃと…………?」


 不思議だろうねぇ、なんで彼女がココに居るんだろうねぇ?

 欲した時には()()()()()()()()はず(・・)なのにねぇ〜?


「スティーブめ、あの狸めが! この儂に偽りを伝えよったのかッ!?」


 おうおう、顔を真っ赤にしてお怒りですなぁー。

 だがちょい待ち。スティーブを嘘吐き呼ばわりは許さんぞ。


「いいえご隠居様。我が父スティーブは、一切虚偽は申しておりません」


 さあ、反撃開始だ……ッ!


「むぅ……? どういう事だ、説明せよ!」


「はい。ご隠居様が彼女を欲したあの時、確かに【赤光(しゃっこう)】のミリアーナは売却済みでした」


「……戻されたということか」


「いいえ。彼女は未だに、その購入者の所有奴隷です」


 ここに来て保険のためにミリアーナを解放しなかったことが活きてくるとはね。何が幸いするのか、分からないもんだな。


「ならば何故こ奴が此処に居るのじゃ!?」


 はっはっはっ。顔を顔にして唾まで飛ばしてら。汚ったねえなー。ま、無駄にデカい贅を凝らした応接セットのおかげで、()には届いてないけどな!


「彼女の……ミリアーナの購入者が、このわたくしだからです」


「……はぁ?」


 ぶははは! たまらんっ!

 なんだそのマヌケ面はよ!? それでもご本家のご隠居様ですかぁー?


「ミリアーナは、わたくしが7歳の頃に父スティーブより購入しました。アズファランの街の代官様にも正式に届け出ております。つまり、彼女の主人はわたくしという事です」


「馬鹿を申せッ! お前のような小娘が、Aランク冒険者の戦闘奴隷を買える訳がなかろう! それも7歳でじゃと!? 妄言も大概にせぬかッ!!」


「残念ながら事実です、ご隠居様。わたくしはAランク冒険者の戦闘奴隷【赤光】のミリアーナを、金貨1,500枚で購入しました。購入証明書も契約書も、奴隷所持に関する書類も(しか)と存在します」


 今思うとさ、()ってとんでもない事してたよなぁ。

 たった7歳で金貨1,500枚の借金こさえたんだぜ? 頭おかしいよな。


 まあ、後悔なんざコレっぽっちもしてねぇけどな。


「…………まあ良いわ。こうして求めていた奴隷をお前が連れて来たのじゃからな。マリアよ、当然ミリアーナの契約書類も持参しておろうな?」


 気を取り直したのか、ジジィはそんな事を宣いやがる。

 当然、()の答えは。


「え? 在りませんが?」


「…………は?」


 はーもうたまらん! せっかく引き締めたお顔がまたお間抜けなことになっていますよご隠居様ぁ〜!?


「持参を求められましたのは()()()()の権利書類と、()()()()()()契約書類と認められておりましたので。そこにわたくし個人の所有する奴隷に関する記述は、一切ありませんでした。彼女の契約書類は、今も我が家に大切に保管されております」


「き、貴様……ッ!? いや待て。貴様今何と申したのじゃ!?」


「え? ミリアーナの契約書は――――」


「違う、そうではない!! 貴様は今、『()()()()』と、そう申したのかッ!?」




 あたし、マリア。

 生前は奴隷商人だった、スティーブとジョアーナの一人娘。


 あたしの目の前に座るこの老人達のせいで、二人は帰らぬ人となった。あたしと、商会と、仲間達を残して。


 待っててねお父さん、お母さん。

 そしてアーロン叔父様に、初代会長のワーグナーお祖父(じい)様。

 それから、巻き込まれ命を落とした護衛の奴隷達……!


 今からあたしは……()は、みんなの仇を討ちます。


 この隠居ジジィを、息子のロリド下衆を、ケバい奥方のヒルデガルトを、その娘のロクサーヌを……!


 見返して、叩き潰して、追い落としてやるよッ!!





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