第5話 成長〜奴隷商の娘・マリア〜
お読み下さり、ありがとうございます。
不定期でしかお届けできないのが、心苦しいです。
作者の力量不足で、すみませぬ。
遂にやってやったぞ!!
恐ろしい思いはしたけど、なんとか言語を習得したあたしは……俺は、嘆願と懇願と泣き声によって、掴まり歩きの訓練を再開することに成功した。
そして、1歳も半ばを越えた頃……つまり現在だが、俺は遂に、掴まり歩きを経て、よちよち歩きをマスターしたのだ!!
「んっふっふ〜。あたちにちゃちゃえば、どーってこちょにゃいわ。」
思考と言語が一体化したことにより、過度に泣き叫ばなくても意思の疎通が可能になった。
そして、はいはいと歩行が可能になった今、俺の行動範囲は一気に広まったと言って良いだろう。
いざ、状況確認だ。
あの時、母親のジョアーナが行使した魔法らしき力。
アレが見間違いでないのなら、此処は少なくとも、あたしが……俺こと【八城要】が生きていた地球ではないということになる。
それを、確認しなければならない。
いやね?
親に抱っこされて外を観るとか、庭先に出て道行く人を観察するとか、そういうのに多少は希望を持ってたのよ。
けど、両親共に普段はずっと家の中。
買い物に街に繰り出す訳でもなく、かと言って生活に苦しんでいる様子も無い。
寧ろ、それなりに裕福な暮らしをしているようにも思える。
両親は、いや、あたしの父親……俺の父親であるスティーブは、いったいどうやって、この生活を維持しているのか?
気になって気になって仕方がなくて、あんよをマスターするのにも熱が入ったってわけ。
さあ!
いざ未知の扉へ――――
「はああぁぁぁぁ〜〜っ…………」
あたし落胆中。
いや、俺落胆中。
うん。
ヤツの存在を、完全に失念しておりました。
そう、それは……!
扉!!
あんなん届くかっ!
床からドアノブまでの距離は、凡そあたし……俺2人分くらい。
1メートルちょっとの高さに在る、ドアノブを睨む。
この問題に直面してから、更に様々な問題に気付いた。
首尾よくドアノブに届いたとしても、捻れるのか?
捻ったは良いが、内開きのドアをどうやって引く?
足台に乗ってもそれが邪魔でドアは開かず、紐を投げるには筋力もバランス感覚も足りない。
今日も今日とて、ママンは絶賛編み物中。
あたし……俺の努力は、微笑ましい遊びとしてしか認識していない模様だ。
こうなったら……
「ママ、ママ……!」
よちよち歩いてジョアーナに躙り寄る俺ことマリア1歳。
そんな俺に気付いたのか、編み物の手を止めて、ジョアーナは。
「あら。どうしたの〜マリアちゃん? お腹空いた?」
と、俺を抱き上げて訊ねてくる。
あどけない笑顔がとても可愛いな。
これで一児の親なんだから、この世界は相当な早婚早産なのかも。
って、そんなことは今はいいんだ。
早く用件を伝えねば。
「ママ、おんも。あっち。」
小さな手とプニプニで短い腕を必死に使い、身振り手振りで要求を伝える。
いや、呂律が発達してないし、歯もまだ4本しか生えてないから、難しい言葉は未だに喋れないのよ。
「おんも、いくー。」
出来ることなら、「外の世界を見せてください、お母様!」って言いたいさ。
「おんも……? お外のことかしら? 行きたいの?」
おお!
あたし……俺の願望は母に届いたみたいだ!
「いくー! おんも、いくー!」
「はいはい。でも、お外は危ないから、お庭までね?」
えー! 庭かよー。
いや、でもまあ、これは進歩だ。
家の中から遂に外に出られるんだから、今は贅沢は言うまい。
それに、ジョアーナが家事をやってるところは、見たことがない。
裕福そうだし、もしかしたら使用人みたいな人が居るのかもしれないしな。
そうであれば、家の敷地内でも、他人にエンカウントはできるはずだ。
そうして、あたし……俺の城であるベイビールームからの脱出を果たしたわけだが。
いや〜……この家、広くね?
ホント何してる家なんだろうな?
まさか、貴族!?
あたし……俺、異世界転生の上に貴族転生しちゃった!?
いやまて。
仮に貴族だとしても、今のあたし……俺は女だ。
貴族令嬢の役目なんて、余程優秀じゃなければ、ひとつしかない。
政・略・結・婚!!
これだ。
ラノベで勉強したから、間違いない。
え、嫌なんですけど!?
見ず知らずの、親がお家のために勝手に決めた相手との結婚とか、超嫌なんですけど!?
そもそも、中身男なんですけど!?
男に嫁ぐなんて、ましてや子作りなんて……考えただけでオシッコ漏れそう。
いや、ダメだ。
今はママンが抱っこ中だ。
そんな恐ろしく悍ましい想像は、慎ましく頭の隅っこに追いやられててください!
「奥様。お嬢様。どうかなさいましたか?」
そんな俺の怖気が走る考え事は、廊下の途中で掛けられた声に、中断させられた。
顔を声の方に動かすと……おお! メイドさんだ!!
メイド喫茶のような萌え萌えミニなのではなく、クラシカルな、The!メイド服に身を包んだ綺麗なお姉さんが、瞳を伏せて会釈をして、佇んで居た。
「なんでもないわ。マリアに庭を見せに行くだけよ。」
「左様でございましたか。では、護衛の手配を。」
これ、マジで貴族転生ルートかな。
マジかー。
んー、でもちょっと違和感。
たかが庭だろ?
どうして護衛なんか必要なんだ?
それに、このメイドさん。
華美ではないけど、キチンと手入れをされたメイド服に、似つかわしくない金属製の首輪が目立つ。
ネックレスでも、ペンダントでもない。
首輪……もっと言えば、首枷。
まるで、ラノベや漫画で見た奴隷みたいな。
「そうね。でも女性にしてちょうだい。男性では、マリアが怖がってしまうわ。」
「かしこまりました。すぐに手配し、玄関に待たせておきます。」
あたしが……俺が考え事をしている間に、そんな話をしていたメイドさんは、一礼すると颯爽と廊下の向こうへ消えて行った。
すげぇ。
走ってる訳でもないのに、なんだあの、足音も立てない滑らかな高速移動は……!
「さあ、マリアちゃん。パパにご挨拶してから行きましょうね〜♪」
ジョアーナに抱かれて、再び廊下を移動する。
パパ――スティーブの書斎は、もう既に過ぎている。
ということは、他の部屋で何かやっているのか?
俄然興味が湧いてきたな。
まあ、書斎でいつも何をしているかすら、まだ知らないんだけどね。
少し廊下を行った先の、立派な木製の両開きの扉。
そこに着いたジョアーナは、あたしを……俺を抱いたまま片方の手でノックする。
「アナタ? 私よ。」
「ヨナかい? 入りなさい。」
短い応答で部屋の主の了解を得たジョアーナは、両開きの扉の片方を開き、中へと進む。
部屋は、とんでもなく広かった。
奥には別室に繋がっているであろう別の扉が在り、壁には観たことがない画風の絵画が、立派な額に収められて飾られている。
高価そうだが嫌味は感じないシックなローチェストが壁際に配置され、その上には高そうな花瓶に花が生けられ、並んで三又の燭台も置かれている。
その上の壁には、時計も在った。
パッと見た感じは、時刻表示は12個で、短針と長針が回るタイプ……つまり、地球の時計と同じっぽい。
ローチェストの向かいの壁際には、これまた高価そうな食器棚のような収納が聳え立っており、ガラス戸の内側には、酒瓶か? 大小様々な瓶や、色んなタイプのグラスが並んでいた。
部屋の中央には、ローテーブル。
そして、それを挟むように、入って来た扉から観て上座と下座の位置に、立派なソファが置かれている。
なるほど。
どうやら、この部屋は応接室のような場所らしい。
父親のスティーブは、上座側のソファに座って、何やら書類と睨めっこしていた。
そんな彼が、こちらに顔を向ける。
「ヨナ? マリアまで連れて、何かあったのかい?」
「いいえ、何も無いわよ。お仕事の邪魔をして、ごめんなさいね。マリアが外に出たいって言うから、お庭を見せてあげようと思って。」
父と母のやり取り。
一見何の変哲もないはずのやり取りだというのに、父親――スティーブの反応は、予想と違っていた。
「ええ!? 外は危ないよ? 君1人で行くのかい!?」
なんだ?
自分ちの庭だろ?
何がそんなに危険だって言うんだ……?
「大丈夫よ、アナタ。ちゃんと護衛を付けるから。ちょっとお庭に出るだけよ。」
護衛。
たかが庭に出るのにも護衛が必要なくらい、危険な世界だって言うのか?
胸の内にモヤモヤしたモノが積もってくる。
「そうかい……? まあ、護衛が居るなら……でも、くれぐれも気を付けておくれよ?」
「ええ。すぐに戻るから、心配しないで。」
ヒラヒラとスティーブに手を振って、ジョアーナは部屋を後にした。
勿論あたし……俺はママンの腕の中だ。
なんなんだろう、この世界は。
明らかに平民ではない裕福な転生先の家。
首に枷を嵌めたメイド。
庭に出るにも護衛が必要な、危険な外。
どう考えてもおかしいよね?
胸のモヤモヤは、積もり続ける。
廊下を進み続け、開けた空間に出た。
広い、ホテルのロビーのような空間。
正面には、玄関であろう大きな両開きの、白い扉。
その手前に、2人の女性が立っていた。
1人は、先程ジョアーナとやり取りをしていたメイドさんだ。
もう1人は、動き易そうなズボンと、袖無しのタートルネックのトップスで、その上からファンタジーで見るような、軽鎧って言うのかな? 片方の肩を守るプロテクターと、胸当てを着けて、腰には鞘に収まった剣を下げていた。
髪はセミロングくらいのストレートヘアーで、茶髪。
目鼻立ちのキリッとした、某歌劇団ならキャアキャア言われていそうな、凛々しい、綺麗な女性だった。
「お待ちしておりました、奥様、お嬢様。本日は、私が護衛を担当させていただきます。」
鈴の鳴るような涼やかな声でそう言い、一礼して見せるその女性だったが、あたし……俺は再び、違和感に囚われる。
また……首輪…………
その凛々しい女性の首にも、メイドさんと同じ金属製の枷が、嵌っていた。
「ええ。それじゃあ、行きましょう。」
明確に、ジョアーナの態度が冷たく感じる。
これは、メイドさんと話す時にも感じたことだ。
スティーブやあたし……俺と接する時のような、包み込むような温かさを、感じない。
モヤモヤは、大きくなる一方だ。
家の外。
広い庭に、母親に抱かれたまま進み出る。
目に飛び込んで来たのは、駆け回って遊べそうな、一面の芝生と花々。
そして、青い空。
おお!
ちゃんと手入れも行き届いた、見事な庭園だな!
これは、もう少し身体が大きくなったら、是非とも転げ回りたいな!
「さあマリア、ここがお庭ですよ〜♪ 綺麗でしょう?」
「あい! おにわ、きえい!」
これはいいモノですよ、奥さん!
思わず童心に帰って……って、赤ん坊だったわ。
はしゃいでたが、別に危険なんて何も感じないんだけどな?
けど、護衛だと言った凛々し美人なお姉さんは、ジョアーナに付かず離れずの位置で、周囲を警戒している。
何を警戒しているんだろう?
母親に抱かれて、庭のアプローチをゆっくりと巡る。
ふと見ると、庭木の手入れをしている男性が、目に入った。
彼はジョアーナの接近に気付くと、一度手を止めてから、深々と礼をした。
ジョアーナが手で制するような合図をすると、再び作業に戻る。
彼の首にも、枷があった。
「奥様、失礼します。商品の入荷のようです。」
あたしが……俺が男性の方を眺めていると、不意に護衛のお姉さんが、ジョアーナに声を掛けてきた。
「あら、予定より早いわね。旦那様に伝えなきゃ。」
首を巡らせて周囲を観ると、アプローチの途切れる、道に面した門の傍に、1台の馬車(馬車だよ馬車!!)が、停まったところだった。
「さあマリア。そろそろお家に入りましょうね。パパにお仕事よって、言いに行きましょう?」
「あーい……」
心ここに在らずで返事を返し、あたし……俺は、その馬車を食い入るように観察していた。
馬車は2頭曳きの四輪タイプで、しかし荷台は板や幌で覆われている訳ではなく、そこに在ったのは、鉄格子だ。
その格子の向こう側で、モゾモゾと動く複数の、人。
男性、女性、大人、子供。
性別も年齢もバラバラな人達が、首に枷を嵌められて、格子の馬車に乗せられて居た。
離れていくそれを見詰め続ける頭の中で、パズルのピースが、嵌っていく。
裕福な家庭。
広く立派な家。
高貴な人も迎えられそうな、応接室。
首に枷を嵌めた、使用人や、護衛や、庭師。
外は危険だという認識。
鉄格子に入れられ運ばれて来た、首に枷を嵌めた人達。
護衛が言った、『商品の入荷』という言葉。
ははっ……
そういうことかよ。
そりゃあ裕福なはずだ。
人という高価な商品を、売買してるんだから。
そりゃあ外は、部外者の目は危険なはずだ。
人の命を扱って、メシを食ってるんだから。
俺は…………
あたしは、どうやら奴隷商人の一家の娘として、転生したらしい。
さあ!
ここからが本番ですよ!
遂に奴隷商人の娘であると知ったマリアちゃん。
ただでさえ男と女の狭間でユラユラしていたというのに、そこに齎された衝撃の真実!
「この先どうなるの!?」
「凛々し美人護衛さんの名前教えろ!」
「おっぱいはどうした!!」
と思いましたら、評価、感想、ブクマをお願いいたしまする。
動き始める物語の速度を決めるのは、アナタかもしれない……( ✧Д✧) カッ
応援よろしくお願いします!