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第46話 家名とマリア

いつもお読み下さり、ありがとうございます!

 

 ムッツァート伯爵領の領都、【ハル・ムッツァート】の領城の謁見の間。

 そこであたし達は静かに跪いていた。


「面を上げよ。」


 帝都の方角を望むように設計されたその謁見場に、我らがご領主様である【クオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート】伯爵閣下の厳かな声が響く。


「奴隷商会【ワーグナー商会】会長、マリア。この者、先のアズファラン防衛戦に於いて迅速なる情報伝達の役を果たし、またその商会に所属する多くの所属員達を戦場へと向かわせ、数多の魔物を打ち倒し、防衛に寄与したものである。」


 伯爵が壇上の椅子からあたしを見下ろし、伯爵の家臣達が無言で見詰める中で、伯爵の一段下であたしの功績を、腹心のザムド子爵が読み上げる。


「奴隷商会【ワーグナー商会】会長、マリアよ。」


「はい。」


 ザムド子爵の読み上げが終わってから、伯爵自らがあたしに声を掛けてきた。

 これから、あたしに褒賞が授けられる。

 あたしが希望した、その褒賞は……


「此度の働き、誠に大儀であった。お主には、褒賞金として金貨千枚と、【クオリア】の家名を授ける。これからは【マリア・クオリア】を名乗り、我が領の益々の発展への貢献を期待する。励むが良い。」


「有り難き幸せに存じます。わたくし、奴隷商会【ワーグナー商会】会長マリアは、これよりマリア・クオリアを名乗り、今後益々の領地の発展に寄与して参ります。」


 受け答えが済んだ途端、謁見場は拍手で包まれる。

 あたしはというと、有り難く頂戴した家名に冷や汗が止まらないんだけど!


 だって、“クオリア”って!

 これ明らかに、伯爵の名前の“クオルーン”から取ってきてるよね!? 爵位はあたしの辞退の意志を汲んで無しにしてくれたみたいだけど、たかだか平民に伯爵位を預かる自身の名前の一部を与えるって、どうなのさッ!?


 あーコレ完っ全に、伯爵に目ぇ付けられたわー。

 平民にしては既に過分に過ぎる功績を挙げている(はず)だけど、その能力も示してきた(はず)だけど、こりゃまだ暫くは監視の目は外れないなぁ……


 ま、カトレアは美人だし超優秀だから、別に良いんだけどね。

 何にも疚しい事なんてしてないんだし、堂々としてればいいかな。


 そんなこんなで、先に発生した魔物の暴走(スタンピード)に於ける“アズファランの街防衛戦”の論功行賞は、幕を閉じた。


 ちなみにあたしの他には、アズファランの街の警備隊長のグリードと、冒険者ギルド・アズファラン支部のギルドマスターのハボックさんも、ちゃんと表彰されてたよ。

 グリードってばすっごいギクシャクしてて、見ててとっても可笑しかったよ。


 二人とは少しはお話したけど、まあ向こうも忙しい立場だからね。伯爵との謁見が終わって早々に、慌ただしくアズファランへと帰って行ったよ。


 そして、あたし達は伯爵から頂戴した褒賞金の目録を金貨と交換してもらい、宿へと引き上げたの。




 あたし、奴隷商会である【ワーグナー商会】の会長さん。


 この度伯爵閣下から“家名”を頂戴して、名前が変わりました。


 あたしの新しい名前は、マリア・クオリア。


 まだ12歳の少女だけれど、これからも奴隷達のために頑張ります!




 ◇




「ご主人、頼みがある。」


「うん? どうしたのアニータ?」


 伯爵の城から宿へと戻り、思う存分にだらけきってアニータと部屋でお喋りしていた時。

 それまで談笑していたアニータが、急に真剣な顔付きであたしを見詰めてきた。


 あたしは大事な話であると察して、横になっていた身体を起こし隣り合うベッドの端に座って、アニータとまっすぐに向き合った。


「アテを、ご主人の下で働かせてほしい。この前話してくれた将来の話、アテはご主人と一緒に商会のために働く。」


「ホントに!? それじゃこれからも、ずっと一緒に居てくれるの!?」


「うん。だけど、一つだけ。」


「うん、何かな? 大抵の条件だったら聞いちゃうよ!」


 突然のアニータの意思表明に、ちょっと嬉しさが天元突破しちゃった。あたしのバカちん、大抵の条件を飲むなんて何言ってるんだか!


「アテを奴隷から解放するのは、少し待ってほしい。」


「へ? う、うん。それは構わないけど……どうして?」


 意図の読めないその申し出に、あたしは首を傾げる。

 商会(ウチ)で働くのであれば、奴隷のままで居るよりも明らかに従業員として正規雇用を受けた方がいい。給料だって奴隷とは比べ物にならないし、何より自由なのだから。


 そう訝しむあたしに、アニータは静かに言葉を紡いだ。


「スティーブ会長……ううん。先代に、恩返しをしてから。スティーブ様と奥様、それから奴隷のまま死んでしまった仲間達の仇を討ってから、自由になりたい。」


「アニータ……」


「アテは里で同族に疎まれて、里を飛び出した。そして奴隷狩りに捕まって、前の商会に売られた。奴隷として見窄(みすぼ)らしく生きてきたアテを掬い上げてくれたのは先代。この商会で、初めて真っ当に扱ってもらった。アテにとって、先代は恩人。」


 この間のピクニックで聞かせてくれた話を、もう一度語るアニータ。

 しかし今日は、今回は続きがあった。


「何よりもご主人……お嬢様を産んでくれた。スティーブ様とジョアーナ様には、本当に感謝してる。」


「あ、あたし?」


「そう。里で気味悪がられていた“忌み子”のアテを、お嬢様は嘘の一欠片も無く“綺麗”と言ってくれた。そして奴隷であるアテを、アテ達を誰よりも“ヒトとして”尊重してくれてる。そんな優しいお嬢様を産んで、育ててくれた先代と奥様は、アテにとって大恩人。」


 それは……あたしの中身である、日本で生きていた【八城要(やしろかなめ)】の記憶と知識のお陰なんだけどな。

 白い虎や白いライオンなど、突然変異の“白変種(アルビノ)”なんか普通に認知されている世界で生きていたから。だから獣人族とはいえ、黒豹にアルビノが出たって何も不思議に思わなかった。


 だというのに、アニータはそれを酷く喜んでくれてる。

 あたしの何気ない言動に、こうして真剣に向き合ってくれている。


 まったくさぁ……あたしこそありがとうだよ、アニータ。


「だから、スティーブ様とジョアーナ様、そして仲間たちの仇を討った時に、その時に奴隷から解放してほしい。それがアテのせめてもの、スティーブ様に買われた奴隷としての恩返し。」


「うん……分かったよアニータ。あたしと一緒に、両親や奴隷達の仇を取って。そしてその後で、今度は従業員としてあたしと……マリア・クオリアと一緒に生きてちょうだい。」


「ん。よろしく、ご主人。」


「こちらこそよろしくだよ、アニータ。」


 まだ完全には頭が追い付けていないけど、今日はホントに嬉しい事だらけだ。


 領主である伯爵閣下に認めてもらえ――そう思うことにしたよ――て、金貨を千枚も手に入れた。

 商会の資金が増えれば、それだけやれる事が増えるもの。有効に使わせてもらおう。


 公の場で、伯爵という大貴族から功績を認められて、家名を授けてもらった。

 記録にも残るし、これで名実共にあたしは、ワーグナー商会は本家のセイラム男爵家と縁を切れる。

 男爵家の威光なんぞ、かのクオルーン伯爵閣下の前では月とスッポンだよ。


 仲良くしたいと願っていた獣人の奴隷、アニータに正式に主人と認めてもらえた。

 ぐへへへ……! これで彼女のケモミミもケモシッポもあたしのモノなのだ……! 今からモフモフするのが楽しみでしょうがないよ!

 ……まあ、こんな邪な願望は置いておこうか。


 そして何より。

 現在ウチの頼れる部長達が、宿の酒場で伯爵の直属の諜報員と情報交換をしている。

 こちらが知る魔導具の性能やその他の情報、伯爵が得たセイラム男爵家やその周辺、果ては派閥の状況等の情報を出し合い、擦り合わせを行っているのだ。


 ようやく、祖父であるワーグナーから始まり、お父さん(スティーブ)お母さん(ジョアーナ)、そしてアーロン叔父様や奴隷達の命まで奪ったこの因縁に、決着を着けることができる。


 ようやく、仇を討つために動き出すことができる。


 男爵家のクズ共……首を洗って待っていやがれよ……!




「マリア会長、馬車の用意が整いました。」


「ありがとバネッサ。なんだかんだここに来るのも慣れちゃったねぇ〜。」


「それだけ伯爵閣下が気に掛けて下さっている……またそのような嫌そうな顔をなさって。」


「だぁーってぇ〜。今まで会った貴族って三家だけだけど、その内の二家が悪徳貴族だったんだよ? 三分の二だよ!? そりゃ近付きたくなくなるって。」


「それでは伯爵閣下も、引いてはカトレア嬢もいずれ悪徳に身を染めると?」


「うっ……! そうは言わないけどさぁ……」


「信じられるお方とそうでない者を、見極める目をお養いください、お嬢様。それは商人としても確実に必要な資質でございます。そしてそのお方からお認め頂けたなら、素直にお喜びください。」


「……うん。分かったよ、バネッサ先生。」


「それも最早懐かしく感じられますね。優秀な生徒で先生は嬉しく思います。」


「ふふ。さ、それじゃあ我が家に帰ろっか。ムスタファのご飯が恋しいよぉー!」


「左様でございますね、マリア会長。……いっそムスタファに弟子を取らせ、それらに各地に店を開かせてはどうでしょう?」


「おおー! その考えは無かった! 流石バネッサだね♪ それとも、そんなバネッサをすら魅了する料理を作るムスタファが流石なのかな?」


「さて、如何でしょうかね? さあマリア会長。あまり待たせてはミリアーナが心配して突撃してきますよ?」


「うっ、確かにやりそう……! それじゃ急ごう!」


「はい、マリア会長。」


 伯爵の部下との会合の翌日。

 あたし達は多くのものを得て、伯爵のお膝元である領都【ハル・ムッツァート】を後にした。


 さあ、帰ろう我が家に。

 お父さんとお母さんに、沢山報告したい事がある。

 お墓を綺麗にしてあげながら、いっぱいお話するから、だから待っててね二人とも。




 あたし、マリア・クオリア。


 12歳の自他共に認める金髪美少女で、この歳で多くの従業員を抱える会長で、たくさんの奴隷達のご主人様。


 お父さん譲りの金髪を揺らし、お母さん譲りのエメラルドグリーンの瞳をしっかりと開けて。

 従業員や奴隷達……ううん、()()()と一緒に、歩いていきます。


 だから、見守っていてください。


 天国が在るのかは知らないけど、既にあたしのように何処かで転生しているのかもしれないけど。


 お父さん、お母さん。

 会ったことはないけれど、お祖父(じい)様にアーロン叔父様。

 そしてあの日、両親を守るために戦ってくれたであろう奴隷達。


 あたしは必ず、みんなの無念を晴らします。




遂に両親の仇を討つ切っ掛けを掴んだマリアちゃん。

名前を【マリア・クオリア】と改めて、新たな一歩を踏み出していきます。


「面白い」「次はどうなる?」と思われましたら、ページ下部の☆から評価や、ブックマークをして下さると大変嬉しいです!


感想やレビューもお寄せいただけると、とても励みになります!


第九回ネット小説大賞の募集締切まであと半月……!

既にエントリーできているはずなので、どうかそちらも応援お願いします!!

m(*_ _)m

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