第44話 スタンピード防衛戦
遅くなりましたぁ!
今話を持ちまして、今章の最終話とさせていただきます。
どうぞ、お楽しみください!
『領内アズファランの街近郊、北方の森にて魔物の暴走の兆し有り。現在冒険者ギルド・アズファラン支部にて精鋭を募り、森の調査を実施中。調査報告は代官と共有し、素早い対処を執り行うものとする。』
その報せを領主であるクオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵へと齎したのは、とある奴隷商会に所属する、元奴隷身分の男であった。
現在かの街に出向中の財務次官である男爵令嬢、並びにギルドマスターと警備隊隊長の署名が為された書状を持ち領城を訪れたその男は、名をアンドレと云った。
またの名を、【ヤモリの耳目】と云う。
「……前回の謁見で見掛けた際もしやとは思ってはいたが。貴様ほどの男すらあの女児は従えていると言うのか。」
「お嬢……会長には悪を為そうなんて考えは一切ありゃあしねえよ。お嬢のお陰でまた自由を得た、今の俺にもな。その節はお宅らに散々迷惑を掛けたが、今の俺は“お嬢の”耳目だ。」
「かの【隠形ヤモリ】の要であった貴様の言を、信じよと?」
「俺を信じろだなんてこたぁ言わねぇよ。だが会長の……ひいては伯爵、アンタ自身が見出した部下であるカトレア嬢ちゃんの言葉は、信じるべきなんじゃねぇのか?」
領城内の応接室で、広大な伯爵領を治める男と、その伯爵領をかつて騒がせていた大盗賊団の最高幹部の男が向かい合う。
クオルーン伯爵は溜め息を一つ吐くと、受け取った“カトレア男爵令嬢が認めた書状”をテーブルに置いてアンドレへと鋭い目を向ける。
「この迅速な動き、代官の判断ではないな?」
「ああ、お嬢の判断だ。調査と報告を同時に行い、初動の無駄を限りなくゼロにするってな。ギルマスも警備隊長もてんやわんやだ。」
「調査には誰が向かった?」
「ギルドが募った精鋭十五名。その内二人は、【赤光】と俺の愛弟子だ。」
「……待て。弟子だと? 貴様に?」
「お嬢の組織改革の話は聞いてるだろう? 俺は今【情報部】ってぇ部署を任されてる。そこで育て上げた俺の秘蔵っ子だ、腕は保証する。」
「……あの娘は、マリアは真に、国に仇為すつもりは無いのだろうな?」
「有るわきゃねぇだろ。全部奴隷のためにやってんだよ、お嬢は。いい所に召し抱えられるように、年季が明けても苦労しなくて済むようにってな。実際弟子のアニータなんかは、何処に出しても恥ずかしくないくらいの諜報員に育ってるしな。」
「何ともはや……」
「ともあれだ。あの二人が行ってるんだ、すぐに調査結果は届くだろうよ。」
「どのようにしてだ? まさか通信魔導具まで抱えておる訳ではあるまいな?」
「んな軍事物資を持ってるわきゃねぇだろが、一介の奴隷商会がよ。“伝書鳥”っつってな、これもお嬢が考案した情報伝達の術だ。ウチの【情報部】で一人一羽飼育して、俺らと商会の手紙のやり取りをさせるんだよ。」
「……一体、あの娘は何者なのだ? 何時何処でそのような智慧を得たのだ?」
「さてね。俺らに分かるのは、お嬢は誰よりも強く優しく……俺ら下で働くモンの心ってのを、誰よりも理解してくれてる経営者ってだけだ。そして誰よりも奴隷を真っ当に、“ヒト”として扱ってくれる。実の親であるスティーブの旦那ですら、戸惑ってたくらいだからな。」
「やはり……今の内に手中に収めておくべきか……」
「よしときな。んなことすりゃあお嬢は商会を他所に移しちまうぜ? 貴族に良い思いを持っちゃいねぇんだ。アンタやカトレア嬢ちゃんは別だがな。それにそんな事になりゃあ勿論、俺らもお嬢について行くしな。」
「むう……」
「そんな難しく考えねぇでよ、お嬢を贔屓にしてやりゃ良いじゃねぇか。ウチの【戦闘部】の奴隷は、みんな【赤光】の弟子だぞ? お嬢に良くしてやりゃあ、良質な戦士が安く手に入るかもなぁ。」
「貴様……本当にあの【ヤモリの耳目】か? 随分と人が変わった様子だが。」
「あの頃を思い出させるんじゃねぇよ。今の俺は“お嬢の”耳目だって言ったじゃねえか。」
「そうか……それは済まぬな。」
領主と元盗賊。
かつての宿敵であった二人が向かい合って座るその部屋は、一種異様な雰囲気を孕んでいた。
しかし何処か穏やかで、互いの手腕への信頼というものも窺える、不思議な空気だ。
「よかろう。兵の選定は進めておく。貴様には入城証を預ける故、その“伝書鳥”とやらが着いたら即座に報告せよ。城に泊まりたい訳ではあるまい?」
「ココには捕まった時の牢屋の思い出しか無ぇからなぁ。俺にはそこら近所の安宿くらいが丁度良いわ。」
「ならば暫し此処で待て。証文に、逗留中の代金は伯爵家が持つ旨も認めよう。後ほどザムド子爵に持って来させる。」
「ああ、そりゃ構わねぇがよ。そのザムド子爵にも、釘刺しとけよ? 前回の時お嬢を息子の嫁に〜とか口説いて、困らせてたかんな。」
「……善処しよう。」
そうして大貴族と元盗賊の異様な会談は、幕を閉じた。
再び両者が相見えたのは、“伝書鳥”により魔物の暴走が確実であるという情報が齎された、翌日のことであった。
◇
『みんな、くれぐれも無茶はしないでね。全員が無事に帰って来ないと、承知しないからね。』
そんな彼女達の主人である若干12歳の少女が掛けた言葉を、その女性――“【赤光】のミリアーナ”と呼ばれるAランク冒険者は反芻していた。
否、彼女達と共にそこに居る全ての者達が、同様に思い返していた。
敵は千に届くかというほどのモンスターの大群。
そんな大群が、彼女達の暮らすアズファランの街へと迫って来ているのだ。
調査の結果判ったのは、街の北に拡がる深い森の奥地で大規模な森林火災があったために、獣や魔物達の大移動が起こったという事であった。
調査隊にも参加したミリアーナと斥候を勤めたアニータによれば、その火災はどうも人為的に起こされた可能性があるとの事。
そちらに関しては現在水面下で調査を進めているが、今は何よりも、住処を追われ南下して来たモンスター達への対処が最優先である。
「皆のことは信頼している。我らが商会で寝食を共にし、互いに練磨し合ってきた仲間達だ。アンドレの報告によれば既に領都から騎士団が発ち、明日にはこのアズファランに援軍として到達するとの事だ。それまで何としてもこの街を、お嬢様が暮らす此処を守り抜く。全員、覚悟は良いな?」
「「「「はい、ミリアーナ部長!!」」」」
「今こそ我らの力を示す時だ! お嬢様の下修練を積んだ奴隷の力を、勝利を以て世に知らしめるのだッ!!」
「「「「はいッ!!!」」」」
街の警備隊と、冒険者ギルドに所属する冒険者達が布陣する森に面した荒野の一角で、彼女達が吼える。
クランとして冒険者ギルドに登録をしている、奴隷達の集団だ。
そのクランの名は【ワーグナー商会】。
今まさにスタンピードに襲われようとしている、アズファランの街に在る奴隷商会に所属する面々である。
普段は【戦闘部】と呼ばれる戦闘奴隷達が冒険者活動をするのにその名が使われているが、現在は彼ら彼女らに加えて、商会内の戦闘が可能なほぼ全ての奴隷や従業員が集っていた。
戦闘の指揮を執るのは、現役のAランク冒険者でもある二つ名持ちのミリアーナ。
そして彼女を補佐するように、【侍従部】部長のバネッサ、【研究部】部長のルーチェ、そして【情報部】のエースであるアニータが、隊列の先頭に並び立ち森を見据えている。
「戦闘侍従達は【研究部】の治癒術士の護衛に当たって下さい。」
「治癒術士と錬金術士は後方で負傷者の救護に専念してくださいっ! 物資も遠慮せずに使って良いとのことですっ!」
「情報部員は敵の撹乱と誘導、それから情報伝達を担うよう、アンドレ師匠に言われてる。よろしく。」
「各員、己の務めを全うするのだ! 大物は私達に任せろ!! 来るぞッ!!」
「「「「オオォーーーーッ!!!」」」」
他の冒険者や兵士達を圧倒するほどの気勢を上げ、森に退治する【ワーグナー商会】の従業員や奴隷達。
そんな気迫に応えるかのように、森の中から咆哮や奇声が次々と上がり、地響きと共に茂みが揺れる。
時刻は昼過ぎ。
アズファランの街に於ける、対スタンピードの防衛戦が幕を開けた。
「ミリアーナ部長、奥にオーガの集団。数は五匹!」
「分かった、ここは皆に任せて私達で行く! バネッサ、ルーチェ、ついて来てくれ!」
「了解です。ルーチェ、魔力は大丈夫ですか?」
「まだまだ平気ですっ! 魔力ポーションも有りますしねっ。」
「アニータ、案内してくれ!」
「ん、こっち!」
二つ名持ちの冒険者であるミリアーナの活躍は凄まじく、戦闘開始から既に数時間経ち日も傾いてきた現在、討ち取ったモンスターの数は両手両足の指でも足りないほどだ。
そのどれもが討伐推奨ランクC以上という、並の冒険者や兵士では相手にならないような高ランクのモンスターばかり。
有象無象の雑魚モンスターを加えれば、その数は優に百を超えるだろう。
彼女と肩を並べて共に戦う三人も、目覚しい活躍を見せていた。
アニータはモンスター達の挙動を一切逃すことなく味方に伝え誘導し、バネッサはどんな相手であろうと一体ずつ確実に屠り、ルーチェは様々な属性の魔法を駆使して、多くのモンスターを撃ち払う。
「あれは……オーガロードが一匹混ざってるな。」
「ごめん。オーガを見たのはこれが初めてだったから、個体差まで判らなかった。」
「なに、構わんさ。打ち倒せば一緒だ。バネッサとアニータでオーガ達を引き離してくれ。ロードは私がやる。ルーチェは私達にバフを頼む。その後は適宜魔法で援護だ。くれぐれも――――」
「火属性は使うな、ですよねミリィお姉様っ。森で火事が起きたら大変ですからねっ。」
「そういう事だ。バネッサ、何か意見は?」
「異論はありません。参りましょう。」
茂みの向こうにオーガロード率いるオーガの小集団を捉えながら、静かに打ち合わせをするミリアーナ達。
オーガ達の先回りをするように迂回すると、撹乱と誘導のためにバネッサとアニータが武器を構え躍り出る。
「そういえばアニータ。」
「ん、なに?」
オーガ五体の前に進み出た二人は、気負うことなく会話を繰り広げる。
「マリア会長に、耳と尾を触らせたそうですね? 確か“黒豹族”では尾や耳は……」
「ん、信頼の証。一生を共にする番いか、主と認めた者のみにしか触れさせない。」
「ということは、マリア会長を主と認めたという事ですか?」
「うん。アテはこれからお嬢様の……ご主人のために働く。必要なら勿論、暗殺だって請け負う。」
野蛮な唸り声を上げる、二本の角と口からはみ出す牙の禍々しいオーガを前にして、淡々と歩み寄りながらそれぞれの得物である短剣を構える二人。
「それは朗報ですね。マリア会長もさぞお喜びになるでしょう。正式に、ワーグナー商会の従業員として歓迎しますよ。」
「気が早い。まずはコイツらを倒さないと。」
「そうですね。それではロードを引き離します。取り巻きと交戦しながら、徐々に後退しますよ?」
「ん。オーガは非常に好戦的で乱暴だと学んだ。バネッサ部長も気を付けて。」
「バネッサで結構ですよ。そして忠告に感謝を。参ります。」
「んっ。行こうバネッサ。」
バネッサとアニータによりオーガ達が戦闘に入り、リーダーであるオーガロードとの距離が開いた。
「ゴゥルアア……!」
徐々に後退する二人に気を良くしたのか、余裕綽々といった様子でオーガロードは足を進めていた。
しかし。
「呑気なものだ。」
不意に聴こえた声に即座に振り向いたその目が驚愕に見開かれ、身体が固まる。視界の天地がひっくり返り、森の地面に目を見開いた頭部が転がった。
「たとえロードと言えど急所は同じ。頸を落とされては助かるまい。お嬢様の安寧と街のため、済まぬが死んでもらおう。」
見事に隙を突き、一刀のもとにオーガロードの首を撥ね飛ばしたミリアーナは、愛剣を振るって付着した血糊を払う。
そして残るオーガ四体を見据えて声を上げた。
「ロードは討ったぞ! やれルーチェ! 二人は離れろッ!!」
鋭く発せられたその指示に従い、バネッサとアニータが一気に後退する。
そしてそれを見て追い縋ろうと唸るオーガ達を、降り注いだ無数の氷の槍が襲った。
隠れ潜んでいたルーチェが放った、【氷結の槍】の雨だ。
「「「「ゴルゥァアアアアアアッッ!!??」」」」
冷たく鋭い無数の氷の槍が皮膚を貫き、突き刺さったそばからその周辺の肉体を凍らせていく。
オーガ達は成す術もなく弾幕に身体を晒し、その身を凍り付かせていった。
「よし。これで此処はもう大丈夫だろう。アニータ、私達はまた皆の所へ戻る。周辺の索敵をしてまた厄介そうなのが出て来たら教えてくれ。」
「ん、分かった。ねえ、ミリアーナ部長のことも、ミリアーナって呼んでいい?」
「勿論構わん。同じお嬢様を主と仰ぐ、仲間なのだからな。」
「わたしもっ、ルーチェで良いですよアニータさんっ!」
「ん。ありがとルーチェ。アテのこともアニータで良いから。」
「はいっ。それじゃあ、気を付けてくださいねアニータっ。」
「ん。行ってくる。」
斥候役のアニータが、音もなく茂みの奥へと姿を消した。
それを見送ってから、ミリアーナ達三人も森の外へと移動する。
「既に夕刻か。夜は大人しくなるだろうから、勝負は明日の夜明けからだな。」
「少しでも雑魚を減らしつつ、夜間の見張り交代の案を練りましょう。」
「うう……っ。お風呂入りたいですぅ……っ!」
その後も日が暮れてモンスター達が活動を止めるまで、森の境界の荒野での戦闘は続いた。
◇
翌日の夜明けと共に、防御陣営の中を朗報が駆け巡った。
夜駆けを敢行した騎士団が、まさに夜明けの今、戦場へと到着したのだ。
歩兵は少し遅れて到着する見込みで、騎兵八百騎が参陣したのだ。いかなスタンピードとはいえ一つの街に援軍として送るには、かなりの大盤振る舞いである。
騎士団の到着は、防衛に当たっていた警備隊の兵士や冒険者達を大いに奮い立たせた。
そしてそれは、戦場のあちらこちらで獅子奮迅の活躍を見せていた、【ワーグナー商会】の面々も同じであった。
「アンドレ、よく戻りました。よくぞこれほど早く騎士団を動員できましたね?」
「そっちもよく粘ったじゃねえか、バネッサ。まあ伯爵様も、ちったあお嬢の事を認めてくれたってコトじゃねえか?」
「流石は我らのお嬢様だな。」
「ご主人って……ホントに何者……?」
「あはは……っ! ま、まあ良いじゃないですかアニータっ。お陰でこの防衛戦は、最早勝ったも同然ですっ!」
領主である伯爵の元へと伝令に走ったアンドレが戻り、益々意気軒昂となる商会の面々。
朝食として届けられた、【調理部】部長のムスタファ特製の“ベントウ”に舌鼓を打ちながらも、今後の対策を練り上げていく。
商会員達の士気は、右肩上がりに上がっていくのであった。
マリアの暮らす街、アズファランを襲ったスタンピードの防衛戦でした!
マリア出なかったですね(苦笑)
如何でしたか?
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m(*_ _)m