第42話 アテのご主人は変わってる。
いつもお読み下さり、ありがとうございます!
今回はアニータの視点でお送りします!
どうぞお楽しみ下さい!
アテはアニータ。
黒豹の獣人族の、【ワーグナー商会】の奴隷。
良く分からないけど、【情報部】っていう部署に所属している。
アテがワーグナー商会に来たのは今から三年前の、14歳の時。
当時アテを所有していた別の奴隷商会の不祥事がバレて取り潰しになったから、他の奴隷達と一緒に競売に掛けられたの。
その不祥事とは、違法な奴隷狩り。
ならず者を雇って身寄りの無い子供や、見目の良い娘などを攫って来ては商会の奴隷として売り捌いてたの。
実はアテもその一人で、同族に“忌み子”と疎まれてたから里を飛び出したら、奴隷狩りに遭って捕まった。
そのオークションで、アテをお嬢様の父親――スティーブ商会長が落札した。
アテの落札価格を聞いて、目玉が飛び出るかと思った。
一生返せないんじゃないかってくらいの金額で、アテはこのままずっと奴隷なんだなって、諦めてた。
そんな風に諦めて、前の商会に比べればずっと良い待遇のワーグナー商会で働き始めて三年が経った、数ヶ月前。
スティーブ会長が亡くなった。
スティーブ会長だけじゃなく、奥方のジョアーナ様も、二人の護衛として出掛けて行った奴隷達も、皆亡くなった。
前の商会に比べれば随分と真っ当に、ヒトらしくアテを扱ってくれた会長夫妻が亡くなって……そして、残されたたった一人の娘であるマリアお嬢様が、跡を継ぐと宣言した。
マリアお嬢様は随分と変わっていた。
もっと小さな頃――その頃は3歳くらいだと聞いた――から奴隷の舎房に入り浸って、特にミリアーナ部長に良く懐いて付き纏っては、お話をせがんでいたそうだ。
奴隷の舎房に自ら足を運んで、多くの時間をそこで奴隷達と過ごし、いつしか他の奴隷達も、お嬢様のことを娘のように可愛がるようになったという。
ミリアーナ部長の可愛がりようは凄かったらしい。
まるで騎士とお姫様のようだったと、当時を知る奴隷から良く話を聞いた。
アテが14歳でこの商会に来た時は、お嬢様はまだ9歳。
だというのに、既に商会で大人と同じように働いていた。
古参の奴隷達は、そんなお嬢様のことを尊敬するように語っていたし、アテも凄いと思ったよ。
そして数ヶ月前。
前会長夫妻が亡くなって。
お嬢様が弔って、商会と奴隷の権利を継いで。
毎日が、目まぐるしく変化していった。
お嬢様は今までの商会のやり方を根っこから変えてしまった。
いつくもの専門分野に奴隷達を振り分けて、アテも【情報部】という、所謂諜報工作員を育成・運用する部署に入れられた。
まあ、アテの職業適性は【暗殺者】だから。
ある意味ではうってつけだったんだと思う。
アンドレ部長――好きに呼べって言われたからアテは“師匠”って呼んでる――の下で、情報の集め方、検証の仕方、取扱い方、伝え方など、沢山の事を学んだ。
今まではこんな事学べなかった。
女の奴隷としての所作や作法、言葉遣いや常識などばかりで、本当の意味で、自分に合った事柄を学ぶ機会なんてなかった。
気配の殺し方、尾行の仕方、潜入のセオリーや応用の術も、学べば学ぶほど自分の力になるのが実感できた。
実際に“研修”と称して他所の街へと行き、課題も熟した。
良い結果が出せたから、アテは“A”評価を貰えた。
アンドレ師匠が言うには、“A”なら既に一流どころにも引けを取らないくらいだそうだ。
その事をお嬢様に褒められた。
初めてまともにお話したけど、お嬢様はアテの耳や尻尾に興味があるみたいだった。
黒豹族にとって獣の部位――耳や尻尾を触れていいのは、真の番いか主だけ。
だから、そう簡単には触らせてやれない。
だけどお嬢様は、“黒豹”なのに真っ白なアテを。
里で“忌み子”と呼ばれ、避けられ虐げられていたアテのことを、『綺麗だ』と言ってくれた。
……ちょっとくらいなら触らせてあげてもいいかな、なんて思ったのは、絶対に内緒だ。
うん。嬉しかったよ。
お嬢様からは嘘の気配はまったく感じ取れなかったもの。
そして今日。
お嬢様が急遽お休みとなり、行楽――ピクニックと言っていたけど意味は知らない――の護衛の一人に抜擢された。
ミリアーナ部長を隊長にして、【戦闘部】から御者を含めて四人、【侍従部】から側仕えとして一人、そして【情報部】から斥候役としてアテの、計六人で護衛に当たることになった。
午前中は交代で休憩を取りながら、周辺の警戒と巡回をして過ごした。
アテは広めの範囲に鳴子の結界と、もう一回り広く風魔法の結界を張り、侵入者への警戒と、結界の維持に勤めていた。
お嬢様はミリアーナ部長の膝を枕にして、お喋りをしたり本を読んだりしてゆったりと過ごしていた。
ああして観ると、歳相応の少女にしか見えないから不思議だ。
普段は大人顔負けの仕事ぶりなのにね。
そしてお昼休憩。
警戒に一人を残して、手早く“オベントウ”なる物を食べた。
なんでも【調理部】のムスタファ部長にお嬢様が相談して、アテ達奴隷の分までも作ってもらったらしい。
出来たてではないけど、濃いめの味付けの傷み難い料理の数々は、とても美味しかった。
まさか外での仕事中にも、ムスタファ部長の料理が食べられるなんて思わなかった。
この商会のご飯はホントに美味しい。
食べるとポカポカして、幸せになる。
ムスタファ部長はちょっと変わってるけど良い人だし、優しいし。
そしてお腹が満ちたところで再び警戒を……と思ったら、ミリアーナ部長に呼び出された。
何か失敗したかと心配してたら、お嬢様がアテとお喋りしたいらしい。
去り際のミリアーナ部長のちょっと拗ねた顔が可愛かったな。
お嬢様も同じ事を考えていたみたいで、二人して少し笑ってしまった。
『……そっか。なら今はまだ、それでいいよ。アニータがしたい事が見付かったら、いつでも相談してね? 勿論アニータが商会でずっと働いてくれるなら、絶対に雇うからね!』
本当に、お嬢様は変わってる。
たかが一人の奴隷に、どうしてここまで親切にするのか。
続くお嬢様の言葉には衝撃を受けた。
『仕事のために生きず、生きるために仕事をする。』
言われてみれば当たり前の事なのに、今まで全然意識してこなかった。
この小さな会長様は。
この、小さな“ご主人”は……
アテを、アテ達奴隷をも、同じ“ヒト”として慈しみ、護ってくれる。
そう、信じさせられる“何か”を持っている。
こんな“ご主人”だったら……アテは――――
◆
「くそっ! なんでこんな所にオークの群れが……!」
ご主人とお喋りをしている最中に、アテが二重に張った結界が立て続けに破られた。
接近を感知するモノだからと言ってしまえばそれまでだけど、折角仲良くなれそうだったご主人を危険に晒す訳にはいかない。
アテは全速力で、でも気配はしっかりと殺して偵察へと駆け出した。
そして見付けたのが、オークジェネラル率いる総数十匹のオークの群れ。
アテは気付かれないように細心の注意を払いながら、それでも大急ぎでご主人達の元へと戻る。
「アニータ! 何があった!? 何が来ている!?」
「オークが十匹コッチに来てる! その内の一匹はオークジェネラルだった!」
「チッ! 群れとは面倒な……ッ!」
ご主人は馬車の中だろう。
姿が見えないから【侍従部】のメイド奴隷も、きっと中でご主人を護っている筈。
「ミリアーナ部長、どうする?」
「先ずは群れの頭を叩く! その間アニータは撹乱と援護を、他の者は押し止めて一匹ずつ減らせ!」
「「「はいっ!」」」
「馬車との距離は一定に保て! 決して分断されるなよっ!!」
「「「はいっ!!」」」
シンプルな命令だった。
ミリアーナ部長は敵の姿が現れる前に魔法を発動させるため、詠唱に入った。
確か……【炎ノ加護】だったかな。
アンドレ師匠が話していた“【赤光】のミリアーナ”の切り札にして、代名詞。
ミリアーナ部長の魔力が練り上がり、高まり、渦を巻いて火の粉に変わる。
「先ずは私が突っ込みジェネラルと雑魚を引き離す! アニータ、お前なら私について来れるな!? 援護を頼む!」
「わ、分かった!」
初めての命懸けの実戦。
研修でゴブリンや少数のオークの暗殺なら成功させたけど、真正面から堂々とぶつかるなんて、やったことがない。
【暗殺者】がモンスターの群れに突っ込むなんてね。
アンドレ師匠が聞いたら、顔を真っ赤にして、怒鳴って怒りそうだ。
「余裕だなアニータ。オーク十匹など、並の者なら逃げるばかりだというのに。」
「余裕なんて、ない。アテはご主人を護る。それだけ。」
「そうか? だが、口元が笑っているぞ?」
「……?」
笑っている? アテが? この状況で?
「ふふっ。やはり【戦闘部】で訓練を受けた方が良いぞ。お前のその目は、ただの暗殺者の目ではない。主君に忠誠を誓う騎士のソレだ。」
「冗談。こんなのはコレっきり。暗殺者が突撃なんて言語道断。だけど――――」
茂みの奥からけたたましい鳴き声と、草木を薙ぎ払う音が聴こえる。
遂に、オークの群れがアテ達が防陣を布く此処に辿り着いた。
拓けた草原に雪崩込んで来るオーク達。
九匹のオークに先を征かせて、悠々と最後尾を歩くのが、一回り身体の大きいオークジェネラル。
装備もただのオークが腰巻きに棍棒だけというのに、コイツだけ鉄の斧と胸当てを着けている。
「さて、行くぞアニータ。私が突っ込んでジェネラルを引き離したら、すぐに戻って皆の援護を頼む。アンドレの秘蔵っ子の実力、楽しみにしているぞ。」
「アテだけ役割がキツい。後でご主人に褒めてもらうから。」
「む……! 仕方ない、今日のところは譲ってやろう。その代わり、怪我をするなよ? 行くぞッ!!」
「んっ!」
ミリアーナ部長が物凄い勢いで地面を踏み込み、爆発的なスピードで群れに突貫して行く。
アテは風魔法で加速して真後ろに隠れついて行く。
「今だアニータ!!」
「ッ!! 【風の砲撃】!」
ミリアーナ部長の合図で飛び上がり、彼女の頭上から風の魔法を放つ。
まるで横這いの竜巻のようなその魔法は、迫るオーク達の中心に突き刺さってその身を抉り、吹き飛ばし、彼女のための道を作る。
「上出来だ! 暫しの間此方は任せたぞっ!」
そう吼えると彼女は更に綺麗な火の粉を噴出し、一気に加速してアテがこじ開けたオークの道を突き抜ける。
そのまま一瞬でオークジェネラルに肉薄し、駆け抜けたその勢いのまま蹴りを見舞った。
オークジェネラルは突然の接敵に防御も間に合わず、その胸当ての下からはみ出しているだらしのない腹部にその蹴りを受け、後方へと吹き飛ばされた。
彼女は躊躇うことなくそれを追い、アテ達から離れて行った。
「プギィィイイイイイイッ!!??」
親分とはぐれたオーク達が、困惑したような鳴き声を上げる。
この混乱を逃すのはあまりに惜しい。
アテは即座に魔法を構築して連続して撃ち出す。
「【疾風の矢】!」
動きの止まった後方寄りのオーク達に向けて、貫通力の高い風魔法を連射する。
オークの脂は分厚いため、生半可に切っても大して動きを止められない。
それなら多少発動は遅くても、身体に深々と突き立つコッチの方が良い。上手く急所に当たれば儲け物だ。
防陣を組む奴隷達も、盾を巧みに使ってオークの前進を上手いこと止めている。
アテは彼らを援護するために陣の横へと移動し、横合いからオーク達の脚を狙って無数の風の刃を解き放つ。
「【風の刃】!!」
どうやらアテの閃きは上手くいったようだ。
足首やら脹脛やら、運の無いオークなんかは膝裏の腱を切り裂かれた者もいて、突然の横撃の痛みで戦線が崩れる。
「今! やって!!」
思わず大声で、本職の【戦闘部】の奴隷達に指示を出してしまった。しかし彼らは嫌な顔一つせずに、手に持った剣を前列のオークの急所に叩き込んだ。
最初の突撃で二匹、今ので三匹。
コレで数の上では互角になった。
アテは移動速度を上げ、オークの視界から外れるように動き続ける。
少しでもアテから注意が外れれば即座に魔法を放ち、魔力温存のためにも初級の風の刃で何とか立ち回る。
そして先程のやり直しのようにみんなの盾に阻まれ、アテの援護で注意が逸れた好きに急所に一撃を浴びる。
あと、一匹……!
「ブゴォオアアアアアッッ!!」
仲間を殺られて怒ったのか、最後の一匹が雄叫びを上げる。
アテと同じく実戦経験の浅い戦闘奴隷達は、その咆哮に一瞬身を竦ませてしまった。
マズイ――――ッ!
アテは詠唱していた【風の刃】を中断し、開戦から行使していた【疾風】の術式にその分の魔力を流し込む。
アテの身体は、更に加速する。
戦闘奴隷達にオークの注意が向いていたのと、【暗殺者】の職業技能[気配遮断]のお陰で気付かれることなく、アテが一心不乱に突き出した短剣はオークの首を貫いていた。
これで……討伐完了なの……?
「見事だアニータ!」
突然背後から掛けられた声に、心の臓が口から飛び出そうになる。
アテは慌ててその場を飛び退いて、その声の主に振り返り、短剣を構える。
「だが最後の一匹を倒して気を抜いたな? そこは減点だ。」
そこに立っていたのは、先程別れたミリアーナ部長だった。
右手でオークジェネラルの死骸を引き摺って、不敵な笑みを浮かべてコチラを見ている。
「わざわざ気配を殺して近付くなんて、タチが悪い。ご主人に言い付けてやる。」
「なっ、それは止せ!? 分かった! 次に活かせばそれで良いから、告げ口は止めろ!?」
「どうしようか。アテはとてもビックリした。」
「済まなかった! 訓練以外ではもうしないから、許してくれ!?」
慌てるミリアーナ部長の姿が可笑しくて、思わず吹き出してしまった。
よく見ると一緒に戦った戦闘奴隷達も笑っている。
こういうのも……悪くないかもしれない。
初めてモンスターと正面から戦ったけど、こうして助け合い、庇い合える仲間と一緒に戦うなんて、まるでアテも冒険者になったみたいだ。
「おい、約束だぞ!? お嬢様には告げ口するなよ!?」
「さて、どうしようかな。」
こうして無事にお嬢様……ご主人を、アテは初めてのマトモな戦闘で守りきる事ができた。
「みんな、大丈夫!? 怪我してないッ!?」
馬車にみんなで近付くと、ご主人が飛び出して来てそう叫んだ。
アテ達は奴隷なのに。
本当に、アテのご主人は変わってる。
少し長くなりましたが、如何でしたか?
「面白い」
「続きが気になる」
「アニータかわいい!」
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