第38話 マリアはホワイト精神に則る!
いつもお読み下さり、ありがとうございます!
「なるほど……銅で造られた調理器具には、そのような利点があるのですね……!」
「そうなの。熱は均一に広がるし、焼きムラが出来なくなるよ。もしムスタファが料理の見映えも気にしているなら、職人さんに相談してみたら良いんじゃないかな? その分お手入れには注意が必要だけどね。」
「それは是非、試してみたいです! それで会長サマ? そのように新たな発想を教えて下さったという事は、何かワタシに作ってほしい料理があるんですか?」
「流石はムスタファ! 良く分かってるじゃないの!」
あたしマリア。
奴隷商会【ワーグナー商会】の会長をやっているよ。
あたしは現在新たに商会内に設立して、軌道に乗り始めた【調理部】にお邪魔しているの。
そしてその【調理部】の部長として腕を揮ってくれている彼……彼女ムスタファに、入れ知恵をしているところ。
「会長サマは、今は亡き奥様にお料理を習っていたと聞いています。奥様も時々、ワタシ達奴隷の指導をされる時に、その様子をお話してくれましたよ。」
「お母さんがそんな話を……?」
「ええ。それはもう楽しそうに、嬉しそうに。以前でしたらワタシ達奴隷の前で笑顔を見せるなんて事、ありませんでしたから。」
あたしの今は亡き母であるジョアーナは、料理がとても上手だった。
普段はおっとりホンワカしてるんだけど、台所に立った時はまるで人が変わったように手際良く調理して、いつもあたしやスティーブのお腹を幸せで満たしてくれた。
そんな彼女は奴隷達の料理にも指導を行っていたらしいけど、あたしはその現場を見た事が無いんだよね。
多分、料理人の朝は早いとか、そういう理由で。
「そっかぁ。またお休みの時にでも、お母さんのお話聞かせてね!」
「ええ、もちろんです会長サマ。」
胸元に咲く薔薇の花籠の刺繍の前で手を合わせて、ニッコリと微笑んでくれる漢女ムスタファ。
あたしはそんな彼女に、ゴニョゴニョと依頼を伝えたのだった。
◇
「ねえ、カトレア。」
「なんでしょうか、マリア会長?」
執務室兼あたしの私室で、カトレアが持って来た書類を捌きながら、あたしはその書類を整理してくれている彼女に声を掛ける。
カトレアは作業の手を一旦止めてから、あたしに向き直った。
「この世界……だと広過ぎるか。この国って、休暇ってどうなってるの?」
「どうなってる……と言われましても、それだと要点を掴みかねます。何についてどうと?」
本日もデキル女代表のカトレアは、片眼鏡を胸ポケットに仕舞いながら、書類を一旦脇に置いた。
真面目な話だと思ってくれたみたいだね。
「いや、みんな働き過ぎじゃないかな……ってさ。朝は早ければ日の出前からで、そのまま夕暮れ時まででしょ? それが世間では、ほぼ毎日なんだよね?」
「農家などは雨降りの日は畑に出ませんけどね。ですが大抵は、家の中でできる作業をしているでしょう。そうですね、ほとんどの人は、ほぼ毎日休み無しで働いています。」
「それってどうなのかなぁって。」
「はぁ…………?」
あたしの発言に対して、この世界の記憶しか持たないカトレアは首を傾げる。
そうだよねぇ。
それが当たり前の世の中で生きてきたら、不思議とも何とも思わないよねぇ。
「例えばだけど、ウチの【戦闘部】に義務付けてるお休みの規定、分かるよね?」
「はい。依頼を達成し帰還したら、次の日は丸一日休養に充てる、というものですね。」
「そうそれ。どうしてか、理由は?」
「ミリアーナ部長の言では、『休むのも仕事の内』と。良く分かりませんが……」
ミリアーナさん、要約し過ぎなんですけどぉ!?
「はぁ……! うん、そうなんだけどね。要はあたしは、適度な休養は仕事の効率を上げるし、そもそも疲労を溜めた状態で良い仕事も何も無いでしょってコトを言いたいの。」
「……なるほど。続きをお聞かせください。」
「本音を言えばね、あたしはみんなに無理をしてほしくない。でもそれじゃお仕事にならないから、せめてしっかりとしたお休みの日と、定まった労働時間っていうモノを作りたいの。」
「それはまた……大胆な発想かと思います。特に我等がワーグナー商会の主要労働力は奴隷達です。奴隷とはそもそもとして、借金や生活の担保に労働力を差し出す身分です。そのように厚遇しては世間から観れば異端と映りますよ?」
「じゃあ休みも無しに馬車馬の如く働くのが、人間の正しい姿なの?」
「っ!?」
あたしの言葉に目を見開き、言葉に詰まるカトレア。
あたしが嫌う俗物な貴族とは違って彼女は真摯に働いているから、労働に対する意識は高い。
けどそれは、労働者の目線に立っているとは言えないんだよね。
「キツい言葉になってごめんねカトレア。けどあたしは訊きたいの。貴女は仕事のために生きているの? それとも、生きるために仕事をしているの?」
「…………後者です。」
「そうだよね? 仕事とはあくまで、生きる糧を得るための手段なの。糧が地位や名声だと言う人も居るし、ひたすらお金を得るために働く人も居る。仕事に向ける目的意識は人それぞれだけれど、あくまでも動機は自分のためでしょう?」
「はい。」
「手段と目的をひっくり返しちゃダメなんだよ。仕事のために生きるなんて、そんなの人とは言えないでしょ? そんなのは、家畜と何も変わらない。」
こんな過激な事を言っちゃうと色々物議を醸しそうだけど、少なくともコレが、前世の日本で社畜として酷使された、挙句死んだあたしの譲れない一線なの。
あと家畜さん達にはいつも感謝してます! あなた達の命のおかげであたしは今日も元気に生きています!! ごちそうさまです!!
「ですが……彼等は奴隷ですよ?」
「奴隷だから何? 同じ人間……ヒト族でしょう? 同じようにモノを考え、同じようにモノを食べ、同じように眠り、同じように怒り、悲しみ、笑い、喜ぶ同じヒトだよ。それに――――」
あたしはその狡い考えを口にする前に、一度言葉を切る。
ごめんねカトレア。別に貴女を責めるつもりは無いんだ。
貴女だって偶々貴族の家に産まれただけで、それが当たり前として生きてきただけなんだからね。
けど、俺は。
「あたし達の住むフォーブナイト帝国は、奴隷制度を法律で認めてるよね? 法の下で奴隷をヒトとして守っているよね? なら扱いもヒトと同じにするのが、それこそヒトの道理ってものじゃない?」
帝国貴族の令嬢であるカトレアにこんな事を言うなんて、酷い人間だよな俺も。
別に彼女が法律を考えたワケでも布いたワケでもないのにさ。
カトレアは暫し口を噤み、考えを巡らせているようだ。
当然だろう。
俺は今まで当然と思ってきた彼女の常識を、ブチ壊そうとしているんだから。
「……非常に、過激な思想と解釈だと思います。ともすれば奴隷制度に反発……いえ、国の法律や慣習に反旗を翻していると受け取られても、否定は難しいですよ?」
彼女は優秀な部下として、ワーグナー商会の【総務部】の部長として組織の根幹を掌握している。
しかもそれは仮の姿。
本来の彼女の立場は、俺の商会を監視するために領主である大貴族、ムッツァート伯爵から送られて来た監督官だ。
大貴族である伯爵閣下の直属の部下であるカトレアに、こんな内容の話を聞かせるなんて狂気の沙汰だろう。
彼女が一筆認めれば、『危険思想あり』と伯爵に報告すれば一発で我が商会は取り潰しになる。
俺は晴れて、天涯孤独の家なき子デビューを果たすだろう。
だけどさ。
「別に、世間様を変えようだなんて大それた事は考えてないよ。あたしはただ、止むに止まれぬ事情で奴隷に身をやつしたヒト達を、ヒトとして受け入れてあげたいだけ。
他所で仕事のために生かされている奴隷達に、生きる手段としての仕事と教育を与える、受け皿になりたいの。そんな風に、この商会を変えていきたいの。彼等がヒトとして生きられるように、ね。」
「……労働の概念を、この商会では根本から変える……と?」
「そう。手始めに組織の構造を抜本的に改革した。各部署での奴隷達の成長具合は、カトレアも知っての通りだよね?」
「はい、どれも目覚しい成果だと思います。奴隷の適性に見合った分野で、その一線級の者達から専門的に知識と技術を伝授される。人材の豊富さでいえば、この商会は下手な貴族家をも凌駕しています。」
「ありがと。それで次に取り掛かりたいのは、定まった休養なの。カトレアだって、領城で働いていた時は一度は思ったんじゃない? 『あーあ、偶には休みたいな』って。」
「……無かったと言えば、嘘になります。」
だよね。それが当然なんだよ。
ヒトってのは働き続けられるようになんか、できていないんだよ。
「仕事が仕事だからね。週の決まった日を休みにって訳にはいかないのは理解してる。だからローテーションを組むの。理想は週休二日制だね。」
「週七日の内、二日も休ませるのですか!?」
「連休ってのは難しいだろうけどね。それも各部署で折り合いを着けてシフトを組んでもらう事になると思う。休みの日の使い方は基本的に自由だから、奴隷達だって申請さえ出せば、自由に街を散策したっていい。まあ街の人や店との兼ね合いもあるだろうけど、それは追々ね。」
「……冒険者活動をする【戦闘部】などは、依頼によっては長期の拘束期間が発生します。そこはどうするのですか?」
「【戦闘部】は基本的には、依頼から帰ったその日と翌日を休養日とする。依頼を受注したその日も、準備に当てて残った時間は自由。長期間の依頼の場合は掛かった日数中の休日に該当する日数を、後に繰り越して振り替えるつもり。経費なんかは従来通りね。」
「また複雑な計算が必要とされますね。」
「まあ最初の内はね。その内当たり前になってくると思う。現在が当たり前なようにね。」
あたしは肩を竦めて、椅子から床へと降りて背筋を伸ばす。
「お疲れですか……? マリア会長とお話をしていると、まだ12歳の子供である事をいつも忘れてしまいます。大丈夫ですか?」
それを見たカトレアが心配してくれる。
このクールなキャリアウーマンのような女性は、冷静さから冷たい印象を受けがちだけれど、こうして心配りをしてくれる、とても優しい女性だ。
「ありがとねカトレア。いくら伯爵閣下の命令とはいえ、こんなちんちくりんにいつも付き合ってくれて。茶化さないで真剣に話を聞いてくれて、凄く感謝してる。」
「まあ最初は12歳の子供が商会長などと、性質の悪い悪趣味な冗談だと思っていましたけどね。ですがマリア会長の発想や人徳、その手腕を観てからは思い直しましたよ。それにあの伯爵閣下が認めたのですから、そうご自分を卑下なさらずに。少し休憩にしましょう。」
「ええー? まだ書類たくさん残ってるのにー?」
「“適度な休養は仕事の効率を上げる”と、そう会長は仰いましたよ?」
「あー、やられたー!」
「ふふ。」
あっ、カトレアが声を出して笑った!?
初めて見た!!
「カトレアって、いつも美人だけど笑うともっと美人だね!」
「お上手ですね、マリア会長。褒めても書類は減りませんよ?」
「その考えは無かった!? ねぇ〜カトレアぁ〜?」
「ダメです。お茶をしたら、また書類仕事ですよ。わたくしもお手伝いしますから。」
「ちぇー。あ、でもカトレア。さっきのは冗談でもお世辞でもないからね?」
「…………ええ。分かっていますよ、マリア会長。」
そうしてあたしは、カトレアとお茶をするために食堂へと向かった。
ムスタファは居るかな? それとも金物屋に銅製の調理器具の相談に行っちゃってるかな?
ムスタファもだんだんと自分の個性を周りにも見せるようになってきてて、【調理部】では既に受け入れられてるからね。
伸び伸びと仕事をしてもらって、美味しい料理をたくさん作ってもらいたいね。
食堂に着いたあたし達は、お茶とお茶菓子をお願いして隣り合わせで席に着く。
おおう……!
カトレアさん……! いつも正面ばかり観てたから気付かなかったけど、結構大胆なスリット入ってるのね、そのスカート。
女性の着席の所作はあたしも習ったけど、座ったら脚を少し斜めにするのね。
で、そうすると太腿くらいまで入ったスリットから、その見事な脚線美が覗いて……!
イイネ!!
「どうかしましたか、マリア会長?」
「う、ううん! カトレアは顔もだけど脚もキレイだなーってっ。」
焦るなあたし! 焦ると逆に怪しいぞ!
あたしは女の子なんだから大丈夫! セクハラちゃうもん!!
「本当にお上手ですね。ですが書類は減らしません。」
「お世辞じゃないのになー。」
そんな感じで、あたしは【調理部】の奴隷が持って来てくれた紅茶とお茶菓子を、カトレアと一緒に楽しんだの。
なんだか今日だけで、随分とカトレアと仲良くなれた気がするのは、あたしの自惚れかな?
あたしマリア。
前世でブラック企業の社畜だったあたしは、今世で自分の商会を持つことになったの。
そこは普通の従業員だけでなく、奴隷も働く商会なの。
だけどあたしは、奴隷だからって酷使したりなんかしない。
あたしが憧れ夢見た、そして見る事が叶わなかったその名もホワイト企業。
そんな従業員にも奴隷にも過ごし易く働き易い環境を整えるため、あたしは組織改革を更に推し進めていくよ!
目指すはホワイト商会だ!!
…………あ、有給休暇のことさっき話すの忘れてた!
カトレアさん……ただでさえ常識外れな話をしたばかりなのに、驚かないかな……?
休んでも給金が出る仕組みなんて聞いて、怒らないよね……?
あとできれば長期休暇とか…………ハッ!? カトレアさんが片眼鏡を装備した!?
コレは、優しいカトレアモード終了のお知らせなの!?
今回はカトレアさんと仲良く(?)なりましたね!
そして週休二日制の導入を提案しました!
果たして奴隷達は二日お休みを貰えるのか!?
有休や長期休暇はどうなるのか!?
全てはカトレアさんの機嫌次第かも……?(笑)
「面白い」「次はどうなる」と思われましたら、ページ下部の☆から高評価や、ブックマークをお願いします!
励みになりますので、感想やレビューもドシドシお送りくださいませ!
これからも頑張って更新していきますので、応援よろしくお願いします!
m(*_ _)m