第37話 マリアは【調理部】を設立する!
いつもお読み下さり、ありがとうございます!
「よく来たね、ムスタファ。」
あたしの執務机の向こう側に、椅子に座った大柄な、筋骨隆々とした如何にも『ひと狩りいこうぜ!』とでも言いそうな偉丈夫が、そのはち切れんばかりのKINNIKUを圧縮するように、縮こまっている。
まあそれも無理ないかも?
何しろこの場には会長のあたしを始めとして、商会の各部署の部長達が揃い踏みで、興味津々で部屋の真ん中に居るムスタファを眺めているんだからね。
【戦闘部】部長のミリアーナ。
【情報部】部長のアンドレ。
【侍従部】部長のバネッサ。
【研究部】部長のルーチェ。
【総務部】部長のカトレア。
今在る五つの部署を統括する立場の人間が、あたしとムスタファが対面で向かい合っている横、壁際に並べた椅子に座って、面談の様子を見守っているのだ。
「あー、午前にも言ったけどさ、そんなに緊張しなくても良いよ。」
「は、はいっ……!」
ダメだこりゃ。
いくら奴隷身分から解放し、今この場に居るみんなと肩を並べる新たな部長に就任させると言っても…………これじゃ圧迫面接だよねッ!!??
「……はぁ。各部長にお願いがあります。」
「はい。どういたしましたか、マリア会長。」
あたしの言葉に、代表してバネッサが起立して返事をする。
たったそれだけのやり取りと動きだったのに、正面に居るムスタファは肩を震わせて、更に縮こまってしまった。
「バネッサ以外のみんなは、少し外してくれるかな? 今のままじゃムスタファを緊張させるだけだし、少しお喋りしたいの。大丈夫そうとなったら改めて呼ぶから、食堂でお茶でもしててくれるかな?」
そう言ったあたしの提案で一番驚いていたのは、やはり目の前のムスタファだった。
部長のみんなは……
「そうっすねぇ。これじゃ俺らでイジメてるみたいっすもんね。」
苦笑いを顔に浮かべてアンドレが立ち上がる。
「口が過ぎるぞアンドレ。緊張させて済まなかったな、ムスタファ。」
「それじゃせっかくですし、カトレアさんのお話が聞きたいですっ。」
「わ、わたくしのですか? まあ良いですが……それではマリア会長、また後ほど。」
それに続いてミリアーナ、ルーチェ、カトレアが椅子から腰を上げ、ゾロゾロとあたしの私室兼執務室から退室して行った。
ごめんねみんな。
あの様子だと、みんなもムスタファに訊きたい事とか色々あったんだろうけど。
でも何よりもまずは、当のムスタファの緊張を和らげてあげないと。
バネッサを除いた部長達が退室した部屋の中で改めてムスタファと向き合って、その緊張した彼(多分彼女だけど)を観察する。
モスグリーンの髪を男性にしては長めに、耳に被さるくらいに切り揃え、身体付きはさっきも思ったけど戦士のように大柄で筋骨隆々。
身長はこれ、2メートル近くあるよねきっと。
その大きな身体を窮屈そうに白い調理服に押し込んで、椅子の上に縮こまっている。
不安と緊張に揺れる瞳は、髪と同じ濃い黄緑色をしているね。
日焼けが伺える赤土色――赭っていったかな?――の肌に良く映えてるよ。
「さてと。ムスタファ、楽にしていいよ。緊張させちゃってごめんね?」
「い、いえ……! ワ、ワタシなんかのために、気を使ってもらって……っ!」
「いいのいいの。それにあたしも、ムスタファにはお礼言いたかったからね。」
「お、お礼……ですか?」
この反応……よしよし♪
バネッサはあたしのお願い通りに、ちゃんと内緒で手配してくれてたみたいだね♪
「うんっ♪ 実はね、あたしの今日のお昼ご飯で、ムスタファが作ってくれた料理を中心に食べさせてもらったのっ!」
「…………は?」
おおっ! 目が点になるとはこのことか!
ムスタファはキョトンと、まさに目を点にして固まってあたしの顔を見ている。
そしてややあって。
「そ、そそ、そんな、恐れ多いっ!? ワタシなんかのお料理が会長サマのお口に入っていたなんて……ッ!?」
ガタンと椅子から飛び上がり、顔を大きな手で覆いながら狼狽えるムスタファ。
…………ちょっと刺激が強かったかな……?
内向的という評価は、単に自分を押し込めているせいだと思ってたけど……もしかしたら普通に内気なのもあるのかも?
「恐れ多いなんてとんでもないよ。ムスタファ、すっっごく美味しかったよ! あたしなんか幸せ過ぎて、もう満腹のまま寝ちゃいたいくらいだったもん! ごちそうさまでした!」
本当に美味しかったんだよ?
あたしにとって最高の料理は今は亡きジョアーナの手料理だけれど……それは所謂“おふくろの味”ってヤツだもんね。
それを除けば間違いなくムスタファの料理は、あたしが今まで食べてきた料理の中で――前世の記憶も含めて――最高だった。
「ムスタファの愛情と、美味しく食べてほしいっていう手間暇の込められた、最高のお料理でした。それが、あたしの嘘偽り無い本心だよ。」
あたしのその言葉に、ムスタファは手で覆った顔を真っ赤にしながら、涙を浮かべている。
「ムスタファ、もっと自信を持ちなさい。マリア会長はお世辞で身内を褒める事は決してありません。それに貴方の料理の腕は、【侍従部】の部長である私も評価しています。」
「バ、バネッサ部長……?」
「誇りなさいムスタファ。貴方の料理の腕は一流です。部長であるこの私が、自信を持ってそう評します。」
「あたしも太鼓判押しちゃうよっ! ムスタファなら領主様にも……ううん、もしかしたら皇帝陛下にお出しする料理だって作れるかもしれないよっ!」
まあムスタファの適性諸々を知った今では、絶対に手放す気は無いけどね!!
そのためにこうして面談してるんだから!
「会長サマ……バネッサ部長……! あ、ありがとうございますっ! ワタシ……こんな見た目でお料理が大好きで……昔から気味悪がられてて……」
「別に男の料理人なんて、珍しくもなんともないよね? ねぇバネッサ?」
「左様でございますね、マリア会長。むしろ格式高い料理屋や、それこそ貴族家お抱えでしたり王宮料理人などは、男性料理人の方が圧倒的に多数でございます。」
あたしはバネッサと一緒になって、ムスタファの不安を取り除く。
内気な性格もあるだろうけど、それよりも問題なのはこの自己肯定感の低さだと、あたしは思うんだよね。
「でも……ワタシは……!」
「身体は男性だけど、心は女の子なんだよね?」
「ッ!!??」
尚も俯いて涙を零すムスタファに、あたしは決定的な言葉を投げ掛ける。
そのあたしの言葉に身を震わせて、ムスタファは愕然とした顔でこちらを見ている。
赤くなっていたムスタファの顔から、徐々に血の気が引いていく。
「ど、どうして……ソレを…………!?」
「どうだって良いじゃない、ソレはさ。それで、どうなのかな?」
ごめんねムスタファ。
あたしの[人物鑑定]の職業技能の事は、内緒にしないといけないんだ。
この街のギルドマスターとも、今は亡きスティーブとも約束した事だから。
「………………はい……」
うぅ……! 力なく項垂れて、ムスタファが椅子に座ってまた俯いてしまったよ……!
もうちょっとだから! 別にイジメたいワケじゃないんだよっ!
「世間の女の子達のように、可愛い物に興味があるの?」
「……はい。」
「お化粧をしたかったり、女性物の衣服が欲しかったりする?」
「…………はい。」
「その言葉遣いも、無理してるよね?」
「………………はい……」
ああああっ!? そ、そんな落ち込まないで!? ホントに責めてるワケじゃないんだからぁっ!?
「なるほどね、良く分かったよ。バネッサ!」
「はい、マリア会長。」
「例のモノをここに。」
「かしこまりました。」
コレ一度やってみたかったんだよね!
なんか、悪の組織っぽくてカッコよくない!?
って、それどころじゃないけどさ。
あたしはバネッサから例のブツを受け取ると、また椅子に縮こまってしまっているムスタファに歩み寄る。
ミリアーナの時とは違うからね、バネッサも咎める気は無い様子だ。
「ムスタファ、顔を上げて。」
「っ!!」
あたしの言葉に、大きな身体をビクつかせるムスタファ。
まあ顔を上げてと言っても、椅子に座った状態でも立っているあたしよりやや高い位置に顔が在るんだけどね。
「あたしは、ムスタファがどんな個性を持っていたとしても、受け入れます。」
「…………え……?」
あたしがすぐ近くで言った言葉に、ムスタファが恐る恐る、青くした顔を上げる。
あたしのエメラルドグリーンの瞳と、ムスタファのモスグリーンの瞳がしっかりと向き合ったのが分かったので、あたしは言葉を続けた。
「流石に犯罪者のような個性は困るけどね? だけどアナタの個性は、とても優しい個性だと思うの。その優しさが、あのとても美味しい素敵な料理になっているって、そうあたしは思うんだ。」
あの味は、ただレシピ通りに作ったからって出せる味じゃないと思うんだよね。
それこそ血の滲むような努力と、料理に対する情熱と、相手を思い遣る慈しみを、物言わぬ料理が語っていた気がしたんだ。
「自分を隠さなくても良いよ、ムスタファ。少なくともあたしとバネッサは、アナタのその個性を受け入れてる。それに怖いかもしれないけど、他の部長達だってアナタの料理を絶賛してたんだよ?」
後から聞いたけど、バネッサが折角だからと他の部長――あたしと一緒に食べたミリアーナやルーチェじゃなくて、アンドレとカトレアのことね――にもムスタファの料理を食べさせたらしい。
まあ、結果は言わずもがなだよね。
ムスタファの珠玉の料理の品々は、諜報員として各地を転々としてきたアンドレにも、伯爵家に仕えていた貴族令嬢のカトレアにも、大変な好評を博した。
カトレアが目の色を変えてたけど、ダメだからね!?
伯爵家に推挙なんかさせないんだからねっ!?
「かい……ちょう…………!」
「コレはね、ムスタファ。自分の性質に悩みながら苦しみながらも、努力の手を止めなかったアナタに、美味しい料理をありがとうって感謝の気持ちと、これからも美味しい料理を作ってねってお願いの気持ちを届けたくて、バネッサに作ってもらったの。受け取ってくれる?」
そう言ってバネッサから受け取った例のブツを、ムスタファに差し出す。
ムスタファはそれを、おずおずと手に取って広げる。
「こ……コレは………ッ!? 会長サマ……コレを、ワタシに……?」
「うん。受け取って、できれば使ってほしいな。あ、せっかくだし着けてみる?」
「えええっ!? い、今ココでですかぁっ!?」
あたしがムスタファに渡した物。
それは真っ白な新品のエプロンに、同色のレースやフリルをふんだんに配った、大変可愛らしい特製のエプロン。
午前の【侍従部】の視察の後で、パーフェクトメイド様でもあるバネッサに“お願い”して、急遽作ってもらったんだよ。
いやしかしバネッサさん?
コレ……メッチャ細かい刺繍とかもそこかしこに配ってあるけど、そこまで凝ってくれたの!? あ、“ムスタファ”って名前も刺繍してある!?
顔を真っ赤にしながら、ムスタファはおっかなびっくりエプロンを身に着ける。
「ど、ど、どうでしょうか…………?」
恥じらいながらもエプロンを身に着けたムスタファが、乙女チックに裾を引き下げて、モジモジしながらこちらを窺ってくる。
「うん、良いんじゃない? ムスタファかわいいよっ♪」
「良くお似合いですよ、ムスタファ。」
うん。バネッサの裁縫の腕は流石としか言い様がない。
ムスタファの男らしい風貌を中和するレースの配い方も、クドくない程度のフリルの塩梅も、所々に散りばめられた刺繍の陰影も、その全てが“ムスタファという漢女”を、柔らかく引き立てている。
流石はパーフェクトメイドのバネッサ様。
特に胸元にワンポイントで施されている薔薇の花籠の刺繍が秀逸だね。
白い薔薇に囲まれて一輪だけ、真っ赤な薔薇の花が紛れてるの。
ムスタファもそれに気付いたらしくて、キラキラした目でその薔薇の花籠の刺繍を撫でている。
「ムスタファ、気に入ってくれた?」
あたしとバネッサのサプライズプレゼントにウットリとしているムスタファに、あたしはそっと声を掛ける。
「はい……! はいっ! こんなにステキなエプロンなんて、見たことがありませんっ!!」
イイねイイね!
ようやく素が出せてきたじゃん?
「会長サマ……バネッサ部長……! ワタシ、自分のコトを認めてもらえたのって、生まれて初めてで…………ッ!」
「ああ〜、ほらムスタファ! 泣かないのっ。せっかくの新しいエプロンに涙は似合わないよっ!」
「うぅっ、はいいぃぃぃ……ッ!」
◇
こうして我が【ワーグナー商会】に、新たな部署である【調理部】が設立された。
主な業務内容は“料理研究”と“商会員並びに奴隷の食事管理”で、栄えある部長に就任したのは、適性が【料理職人】のムスタファという漢女。
サプライズプレゼントの後の本面談で彼……彼女は、人が変わったようにハキハキと喋り、その本性も存分に披露しちゃってたね。
だけど、再び入室してきたミリアーナ達もむしろ好意的に受け止めてくれてたし、あたしとバネッサがプレゼントしたエプロンも褒めてて、とっても和やかなムードで面談を終える事ができたよ。
その場でムスタファの奴隷契約を解約して、新たに商会の従業員としての雇用契約を締結。
晴れてムスタファは、手に職を持った自由の身へと返り咲いたの。
あ、そうそう。
面談を終えてさあ解散となった時に、ムスタファがね?
「あの、会長サマ……?」
「ん? どうしたのムスタファ? 何か確認したい事でもある?」
おずおずとあたしに声を掛けてくるムスタファに、あたしは首を傾げる。
そんなあたしに、ムスタファは意を決したような真剣な顔で、口を開いた。
「こ、この街の腕の良い仕立て屋さんを教えてくださいっ!」
「……ほぇ?」
思わず間抜けな声を出しちゃったよ。
うん、どうでもいいけどムスタファ。アナタ見た目だけは歴戦の兵って感じだから、そう詰め寄られると怖いんだけど……!
「仕立て屋? どうして? 服が足りてないの?」
不思議に思って訊ねてみると、ムスタファは急にモジモジしだした。
「そ、その……! え、エプロンの仕立てを、お願いしたいんです……!」
「え……? ソレじゃ満足できなかった? 何処か気に入らないトコあった?」
その言葉にプレゼントをした当人であるあたしは大ショック!
何処がいけなかったのか。バネッサの腕に間違いは無かったハズだけど……?
「い、いえッ!! こんなステキなエプロンは、生まれて初めて見ましたッ! とても嬉しいです! だからその……コレと同じモノを何枚も、お店に頼んで用意したいんですッ! ワタシは料理人だから、エプロンはすぐにダメになっちゃいますから……何枚も用意して、いつも着けていたいんです……!」
ムスタファ…………ッ!! アンタって漢女はぁッ!!
「バネッサ!!」
「ハッ!」
あたしはコレは一大事だと、鋭く指示を飛ばす!
「明日朝イチでムスタファを仕立て屋に案内しなさいっ!」
「かしこまりました!」
「カトレア!」
「はい、マリア会長!」
「エプロンの仕立ての費用は、商会で持ちます! 経費から計上して、明日の朝までに用意しなさい!」
「承知しました!」
「アンドレ!」
「へい、お嬢!」
「できるだけ人柄も腕も品質も良い仕立て屋を、この街に拘らなくても良いから近所で探し出して! そしてその詳細をバネッサと擦り合わせて、最高の店を選出しなさいっ!」
「あいよ、お嬢!」
「ルーチェ!」
「はいっ、会長!」
「エプロンを出来るだけ長持ちさせる魔法か薬品を、至急洗い出して! 汚れを弾いたり、解れを防ぐような感じのヤツ!」
「分かりましたっ!」
「ミリアーナ!」
「はい、お嬢様!」
「明日朝イチで馬車を手配しておいて! 護衛は四名選出して、御者も含めて今日は早めに休ませることっ!」
「お任せ下さい、お嬢様!」
「みんないい!? この件は我が商会にとって最優先事項として取り扱います! ムスタファの料理のために!!」
「「「「はいッ!!!」」」」
「え、えっ? えええぇぇ…………?」
てな一幕があったのよねー。
いやあ、ムスタファのオロオロした様子が、観てて可愛かったよ♪
いいムスタファ?
みんな、アナタの事をちゃんと認めてるんだからね?
だから自信を持って、伸び伸びと腕を揮ってほしい。
本格的に【調理部】が稼働するのはきっと、ムスタファのエプロンが出来上がってからになるかな?
その時が今から楽しみだよっ!
さてさて、今作の漢女枠ムスタファを掘り下げてみました!
如何でしたか?
「面白い」
「ムスタファかわいいw」
「みんな食い気www」
そう思われましたら、ページ下部の☆から高評価や、ブックマークをお願いします!
励みになりますので、感想やレビューもドシドシお送りくださいませ!
これからもマリア始め今作のみんなを、応援よろしくお願いします!
m(*_ _)m