第33話 マリアは憂鬱な日を初体験する!
いつもお読み下さり、ありがとうございます!
あたしマリア。奴隷商会【ワーグナー商会】の会長で、まだ12歳の女の子。
一週間と少し前に、この街【アズファラン】のご領主様である伯爵閣下、【クオルーン・ヨウル・“キャスター”・ムッツァート】様との謁見を終えて、帰って来たの。
現在我が商会は、組織改革の真っ最中。
需要が高い【戦闘部】は真っ先に稼働していたけど、他の部署もなんとか体裁を整えつつあるよ。
今は、あまり使う機会の無い客間の一つを潰して会議室を造って、そこで各部署の報告を聞いたり今後の方針を決める会議中なの。
「それでは、各部署の部長より、報告をお願いします。【戦闘部】からお願いします。」
司会進行役は頼れるパーフェクトメイドにしてアタシの補佐、タレ目美人のバネッサさん。
今日も左目の下の泣きボクロが色っぽいよ!
「【戦闘部】部長、ミリアーナです。現在教育中の戦闘奴隷は七名。評価区分は“B-”が一名、“C”が三名、“D”が四名です。受注進行中の任務はありません。本日の予定は午前中は一般業務、午後は調練となっております。」
「奴隷達の体調はどう、ミリアーナ?」
「全員良好です、お嬢様。」
商会の【戦闘部】。
ここでは、主に戦闘能力に秀でた奴隷――俗に戦闘奴隷と云われてるね――の教育と研修、そして訓練を行っている。
主な業務内容は商会の警備と従業員の護衛、それと“研修”という名の冒険者活動だね。
“研修”にはミリアーナを筆頭に、我が商会の熟練者と二人組以上のパーティーとして任務を熟してもらっている。
ついでに冒険者ギルドへの売り込みも、その際にやってもらってるよ。
『臨時パーティーメンバーをお探しでしたら、ワーグナー商会にお問い合わせを!』
てな内容で、言ってみれば営業活動だね。
業務をスムーズに行うために、ミリアーナ部長をリーダーにしたクラン【ワーグナー商会】を、ギルド内で起ち上げてもらってある。
クランっていうのは、謂わば冒険者パーティーの連合みたいなものだね。
ウチは立ち位置が特殊だから違うんだけど、盟主パーティーが依頼を一括受注して傘下のパーティーに割り振るっていうのが、一般的なクランの運営法かな。
まあクランは置いといて、言ってみれば奴隷を戦力として貸し出すレンタル業も、【戦闘部】のお仕事なワケよ。
「報告は以上です。」
「うん。ご苦労さま、ミリアーナ。今日もよろしくね。」
とまあこんな感じで、部長達に毎朝決まった時間に集まってもらって、各部署の現状と予定を報告してもらってるの。
「次は【情報部】より、報告をお願いします。」
「うす。【情報部】部長、アンドレっす。現在諜報員として扱える奴隷は、評価区分“B+”の一名だけっすね。他四名はまだまだ訓練と教育が必要っす。現行中の任務は無いっすけど、午後に“B+”の研修を兼ねて、三日間程出張に出る予定っす。他のは、座学中心で自主訓練の待機っすね。」
「三日間か……ちゃんと出張手当て要請書は提出した?」
「俺は出したっすけど、ソイツはまだっすね。会議が終わったらせっついときます。ああ、奴隷達は皆健康そのものっす。」
諜報員の教育は、ぶっちゃけアンドレ独りが担っている。だからまあ、こうして実地研修で彼が数日間商会を留守にするのは、特に珍しくはない。
「評価“B+”ってことは、一端の諜報員レベルには達してはいるのね? 今回の研修は、最終試験ってところ?」
「そうっすね。この研修で一定以上の成果を挙げれば、評価は“A”に上げても良いでしょうね。」
組織改革に乗り出し、奴隷達のスキルアップに注力し始めてから、初の“A”評価の誕生か。
なんだか、自分の事みたいにワクワクするね。
「分かったよ。出張気を付けて行ってね、アンドレ。」
「お土産買って来るっすよ、お嬢。」
「ほんと? 期待してるからね?」
「ういっす。」
ああそう、あたしの呼び方だけど、好きなように呼んでいい事にしたの。
会長になったからってあたし自身が大きく変われた訳じゃないし、みんなとはこれまで通り、仲良く過ごしたいからね。
それと時間も、手こずったけど日本と同じ呼称に変えさせてもらった。
“剣”と“盾”は“午前”と“午後”に。時間も、0時(12時)から11時までと数字表記にした。
暗号みたいになって商会の機密保持にも役立つし、何よりあたしが使い辛い。
この世界で12年生きてきて、ある程度は慣れたけどさ、未だに頭の中で『えーっと、“盾”が午後で、“芽の刻”が3時ね』なんて変換作業をしてるんだもの。
なので商会内と外での商会の所属員同士のやり取りは、全て日本の時刻表記だよ。
「では【侍従部】から報告でございます。家事、炊事、家計の三部門総てでの高評価者は、残念ながら未だ育成できておりません。しかし部門毎でございましたら、家事部門では“A”が二人。炊事部門で“A+”が一人、“B”が二人。家計部門では“B+”が一人居ります。」
「うーん、やっぱり【侍従部】は範囲が広いから、バネッサの負担が大きいね。炊事部門を切り離して、【調理部】でも創ろうかな……?」
「それは良いお考えでございます、マリア会長。【調理部】として独立するのであれば、買い出し等の予算の相談を【侍従部】にお寄せくだされば、良い研修となります。また実際に商会の食事も任せられれば、良家で働く上での格好の修練となりましょう。」
「なるほど。それじゃあそういう方向で調整しよっか。後で【総務部】とも話し合って決めましょう。」
「承知致しました。それとでございますが、各員とも、体調は良好でございます。報告は以上でございます。」
「うん。ありがとね、バネッサ。」
バネッサの報告の後は、【研究部】だったかな?
この部署は主に魔法と薬学の研究を担う部署で、魔導士や錬金術士が多く在籍する事になる。
その部長は……
「【研究部】部長、ルーチェですっ。まず魔法研究ですが、わたしが提唱した“魔力枯渇による魔力量上限の増加法”を、仮称ですが“枯渇式”として魔導士の奴隷さん達に試してもらっていますっ。結果は今のところ好調ですが、増加量にも個人差が有りますので、現在はその法則性を探っていますっ。」
“枯渇式”ねぇ。分かり易くて良いんじゃない?
その方法は、あたしも夜寝る前に一日の締め括りとしてやってるよ。まあコレも元々はルーチェに教わったんだけど。
魔力は多ければ多いほど、いざという時に心強いからね。
「後は薬学研究ですが、課長が気になる事を言っていまして。“B-”評価の錬金術士が、新たなポーションの調合法を発見したそうです。従来品と同じ効果で、原価がグッと抑えられるレシピだそうで、現在はそちらの立証実験を集中して行っています。」
「つまり、今より安価なポーションが作れるかもしれないってこと?」
「はいっ。これが成功してワーグナー商会で取り扱えば、かなりの利益が見込めるかと思いますっ。」
うーん、そうは言ってもねぇ……
「ポーション類の流通は、錬金術ギルドが一手に管理してるでしょ? 彼等を無視して新ポーション販売なんてしたら、厄介な事になるんじゃないかな?」
「あー、そ、そうですねっ。すみませんっ、出過ぎた真似をしました……!」
「いやいや、謝らなくていいから!? 安価なポーションが出来るのは素晴らしい事だと思うし、そのまま研究を続けてちょうだい。流通に関しては、【総務部】とあたしで何とか考えてみるから。その研究、成功すると良いね!」
「は、はいっ! ありがとうございますっ! それから、皆さん元気に働いていますっ。」
「ありがと、ルーチェ。みんなにもよろしくね。」
さて、現在稼働に漕ぎ着けた部署はこれで全部か。
あとは……
「マリア会長。【総務部】部長、カトレアから報告します。まずは会計報告からですが、改革途上の現状人件費等を込みますと、収益は先月比より大幅に下降しています。今月度決算は、出納比では赤字です。」
「例の一連の騒ぎで業務が停止した期間があったからね、それはしょうがないよ。各部署の稼働率だって初月度だから今回が基準になるんだし。」
「はい。何れも新体制への移行の影響で、改革前と比べると収益は低下しています。」
「何か意見はある?」
この【カトレア】さんという女性。本来は【カトレア・ストークス男爵令嬢】という、れっきとした貴族の令嬢だ。
実は彼女こそが、我等がご領主様である、ムッツァート伯爵閣下から送られて来た監督官なのよね。
銀に近い綺麗なグレーの髪を長く伸ばしてアップにまとめている、綺麗な顔だけど無表情で、切れ長で鋭い目に片眼鏡が映える、そんな知的美人さんだ。
身長も高く、スラッとしたスレンダーなモデルさんみたいな体型だね。
「そうですね……広告に力を入れては如何でしょう? 冒険者ギルドへの売り込みのように、各部署ともそれぞれの得意分野の職種へと働き掛けるのです。」
「営業、かぁ〜。それにはそれぞれの専門知識も必要になるね。各部署で高水準に達した奴隷に頼んで、【営業部】も起ち上げようかな……?」
「会長、その“エイギョウ”と云うのは、一体……?」
お、食い付いてきたね。
流石は嫁入りもせずにあの伯爵に生え抜かれた才媛だ。伯爵の領城では財務次官を務めていたらしいしね。
「“営業”っていうのは、要は仕事を取って来る事ね。売り込みを掛けるだけじゃなくて、顧客候補と信頼関係を築き上げて、取り引きの窓口をも担う必要が有るよ。それに必要なのは巧みな交渉力と、折れない精神力、それと誠実さだね。どうかな? 部署として、やっていけそうかな?」
「……懸念となるのは、交渉術でしょうね。傭兵や冒険者のような雑な交渉とは、訳が違ってきますから。」
「そうだろうね。そこでだけど、ウチと懇意にしている、領都に在る【カルロス商会】は知ってる?」
「それは勿論。領主である伯爵家の、服飾関連の御用商会ですよね?」
「そう。そこに、交渉術の講師として、人の派遣を依頼してみようかなって。先代会長……父スティーブが、折に触れてその商会と交流をしていたからね。貸し借りを言うのはあまり本意じゃないけど、協力は頼めると思うの。」
「なるほど。伯爵家とも交流のある一流の商人から、交渉術を学ぶという事ですか。良い考えかと思います。」
「ありがと。そしたらその方向で考えてみようかな。【営業部】の起ち上げは、各部署から営業に向いていそうな人材を優先的に教育して、更に講師に交渉術を教わってから。それから本格的に始動します。」
「承知しました、マリア会長。」
「資金の残りは? まだ大丈夫そう?」
「はい。各部署の報告から推測し、更に講師に支払う賃金を加味して【営業部】の発足から実際に仕事を回し始めるまで、凡そ一年は掛からないと思われます。資金は現行のままだとしても、あと二年は賄えるほどに残っています。」
「なら良かった。人件費と福利厚生だけは、ケチらずにしっかりとカバーしてね。そのための資金なんだから。」
「承知しています。お任せください。」
「それじゃあ、今日はこんなところかな? みんな、長い時間引き止めちゃってごめんね。無理せずに、協力し合える部分は声を掛け合って協力して、業務を行ってください。それじゃ、解散しますっ!」
この部長以上を集めた定時会議は、毎日午前の9時から行っている。
変わりが無ければ大体30分くらいで終わるように進めてるけど、何しろ我が商会は組織改革の真っ最中。
今日みたいに、改善点が見付かればその場である程度意見を出し合って、形を定めないといけないので、実際はマチマチになっちゃうよね。
まああたしの商会なんだから、面倒臭いとかは言ってられないけどさ。
さて。トイレでも行って、一休みしようかなぁ。
そう思って資料を纏めてから、席を立とうとしたんだけど……
「あ、あれ……?」
視界が揺れて頭がグルンとする。
え、立ち眩み……!?
立ち上がり掛けたけど、思わず床にしゃがみ込む。
いきなりなんだろう……? それに心做しか、お腹が痛くなってきた…………?
「マリア会長!?」
「お嬢様!? どうしたのですかッ!?」
あ、あ、ヤバイ何コレ!? イタッ、イタタタ……ッ!?
お、お腹が痛いいいいぃぃぃ〜〜ッ!?
「か、会長っ!? お、お顔が真っ青ですよぉっ!?」
「る、ルーチェ、みんな……お、おなかいたい……!」
「マリア会長、お腹のどの辺りが痛みますか!? どのような痛みか、説明できますか!?」
突然の腹痛に、あたしはへたり込んだままで。
真剣な顔で質問してくるバネッサになんとか顔を向けて、息も絶え絶えで口を開く。
「お、お腹の、下のこのへん……! なんか悪寒がして気持ち悪いし、お腹壊した時みたいにツンとするかん――――っ!? イタッ!? いたたたッ……!?」
「ツンとする感じですか。お腹の、下腹部の辺りですね!?」
「う、うん……! それになんか、お腹の中から殴られてるような……」
「……マリア会長、吐き気はございますか?」
「うん、ちょっと……ば、バネッサ……? コレ、何かの病気……?」
「いえ、少々此処では。ミリアーナ、マリア会長をすぐ近くの客間のベッドに寝かせて差し上げてください。ルーチェは清潔な布巾を多めに用意してください。私は少し用意する物がございますので、横になってお待ちくださいませ。」
そうしてバネッサの指示によりみんなが動いて、あたしは会議室の向かいにある客間へと連れ込まれ(ミリアーナにお姫様抱っこされちゃった!)て、ベッドに横にしてもらった。
「お嬢様、まだ痛みますか……?」
「う、うん……ミリアーナ、心配掛けて、ごめんね……?」
ホントにごめんよぉ! お願いだからそんな悲しそうな顔しないでぇ〜っていたたたた……ッ!?
「会長っ! 綺麗な布巾をありったけ貰ってきましたっ!」
ちょ、ルーチェさんや、お、大声出さないでぇ……あたた……!
「ルーチェ、お静かに。マリア会長のお身体に障ります。布巾を少し頂きますよ。」
布巾を腕いっぱいに抱え込んだルーチェの後ろから、バネッサが現れる。
バネッサは手に布巾を取ると音も無くあたしに近付き、そして。
「マリア会長、失礼致します。」
徐に、あたしのスカートを捲ったのだ。
◇
「そっかぁ……こんなに辛いんだね……」
その日の夜。
諸々の処置を終えたあたしは、再びミリアーナに(お姫様抱っこで!)連れられて、自室のベッドへと入っていた。
今日は安静に過ごすようにとバネッサに注意を受けて、午前の会議が終わって処置を終えてから、ずーっとベッドでゴロゴロしてる。
「でもこんなに何もしないでいるのも、凄く久々だなぁ……」
思えば産まれてすぐに、アレをしようコレをしようと動き回っていた気がする。
まあそれは、あたしの中身がとっくに成人済みの日本人男性である、【八城要】だからなんだけどね。
「はぁ……[人物鑑定]。」
あたしは自分の手に向かって、職業技能である[人物鑑定]を行使する。
名前:マリア 年齢:12 性別:女
職業:奴隷商 適性:社長 魔法:無・浄化
体調:月経中 能力:C+ 潜在力:S
うん、遂に来たかって感じ。
中身は男だし、もしかしたら無いかなーとか、期待していた時期があたしにもありました!
来ちゃいましたよ、毎月の女子の試練……“あの日”がッ!!!
あたし、奴隷商会の会長、マリア。
12歳の女の子だけど、こう見えて頼れる仲間や部下が、沢山居るの。
そんなあたしは、生まれてから12年経った今日。
“女の子の日”を、初体験しました……!
うぅ……お腹まだ痛いよぅ……!
はい。マリアちゃん、遂に味わいましたね。
ともあれ、商会の改革は順調なようです。
如何でしたか?
「面白い」
「続きが気になる」
「マリアちゃん、ゆっくりしなさい」
そう思われましたら、ページ下部の☆から高評価や、ブックマークをお願いします!
励みになりますので、感想やレビューもお待ちしております!
今日だけで新作のネタが二つも浮かんでしまって辛いです(笑)
ですがこの作品を楽しみにして下さっている、読者様のためにも、しっかりと書き続けて参りますので、変わらぬ応援を、よろしくお願いします!
m(*_ _)m