第30話 マリアは伯爵閣下の庇護を得る!
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あたし達の領主である伯爵閣下――【クオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート】様との謁見から三日が経った。
あたしはその間、我が生家の在る街では中々楽しむことの出来ない、市街の散策というモノを満喫していた。
アズファランの街だと、あたしが奴隷商の娘と知られると露骨に煙たがられるからね。
そうでなくても奴隷を連れて歩いていると、良い顔をされないのだし(まあ、それは当然かもしれないけどさ)。
いやー、やっぱり領都ともなると都会って感じがするね!
前世(日本)の感覚に当てはめれば、普通の街で住んでた人が県庁所在地に出て来たようなモノかな。
領主である伯爵様が堅実に治めているってのも大きいだろうけど、人の声や笑顔に、活気が満ち溢れているよ。
うん。あたしは、良い領地で生活しているんだね。
領主がムッツァート伯爵で良かったよ。
そんなムッツァート伯爵だけど、補佐のバネッサや情報通のアンドレによれば、現在は隣接する侯爵領に所属する、セイラム男爵家――我が家の本家に当たる貴族だ――について調べを進めているだろう、って。
「そもそも、今回の自領内の商会継承に敵対派閥の構成員が絡んでいる可能性ありとなれば、たとえ大貴族の伯爵家であろうと、動かざるを得ないでしょう。」
「だよね? いやーアドリブだったけど、閣下が興味を示してくれたから結果オーライよね。」
「本当にお嬢は肝が座ってますねぇ。俺なんかは、その話をバネッサから聞いた時は血の気が引きましたよ……!」
「その通りです、マリア会長。如何に商会を護るためとはいえ、私に相談もなく貴族同士の権力闘争を利用するなど……」
うげ、ヤブヘビだぁ!?
そうなのよ!
あの謁見の後で宿に戻ってから、あたしってばこっぴどくバネッサにお小言を言い続けられたのよね……!
そりゃまあ、貴族の派閥抗争に首を突っ込むなんて、あたしだって嫌だし怖いけどさ!
でもそうでもしないと、あの男爵家なら本当に商会の乗っ取りを画策してそうじゃない……!
「ごめんってば。何度も謝ったでしょう?」
「くくくっ……! 流石のお嬢でも、バネッサには敵わないみたいですね!」
うるさいよアンドレ!
現在あたし達は、なんだか雰囲気の良いオープンテラスのある軽食屋で、お茶を楽しんでいる。
同行メンバーはバネッサとアンドレの2人だけだ。
ミリアーナは宿でヘレナの指導中――護衛任務の実地研修の一環だからね――で、ルーチェは本屋を巡ってもらって、有用な技術書や魔導書が無いか探してもらっている。
というのも、たとえ顔の売れているアズファランの街ではないとはいえ、やはり奴隷商人というのは対外的イメージがよろしくないからだ。
なので、あたしはお供に既に奴隷身分から解放したバネッサとアンドレを連れていて、未だに奴隷のままであるミリアーナとルーチェには、お留守番兼連絡要員として別行動をさせているの。
2人だけどうして解放してないのって?
まあこれには海より深くはないけど、理由があるのよ。
まずルーチェだけど、彼女は一応借金奴隷という身分なのね。
まだ商会に来て日が浅い彼女は、借金も返せていないのに奴隷から解放されるのを良しとしなかったのよ。
だから、せめて借金を返し終えるまでは奴隷のままで居させてほしいと、彼女本人から頼まれたのよね。
あたしとしてはケジメを付けたい彼女の言い分も解るしで、それを許可したってワケ。
で、ミリアーナなんだけど、これは簡単だよ。
家の本家である、男爵家との事が解決してないからだ。
今回の商会の継承騒ぎの根本は、前商会長であるお父さんの突然の不幸によるもの。
そしてその不幸は男爵家との確執が原因だと、あたしは睨んでるの。
確たる証拠は無いにしろ、スティーブの死因は人の襲撃によるものと断定されているし、スティーブと男爵家が揉めた事は事実で。
その揉め事の発端となった女性――【赤光】の二つ名を持つAランク冒険者のミリアーナを護るためには、たとえ奴隷という立場であろうとも、法的に彼女を囲んでおく必要があると考えたの。
もちろんソレも、男爵家との確執に決着が着けば解放する予定ではあるけどね。
本来なら、たとえ疑わしいとはいえ帝国貴族の一角を担う男爵家を、分派した親戚筋とはいえ平民身分のあたし達が疑う事自体が烏滸がましく、不敬極まりない事なんだけど……
だけどそこはそれ。
まず商会の立場的には、法的に認められた公式の奴隷商会だという、社会的信用(あくまで法律上は、だけどさ)を得ている点。
そしてスティーブの事件が起きた場所が、この伯爵領内だという点。
更に犯人として疑わしいのが敵対派閥の貴族で、尚且つ他領の貴族であるという点。
これら三点を鑑みれば、有力な大貴族たるムッツァート伯爵閣下といえども重い腰を上げざるを得ないだろう、と考え付いたワケよ。
だからミリアーナ、もうしばらく我慢しててね。
あたしだってミリアーナと白昼堂々とデートしたいのよぉッ!!
ついでに言えば、もう一つ重大な問題がある。
下手人が男爵家の手の者であろうと、ゴロツキの盗賊であろうと。
奴等は、スティーブ達の所持品を総て持ち去っていたのだ。
その中には、厳しい認可を得た奴隷商人にしか所持を許されない、強力で凶悪な“魔導具”の品々も含まれているんだよ。
プライベートの墓参りにそんなモノ持ち歩くなよとツッコまれればそれまでだけれど、違法奴隷商や違法な奴隷狩りを法律で罰している帝国が。その手足にして耳目たる大貴族の伯爵閣下が、それを見過ごす筈がない。
ワーグナー商会の管理責任も問われるだろうけど、仮に男爵家が商会の乗っ取りを画策しているなら、そしてスティーブの魔導具を持って居ようものなら。
その時は、イコール男爵家の終わりだ。
魔導具の行方は心配の種だけれど、あたしとしてはスティーブの誇りであるそれらが、男爵家のクズ共を叩き落とすための“獅子身中の虫”となる事を期待しちゃっている。
因果応報じゃい、畜生共め。
時刻は“盾の実”の刻(午後1時)過ぎの昼下がり。
茶葉の名産地でもある我等がムッツァート伯爵領の領都の街並みは、香り高い紅茶の湯気で少しだけ、朧気に見えた。
◇
「良くぞ参ったな、スティーブの娘マリアよ。」
「伯爵閣下にご挨拶申し上げます。」
再びの伯爵との謁見だけれど、今回は謁見の間は使わずに、こじんまりと――それでも我が家の応接間よりよっぽど広いけどさ!――した応接室で執り行われた。
短い期間に一度謁見をした事もあってか、馬車の見張りであるヘレナを除いた全員が、室内への立ち入りを許された。
あたしは我が家の面々を後ろに控えさせて、伯爵の勧めに従って対面の席へと腰を下ろした。
「さて。此度は非公式の謁見故、記録には残らん。またマリアよ。お主がその歳らしからぬ非凡な人間である事も、この三日間の調査で充分に把握した。直答を許す故、忌憚のない意見を聞かせるが良い。」
「過分なお言葉、恐れ入ります。」
正直、内心冷や汗が止まらない……!
え、あたしの事までそんな根掘り葉掘り調べたワケ!?
ちょ……! ルーチェの件で悪徳男爵を貶めた事まで把握されてないよね!?
「ではまず、お主の生家であるワーグナー商会と、お主が本家と言うセイラム男爵家の間柄について述べてみよ。」
「はい。我が祖父に当たる、初代会長ワーグナーは、今は現役を退いた前セイラム男爵様と兄弟の間柄です。祖父ワーグナーは実家である男爵家より独立し、このムッツァート伯爵領にて奴隷商会――ワーグナー商会を起業したと、聞き及んでおります。」
「ふむ、相違無いな。そういえば、先の戦役にて男爵家の【聖騎士】が殉職したと報告が上がっておったな。聞けばお主の両親がかのファステヴァン領へと旅立ったのも、その者の墓前に参るためだったとか。」
「はい。男爵家の【聖騎士】アーロン様は、わたくしの父スティーブの実の弟、つまりわたくしの叔父に当たります。【鑑定の儀】の後に養子として男爵家に取り立てられ、家門より輩出されたのです。ファステヴァン領の領都大聖堂にて葬儀が行われたとの一報を受け、両親は墓参りに発ったのです。」
「むぅ。……左様であったか。二親だけでなく叔父御まで亡くしていたとは。済まぬ事を訊いたな。」
「閣下、どうかお気になさらず。」
良かった……!
どうやら本筋から離れた質問はあまり無さそうだよ。
恐らく自分で調べた内容とあたしの供述の擦り合わせだね、これは。
お互いの情報に齟齬や偽りが無いか、有れば問い質すために、わざわざこうまで突っ込んで訊ねてきてるワケだ。
「…………これは、12歳の女児と侮って話す訳ではない。お主を家長たる資格ありと見込んでの問いなのだが。」
「何でございましょうか。」
「お主にとって、本家たるセイラム男爵家の印象を、忌憚なく答えてみよ。私が許す故、不敬も気にせずとも良い。」
「…………」
伯爵のその言葉に、思わず息を飲んだ。
その言葉は、既にあたしを商会の長に据える事を決定しているようなもので。
あたしには伯爵領に根差す商会長としての発言が、求められたようなものなのだから。
あたしは高鳴る鼓動を抑えるように胸に手を置き、一旦目を伏せて深呼吸する。
ここからが正念場だ。
あたしの商会を、従業員や奴隷達を護るために、伯爵からの庇護を与えるという言質を得る。
そのために、下手をすれば内戦の引き金になりかねない“男爵家との問題”を、持ち出したのだから。
「一言で申し上げるなら、“傲慢”と。それに尽きるかと存じます。質問に質問を重ねてしまい恐れ多いですが、かの男爵家の派閥内での身の振り様、伯爵閣下であればご存知の筈です。」
「うむ。爵位こそ男爵位なれど、多くの優秀な人材を輩出し、不相応な程の家格を有していると、聞き及んでいる。」
「はい。そしてそれもまた、父スティーブの不幸の根幹と言える問題であると、わたくしは愚考いたします。」
「…………どういう事だ?」
突然何を言い出すんだって顔だね。
まあ、全然関係なさそうなこの二点が繋がっているとは、部外者のしかも敵対派閥に居る伯爵には、及びもつかない事だろうね。
「父スティーブの弟アーロン様でございますが、申し訳ございません。先程“取り立てられた”と申し上げましたが、正確には“取り上げられた”のです。」
「なんと……!?」
「それだけでなく、我等男爵家の親戚筋に連なる家々は、【鑑定の儀】にて有能な適性持ちが現れる度に、かの男爵家によって子を奪われております。わたくしは父に護られましたが、その旨を通告する前男爵様からのお手紙が、我が家に残されております。」
「それは、合意の元ではないのか?」
「“合意が有ろうと無かろうと”、“何の補償も無く”、でございます。たかだか平民が、貴族である男爵様に逆らえるとお思いでしょうか。」
「むぅ、そのような非道を……!」
「そうした背景が有りながら、再び父スティーブはご隠居様……前セイラム男爵様に逆らいました。そこに控える“【赤光】のミリアーナ”を捧げよと仰った、あの方に。」
「【赤光】の……だと。何処かで見た顔だと思っていたが、かの者があのAランク冒険者であると申すか。」
「はい。その時点で既に彼女は、わたくしが個人的に所有する奴隷となっておりました。アズファランの代官様にも、所有した際に確かに届け出ております。」
「……そうして先の不幸に繋がったと、お主はそう言いたいのだな? 裏で男爵家が糸を引いておると。」
「浅はかな素人考えでございますが、護衛の奴隷達を従えた両親を襲い殺害せしめるなど、他に心に当たる者が居りませんので。」
あたしのその告白は、既に調べを進めていたであろう伯爵をも唸らせてしまう。
顎に拳を当て黙考を始めてしまった伯爵を見詰めながら、あたしはやはり、両親の事を思い浮かべていた。
見るも無惨な姿にされてしまった父母の、その無念を晴らし、その誇りを取り戻す事が、あと少しで叶う。
だというのに高揚は無く、心からの叫びを以て訴え出られないのがもどかしく、また少し悲しかった。
だけど。
「良くぞ話してくれた。お主が語った事柄は、我が名に誓い必ずや詳らかにしよう。正規の奴隷商にのみ扱いを許される魔導具の行方も、明らかにせねばならない故な。見たところ【赤光】のを始め優秀な者を有しているようだが、呉々も早まるでないぞ?」
……どうやら、あたしが齎した情報は伯爵にとって有用であると、そう判断されたようだ。
これで、あたしは新会長としての能力を示せた事になる……かな。
やったよ、お父さん、お母さん。
「ありがとう存じます、伯爵閣下。わたくしは我が商会を護り、益々の発展に寄与する所存でございます。」
「うむ、良くぞ申した。追って正式な沙汰を下す故、別室にて待機せよ。ああそれと。」
うん? まだ何かあるのだろうか?
「お主の商会には、我が配下を一名、監督官として派遣する事となった。これはお主の年齢を鑑みての、特別措置である事、理解せよ。」
「……能力は問題無くとも幼さ故に不安が残る方々を、安心させるためでございますね。謹んでお受け致します。」
「本当に優秀であるな。平民にしておくのが勿体無いぞ。その通りである。あくまでも監察と連絡員としての派遣ではあるが、在任中はお主の手足として使っても構わぬ。どういった人材を求める?」
こちらの希望を聞いてくれるのか。しかも使って良いとか、大盤振る舞い過ぎやしない?
まあコレを逃すと次は無さそうだから、言うだけは言ってみようかな。
「……それでは恐れながら。女性で、且つ財務に明るい人物をお願い致したく存じます。」
「ふむ。理由を訊いても?」
「我が商会は、この機に抜本的な組織改革に乗り出しております。それに際しまして、財務や情勢の知識に秀でた人物が居てくれたら心強いかと。重ねての素人考えをお詫び申し上げます。」
「なるほど。具体的な改革案というのは……訊くだけ野暮であるな。」
「そちらは、折にふれてのご報告にて。是非ともお楽しみにして頂ければ、幸いに存じます。」
「ふは……っ! 男爵家は末恐ろしい敵を作り上げたものだな。同情を禁じ得ぬわ。」
「……勿体無いお言葉に存じます。」
上機嫌で、クオルーン・ヨウル・キャスター・ムッツァート伯爵閣下は退室していった。
◇
伯爵との二回目の謁見のその後。
暫くの待機時間を挟んで、前回の謁見の際に伯爵の補佐をしていた中年のおじさん――【ザムド・オイラス】子爵様という伯爵の親戚らしい――から、改めて我がワーグナー商会の継承の許可が告げられた。
その証文を携え、達成感を胸にあたしは領城を後にした。
あたし、頑張ったよね!? ねッ!?
褒めて! いや、褒めないまでもせめて労ってミリアーナ!!
「お嬢様。そういえば伯爵閣下から、配下の方とのお手合わせを依頼されていたのでは?」
…………そうだったあああああッッ!!??
くっそザムド子爵めぇ!!
なーにが、『其処許さえ良ければ』だよ!?
平民がよっぽどの理由も無しに、貴族の依頼を断れるワケねーだろーがッッ!!??
またまた追って遣いを送るとかさー。
あたしゃァもうお家に帰って、奴隷達と喜びを分かち合いたいってのにー!!
もうっ!
ミリアーナ、手合わせの御前試合だからって、遠慮は無用だからねッ!?
「マリア会長、流石にそれは如何なものかと……」
「そうですぜお嬢。貴族はメンツが命ですからねぇ。」
「うぅ〜ッ! じゃあせめて苦戦を演出して叩きのめして!」
「お嬢様……マリア会長の仰せとあらば、全力で!」
「ミ、ミリィお姉様が本気を出したら観客まで怪我しちゃいますようっ!?」
「ミリアーナ、自重してくださいね?」
「さてな。相手が誰であろうと、侮り力を抑えては帰って非礼に当たるのでな!」
「ちちょ……っ!? ミリアーナ、ゴメン今の無し! ほどほど! ほどほどでお願いしますッ!!??」
焦るあたし、猛るミリアーナ、そして呆れたり慌てたりするみんな。
領都の夕焼けの風景は、一山超えて安心したあたし達の、明るい笑い声で鮮やかに彩られていったよ。
あたしマリア、12歳。
領主である伯爵閣下に認められ、彼の庇護の下ワーグナー商会を継承する許可を頂けました!
伯爵から送られる監督官という不安要素は有るけれど、あの人のお眼鏡に適う人なら、きっと大丈夫よね?
あとは御前試合をしたら、いよいよ我が家へ帰れます!
あ! 留守を任せてるみんなに、お土産買わなきゃ!!!
さてさて!
無事に伯爵様に認めてもらえたマリアちゃん!
これから何が待ち受けているのか……!
如何でしたか?
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あ、【なろうコン】が重複禁止だったので、HJ文庫の方は今作では辞退しました!
もうひとつの私の処女作の方でエントリーしましたので、どうかそちらも併せて応援お願いします!!
((o(。>ω<。)o))