第27話 後を継ぐ少女・マリア
凄く……難産でした……!
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
お父さんとお母さんが、死んだ。
死因は他殺。
調査を進めた結果、隣の領である【ファステヴァン侯爵領】へと向かう最中で、何者か手練の集団に襲撃されたと結論付けられた。
遺体の状態は酷い有様だった。
お父さんの身体は散々に辱められており、四肢の欠落に加え、身元を辿らせないためか、顔も抉られていた。辛うじて遺る衣服から、なんとか判別できたくらいだ。
お母さんの遺体は割と綺麗な状態ではあったけれど……幾度にも繰り返された陵辱の跡があり、その美しかった顔は見るも無惨に切り刻まれていた。
その他に5名、何れも護衛や御者として両親に同行していた、我がワーグナー商会の奴隷たちの遺体も。
男性はズタボロに、女性は辱めの限りを尽くされ、そして奴隷の証である首輪は破壊され持ち去られ、街道外れに打ち捨てられていたそうだ。
身元を示す物品は全て収奪されており、遺体の判別は難航するかに思われていたが、近隣市街の出入場記録や検閲記録を漁り、該当候補の聴き取り調査も行い、そして馬車の形状や特徴を憶えていたアズファランの警備隊隊長――あたしと揉めたアイツだ――へと辿り着き、あたしに確認要請が来たという訳だ。
見間違える筈もない。
父スティーブの、顎に残る剃り残しの無精髭も。
母ジョアーナの、あたしと同じエメラルドグリーンの瞳も。
奴隷たちの、魔導具で浮かび上がらせた所属商会を示す魔力紋も。
ズタボロに壊されていたけど、何度となくあたしを運んだ、乗り慣れた我が家の馬車も。
あたしはそれらの遺体と遺留品とも言えない残骸を総て、一度我が家へと連れて帰った。
お父さん、お母さん。おかえりなさい。
みんなも、お疲れ様。
◇
両親と奴隷たちの遺体を可能な限り清め、注文して届いた七基の棺桶へとようやく安置してあげられたのは、遺体の検分をして次の日に連れ帰って来てから、実に一週間も経ってからだった。
あたしはその間、地下室の遺体が腐敗しないように定期的に清め、奇しくも適性を有していた“浄化魔法”で何度も繰り返し浄化して“不死者化”を防いだ。
氷魔法を使える奴隷たちには大量に氷を生成してもらって、地下室の温度を極限まで低く保ってもらった。
あたしがやる事じゃないと何度もバネッサたちに諌められたけど聴き入れず、あたしが出来ることは全てあたしの手でやった。
葬儀をどうしようかという話になった。
我がアズファランの街には、小規模――アレで小規模らしい――ながらも聖堂が在るので、そこに依頼してはと言われた。
けど、断った。
理由はひとつ。
彼等教会も、あたしたち奴隷商を見下し、蔑んでいるからだ。
あたしはアズファランの冒険者ギルドのギルマス――ハボックさんを頼り、奴隷制度に理解の有る、多神教に属する僧侶へと指名依頼を出した。
我が家で崇める神様は、統一女神教会――通称“イシス教”と呼ばれる一神教だけれど、そこの主神である女神様だけでなく、色々な宗教の神様達にも、両親を見送ってもらいたかったから。
あたしをこの世界に転生させた神様も、もしかしたらその中に居るかもしれないしね。
墓石の搬入は、棺に安置してから更に一週間も後だった。
お母さんの自慢の庭園の、あたしの部屋の窓が見えて表通りからは見えない場所に墓穴をみんなで掘って、依頼した冒険者の僧侶に聖句を読んでもらいながら、両親を土の中へと眠らせた。
我が家に所属する総ての奴隷たちも、涙を流して見送ってくれたよ。
後日再び僧侶の冒険者に依頼して、今度は街の共同墓地に地所を買い、亡くなった5人の奴隷たちも弔った。
この日は、彼らと仲の良かった奴隷たちと一緒に見送った。
スティーブの遺品整理をしていた時、引き出しから日記が出てきた。内容は、ジョアーナとあたしの事ばかり。
良く見れば書棚にも古い日記が順番に並んでいて、あたしが生まれた時からはあたしの事ばっかりになっていて、思わず笑ってしまった。
『マリアがハイハイをした! まだ首が据わったばかりなのに! あの子は本当に天才だ!!』
あの頃はとにかく必死だったよね。早く動きたくて、早く周りの様子が見たくてさ。
『マリアがヨナの名前を呼んだ! 僕の名前は呼んでくれなかったけど、あの子は大人の会話もちゃんと理解できている気がする。僕は、また髭を剃り忘れてマリアにイヤと言われてしまった……悲しい……』
あれはスティーブが悪いよ。いつもいつも急に抱き上げては振り回してさ。あたし絶叫系ダメなのにさ。
髭だって何回ジョアーナが注意したと思ってんのさ。
『マリアは、奴隷達が大好きなようだ。暇さえあれば奴隷達の部屋に行き、話をせがんでいる。最近は、特にミリアーナに懐いている。彼女はAランク冒険者で、マリアが好きな冒険の話題を豊富に持っているからだろう。』
『あまり奴隷に感情移入すると別れが辛くなるから注意したけど……うん、分かってるよ。心底からの否定じゃないと分かってるんだけど、やっぱり嫌いと言われるのは辛い……』
そっか……そんな理由があったんだね。ごめんなさいお父さん。良く考えもせずに『嫌い』なんて言ってしまって。
あたしのためを思って言ってくれたんだね。
ありがとう、お父さん。
『7歳になったマリアが【鑑定の儀】を受けた。示された適性は【社長】。聞いた事の無い適性だ。僕はてっきり、僕と同じ【商人】が出るだろうと思っていたから、つい落胆したところをマリアに見せてしまった。あの敏感な子にそんな態度を見せるなんて、何をやっているんだ、僕は……!』
『マリアとの間に溝を感じる。分かっている。悪いのは僕だ。あの子は一生懸命、自身の適性の有用性を示そうと、あれからも努力を続けている。もしかしたら、あの子が言うように凄い適性なのかもしれない。だったら信じ、見守ってあげよう。それがせめてもの、マリアへの償いだから。』
『叔父のセイラム男爵――既に隠居だから前男爵か――から、有能な適性持ちなら寄越せと手紙が来た。弟に会わせてもくれないくせに、よくもヌケヌケと……! たとえマリアが言うように【社長】が凄いモノだとしても、絶対に渡さない! とりあえずは、適当に不遇な適性だったと返事を書いて送ってやった。マリアは、渡さない。』
あの儀式の後で、こんな風に考えて、こんな風に動いていたんだね。
お父さんも悩んでたんだね。自分の事ばっかりで、気付いてあげられなくて、ごめんね。
護ってくれて、見守ってくれて、ありがとう。
『ミリアーナの暴挙は正直看過できない。だけど、マリアが必死に訴えてきたんだ。我儘も言わない、小遣いも要らないし返すからと。不足分は働いて返すから、ミリアーナをくれと言ってきた。正直言葉を失った。僕やヨナの前では常に良い子だったあの子が、あそこまで強く我を通そうとするなんて。』
『マリアの下であの子に仕えたいと、ミリアーナから嘆願された。あの【赤光】のミリアーナが、一生をあの子に捧げるとまで。あの子がどんな話をしたのかは分からないけど、やっぱりあの子には、特別な“何か”があるように思える。見届けてみよう。あの子がこれから何を成すのかを。』
お父さん……!
あの時は、本当にありがとう……! 苦労を掛けて、本当にごめんなさい。
『マリアが、商会で働きたいと言ってきた。僕を説得する大人顔負けの、堂に入ったあの子の顔を思い出すと、今でも鳥肌が立つ。試験をしてみても、あの子は僕を驚かせた。まさか、大の大人でさえも苦労して覚える内容を、あの子は制限時間の半分程で、しかも完璧に答えて見せた。』
『正直楽しみでしょうがない。あの子は、奴隷商という商いを理解した上でやりたいと言ってくれた。たった7歳の女の子が! いくら試験の結果が良くても、僕が首を横に振れば終わりだ。だけど僕は、あの子の目指す未来を見てみたい。そのためならたとえ7歳だろうと、僕は僕の持てる限りの知識と技術を、あの子に伝えるつもりだ。』
『ヨナと話した。彼女も僕と同じように、マリアに負い目を感じていたのには気付いていた。もっと早くに話せば良かったけど、ある意味これは、天啓なのかもしれない。ヨナは、僕と一緒にマリアを導き、見守り、時に助けると言ってくれた。僕一人ではあの子は手に余るかもしれないから、正直ヨナの助力は有り難かった。まあそれは、死ぬまで僕だけの秘密かな。』
そっか。二人で話し合いしたんだね。ごめんね、こんなややこしい子供で……
だけどそっか。二人も歩み寄って、頑張ってくれてたんだね……!
本当に、それが分かって嬉しいよぉ……!
『マリアの発想には、毎度舌を巻く。まだやれる事が少ないからと、ミリアーナを奴隷のまま冒険者に復帰させてしまった。確かにギルド規定には、奴隷は冒険者になれないなんてモノは無い。またミリアーナのやる気も凄まじい。流石元Aランク冒険者といったところで、どんどん稼ぎもランクも上げている。これは、借金の返済なんてすぐじゃないかな。』
『信じられない……! まさか、もう借金を返し終えるなんて! マリアには、商会から見習い賃金だけれどキチンと賃金を払っている。まあ家に居る以上は必要ないから、密かに積み立てて貯めているんだけどね。でもそれと合わせたにしても、ミリアーナが冒険者として稼ぐ額が半端じゃない。あれで二人で割っていると言うのだから、恐れ入るよ。』
『ヨナと、マリアの借金について話し合った。一度受け入れた借金だけれど、それはナシにしようと決めた。マリアがひたすらに、必死に頑張ったご褒美として、今まで商会に納めた額は、そのままあの子の貯蓄として保管しよう。僕が金庫を、ヨナがその鍵をそれぞれ管理して、あの子が独立する時に渡すと決めた。マリア、驚くだろうなぁ。』
お父さんも、お母さんも……娘に甘過ぎだよぉ……!
視界が滲んで、上手く字が追えない。
だけど読みたい。このあたしの会計の目を誤魔化すほど巧妙に、あたしのために骨を折ってくれた、お父さんの想いを知りたい。
『注文していた金庫が届いた。最新式の、鍵とダイヤルロックの、二重式の厳重な物だ。金庫は僕の書斎の執務机の下に、床下に隠そう。鍵はヨナがアクセサリーケースに保管する事になった。ヨナはケースごと全部をマリアにあげるんだって、楽しそうに笑っていた。私には僕との結婚指輪さえ有れば良いって。その後はそんなヨナと、年甲斐もなく熱く、愛し合った。』
『奴隷のバネッサが、相談があると言い出した。マリアのこれまでの努力をずっと目にしてきて、自分も力になりたいと、仕えたいと言ってきた。彼女にはマリアが5歳の頃から、教師としてあの子を導いてもらってきた。そのおかげで今のマリアが在るんだから、僕に断る理由などなく、あの子に伝えると約束した。マリアには、人を惹き付ける力が有るのかもね。』
『ああ……幸せだ……! あの子が、マリアが久し振りに自分から僕に抱き着いてきてくれた! まあバネッサのおかげなんだけどね。バネッサをあの子に譲る話をしたら、あの子ってばそれはもう可愛らしい、天使のような笑顔で飛び付いてきてくれて……! ヨナに嫉妬されたけど、彼女はちょくちょくマリアを抱き締めているのを、僕は知ってるんだからね! 僕がやると嫌がるのに。クッ……! 髭の剃り忘れさえなければ……!』
は、はは……! 何してんのさ、二人とも……!
二人の様子が滲んでボヤける視界に浮かぶ。
ダメ……だよっ、もうっ…………!!
「うっ、ううぅ〜……ッ! おと……うさんっ、おかあさん……ッ! うっ、ううっ! うああああああああぁぁぁーーッッ!!!」
あたしは、お父さんの日記を抱き締めて、二人の顔を思い浮かべて、二人の遺体に対面した時以来久し振りに、大いに泣いた。
あの時に出尽くして枯れたと思っていたのに。
びっくりするほど大量に、次から次へと涙が流れて。
二人の笑顔を、怒り顔を、困り顔を、色んな表情を思い出して。
そしてあたしは独りになったのだと、そう悟った。
父の書斎で泣き腫らした後。
父の机の、日記の入っていた引き出しから、奴隷たちの契約書の束を見付けた。
あたしは奴隷たち全ての契約書を確認した。
契約書の最終更新日は、あたしがこの商会に就職した時……つまり7歳の頃だ。
その全てで、スティーブが死亡した際の奴隷たちの相続人が、母ジョアーナからあたしに変更されていた。
ちゃんと、奴隷たちの署名と拇印も為されている。
あたしは確認を終えたそれらを持って、書斎を後にした。
◇
玄関ロビーに、商会に所属する従業員全員と、全ての奴隷たちに集まってもらった。
あたしの目の前に列を成す奴隷たちは、みんな、不安そうな顔をしていた。
それはそうだろう。商会長が亡くなって、不在なんだから。
そして残されたのは、たった12歳の、こんな少女ただ一人なんだから。
あたしはミリアーナ、バネッサ、ルーチェを引き連れて、その玄関ロビーへと足を踏み入れる。
そんなあたしを見て、奴隷たちみんなが、心配そうな顔をしてくれる。
みんな、本当に良い人たちだよね。
「ワーグナー商会の従業員の皆さん。並びに、所属する奴隷の皆さん。まずは、前会長スティーブに良く仕えてくれた事、深く感謝します。」
深く頭を下げる。
従業員たちからも、奴隷たちからもどよめきが上がる。
あたしは頭を上げて、みんなの顔をぐるりと見回してから、一度深呼吸する。
そして。
「奴隷の皆さんは、前会長スティーブの死を以て、このあたしマリア所有の奴隷となりました。此処に、その旨の契約更新を記した、前会長スティーブと交わした最新の契約書があります。異議のある者は居ますか? 居るのであれば、即刻申し出てください。」
もしコレに不服であるなら、他の商会なりに打診して、所属を変えてやらないといけない。
このあたしが、信用ならないって言うならね。
幸いなことに、異議申し立ては特に挙がらなかったよ。
それを確認したあたしは、威圧的にならないよう気を付けながら、言葉を続ける。
「あたしは。前会長スティーブの娘マリアは、本日を以てこのワーグナー商会を、継承します。これからはあたしが商会長として、皆さんの仕事の斡旋等を管理、指導していきます。不服のある方は居ますか?」
みんなの顔を見回して確認する。
7歳で就職してから共に働いてきた従業員たち。
もっと以前から、奴隷部屋に入り浸っていたあたしを可愛がってくれていた奴隷たち。
みんな強い眼差しで、優しい笑顔で、あたしを真っ直ぐに見返してくれていた。
ミリアーナが、バネッサが、ルーチェがあたしの前に移動して並び、徐に跪いた。
ミリアーナが代表して、そのままの姿勢で口を開く。
「マリアお嬢様……いえ、マリア会長。本日より、我等ワーグナー商会の皆を、よろしくお願い致します。」
「「「「よろしくお願い致します、マリア会長!!」」」」
あたしマリア。12歳の女の子。
両親を喪って、あたしに遺されたのは大きな家と、従業員と、奴隷たち。そして、我らがワーグナー商会。
お父さんはイケメンだけど無精髭が鬱陶しくて、でも真っ直ぐで、そして心の強い人だった。
お母さんは美人で、可愛くて、おっぱいが大きくて、料理が上手で、誰よりも優しく、温かい人だった。
そんな二人の娘であるあたしは、今日からこの奴隷商を継承して、会長になります!!
マリアが商会を継ぎ、これにて章の区切りとなります。
如何でしたか?
作者は、スティーブの日記の辺りでもう限界近かったです……!
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m(*_ _)m