第26話 絶望を知る少女・マリア
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
あたしはマリア、12歳の女の子。
今は両親がお出掛け中で、お家で書類整理をしながらお留守番なの。奴隷商はしばらくの間休業だよ。
まあ、奴隷たちは変わらずに日々の業務を熟しているけどね。
今週頭に家を出て早5日になる両親のお出掛け先は、隣接する侯爵領。
あの日、あたしの“嫌いなものリスト”に堂々のランクインを果たした大叔父――前セイラム男爵の隠居ジジイから、隣り領のファステヴァンブルグの聖堂にて、お父さんの弟さんの葬儀が行われたと、手紙が届いたのだ。
お父さんの弟さん――【アーロン】という名前らしい――は、7歳で受ける【鑑定の儀】で職業適性を【聖騎士】と示され、有能な人材を家門から輩出したいジジイ男爵によって、養子として奪われたの。
そして年月が流れ、数ヶ月前に行われた、あたしたちが住む【フォーブナイト帝国】と東の隣国【タマラン王国】との戦争に参陣して、帰らぬ人となった。
その事を一月前の男爵家の来訪時に突然報されたお父さんは、男爵家を追い返してみんなが寝静まった頃に、一人涙していたらしい(使用人は見た)。
あたしは話した事も会った事もない叔父さんだけれど、お父さんの弟なんだから、きっとイケメンで、優しい人だったんだろうな。
僅か7歳という少年が家族から離され、貴族として騎士として育てられ、政略の駒として身を立てて最期には戦場に散った。
叔父さんの気持ちやそれを喪ったお父さんの想いは、あたしなんかにはとても推し量ることはできやしない。
ただやっぱり、訃報を知った後のお父さんは元気が無く寂しそうだったし、たとえ中身が成人済み日本人男性のあたしであっても、身がつまされる思いだ。
そんな、それこそお通夜のような雰囲気だった我が家にその手紙が届いた次の日……つまり5日前だけど、お父さんは早速とばかりに、お母さんを連れて墓参りへと旅立って行ったってワケよ。
「お嬢様。書類は先程の物で最後でございます。」
「ありがとバネッサ。それじゃ片付けちゃったら休憩にしよっか。今日は2人はお休みだったよね?」
「はい。ミリアーナは裏庭で鍛錬中で、ルーチェは自室で休んで居るようです。」
まったくミリアーナは……休みの日くらいゴロゴロしてたら良いのに。
あたしの補佐をしてくれているバネッサの報告を苦笑しつつ受け取って、残り僅かとなった書類へとペンを走らせる。
あたしは何をしてるかって?
あたしは両親について行くのを辞退して、お父さんの居ない間の商会の細々とした仕事を熟してるの。
文字通りのお留守番だよ。
故人で墓石になってしまったとはいえ、幼い頃に別れた兄弟の折角の再会に、水を差す気にはならなかったのよね。
『お父さんが元気に戻ったら、改めて時間を作って連れて行って、墓前に紹介してね。』
そう頼んだあたしを、お父さんは黙って抱き締めてくれたよ。
奴隷商の商売はお休みでも奴隷たちは生きているし、その管理もあたしたち奴隷商人のお仕事であり、責務だからね。
少ない従業員たちにも折角だからと休暇を言い渡して、羽根を伸ばしてもらっているんだから、あたしがその分働かなきゃね。
「今月の決算の見積もりはこれで……良しと。終わったー!」
「お疲れ様でした、お嬢様。」
ふぃーっ。
商売自体は休みでも、やっぱり経営側はやる事って有るもんなんだねー。
今の時間は……“盾の種”の刻(午後2時)か。
お茶の時間にはまだ早いなぁ。
「バネッサ。いつも通り“盾の芽”の刻にお茶にしましょ。2人もその頃に呼んでくれる? あたしはそれまで、魔法の練習してるから。」
「かしこまりました。溜まっていたお仕事を終えられた御褒美に、本日のお茶菓子は特別な物をお出ししますね。」
「ほんと!? やったぁーッ♪♪」
んもうっ! バネッサ大好き!!
普段はクールで真面目で完璧超人メイドのバネッサだけど、こうやってふとした拍子に甘やかしてくれるの。
もうあたしそのギャップにメロメロですよ。
あれ? あたしご主人様だけど、もしかして良い様に転がされてる?
まあそんなつもりは無いだろうけどさ。
主人の能力を存分に発揮させるのも、有能な部下の手腕ってことよね? そうだよね、バネッサさん……?
「……? お嬢様。私の顔に何か着いておりますか?」
「イイエ、ナンデモゴザイマセン。」
いけない。思わずバネッサの顔を凝視していたよ。
しかしいつ見ても、バネッサは美人さんやねー。
艶やかな水色の髪(この世界って色んな髪色があるのよねー)はアップに纏められ、白い肌の顔には細長く形の良い眉と、柔和そうだけど切れ長のタレ目。左目の下の泣きボクロが色っぽいよね!
薄く紅を引いた厚めの唇もプルンとしてて、キスとかしたら凄く柔らかくて気持ち良さそう……!
「お嬢様……?」
「ハッ……!!」
またもバネッサの大人の魅力に魅入られていたようだ。
あたしは乾いた笑いで誤魔化して、お茶の支度に向かうバネッサを見送った。
◇
“盾の芽”の刻(午後3時)になったので、あたしの部屋のソファセットでお茶会が始まった。
メンバーはいつも通り、あたしの大好きな奴隷たち。
魔法戦士でAランク冒険者の超腕利きで、【赤光】の二つ名を持つ麗しき凛々し美人のミリアーナ。
完璧超人メイドの流し目美人さんで、実は斥候や裏工作も得意なバネッサ。
隠してるけど超希少な【賢者】の適性を持ち、ゆるふわヘアーと薄ら残るソバカスがチャームポイントのルーチェ。
そんな才色兼備で頼りになる3人とあたしは、ローテーブルを囲んでバネッサが用意してくれるお茶菓子を待つ。
「お待たせ致しました。本日のお茶菓子は、季節のフルーツをふんだんに使用した、【キルウェ・ボーン】のフルーツタルトで御座います。」
「おおーッ!!」
「美しい……!」
「ステキ……!」
満を持してクローシュ――料理に被せる金属製の蓋のことだよ――の中から現れたのは、シロップでコーティングされて、まるで色とりどりの宝石のように輝くフルーツ達!
この【キルウェ・ボーン】のフルーツタルトって、予約しないと中々買えない超人気商品なんだよね。
かく言うあたしも、初のご賞味です!!
「切り分けてしまうのが何とも惜しいですが……失礼します。」
そう断って、ワンホールのフルーツタルトを綺麗に八等分してくれるバネッサ。
え? 四等分じゃないのかって?
バカねっ。まず食べて、もう一度今度はじっくりと味わうのよ!
遠慮するにも周りは全員女子!
みんなあたしの味方なのだーッ!
「では、お嬢様。」
「うん!」
全員分を取り分けて、バネッサも席に着いた。
あたしはみんなを見回してから話し始める。
「みんな。お父さんもお母さんも留守だけど、こうしてあたしと一緒にワーグナー商会を守ってくれて、どうもありがとう。今日で、溜まっていたお仕事を全て終えられました! これでいつお父さんたちが帰って来ても、みっともない所を見せなくて済みます!」
あたしの言葉に、3人とも優しく微笑んで拍手してくれる。
うへへ、なんか照れるね……!
「バネッサがそのご褒美にって、こうして人気店のタルトまで買ってきてくれたから、あたしたちだけだけど、ささやかにお祝いしようっ。それじゃ早速……いただきますっ♪」
「「「いただきます。」」」
今日は特別なお菓子だから、茶器や食器まで奮発した物を用意してくれてるね。
銀製の来客用のフォークで、そっと崩れないように、フルーツタルトに刺して切り取る。
一口分切れたそれにもう一度フォークを刺して、ドキドキしながら口に運び、舌に乗せる。
「ンン〜〜〜〜ッ♪♪」
おいひい……おいひいよぉ……!
お仕事頑張ってよかった……!
あたし、生きててシアワセだよぉ……ッ!!
バネッサ、ホントにありがとぉ〜ッ!!
なんだろうね、幸せ味?
口の中でフルーツの色んな甘みや酸味が弾け、それがシロップとカスタードクリームと渾然一体に絡み合い、あたしの脳髄を溶かそうとガツンと甘露をぶち込んでくる……!
「お嬢様、実は私からも贈り物があるんです。」
「わ、わたしからもですっ。」
一瞬――とも思えるくらい夢中――で無くなった一切れ目のタルトの余韻に浸っていると、ミリアーナとルーチェがそんな事を言い出した。
ちなみに、ミリアーナたちもタルトの味に感動したみたいで、一心不乱に無言で食しておりました。余談だけど。
不思議そうな顔をしてたのか、不意打ちに反応できないでいるあたしの顔を見てクスリと微笑んで、ミリアーナが小さな小箱を取り出した。
それは小さくても高級そうな宝箱(ゲームで見るようなヤツだよ!)で、見るとルーチェも、同じような色違いの宝箱を取り出していた。
「え……え? えっ??」
「いつも頑張るお嬢様へ。私を救って下さったお嬢様へ感謝と愛しさを込めて。」
「わたしの心を優しく包み込んで、暗闇から掬い上げてくれました。その感謝と、尊敬の気持ちですっ。」
「「どうか受け取ってください。」」
「うぇえええええッッ??」
え、ええ!? ど、どういうことだってばよ……!?
アタフタしてみっともないけど、あたしはミリアーナやルーチェ、バネッサたち3人の顔をグルグルと何度も見回して、その度に微笑まれて、嬉しいやら照れるやら恥ずかしいやらで混乱していた。
ヤバい……泣きそう……っ!!
あたしの大好きなみんなが、あたしなんかに……こんな中身が成人済みの異世界の男のあたしなんかに、『感謝』だって、『尊敬』だって……!!
「あらあら、感極まってしまわれましたか。貴女達、代わりに出して差し上げては如何ですか?」
「涙を流すお嬢様も天使のようで貴重だが……そうだな。」
「泣かないでください、お嬢様っ。今見せて差し上げますねっ。」
うるせぇやいっ! 泣いてなんかないもん! 目から塩っぱい汁が溢れて止まんないだけだもんっ!
そしてミリアーナさん、今何て仰いましたかね? あれ? コレもしかしてあたしとミリアーナって相思相愛なのかなっ?!
「私からは、お嬢様が気に入られたお話に出てきた、“ジュエルタートル”の額の宝玉を加工した首飾りです。」
そう言って、そのトップに深紅の宝玉の嵌ったペンダントを取り出して見せてくれたミリアーナは、そのままあたしの首に優しくそれを着けてくれる。
うう……っ! ミリアーナ素敵ッ! もう抱いてッ! あたしを好きにしてッ!!
「わたしは、お嬢様の魔法の助けになるように、魔法の発動を手助けする媒体にもなる腕輪飾りをプレゼントしますっ。」
ルーチェが取り出したのは、トップ部分に深い蒼色の宝玉を埋め込まれた、腕に嵌めるバングルだった。
銀色の金属製で、幅が3センチくらいのバングルの表面には、魔術回路なのか、複雑な紋様がビッシリと彫られていて、ひと目で一点物の特注品だと判る。
それをこれまたあたしの左手を取って、優しく手首に嵌めてくれるルーチェ。
あたしとした事が、不覚っ! ルーチェもカワイイよぉ……ッ!!
もうミリアーナを旦那様にして、ルーチェを嫁にしたい!!
バネッサ?
バネッサはあたしのメイドだよ! 何言ってんのまったくッ!!
「うぅっ、ふ、ふたりと゛も゛、あ゛り゛か゛と゛お゛ぉ〜ッ!!」
「こちらこそ。いつも元気で居てくれて、ありがとうございますお嬢様。」
「わ、わたしも感謝の気持ちでいっぱいですっ、お嬢様っ!」
「良うございましたね、お嬢様。」
そうして、まさかのサプライズプレゼントを貰って感極まって泣いたあたしが落ち着いたところで、すっかり冷めてしまった紅茶を飲みながら、残りのタルトを4人で味わっていた時。
あたしの部屋の扉がノックされた。
「何方ですか?」
「申し訳ありません。急なお客様が見えたもので……!」
バネッサがいつもの冷静な声で誰何すると、遠慮がちな声が返ってくる。
バネッサに頷いて入室してもらう事にする。大丈夫かな? 目とか腫れたり、充血してないかな……?
「ご歓談中失礼します、お嬢様。冒険者ギルドの遣いの方がお見えで、急ぎお嬢様と、【赤光】のミリアーナに出頭してほしいと仰っております。此方は、ギルドマスターからのお手紙だそうです。」
バネッサを経由してその手紙を受け取る。
ふむ? ちゃんとこのアズファランの街の冒険者ギルド、そのマスターを示す印章も押印されているね。
封蝋を割り、手紙を取り出す。
そこには、簡潔で省略され尽くした挨拶の文句の後に、こう綴られていた。
『マリア嬢の御両親と思われる遺体と馬車の残骸が、付近を活動中の冒険者によって発見された。身内であるマリア嬢に遺体や遺留品の検分確認を願いたい故、Aランク冒険者ミリアーナ同伴の上、急ぎギルドまで来られたし。 ハボック』
あたしは思わず手紙を取り落とし、手紙の内容を目にしたミリアーナたちに急かされ促されて、そのまま冒険者ギルドへと走った。
◇
冒険者ギルド・アズファラン支部の安置所へ駆け込んだあたしたち。
そこで見たモノ。
それは、四肢を失くし顔を抉られたお父さんの服を着た男性の遺体と。
あたしに良く似た顔をズタズタに傷付けられ、乱暴をされた形跡がありありと判る、全裸の女性の遺体。
他にも、所属を示す物は何も無かったけど、見覚えのある護衛と思しき遺体が数名分。
ミリアーナが示した『下手人は多数の人間』という見解はギルドとも一致して、発見されたアズファランから一日ほど馬で走った現場近辺を、詳しく調査してくれるそうだ。
あたしは、吐いた。
吐いて吐いて、胃液すら出なくなるまで吐き切って、それから泣いた。
涙が枯れて、喉が潰れて声が出なくなるまで泣いてそして、そのまま意識を失った。
あたし、奴隷商人の娘マリア、12歳。
好きなモノは、お母さんの手料理と、クマどんと、凛々し美人のミリアーナと、メイドのバネッサと、魔法の先生のルーチェ。
嫌いなモノは、脚が8本以上有る蟲と、お父さんのおヒゲと、教会のデブ司祭と、本家の男爵家の奴ら。
将来の夢は、お父さんの仕事を継ぐことと、ミリアーナたちと一緒に世界中を旅すること。
そんなあたしは、あたしが愛する、あたしを愛してくれていた両親を、喪いました。
多くは申しますまい。
作者も辛いです、ドン底です、はい……!
「面白い」
「これからどうなるの!!」
「マリア、可哀想……」
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