第25話 父親を見直す少女・マリア
遅くなりましたー!!
夜勤中なんです、どうか許して……!
.˚‧º·(ฅдฅ。)‧º·˚.
『いい、マリアちゃん? 失礼さえ無ければそれで良いから。すぐに済むからね。無理はしないでね?』
そう言って心配するお母さんは、別室へと晩餐の指揮を執りに行き、あたしは緊張しながらも応接間の扉を叩く。
『入りなさい。』
中からくぐもったお父さんの声で、入室を促される。
「失礼します。」
バネッサに開けられたその扉の向こうには男爵家御一行が、皆上座となるように配置換えされた応接セットから、無遠慮な視線をこちらに向けているが見える。
入室して数歩行った所、男爵家の面々の下座に当たる良く見える位置で立ち止まり、バネッサが教えてくれた礼儀作法の授業を思い出しながら、一礼する。
この面会のためにあたしの服装は、余所行きの物でも仕立てが良く、且つ華美でない物に着替えてある。
「前男爵様にして大叔父様、お初にお目にかかります。スティーブの娘、マリアと申します。男爵様、そして奥方様やご令嬢もご機嫌麗しく。どうぞ、お見知り置きをお願い致します。」
「ほう……」
スカートの裾を摘んで軽く持ち上げ、片足を後ろに引いてクロスし、腰と目線を落とすあたしに、老人特有の、若干の嗄れた声が届いた。
「これが私の娘です、ご隠居様。マリア、こちらへ。」
「はい。」
うひー、緊張したぁーっ!
許しが出たので、あたしはボロを出さない内にお父さんの近くへと避難する。
もちろんあたしの席は、最下座だよ。
「遠路をお越しでお疲れでしょう。今、お茶を用意させます。」
お父さんが入り口横で待機しているバネッサに指示をすると、彼女は一礼して退室し、代わりに応接間の外で待機していたメイドさんが茶器を載せたカートを押して入って来る。
なるほど。この場ではバネッサもお父さんの奴隷として振る舞うワケね。
そしてこの部屋には、用付けのために1人以外の使用人は置かない決まりでも有るのか。
まあ、相手は貴族様だしね。
あんまり奴隷ばかりが部屋に居ても、良い顔はしないかもね。
「……何処の茶じゃ?」
「当ムッツァート伯爵領随一の茶葉の名産地、【キシュワート】の銘茶です。過去、ご隠居様が痛く気に入られたと、父から伺っております。」
ぬあああ……! 胃が痛い! やめてくれいっ!
何このやり取り!? ホントに親戚かってくらい険悪な腹の探り合いじゃん!?
ご隠居さんは粗探しと牽制のつもりだろうけど、それに対するお父さんの返しがえげつない!
『私が住む伯爵領でも飛び切りの茶葉だぞ? 昔気に入ったってのは親父から聞いて知ってるんだからな? 文句言うんじゃねえぞ?』
ってとこ(意訳だけど)かな。
まああたしの穿ち過ぎで、言葉通りのやり取りなのかもしれないけどさ。
だけど此処は伯爵領で、あたしたちはそこに住む住民だという事を先に示せたのは大きいかも。
たとえ親戚でも他領の貴族。
他の領主の庇護下に暮らす民に不当な扱いをすれば、その責任は男爵家は元より、寄親である【ファステヴァン侯爵】閣下にまで及ぶからね。
爵位では侯爵の方が上だけど、どちらも広大な領地を有する大貴族で、しかも所領は隣り同士。
更に言えば我らが伯爵閣下とあちらの侯爵閣下って、中々に犬猿の仲らしいからね。
どちらも所属している派閥は異なり、しかもその派閥同士も対立中とくれば、何か有れば、最悪内戦にまで発展しかねないよ。
流石にそんな情勢で、男爵家も無体な事はしてこないだろうね。
まあもっとも、寄子である彼等がちゃんとその辺を理解しているかどうかっていうのは、別問題だけど。
「ふむ、悪くない。最後にアレを飲んだのは、お前の弟を引き取った時以来か。懐かしいのう。」
「……お褒めに預かり、感謝します。」
コイツ……! わざわざそれを言うのかよ!?
お父さんは思わず顔に出そうになったのか、頭を下げて表情を隠している。
そう。このご隠居さんがまだ現役男爵だった頃、お父さんの弟……本来のあたしの叔父さんは、職業適性が【聖騎士】と示された事で男爵家に養子に取られたのだ。
これは男爵家の、派閥での貢献度を上げるために他ならない。
優秀な適性持ちを親類縁者からタダ同然で掻き集め、自身の養子として家門から輩出して、派閥内での地位を保ってきたのだ。
「そ、そういえばご隠居様。長い事彼とは連絡が取れていませんが、ご息災にしているのでしょうか……?」
あたしだってバネッサに聞くまでは、あたしに叔父さんが居る事なんて一切知らなかった。
だからあたしも気になって、気持ちが前屈みになってたんだ。
「ああ、アレか。アレは死んだ。戦死だそうじゃ。先々月に東方の役に出ておってのう、便りが届いたのは、先月の事じゃ。すっかり忘れておったわ。」
「「…………は?」」
思わず、あたしとお父さんの声が被る。
何を、言っているの、この人は……?
死んだ? 叔父さんが?
何故、そんな何でもない事のように、つまらない事のように平然と話しているの……?
「それは……何故、お報せ下さらなかったのでしょうか……? 養子に行ったとはいえ、私の弟なのに……!」
「些事であったからな。戦場で兵や騎士が死するは当然の事。ましてお前やワーグナー……お前の父とは既に縁の切れた男だ。何故、儂が骨を折らねばならんのじゃ?」
このジジィ……ッ!?
「死して名誉を得たあ奴には、遺体なりが届けば儂ら家門で葬儀も行う。それ以上に、あ奴の親となった儂に、何の義務がある?」
ふざけんなよジジィ……! それが、弟を亡くした実の兄貴に言う言葉かよ!?
手を強く、感覚が無くなるほど強く握り締める。スカートの裾を無意識に握っていたせいで、皺になってしまっている。
「…………墓は、どちらに建てて頂けるのでしょうか?」
横目で窺うと、顔を伏せ、歯を食い縛って肩を震わせているお父さんの姿。
「ふんっ。畏れ多くも侯爵閣下の御膝元【ファステヴァンブルグ】の、聖堂墓地に埋葬の許可を賜った。【聖騎士】であった事に恵まれたのう。」
……【ファステヴァンブルグ】か。コイツらの寄親の【ドナルド・フォンド・ファステヴァン侯爵】の治める領都だな。
確か壮麗な聖堂が観光名所になっている大都市だった筈だ。
将来、ミリアーナたちと行くべき所が増えたな……
しかしご隠居の口ぶり……まるでソレが無ければどうでも良いような共同墓地にでも入れたかったかのような言い方じゃねえか……!
クソが……! ルーチェの一件で素早く事後を治めたムッツァート伯爵の話を聞いて、少しは見直してたってのに。
結局貴族なんて、こんなモンかよ……!
「……ありがとうございます。一度機会を設けお邪魔して、墓前で語らいたいと思います。」
「ふん。好きにせい。」
流石はお父さんだな。
溢れる感情を抑え切ってまで、よくこんなヤツに礼が言えるもんだよ。
本当に立派な、強い人だ。
俺も見習わなきゃな……
こっそりと、深く呼吸を繰り返して、強ばった身体の力を抜く。
お父さんが我慢してるんだから、耐えなきゃダメだぞ、あたし!
「それで、ご隠居様。本日は、一体どのようなご用向きでお出でに?」
お父さんも心の中で切り替えたらしく、本題に入るように話題を変えたね。
隠居ジジィは一杯目のお茶を飲み干してから、ソーサーにカップを置いて、伸びきらない背中を伸ばして嗄れた声を出す。
「我が孫がの、そこのロクサーヌじゃが、此度12の歳を迎えて披露会となるのでな。護衛に誰ぞ、有能な者を見繕ってやろうと思ってのう。」
そう言って、先程までとは全く違う、好々爺然とした柔らかい笑みで、ジジィの孫……ロクサーヌとやらに顔を向ける。
「おじい様、感謝いたしますわ!」
……なんて言うか、如何にも箱入り娘ですって感じの娘だね。
伸ばした濃紺色の髪は艶良く揺れ、白い顔にはあどけない好奇心に揺れる大きな茶色い瞳。
男爵令嬢にしては華美に過ぎるように思えるドレスの裾は、根がお転婆なのか振られる足でパサパサと踊っている。
ふぅん、同い歳なんだ。
先程までのあたしたちの怒りにも気付いてすら居らず、無邪気に祖父と向かい合って、キャイキャイと爺孫トークで盛り上がっている。
「ですがお義父様、本当に奴隷などに、あたくしの娘のロクサーヌちゃんの護衛が務まるとお思いですの? 奴隷など、所詮は身を持ち崩した愚か者達でしょうに……!」
あんだとこのババアッ!? テメ今なんつったコラッ!?
ハッ!? いけないいけない、ガマンガマン。あたしはマリア。カワイイ12歳の女の子なんだから。
だからお父さん、その引き攣った顔であたしを見るのはやめてください。
「心配には及ばん、ヒルデガルト。素性は調べてあるしのう。しかもその者、Aランクの高位冒険者なのじゃぞ。」
隠居ジジィに【ヒルデガルト】と呼ばれたババア……ゴホンッ。オバサンは、「まあっ!」とか大袈裟に驚いて見せて、引き下がった。
しかしちょっと待ってよ?
Aランク冒険者……? おい、ジジィてめぇ!?
「居るのであろう、スティーブよ? Aランク冒険者、【赤光】のミリアーナがのう。使ってやる故、我が孫に差し出すのじゃ。」
この腐れジジィ……! 一番危惧していた事をブチ撒けてきやがった!? 言うに事欠いて、俺のミリアーナを寄越せだあっ!?
「父上、【赤光】のミリアーナとは、何者なのですか?」
ジジィの息子――現男爵の中年男が、訝しげな顔をする。
「ふむ。不勉強であるぞ、ロドリゲスよ。【赤光】の二つ名を与えられしその者は、見目麗しき美姫にして、魔物を単騎で屠る凄まじい魔法と剣の使い手よ。これ程までに、ロクサーヌの護衛に相応しい者も、そう居るまいて。」
「ほぉ……! そのような者が、この家に! 見目麗しいとは、楽しみですな!」
「まあ、旦那様。あたくしという者が居りながら、そのような冒険者風情の女に手を出すおつもりですの?」
「【赤光】のミリアーナ様……カッコイイですわね、楽しみですわ!」
なんか今度は家族で勝手に盛り上がり始めたぞ、オイ。
つーか巫山戯んなよてめぇら! ミリアーナは俺の奴隷だ。
特にてめぇ! 【ロドリゲス】だか“ロリド下衆”だか、ましてや男爵だか知らんが、てめぇのようなエロい顔したオヤジに、ミリアーナには指一本触れさせやしねぇぞ!!
ダメだ。気が荒ぶって仮称“俺モード”から抜けられないから、顔が上げられない。
顔を上げたが最後、あらん限りの罵詈雑言を浴びせ掛ける自信がある……ッ!
だから頼む、お父さん!
俺の代わりに、頭ん中お花畑なコイツらにズバシッと言ってやってくれ!!
「お言葉ですが、ご隠居様。」
「うん? なんじゃ、スティーブよ。」
「ご所望のミリアーナですが、既に売却済みですので、お譲りする事はできません。」
「なんじゃと……? 何処の馬の骨じゃ、購入者は。」
「申し訳ありませんが、顧客の情報は、如何なご隠居様といえども、お教えする訳には参りません。」
「……随分な口を利くようになったのう、スティーブよ。お前の娘に慈悲をくれてやった恩を、忘れた訳ではあるまいな?」
「何を仰るのやら。『無能な適性持ちなど要らぬ』とお手紙で仰ったのは、ご隠居様でしょう? お手紙は、確と保管してありますよ? それに顧客情報の取り扱いは、法によって定められている事です。正当な論拠がお有りでしたら、伯爵領の鎮守府へと陳情にお出向きになられては?」
うおおおっ! お父さんカッコイイィィ!!
流石は俺……あたしのお父さんだね!!
普段もイケメンだけど、5割増くらいでカッコ良く見えるよ!
うん、今日は来客のおかげで髭も剃ってるしね!
「ぬぅ……っ!? も、もう良いわ、気分の悪いッ! ロドリゲス、帰るぞ!!」
「えぇーっ!? おじい様、あたくしの護衛は!? 奴隷は買って下さらないのですか!?」
「ロクサーヌよ、済まぬのう。儂の甥が思いの外役立たずじゃったのでな。侯爵領に戻ったら一流の護衛を用立てる故、もう暫し待っておくれのう。」
「えぇーっ! あたくし、【赤光】のミリアーナ様が良いのですわ! それ以外の護衛など、欲しくないのですわ!!」
「まあまあロクサーヌちゃん! 悲しいですわねぇ! 本当に! 何処ぞの奴隷商風情が、調子に乗ってッ!」
「こらこら、ロクサーヌ、ヒルデガルト。お爺様を困らせてはいけないよ? スティーブよ、この借りは高く付くぞ。覚えておけ。」
誰が覚えるかヴォケがっ!!
今日の風呂で垢と一緒に下水道行きだわタコが!
ん?
なんですかお父さん?
なんであたしを宥めるように、背中を擦っているんですか……?
あたし、そんな飛び掛りそうな顔してました?
そうしてこうして、突然の訪問者はお冠で、喧しく騒ぎながら帰って行った。
正門から男爵家の馬車が見えなくなった途端、我が家の玄関から歓声が上がったのが、とても印象的だったね。
うん、あたしホントに出しゃばらなくて良かったよ。
お父さん、見直したよ。
カッコ良かったよ!
その晩の食事は、ご隠居様共御一行に出す必要が無くなったお饗し料理のおかげで、とても豪勢だったよ。
貴族って、普段こんな豪華な品数食べてるのね。
もちろんあたしたち家族だけで消費し切れる量でもなかったので、饗しの準備から何から頑張ってくれた、我が家の奴隷たちにもお裾分けしたよ。
ミリアーナとルーチェも晩御飯には間に合ったから、ご馳走にも、残しておいたリンゴパイにもあり付けて、とても喜んでいたね。
ふふふっ♪
今日はいっぱいムカついたけど、お父さんのおかげでスッキリしたなぁ!
そう。完全に安心しきっていたあたしはまだ、本当の貴族の狡猾さというものを、良く知らないでいたのであった。
男爵家一行お帰りでーす!
良くやったぞスティーブ!
さて、如何でしたか?
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m(*_ _)m