第21話 丸く収めた少女・マリア
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
ミリアーナとバネッサが帰還した。
あたしは2人を労って、一日休みを与えてから、報告を受け取ることにした。
場所は、今回の当事者の一人でもあるルーチェの部屋。
軽い食事とお菓子を用意して、お茶会を兼ねての報告会である。
それというのも、ルーチェ自身が望んだからでね。
仲間達の無念が、どういった形で晴らされたのか、知りたかったのだそうだ。
少しでも前を向くキッカケになればと思って、あたしはそれを許可したってわけ。
◇
「うんうん。それで、お父さんの奴隷との情報交換の後は、どうしたの?」
「はい。【アンドレ】と別れた私達は、その日は【豚の鼻亭】へと戻り、計画に修正を加えてから休みました。」
「修正っていうと?」
「はい。計画の要である、男爵の口止めに関してですね。」
あーなるほどね。
当初の計画だと、代官屋敷に侵入して証拠を集める際に、【賢者】の事を他言しないように口止めをする予定だったよね。
「調べた結果、男爵は自身の屋敷にほとんど寄り付かず、仕事以外の時は何軒もの愛人宅や娼館で過ごして居たそうで。其方に潜入した方が怪しまれずに接触できる、と判断致しました。」
「……ちょっと待ってよ。それってまさか……!?」
「ご安心下さい、お嬢様。娼館に潜った訳ではありませんよ。」
バネッサへのあたしのツッコミに、ミリアーナがフォローを入れてくる。
ホントに? なんにも無かった?
絶対ヤだぞあたしは。
たとえ演技だろうと、バネッサやミリアーナの嬉し恥ずかしムフフな姿態を、そんな野郎に視姦されるのは。
あたしでさえまだ観た事ないのにッッ!!
「お嬢様、続きを報告しても?」
「ハッ!? う、うん。よろしく。」
いけないいけない。平常心だぞあたし。
あたしは女の子。機会はこの先いくらでも……うふっ。
「……アンドレの調査結果から、男爵に弱味を握られている愛人を洗い直し、翌日に接触致しました。」
「私はその間、代官屋敷の警備体制を確認してましたね。」
「なるほどね。その愛人さんを援助して、協力者に仕立て上げたってわけか。」
バネッサの若干の沈黙が怖かったけど、あたしは華麗にスルーして報告の続きを受け取った。
そこからはちょっと非合法なお話だったね。
まあ先に手を出したのは向こうだし、商会長もギルマスさんも、今回は許可してくれたからね。
あたしとルーチェは、バネッサの続く報告に、耳を傾けたのであった。
◆
アンドレと情報交換をした翌日。
「ではな、バネッサ。私は屋敷の警備を確認してくるぞ。」
「ええ、お願いします。では各々、仕事を終えたらまた此方に帰還ということで。」
戦闘奴隷にして冒険者の、ミリアーナと別れます。
ここからはそれぞれ、単独行動になります。
ミリアーナは代官屋敷の警備体制を確認しに行きました。
男爵の排除を命じられた以上、数々の不正の証拠が必要になります。
いくら放蕩者である男爵であろうと、自身の不正の証拠は、余人の手の届かない屋敷内に保管してある筈です。
屋敷に侵入しソレを入手するには、警備の穴を突く必要がありますからね。
対して私は、男爵の口止めをするために、とある一軒の民家を目指します。
その大き過ぎず小さ過ぎない民家では、ちょうど一人の女性が、庭先で洗濯物を干して居りました。
「【アセリア】様でございますか?」
軒先の決して広くはない庭へと入って行き、女性に訊ねます。
女性はその華奢な肩を震わせて、私をまじまじと観察した後、恐る恐るといった様子で口を開きました。
「はい……そうですけど、あの、あなたは……?」
「申し遅れました。私はバネッサと申します。少々お時間を頂けませんか?」
「はぁ……」
女性の名はアセリアといいまして、例の男爵の愛人――どちらかと言えば愛妾のお一人です。
家の中に通してもらった私は、屋内外に誰の気配も無い事を確認してから、話し始めました。
「早速ではありますが、アセリア様。貴女様は、この街の代官たる男爵様に、借金がございますね?」
私の言葉に、再び肩を震わせ、警戒した顔を向けてくる彼女。
無理もありませんね。
突然現れた見ず知らずの女にそのような事を指摘されれば、警戒もするのは当たり前というものです。
「亡くなられたご両親の負債を立て替えて頂いたそうで。その見返りに、男爵様の“お求め”に応じていらっしゃるとか。」
勿論その“お求め”とは、肉欲的な意味です。
「ど、どうして……それを……」
怯えたような目で私を窺うアセリア嬢。
そんな彼女に、私は核心的な質問を投げ掛けます。
「その負債は、どの程度返済出来ていらっしゃいますか?」
私のその質問に、目の前の女性は疲れた目を伏せ、力無く肩を落とし、俯いてしまいました。
目の前の女性――アセリア嬢は、歳の頃は18といった所でしょう。
艶のある黒髪はこの近辺では珍しく、瑞々しい肌は白く透き通っているようです。
少し幼さの残る顔立ちに、大きな黒い瞳が揺れています。
女独り身での生活。
思わしくない収入に、高過ぎる税金。そして多大な負債。
アセリア嬢の辿った経緯は、先程確認した通りのものです。
彼女には、男爵様への恩義が有るのですが……
「もしご両親の残された負債が仕組まれていた物であったとしたら、貴女様はどういたしますか?」
私の言葉に、アセリア嬢は驚きのあまり顔を跳ね上げさせ、その黒い綺麗な瞳を見開きます。
「どういう、ことですか? 両親の……パパやママの借金が……?」
私はアンドレが齎した情報の中で、証拠を伴った数件の内のひとつである、彼女に目を付けたのです。
借金のでっち上げに始まり、ご両親の突然の不幸。そして颯爽と現れ負債を肩代わりしてみせた、代官にして男爵たる男。
全て自作自演。
その全ては目の前の女性を我が物にせんがため。
証拠はその関わった借金取りから、アンドレが洗いざらい吐き出させておりました。
攻略に使えるとの判断だったのでしょうね。
今度会ったら、お礼を伝えなければ。
男爵を魅了してしまった女性……アセリア嬢は、涙を流しながら怒りと後悔、そして屈辱にその身体を震わせています。
「貴女様の抱える負債は、有りもしない架空の物です。男爵さえ失脚させることができれば、貴女様を縛る物は、もう存在いたしません。どうか、私共にご協力願えませんか?」
こうして私は、男爵への復讐を誓った黒い瞳の女性、アセリア嬢の協力を取り付けたのです。
その日の夜も更けた頃。
私とミリアーナは、再びアセリア嬢の家を訪れました。
手筈通りに事が運んでいるならば、通りに面した窓の鎧戸に、白い布を挟んでおくように指示を残していたのですが、果たしてその窓には、白い布巾が風に揺られておりました。
私達はそのまま人目を忍んで裏手に回り、勝手口の戸を静かに叩きます。
少しの間を置いて開けられた戸の向こうには、やり遂げた顔のアセリア嬢が立っておりました。
私達は素早く建物内に身を滑り込ませ、薄暗い台所で彼女と向き合いました。
「首尾は如何でしたか? そのお顔から察するに、成功したとは思いますが。」
「はい。頂いたお香のおかげで、男爵様……男爵はぐっすり眠っています。」
「護衛の者は?」
「いつもの事ですが、男爵は褥に第三者が近付くのを嫌います。家に入ってからは、皆帰されていました。」
上々です。
此方の指示通りとはいえ、お見事な手際でした。諜報員として雇いたいほどですね。
私はアセリア嬢に、負債についての相談と称して、男爵を呼び出すようお願いしました。
彼女に聞いた話では、返済についての相談を持ち掛けると、男爵は決まってこの家を訪れ、彼女を堪能した挙句に、耳触りの良い言葉を吐いて励ましてくるのだそうです。
同じ女として吐き気を催すほどの愚劣漢ですが、そのおかげで警戒する事なく、この家にノコノコ現れたのですから、その単純な頭に少しだけ感謝致しましょう。
そして呼び出した男爵を、予め匂いの薄い催眠効果のある香を焚いた寝室に入らせます。
気付けの抵抗薬を服用したアセリア嬢は男爵が眠ってしまうまで会話をして引き延ばし、その身柄を確保したのです。
案内された寝室の扉から中を伺うと、寝台の上にだらしのない身体を横たわらせた男が見えます。
アレが男爵なのでしょう。
「良く頑張りましたね、アセリア様。後のことは私と、このミリアーナにお任せ下さい。」
「はい。両親の仇を、どうかよろしくお願いします……!」
本当であれば、このまま刺すなりして殺してしまいたいでしょうに、アセリア嬢はその黒い瞳を強く輝かせて、私達に男爵の身柄を任せて下さいました。
本当に、強い女性ですね。
私はミリアーナに素早く事を為すように指示を伝えます。
眠る男爵を寝室から連れ出し、寝室内は鎧戸を開いて換気。焚いていた香は蓋をして一時消して、男爵を椅子に座らせてから新たな香の煙を、男爵に吸わせます。
充分に吸引した事を確認し、ミリアーナに頷いて促します。
ミリアーナは男爵の身体を揺すり、起こしました。
「ん……此処は…………私は……」
トロンとした虚ろな目を開いた男爵が、ゆっくりとした動作で顔を上げました。
「此処はアセリア嬢の自宅です。貴方はメトシェイド・ウォル・ハビリウス男爵で、間違いありませんね?」
「そうだ……私は……メトシェイド・ウォル・ハビリウス男爵である……」
虚ろな目をしたまま、緩慢に私の質問に答えを返す男爵。
私は続けて問い掛けます。
「貴方は過日、この街のとある冒険者の女性を我が物にしようと、偽の指名依頼を発行し、罠に掛けましたね?」
「そうだ……希少な適正持ちだった女を……手に入れようとした……」
やはりそうでしたか。
先程男爵に嗅がせた香は、ある薬品を混ぜ合わせて調合した、特別な物です。
思考力を低下させ酩酊状態とし、催眠効果のある薬品によって此方の意のままに意志を操ることが出来る、所謂“ご禁制”の品ですね。
軍や政府、教会の暗部にしか出回っていないような代物です。
これも、アンドレが裏で調達しておいてくれた物です。
この自供が取れたのなら、最早迷う必要はありません。
私はお嬢様から貸し与えられた【魔力筆】と【魔力インク】を取り出し、契約の準備を始めました。
ああ、ついでに。
「貴方は、アセリア嬢のご両親に架空の負債を押し付けさせ、不幸な事故に見立てて亡き者とした。その後彼女に近付いて、借金の肩代わりを盾に慰み物とした。間違いありませんか?」
「ああ……珍しい黒髪黒目の娘だったからな……見目も整っていたから……苦労の少ない形でと計画したのだ……」
その言葉にアセリア嬢が激昂しかかりますが、私が手で制すると、心を落ち着かせ、怒りに燃える瞳で男爵を睨み付けるに留めて下さいました。
ご安心を。どのみちこの男は、もうお終いですから。
私は小皿に男爵の血を少量採り、魔力インクと混ぜ合わせます。
針で私の血を採りそれも混ぜ合わせ、準備は完了です。
お嬢様のお仕事を近くで見学させて頂いたおかげですね。
「男爵、服の前をはだけなさい。」
「分かった……」
私の指示通りに、男爵は衣服の前を開き、弛みきっただらしのない上半身を、露にします。
それを見てアセリア嬢やミリアーナが不快そうに顔を顰めますが、すぐ終わりますので、我慢してくださいね。
念の為にミリアーナに男爵の身動きを封じさせ、私は男爵の心の臓の位置に、魔力筆に染み込ませたインクでとある印を描きます。
そしてその印に手を翳し、魔力を注ぎ込みながら、契約の文句を口にします。
「汝、【メトシェイド・ウォル・ハビリウス】はこれより私の命に従う契約を交わします。これは命の契約となります。貴方はこれより私の下す“ひとつの命令”に於いて、これを遵守し通すことを、命を賭して此処に契約するのです。誓いなさい。私の命を守り通すと。」
「……“誓う”……」
酩酊状態のままでしたが、男爵は“その言葉”を口にしました。
その瞬間、私が男爵の胸に描いた印が淡く光を放ち始めました。
これは【血命紋】という物です。
多くは密偵や間諜の類いの者が使用する、命を縛る紋様で、潜入工作に際して機密情報を漏らさないためや、またその逆の用途で使用される事があります。
基本的な仕組みは奴隷に描かれる紋様と変わりませんが、その独特の紋様を、心臓の上に描いた際にのみ、契約者の如何なる命令も聞き入れる効果を発揮するのです。
謂わば禁忌とも言える凶悪な代物ですが、今回に限り、使用することを旦那様から許されました。
命令は少なければ少ないほど強力な束縛力を発揮し、破った際には速やかにその命を奪います。
命令が複数の場合ですと、命を奪うまでに時間が掛かるとのことです。
私は、未だ光を放つその紋様に手を翳し、魔力を注いだままで、その命令を下します。
「これより先、貴方がその命を終えるまで、件の貴方が欲した希少な適正持ちの女性――ルーチェについて、どのような形であろうと、その情報を伝える事、残す事を禁じます。たとえその相手がどのような人物であろうと、です。理解が出来ましたら復唱し、改めて誓いなさい。」
「私……メトシェイド・ウォル・ハビリウスは、この先死ぬまで、冒険者ルーチェに関する一切の情報を、誰に対しても伝えず、残さない事を誓う……」
一際強く、【血命紋】が輝きました。
これで契約は完了です。
徐々に紋様から光が失われ、身体に溶けていくように、その姿を薄れさせ、やがて消えました。
「もう結構です。では男爵。衣服を整えて、これから改めてする質問に答えなさい。まずは不正の証拠品について――――」
これで男爵はこの先、ルーチェについて話す事も、書に認める事も出来なくなりました。
もししようものなら、即座にその人生に終止符が打たれる事でしょう。
この【血命紋】こそが、奴隷商人が忌避され、嫌悪される所以なのです。国の厳しい審査の上に、認可され登録を許された者にしか生業とする事が出来ず、違法な者は厳しく罰せられる理由なのです。
奴隷商人は代々世襲で、一子にのみ伝わります。
それは偏に、これらの危険な【魔導具】や【紋様】を扱える者を増やさないためです。
今回のように、悪用すれば為政者ですら操れる代物を、国が管理や監視を徹底する事で抑制しているのです。
お嬢様と共に旦那様からこの説明を受けましたが、あの時のお嬢様の真剣なお顔は、とても凛々しく、お覚悟に満ちた良いお顔でしたね。
聴き取りを終えた男爵が寝室に入り、寝台に身を横たわらせました。
私は改めて量を調節した香を焚き、明日の朝まで目覚めないように念を入れてから、寝室の鎧戸と扉を閉めました。
「あの……先程の、ルーチェという女性は、いったい……?」
男爵に契約を施したダイニングに戻ると、アセリア嬢が恐る恐る訊ねてきました。
「貴女と同じ、男爵によって狙われ、親しい者達を失った不憫な女性です。その女性を護るために、私達はやって来たのです。」
「……そうでしたか。その、ありがとうございます。私だけでなく、その女性の事も……」
本当に強く、心根の優しいお人ですね、アセリア嬢は。
自身も辛い境遇に貶められたというのに、縁もゆかりも無い他人の事で喜べるとは。
「私達はこのまま、代官屋敷へと侵入して、物証を確保します。貴女は明日の朝男爵が目を覚ましたら、普段通りに振る舞って、送り出して結構です。先程使用した香には記憶を曖昧にする成分も含まれていますので、今夜の事はキッカケが無ければ思い出す事はありませんので、ご安心下さい。」
「分かりました。わたしは普段通りにしていれば良いんですね?」
「はい。今夜入手する証拠によって、男爵は間違いなく失脚します。そのお触れが出された時が、貴女が自由を得る時です。もし身の振り方に迷われるようでしたら、隣り街の冒険者ギルドにおいで下さい。ミリアーナの名を出せば、取り次いでもらえるようにしておきますからね。」
「何から何まで……本当にありがとうございます……!」
そうして、私達はアセリア嬢の家を後にして、その足で代官屋敷へと侵入。
事前調査とミリアーナの調査によって警備の隙を突いて、男爵から聴き出した隠し場所から見事証拠品を押収。
脱出しアンドレが確保した拠点へと赴き、連絡要員として待たされていた男――冒険者ギルドで繋ぎを行った男性でしたね――に数々の証拠品を預け、アンドレへと届けさせました。
その後は、決着が着くまで【豚の鼻亭】に滞在を続け、ミリアーナと交代で、密かに今回の協力者、アセリア嬢の身辺警護を行って過ごしました。
これが、今回の男爵の失脚についての真実でございます。
◆
「なるほどねぇ〜。流石は2人とも、完璧なお仕事だったね。本当にお疲れ様。ありがとう。」
「勿体無いお言葉、ありがとう存じます。」
「私は補助しただけですよ。ほとんどが、バネッサが成し遂げた事です。」
あたしは2人の報告を聞き終えて、改めて2人を労った。
そして、黙って話を聴いていた女性――ルーチェに向き直って、その手を取る。
「という訳で。ルーチェを狙う悪い男は、もう居なくなったよ。だから、もう安心して良いからね。良く頑張ったね。」
放心したように私の顔を見詰めていた、ルーチェのその青い大きな瞳に徐々に光が戻り、潤んで涙を浮かべ始める。
ソバカスの残る綺麗な顔を歪めて、喜びとも、安堵とも取れるしゃくり声を上げて、ルーチェはさめざめと涙を流し続けた。
私やミリアーナ、バネッサの3人は、代わる代わるルーチェを抱擁して、その心の傷を労り、彼女と一緒に、亡くなった冒険者仲間達を悼み、祈りを捧げたのであった。
あたし、奴隷商人の卵のマリア、11歳。
あたしがこの世界に生を受けて、一番の問題が、解決しました。
それは同時に、あたしにとっての宝物が、増えた瞬間だったの。
宝物の名前は、ルーチェ。
あたしの3番目の奴隷だけど、きっと仲良くなれると思うの。
そしていよいよ、あたしはルーチェを先生にして、魔法を習いはじめるのだ!
ルーチェの【賢者】問題の解決編でございました。
如何でしたか?
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