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第20話 お嬢様の指令・ミリアーナとバネッサ

いつもお読み下さり、ありがとうございます。

 

「何とか朝の入場には間に合ったな。バネッサ、この後の計画は?」


「旦那様の諜報奴隷が拠点を設けている筈です。合流場所は冒険者ギルド支部。掲示板前で符牒(合言葉)の確認がございます。」


「なるほど。時間の指定は?」


「朝食後とのことですので、“剣の鳥”の刻頃でしょうか。」


「なら我々も腹ごしらえしてから動くべきだな。良さそうな軽食屋は在るのか?」


「調べは済んでおります。質と量を勘案すると、【豚の鼻亭】がコストパフォーマンス的には最良かと。」


「なんだか入るのに勇気が要りそうな店名だが、バネッサの調べならそこが一番なんだろうな。それじゃあ、案内を頼む。」


「お任せを。」


 “剣の花”の刻(午前5時)を告げる鐘の音が響く中、街の入場門からゾロゾロと旅装束の人の流れが街中へと進んで行く。

 反対に出て行くのは、肩に鍬を担いだりしている農民がほとんどであった。


 そんな人の流れの中に、2人の美女が紛れ込んで居た。


 ミリアーナとバネッサである。


 彼女達は昨夜の内に居住地である【アズファラン】の街を出て、一晩で隣り街である此処【カトレア】に到着していた。

 通常であれば丸一日掛けて踏破する距離を、である。


 だというのに、2人にはまるで疲れた様子は見受けられなかった。


「そこの路地を入って5軒目のお店ですね。宿屋も兼ねていますから、ついでに拠点といたしましょう。」


「拠点は旦那様の奴隷が確保しているのではないのか?」


「リスクの分散は諜報に於いて基本中の基本ですよ。今までは縁遠かったかもしれませんが、貴女も覚えておいてくださいね。」


「む、なるほど。お嬢様が独立した時のために、か。」


「ええ。早晩お嬢様は旦那様より独立を果たされます。その際にお嬢様の支えとしての行動が最も求められるのは、私達2人ですからね。」


「承知した。確かに、こういう裏方の仕事も必要になってくるだろうしな。色々と教授を頼む。」


 そう話しながら路地を進み、目的の店【豚の鼻亭】へと辿り着く2人。


 店の外観は、よくある酒場兼宿屋といった風情ではあるが、整備も清掃も行き届いているようで、清潔感が感じられた。


 ミリアーナが先導して店の扉を開き中へ入ると、2人並んで受付のカウンターへと向かって行く。


「いらっしゃい。食事かい? それとも宿泊かね?」


 恰幅の良い中年の女性が、快活に声を掛ける。


「朝食と、宿泊を3日ほどお願いします。2人部屋は空いていますか?」


「大丈夫さね。こんな路地中の宿屋だからね、部屋は空いてるよ。宿泊が一日銀貨1枚、食事は都度頼んでもらって、一食につき小銀貨5枚さね。」


 バネッサが銀貨を7枚取り出して、カウンターに乗せる。2人分の宿泊費と、今朝の朝食代だ。


「あいよ確かに。部屋は2階の一番奥の5号室を使っておくれ。綺麗どころ2人だ、一番広くて頑丈な部屋だから安心おしね。」


「お気遣いありがとうございます。荷物を置いたら食堂にお邪魔しますね。」


「あいよぉ。食堂はそこの扉の向こうさね。娘が居るから、声を掛けりゃ通してくれるよ。朝食は“剣の水”から“鳥”までだからね。」


「ご丁寧にどうも。では、後ほど。」


「あいよ、ごゆっくりぃ。」


 受付の女性――宿の女将なのだろう――から5号室の鍵を受け取って、2人は階段を上り、廊下の一番奥の部屋へと入る。


「値段の割に良い部屋だな。シーツも清潔だし、窓も硝子(ガラス)製か。」


「多少調べれば、このような隠れた優良店はいくらでも在るものですよ。“水”の刻まで、少し予定を確認しましょう。」


「ああ、頼む。」


 硝子窓を押し開き、爽やかな早朝の風を感じていたミリアーナが、腰に下げた剣を外してベッドへと座る。


 それを確認して、自身も向かい合うようにベッドに腰を下ろしたバネッサが、静かに語り始める。


「まず、私達の目的からですね。私達はこれより、先に潜入している旦那様の奴隷達と情報を共有し、この街【カトレア】の代官である、【メトシェイド・ウォル・ハビリウス男爵】の身辺調査を行います。」


「ん? 代官屋敷に潜入して、不正の物証を確保するのではないのか?」


「それは最終段階です。まずは情報を共有してから、私達の目で齟齬を確かめます。視点を変えての確認作業は、情報戦では必須ですよ。」


「なるほど、了解した。旦那様の奴隷達はどうするのだ?」


「私達と入れ替わる形で、伯爵閣下の居らっしゃる領都へと発ちます。次はあちらでの拠点を確保するのです。集めた証拠や情報を、安全に運用するためですね。」


「伯爵様への繋ぎはどうするのだ? 奴隷が相手では門前払いは必至だろう?」


「伯爵領都には、我等ワーグナー商会と懇意にしている商会の本店が在ります。服飾関連でお世話になっている――――」


「――――【カルロス商会】か。確かご主人が亡くなって、奥様が切り盛りしているという。旦那様が何度かご支援されたとか。」


「その通りです。幸いにして領主家の覚え目出度(めでた)く、服飾に関しては御用達されているとか。」


「申し上げをするにはまたとない立場な訳か。しかも我等の商会に借りがあるとすれば、断れもしないだろうな。」


「勿論見返りは提示しますが、恐らくは受け取りは辞退されるでしょうね。報酬よりも借りを返すことを優先なさるでしょう。」


 そうしてこれからの行動計画を確認し合い、程良い空腹感を感じ始めた頃。


「そろそろお食事に向かいましょう。朝食を摂り終えたら、そのままギルドへ向かいます。装備は忘れずにお願いしますね。」


「了解だ。バネッサの勧める宿の食事か。楽しみだ。」


「お嬢様に感謝なさいね、ミリアーナ。ここまで奴隷の自由意志を尊重して下さる主人など、私はお嬢様以外に聞いた事がありません。」


「分かっている。だからこそ私は、お嬢様のためならどんな相手にだって挑むつもりだよ。たとえ相手がモンスターでも、貴族であってもな。」


 装備を身に着けながら、ミリアーナはその凛々しい美貌に微笑を浮かべる。


 それにバネッサも微笑と頷きを返し、2人は揃って、階下の食堂へと降りて行った。




 ◇




 冒険者ギルド・カトレア支部の掲示板には、既にめぼしい依頼は取られた後なのか、常設の物か旨味の少ない依頼の紙しか、残っていないようだ。


「現役Aランク冒険者の目から観て、この街はどうですか?」


「そうだな……常設依頼に関しては変わり映えは無い。しかし、報酬が少ないな。これでは、率先しての受注は期待できないな。他の依頼も、程度の低い物ばかりだ。オーク1匹に対して銀貨1枚など、冒険者(我々)をバカにしているとしか思えん。」


「アズファラン支部では、確かオーク1匹の相場は銀貨5枚でしたか。」


「Dランク推奨の討伐依頼だぞ? そのくらいは貰えねばな。まあ、冒険者達は比較的マトモそうだな。このような舐めた依頼が受理されず取り残されているのなら、少しは安心できるだろう。」


 掲示板を前にして、依頼内容からこの街の情勢を推察していたミリアーナとバネッサ。


 そんな2人の背後から、1人の冒険者風の、革鎧を纏った男が近付いて来た。


「お嬢さん方よぉ、こんな場所に何の用だい? ここはおたくらのような別嬪さん達が来るような場所じゃねぇぜ? “旦那様はどうした”んだい?」


「“主人の言い付け”ですので、お構いなく。」


 傍から観れば何の変哲もない、ただ男が女性を心配し、声を掛けただけに見えただろう。

 しかしそのさり気ない会話こそが、予め取り決められていた符牒(合言葉)であった。


「そうかい。まあ精々気を付けるんだな。じゃあな。」


 一見すればスゲ無く袖にされたように見える男は、バネッサの肩をポンと叩いて、2人から離れ、ギルド併設の酒場のカウンターへと向かって行った。


「……今のがそうなのか?」


「ええ。さて、もう此処に用は有りませんね。目的地(拠点)へと向かいましょう。」


 目を瞬いて訊ねるミリアーナに、バネッサはフワリと微笑んでから、撤退を促した。

 肩を叩かれた際に渡された、住所の書かれた紙片を手に持ちながら――――




 木製の扉が、ノックされて乾いた音を立てる。


「……“お嬢様は”?」


「“超天使”。」


 質問への返答に暫しの間を置いてから、扉の鍵が外され、開かれる。


 建物の中に招かれたミリアーナとバネッサは、待ち受けていた男に相対して、フードを外してリラックスする。


「良く来たな。バネッサ、ミリアーナ。」


「アンドレ、ご苦労様です。」


「久し振りだな、アンドレ。ところで、あの符牒は何なのだ?」


「旦那様がお決めになったんだ。不服か?」


「いや、なら納得だ。事実だしな。」


「違ぇねぇ。」


 くつくつと笑い声を漏らして、2人を家の居間へと案内するアンドレと呼ばれた男。


 20代後半といった歳頃の男は、リビングの簡素なソファを2人に勧めると、自身も木製の簡素な椅子へと腰を下ろした。


 アンドレは、ワーグナー商会の会長である、スティーブが個人的に所有する奴隷の一人である。


 諜報活動に長けた元盗賊の男で、スティーブの命令で、先立ってこのカトレアの街に潜入して情報収集を行っていたのだ。


「それでは早速、調査の報告をお願いします。」


「ああ。まずはこの街の代官である、メトシェイド・ウォル・ハビリウス男爵についてだな。この男は――――」


 その後は長い時間を掛けて、両者の間で情報の擦り合わせが行われた。


 冒険者ギルド・アズファラン支部のギルドマスターである、ハボックから齎された事前情報や、この街で実際にアンドレが調べて回った事柄など、実に多岐に渡る情報がやり取りされた。


 そして夜も更けた頃。


 ミリアーナとバネッサは、静かにその建物を後にして、宿屋【豚の鼻亭】へと引き返して行ったのだった。




 ◇




 2日後。


 広大な領土を誇る【ムッツァート伯爵】の下へ、匿名での密告が齎された。


 その内容は、伯爵領下の街【カトレア】の代官にして、帝国貴族たる【メトシェイド・ウォル・ハビリウス男爵】が、汚職に手を染めたというものである。


 更には代官身分にして独自戦力を隠し持っていたという謀反(クーデター)の疑いも掛けられ、またそれら全ての証拠も、不足無く伯爵の下へと届けられた。


 事態を重く見た伯爵当人により迅速に対応が為され、その翌日には領兵100騎を携えての視察の名目で領都を出立。

 一日でカトレアの街に到着し、男爵の屋敷へと即座に訪問。

 逃れようの無い証拠を突き付けられ、その場で沙汰が下された。


 男爵家当主であるメトシェイドは捕らえられ、身分は剥奪。家財その他資産も総て差し押さえられ、男爵家の人間は全て身分を失い、犯罪奴隷として国に召し取られた。


 執拗で苛烈な取り調べを受けた後元男爵メトシェイドは、極秘裏に処刑された。


 表立っては男爵は病死し、跡取りの無かった男爵家はお取り潰しという話が流布され、カトレアの街には新たな代官が据えられる事となった。


 しかし急な出来事であったため、代官の選定が済むまでは、伯爵直轄として税制等の見直しが為される事となり、住人達はそれまでの重税から解放され、喜びの声を上げたという。


 迅速に事の収束を成し遂げたムッツァート伯爵は領内での評判を上げたが、数々の不正の証拠を齎した存在については一切の情報が残されておらず、また直接それらを持ち込んだ【カルロス商会】に何度訊ねても、知らぬ間に商会に届けられたのだと、取り付く島もないのであった。




 その噂が流れに流れ、カトレアの隣り街であるアズファランの街の、とある商会では。


「あらまあ、隣り街の代官である男爵様がお隠れになったの? あら、お家まで潰れてしまったんですね? なんとも、人の世の儚いことですわねぇ。さぞや未練もあったでしょうに……」


 コロコロと、何の気負いもなく噂話を反芻する、1人の少女。


 その少女を前にして、2人の男性が小声で話している。


「(なあ、本当にお嬢さんは11歳なのか? この肝の据わり様、尋常ではないぞ……?)」


「(僕も常々思ってはいるんだけどね。まあ、知恵を悪用しない限りは、見守っていこうと妻とも話したよ。実際に今回はルーチェだけでなく、多くの苦しむ人達を救けた訳だしねぇ。)」


「(そ、そうだな。まあ、将来的に大物に成るのは間違いないな。ワシもこの子が人の道を踏み外さんよう、何か有れば協力しよう。)」


「(ありがとう、ギルマス。貴方が気に掛けてくれるなら、心強いよ。こちらこそ、何か有れば何時でも尋ねてくれ。出来る限り力になるよ。)」


「(ああ。この子が間違った方向に進まんよう、ワシらで護り導いてやらんとな。)」


 2人の男性の、そんな小声での相談など露知らず。


 奴隷商人の娘マリアは、今日も“芽”の刻(3時)のオヤツに、舌鼓を打つのであった。


「さてと。これで安心して魔法のお勉強ができるね。あ、ミリアーナとバネッサに、臨時ボーナス払ってあげなきゃね。あと危険手当もちゃんと計算しなきゃ。」


 アズファランの街は、今日も平和であった。




ルーチェを狙って非人道的な手段を用いた男、メトシェイド男爵が居なくなりました。


いやあ、何があったんでしょうね?(すっとぼけ)


如何でしたか?


「面白い」「マリアw黒いなww」と思われましたら、ページ下部の☆から高評価や、ブックマークをお願いします!


励みになりますので、感想やレビューもお待ちしております!


これからも、奴隷商人の卵のマリアちゃんを、応援よろしくお願いします!


m(*_ _)m


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます [一言] なんか、一番の見せ場であるマリアとミリアーナ達の活躍が、和風出汁の如くあっさりの様な‥ ル○ーシュ並の謀略を期待してたりしてましたー(笑)
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