第2話 転生②
どうやら、俺は転生したらしい。
前世の俺は、地球生まれの日本人。
決して、どこぞの戦闘民族ではなかった筈だ。
満月の夜に月を見て大猿に変身して祖父を殺害したりはしていない。
かと言って、ラノベで定番の転生トラックにお遭いした訳でもないし、麗しき女神様に喚び出されて、なんやかや話して転生特典等を頂いた記憶も無い。
最後の記憶でMMORPGをやっていた訳でもなければ、突如教室に魔法陣が出現して、クラスメイト共々王様やお姫様にお出迎えされた訳でもない。
そもそも学生ちゃうし。
憶えているのは、一人暮らしの部屋の中で、翌日の朝7時出勤に備えて、持ち帰ったプレゼン資料を仕上げてから、午前3時過ぎくらいに就寝したことくらい。
ちなみに、通勤時間は1時間掛かる。
さて、記憶の整理が済んだところでだ。
……これひょっとして過労死か?
寝てる間に脳の血管でもブチ切れたかな。
まあね、俺も薄々限界は感じてたよ?
週休二日制を謳っておきながら、休日出勤は当たり前。
世間様のように土日祝お休みという訳でもなく、シフト変更予定変更は日常茶飯事。
GW? 夏休み? SW? 正月休み? 有給休暇?
何それ、何処の国の食べ物ですか? ってなもんだ。
最期の時に寝たのだって、実は2日ぶりの睡眠だったし。
「あぶぁだぁだぁぶぅだあ……(転生できて幸運だったかもな……)」
安アパートの畳の上で、物言わぬ屍に成り果てている自分の姿を想像する。
管理人さん、ビックリするだろうなぁ……
事故物件になっちゃうし。
それだけが、心残りだな。
既に両親は他界しており、俺はひとりっ子。
親戚付き合いも薄く、良い仲の女性も居ない。
俺が死んで困るのって、管理人さんと同僚くらいしか居ないや。
「あーうだうだうあばぶあ、だーう。(なーにやってたんだろうな、俺って。)」
しかし前世の俺よ、転生させてくれた神様?よ。
ひとつだけ文句が有るぞ。
俺は小さな赤子の両手を掲げ、徐に振り下ろす!
「ばーう、あぅだだぶうあばだあし!?(なんで、息子ちゃんを忘れて来たし!?)」
うん、居ないの。
俺の半身が……ムスコが……
まだまだ元気だったのに、活躍する時間は、たっぷり有った筈なのに……
はぁ……
もうこの事を考えるのはよそう。
彼は犠牲になったのだ……!
多分俺の転生コストに、彼を生贄に捧げる必要が有ったんだろう。
うむ。
俺こと、八城要は、日本での生を終えて、どっか異国の、割と裕福そうな家庭の娘として、転生しました!
そして目下の問題としては、だ。
赤ちゃんの身体に、大人の俺の人格が入ってるってことなのよね。
身体は子供、頭脳は大人な何処ぞの名探偵の苦労なんぞ目じゃないぞ。
何しろ思い通りに動かない。
喋れない。
尿意便意が耐えられない!!
くそっ!
俺がゴーダマ・シッダールダさんのように産まれた直後に立ち上がって歩ければ、自らトイレに赴いて、育児ママ様の関門のひとつ【トイレトレーニング】の手間を省いてやれるのにぃ!!
あな口惜しや、憎らしや!!
はい。
何がとは言わないけど、出ちゃいました。
そして。
「おぎゃああああっ! ほんぎゃあっ! あんぎゃーっ!!」
極めつけは、コレだ。
まあ、生存本能なんだろうけどさ。
排泄の不快感や、空腹感や、眠気。
我慢ってモンが出来ずに、泣き出しちゃうんだよねー。
まあこの身体に転生して、既に数日経っているし。
この後俺の身を襲う悲劇にも、随分と慣れちまったもんさ。
「はいはい、オムツでちゅか〜?」
常に開け放たれた部屋の扉から入って来たのは、今世の俺の母親である女性。
名を【ジョアーナ】という。
父親からは、よくヨナと呼ばれているけど。
ゴージャスでサラサラなブロンドヘアーに、エメラルドグリーンの綺麗な瞳、人形のように整った配置の小さな顔は、どこか少女の面影を残していて、あどけない。
「さあ、マリア。オムツを替えまちゅよ〜。はい、アンヨ高い高ーい♪」
いやーん♡
ふっ。
我ながらこの適応力が恐ろしいぜ。
羞恥心だ?
そんなもん1日中何度もオムツ交換やられりゃあ悟りの境地だわ!!
「あだっ!? だーうあう!?(いたっ!? ちょっと!?)」
「あら、痛かった? ゴメンゴメン、強く拭きすぎちゃったわねー。」
今ではその手際に文句も言えるほどさ。
ちなみに【マリア】ってのが、今世の俺の名前ね。
何が由来なんだろうな?
世界で一番有名な聖母さんかな?
喋れるようになったら、訊いてみよう。
「はいっ! できまちたよ〜♪ あらあら、まだ泣き止まないの?」
「あんぎゃーっ! ふんぎゃーっ! ほんぎゃーっ!!」
どうやら、俺の身体は空腹を訴えているらしい。
碌に動かない手をジョアーナに向かって必死に伸ばして、泣き声を上げる。
しかしマリアよ、もう少し、お上品に泣けないものか。
まあ、中身が俺じゃあ仕方ないかもしれないけど。
「はいはい、今度はおっぱいね。今あげるからね〜♪」
恥ずかしげもなく、人様の前でその豊かな胸を露にするジョアナ。
ふたつのたわわに実った果実が、俺の目の前でプルルンと揺れる。
よさないか!
君は人妻だろう!?
……はい、サーセン。
おっぱいあざーす。
オムツの時間とおっぱいの時間だけは、女の子に産まれて良かったと、本当にそう思う。
女同士だと思えば、ちょっとは諦めもつくからね。
親父がやろうとした時は断固拒否してやったけどな!!
ああ、全力で泣いて追い払ってやったさ!
足でペチペチ蹴り飛ばしてやったさ!!
だって、なんか乱暴にされそうで怖いんだもん!!
と、他に思考を割いている間に、ママンのおミルクを飲み終わる。
「はいごちそうさまでちた〜♪ お背中トーントン♪」
肩甲骨の間を、トントン叩かれる。
別にDVって訳じゃないよ。
これは、ゲップを促してるだけだからね。
「ぐぇーっぷ!」
…………可愛げもへったくれもないゲップでごめんなさい。
あたし、お淑やかになるから!
カワイイ女の子になるんだから!!
「ふふふっ。いつもながら、元気なゲップね♪ さあ、おねんねちまちょうね〜♪」
横抱きに抱え直されて、ゆらゆらと。
ゆっくり、ゆっくりと揺すられる。
うむ。
どうやら夢の使者との会談の時間が来たらしいな。
では、赤子の責務として、惰眠を貪るとしよう。
「あーう、あう……」
「おねむしなさいね〜。おやすみ、マリア。私の天使。」
うん。
おやすみ、ジョアーナ。
…………お母さん。
先にお断りさせていただきます。
この作品は、不定期連載とさせていただきます。
もし、早く続き書けよ!といったご意見がございましたら、どんどん感想でコメントを送ってくださいませ。
気長に更新していく予定です。