第19話 暗躍する少女・マリア
いつもお読み下さり、ありがとうございます!
ルーチェから事件の真相を聴き出してから、更に一週間。
あたしは、持てる手段を全て駆使して、情報収集に力を注いでいた。
彼女が意図的に現在の状況に追い込まれていたとしたら、何処かしらに何らかの動きがあるハズだからだ。
もちろん、法律上では彼女は既にあたしの所有する奴隷に成っている。
あたしの許可なく自由に動けない代わりに、これまたあたしの許可が無ければ誰かが彼女に会うこともできない。
そしてもちろん、あたしが今のルーチェに自由行動を許すはずもなく、弱っている彼女に今面会を許すほど、あたしの頭はおめでたくない。
……実際来たんだよね、コレが。
俺は彼女の友達だから会わせてくれっていう、どう観ても胡散臭い男が。
もちろんそんな野郎は門前払いだ。
その後に尾行して(バネッサが)、結果は残念ながらただの雇われた木っ端で、大元は探ることはできなかったんだけど、彼女の身柄を欲しがっている人物が居ることだけは確定した。
ちなみにだけど、あたしはルーチェの許可をもらってから、お父さん――スティーブに、彼女が意図的に依頼を失敗させられた事を打ち明けた。
お父さんは普段見せることのない厳しい顔で、『ギルマスとも相談した方が良い』と言い、その場で手紙を書いて使いの奴隷に持たせてくれた。
で、今日がその手紙のやり取りで決まった、約束の日だ。
街では何処に誰の目や耳があるか判らないということで、ギルマスのハボックさん自らが、我がワーグナー商会に訪問してくれることになったの。
ルーチェの回復具合も診たいと言ってくれたから、一石二鳥だしね。
ギルマス――ハボックさんは信用に足る人物だと、お父さんも評価している。
あたしも、依頼失敗を盾に身柄を要求されているルーチェを護ってくれたことから、彼のことは信用できると思っている。
なかなか居ないよ?
ギルドの支部長と言えば、本部からの推薦が無ければ就けない役どころだ。
会社で言えば、役員とまではいかないけど、部長クラスのお偉いさん。
そんな立場の人が、末端もいいとこの冒険者を、依頼主から庇うなんてね。
あたしの前世に勤めてた会社だったら、契約会社に不利益を与えた社員なんか、問答無用で放逐されていたよ。
部下の責任を負うのが上司なんちゃうんかと、減っていく同期社員を見ながらよく思ったものだ。
聞けばハボックさんは、あたしが予想した通りの元冒険者で、なんとAランクまで到達した人だそうだ。
あの身体中の無数の傷痕は、魔物の暴走から逃げ遅れた子供を庇って受けたものらしい。
その怪我が祟って現役を引退することとなってしまったけれど、彼の冒険者仲間や、その人柄を良く知っていた所属ギルドのギルマスさんの推薦により、現場叩き上げの職員として迎えられたそうだ。
現場を知る人ならでは、ってヤツかな。
元冒険者としても、今回の一件には腹を据えかねていたようで、凄く協力的だと、お父さんも話していた。
あれからルーチェは、仲間たちの死を受け入れる心構えが出来たのか、バネッサに指導を受けながら、徐々に商会での暮らしに慣れ始めている。
掃除や洗濯、炊事なんかも、ちょっとずつではあるけど、手伝い始めているよ。
あたしやバネッサ、そして同じ冒険者であるミリアーナとは、まだぎこちないけど、少しは笑顔も見せてくれるようになってきたんだ。
と、ここ一週間の事を思い返している内に、約束の時間が近付いてきた。
さて、気合いを入れないとね。
大丈夫。お父さんやギルマスさんも味方だもん。
絶対に、あたしの奴隷は護ってみせるよ。
◇
「おお、お嬢さん。一週間ぶりだな。元気だったか?」
「ハボックさん、ご無沙汰しております。あたしは元気いっぱいですよっ。」
「それは良かった。お土産にお菓子を買ってきたから、家族で食べると良い。」
「わざわざありがとうございます! いただきますっ!」
商会の応接間で再会したギルマスさんと、笑顔で握手を交わす。
相変わらず大きなガッシリとした手で、安心するなぁ。
「バネッサ、人数分のお茶をお願いね。終わったら休んでいいからね。」
「かしこまりました、お嬢様。」
あたしはメイドのバネッサにお茶を頼んで、早速とばかりにお父さんとギルマスに向き直る。
「それで、どうでしたか?」
「まあ待ちなさいマリア。まずは座って、お茶が入るのを待とう。それから落ち着いて話そうよ。」
うっ……! お父さんに呆れられてしまった。
ギルマスまで! そんな噛み殺してたって、笑ってるのバレバレですけど!?
「はい、すみません……ルーチェのためと思うと、どうしても気が逸ってしまって……」
シュンと肩を落としてソファに腰を下ろす。
本当に、随分と気が急いていたみたいだね。
「くくっ。ありがとうな、お嬢さん。お嬢さんみたいな思い遣りのある主人に彼女を保護してもらえて、なんと感謝したら良いか。」
「そんな……! ギルマスさんにも協力してもらっていますし、寧ろ感謝したいのはあたしの方ですよ。」
ギルマスさんがお礼を伝えてくるけど、あたしの方が本当に感謝だよ。
あたしには優秀な奴隷たちが居るけど、正直それだけじゃ手が足りないもんね。
「えーと、一応僕も協力してるんだけどなぁ……」
おっと、お父さんがイジけ始めたぞ。
分かってるってば。まったく、そんな子供みたいに……
「会長……お父さんもありがとう。すっごく助かるよ!」
「う、うん! 他ならぬマリアのためだからね! 任せといてよっ!」
チョロ過ぎるだろオヤジ殿よ……!
そんな風に談笑していると、お茶の支度を整えたバネッサが、ワゴンにティーセットを載せて戻って来た。
あたしたち3人にそれぞれ紅茶を淹れ、お茶菓子も添えてから、バネッサはワゴンを押して再び退室していく。
応接間には、商会長のお父さんと、ギルマスのハボックさん、そしてあたしの3人だけになった。
「さて。それじゃまずは、頼んでおいたことの報告をお願いしようかな。ギルマス、良いかい?」
「ああ。」
口を付けたカップをソーサーに戻してから、ギルマスさんが懐から、纏められた紙束を取り出した。
「まずひとつ目、ルーチェら【明けの明星】に指名依頼を出した貴族についてだな。名は【メトシェイド・ウォル・ハビリウス男爵】。ここら一帯の領主である【ムッツァート伯爵】閣下の部下の1人だ。歳は42で所領は無く、ルーチェ達の拠点である隣りの街【カトレア】の代官を務めている。」
男爵か。それも代官兼務ねぇ。
なんか、碌でもない圧政を敷いてそうなイメージだね。
「胡乱げな顔をしてるな、お嬢さん。」
「マリアはまだまだ、感情を隠せないんだよね。」
むう、顔に出てたみたい。
だってその情報を聞く前から、その男爵の人を疑ってるんだもん。
「まあそんな顔になるのも無理はない。この男爵、色々と黒い噂が絶えない男でな。」
「そんなにかい?」
「ああ。伯爵閣下がご多忙で領都をあまり動かれないのを良い事に、好き勝手やっているらしいな。税はこの街【アズファラン】の2倍、関税も5割増しで掛けている。街の商家からの賄賂は当たり前で、日がな一日遊興に耽っているそうだ。」
「酷過ぎますね。」
「本当にね。行政はどうしてるんだい?」
「配下の文官に押し付けているようだ。しかも水増しして徴収した税金は、計上せずにな。」
「うわぁ〜。」
「横領じゃないか……! 告発はされないのかい?」
「証拠の守りが堅くてな。それにギルドは中立だ。何れかの勢力に依頼として協力はしても、与したりはできない。独自に調査しようもんなら、越権行為で国から苦情を上げられかねん。」
なるほど。
冒険者ギルドとしてはそこまで干渉はできないということか。
けどこれだけ調べるのも、結構危ない気がするけど……
「ここまで調査して、大丈夫だったのかい?」
お父さんもあたしと同じ事を考えてたみたいだね。
心配そうにギルマスさんに訊ねている。
「なに、この程度であれば平気だ。噂の収集と、男爵の部下から酒で聴き出しただけだからな。ただ証拠込みでとなると、これ以上は単独では無理だな。」
大丈夫みたいで、とりあえず安心する。
「それで、そこまで調べたということは、やっぱりあの依頼が黒だった、ということですか?」
あたしは気になっていたことを質問する。
あの依頼っていうのは、ルーチェ達【明けの明星】が失敗した、その男爵が出した指名依頼のことね。
「ああ。調べたところ、例のオークの集落の所在地は街の境いからこちら側……つまり、アズファラン側なんだよ。本来であればこちらの代官の管轄区域だ。
街境いの小さな集落も調査したが、特に目撃情報も被害も無かったそうだ。完全にでっち上げの依頼だったよ。これだけでも、男爵に抗議するには充分なほどだ。」
「例のオークの集落は? 彼女達が失敗した後、討伐隊は向かったのかい?」
「案の定依頼は取り下げられて、男爵が個人的に雇った連中が討伐したようだ。調査に行ったが、オークの集落は全滅していたそうだ。」
「周到ですね。ルーチェの保護が間に合って良かった……」
「まったくだな。お嬢さんが魔法の先生を探していなかったら、未だにギルド預かりだっただろう。男爵から援助の話でも持ち掛けられたら、断れないところだったよ。」
危ないところだったね。
ルーチェは既に、正式にあたしの奴隷として登録され、この街の代官にも届出済みだ。
ひとまずは安心して良いだろう。
「まったく、どうしてそこまで彼女を狙うのやら。確かに見目は良いし、魔法の腕も立つが……」
「……そのことですが、ここだけの話にしてくれますか?」
あたしはこれから、リスクを負うことになる。
お父さんはともかくとして、ハボックさんとはまだ付き合いが浅いしね。
でも、お父さんも信用しているし、あたしから観てもこの人は良い人だと思う。
だから、これを伝えようと思うの。
「……誓うよ、マリア。」
「ワシも誓おう。破ったらどんな罰も受け入れる。」
ありがとう、2人とも。
あたしは一度深呼吸して気持ちを落ち着けてから、口を開く。
「ルーチェの職業適性は、偽装されています。彼女の本来の職業適性は、【賢者】なんです。彼女は7歳になるより以前に適性に目覚め、それからずっと、【賢者】であることを隠蔽していたんです。」
「なっ!?」
「バカなっ!?」
お父さんとギルマスの上げた声が重なる。
それも当然。【賢者】とは、それほどに希少な適性なのだから。
具体的には、【鑑定の儀】で見付かったら即座に国に買い取られるレベルだよ。
国で囲い、国の筆頭魔導士として教育し、有事には戦略兵器のような扱いを受けるそうだ。
「ま、マリア、それは本当なのかい……?」
「はい、お父さん。あたしには、偽装は通用しませんから。」
あたしの職業技能[人物鑑定]は、その人のステータスを見抜く能力だ。
初めて会ってから先週まで、ずっと気にはなっていたんだけど、ルーチェが参っていて訊くことができなかった。
けどあの日。
事の真相をルーチェが話してくれて、そして思い切り泣いたあの日以降、少しずつ心を開いてくれて、話もだいぶできるようになった。
だから思い切って、【賢者】の適性について訊いたの。
彼女はビックリしていた。
何処の組織の鑑定器――教会に在った水晶みたいのだね――でも誤魔化せたのに、どうしてって。
それで、あたしの適性のことを話す代わりに、事情を教えてもらったの。まああたしも、偽装されていたことまでは判らなかったんだけどね。
「偽装が通じない……? お嬢さん、スティーブさん。いったいどういう事だ?」
ギルマスの困惑した問いに、あたしはお父さんを見詰める。
お父さんは少しの間悩んでいたみたいだけど、溜め息を吐いて頷いてくれた。
ありがとう、お父さん。
「ハボックさん、これも内密にお願いします。あたしの職業適性には、[人物鑑定]というスキルが有るんです。あたしは鑑定器を使わなくても、対象者の情報を読み取ることが出来るんですよ。」
お父さんとルーチェ以外、誰にも言ったことのないあたしの秘密を、ハボックさんに伝える。
ハボックさんは息を飲み、あたしのことを凝視している。
「それは……なんとも凄まじいスキルだな……秘匿するのも頷ける話だ。ワシの情報も、今見ることができるのか?」
半信半疑といった様子のハボックさん。
まあ無理もないよね。然るべき所に行かないと、鑑定は受けられないんだから。
「今から読んでみますね。」
そう断ってから、あたしはスキル[人物鑑定]を行使する。
名前:ハボック 年齢:40 性別:男
職業:ギルドマスター 適性:重戦士 魔法:無属性
体調:心労 能力:A 潜在力:A+
鑑定した結果を、ハボックさんに口頭で伝える。
ハボックさんは、開いた口が塞がらない様子だ。
「とんでもないスキルだな……これも勿論口外しないようにする。教会に知れたら事だからな。約束しよう。」
どうやら信じてくれたようだ。
とりあえずハボックさん、ストレス発散は適度にしてくださいね?
しかしこの人、冒険者としてもかなり有能だったんだろうなぁ。
引退して、しかも40歳で未だに【能力A】って凄いよ。現役の頃は、潜在力ギリギリまで鍛え上げてたんじゃない?
流石は、ミリアーナと同格の、元Aランク冒険者だね。
そうしてあたしは、彼女が狙われた理由を【賢者】の適性がバレたことにあると仮定して、2人と対策を練っていった。
◇
そしてこの日の夜。
「お嬢様、行って参ります。」
「バネッサ、気を付けてね。ミリアーナ、もしもの時はバネッサを守ってあげてね。2人とも、無事に帰って来るんだよ?」
「お任せください、お嬢様。必ずや、成果を手にして帰還します。」
「お願いね。」
あたしは、商会の裏口から、あたしの奴隷であるミリアーナとバネッサを送り出した。
全ては、ルーチェを護るために。
彼女がこれから先、安心して暮らせるように。
これでルーチェの気が済むか、彼女の亡くなった仲間たちが浮かばれるかは判らないけど。
あたし、奴隷商人の卵のマリア、11歳。
奴隷を護るのも、立派な奴隷商人の仕事よね?
だからね。
メトシェイド・ウォル・ハビリウス男爵様。
これから、貴方を排除します。
さて、報復開始でございます!
果たしてどんな展開となるのか、お楽しみに!
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m(*_ _)m