第18話 カウンセリングする少女・マリア
いつもお読み下さり、ありがとうございます!
新しい奴隷として、ルーチェを冒険者ギルドから引き取ってきてから、一週間。
彼女は未だ塞ぎ込んだままで、あたしは心療内科の先生を切実に求めているところだよ。臨床心理士でもいい。
居ないと思うけどね!
彼女の元所属パーティーに掛けられていた違約金は冒険者ギルドが立て替えていたので、あたしはその立て替え金を冒険者ギルドに返納するという形で、ルーチェの身柄を引き取った。
その額なんと大金貨5枚。金貨にして500枚という大金だった。
とてもじゃないけど、依頼に失敗した人間が払える額じゃないよね。まあ、払ったけどね(ドヤッ)。
コツコツ貯めてて良かったね。
というより、こういう時のために資金を貯めていたんだから、本来の用途通りに使えたってことよ。だから後悔なんてしません。
ルーチェとは、あの時は会って少し話をしただけだった。
あたしはお父さんやギルマスさんにしたのと同じ説明を彼女にして、それと当面は働かなくても良い事を伝えて、あたしの奴隷として保護することに合意してもらった。
なんというか無気力で、ちゃんと考えて判断したの? って心配にもなったけど、『あたしは絶対に無体なことはしないから』と言ったところで頷いてくれたので、良しとした。
「お嬢様。そろそろお時間です。」
メイド奴隷のバネッサが、予め頼んでおいた時間を教えてくれる。
もう最近の日課になっているんだけど、今日もルーチェのカウンセリングだ。
とは言っても、専門知識なんて何も無いからね。
ただお喋りをして、彼女に語り掛けて、彼女が語りたい事を聴いてあげるだけだけ。
他人と触れ合うこと、時間を掛けて気持ちを上向けてあげること以外に、出来ることなんてないんだよ。
「ありがと、バネッサ。お茶はいつも通り、ルーチェのお部屋に持って来てね。」
「かしこまりました、お嬢様。」
奴隷を引き取ってから一週間。
この間はずっと、午後のお勉強の時間を、彼女と過ごしている。
今日も今日とて、彼女に宛てがわれたお部屋へと、お喋りをしに向かいます。
◇
「ルーチェ、入るよ?」
「……はい。」
部屋の戸をノックをして声を掛けると、相変わらずの覇気のない返事が返ってくる。
それでも返事が返るようになっただけ進歩なんだよ?
最初の頃は返事も無かったから、声を掛けて勝手に入ってたんだから。
カチャリと戸を開くと……あー、まただぁ……!
「もう、ルーチェ。昼間は窓を開けて、部屋を明るくしなさいって言ったじゃない……! 開けるよっ。」
あたしは後ろ手にドアを閉めると、ルーチェが体育座りをしているベッドを迂回して、窓に近付く。
厚手のカーテンをシャッと開き、硝子の窓を押し開ける。
うん、今日もいい天気だね。穏やかな風が入ってきて心地好いね。
「ほら、今日もいい天気だよ。風が気持ちイイね♪」
「……はい。」
返事はしたものの、ルーチェは心ここに在らずって感じで膝を抱えて、クリンっと大きいのに光の無い瞳でベッドのシーツを眺めている。
ソバカスが残るが整った顔には覇気も無く、手入れする気も起きないのか、ゆるっとウェーブのかかった金色の長髪は、ボサボサだ。
「ルーチェ、今日は何をしていたの?」
「……ここで、考え事を。」
「そうなんだ。聞かせてくれるかな?」
「……はい。」
あたしは枕元で体育座りをしているルーチェに、背中を向けるようにしてベッドに腰を下ろす。
キシリ……と、ベッドが少し軋んだ音を上げた。
「どんな事を考えてたの?」
「…………仲間のことを……」
「そう。どんな人達だったの?」
「……楽しい、人達でした。」
ここら辺は、謂わばルーティーンみたいなものかな。
ルーチェは放っておくと、日がな一日中、ずっと彼等の事を考えている。
それだけショックで、悲しい出来事だったんだよね。
「戦士のエドは……お調子者で、女性にだらしなくて……」
「うん。」
「斥候のダリーは……アタシと歳も性別も同じで、良く結婚したいって話をしてて……」
「うん。」
一応、彼女の元パーティーメンバーについても、調べてある。
ルーチェが所属していた冒険者パーティー【明けの明星】は、他所の街に拠点を置くBランクパーティーだった。
構成は、戦士が2人、剣士が1人、斥候が1人、巫女が1人、そしてルーチェが担っていた魔導士が1人の、計6名から成る。
ちなみに斥候、巫女、魔導士が女性で、あとは男性ね。
ちょっと後方火力が足りないんじゃないかとは思ったけど、それでもみんなEランクの時に結成して、そのまま昇格してきたっていうのだから、連携が巧みだったか、ちゃんと依頼を吟味して達成してきたかしたんだろうね。
「……いつも通りだった。自分達の適正ランクの指名依頼で、オークの集落を見付けて、討伐するっていう、いつも通りの。」
「うん。」
「だけど……!」
ルーチェが言葉を詰まらせ、肩を震わせる。
怖かったんだろう。悔しかったんだろう。
彼女が顔を潜り込ませた寝巻きの膝に、濡れた染みが拡がっていく。
「ゆっくり。落ち着いて話してね。ちゃんと聞いてるからね。」
「はい……っ!」
グスンっ、グスンっと。
鼻をすすり、シャックリのような嗚咽を漏らしつつも、ルーチェは呼吸を調えていく。
あたしはちょっとだけ振り返って、ルーチェの背中を、軽く撫でてあげる。
やがて、ルーチェは落ち着きを取り戻して、再び話し出した。
「……依頼の内容には、問題は無かった。けど、最初のオークの目撃から、時間が経ち過ぎていたの。」
「どういうことなの?」
「……集落は巨大化していた。オークだけでも30匹は居て、それとは別に、将軍や、王が生まれていたの……」
「そう、なんだ……」
いつもなら、ルーチェはここで話すのを止めてしまう。
恐怖と感情が極まって、心的外傷が甦って、話すどころじゃなくなり、本格的に泣き出してしまうの。
けど、今日はなんと、続きを語り出したの。
「…………アタシたちは引き返そうとしたの。とてもアタシたちだけでは手に負えないって。依頼が失敗になっても、みんなでお金を出し合って、借金して返そうって。ギルドに報告を入れなきゃって……!」
「それで……どうしたの?」
初めて聞く話の内容に、あたしまで怖くなってくる。
だって、【オークジェネラル】に【オークキング】って……!
魔物――モンスターには、討伐の適正ランクが存在するの。
大鼠ならFランク、一角兎やゴブリンならEランクって感じでね。
オークはDランク相当なんだけど……
モンスターは長く生きたり、多くの他のモンスターや人間を倒して喰らったりしていくと、“上位種”に進化することがあるの。
ゴブリンだと、ゴブリンウォリアーや、ゴブリンマジシャンだったりね。
で、通常種から進化したモンスターは、脅威度が跳ね上がる。
それに比例して、討伐適正ランクも上がっちゃうの。
冒険者として活躍中のあたしの奴隷、ミリアーナに前に聞いた話では、オークジェネラルは単体でCランク。オークキングに至っては基本的に集落等を率いて、複数の上位種も従えているため、Aランク相当にまで上がるそうだ。
仮にルーチェらで討伐しようとした場合、同じBランクのパーティーを、もうひとつかふたつ集めないと難しいんじゃないかな……?
「……仕切り直そうとして撤収を始めた時に、アタシたちの後ろから、矢が撃ち込まれたの……! 矢は集落に居たオークの1匹に当たって……アタシたちは見付かってしまって……!!」
「なんてことを……っ!」
それが本当なら、かなりヤバイ案件だぞコレ!?
まさかの最悪のパターンじゃないだろうな……!?
「その、射手は……?」
「分からない……! アタシたちは逃げるのと抵抗するのに必死で……ッ! でも信じて! アタシたちのパーティーに弓使いなんて居ない! パーティーが全滅したのは、アタシたちの失敗のせいなんかじゃないのっ!!」
涙を流して、歯を食い縛って。
悔しさに身体を震わせながら、ルーチェは初めて、力の込もった瞳であたしの顔をまっすぐに見詰めてきた。
「みんな、死んじゃった……ッ! オークに囲まれて、殺されて、犯されて、食べられてっ……!! アタシだけ生き残ってしま――――キャッ!?」
それ以上はダメだ。
あたしはルーチェの頭を抱きしめて、あやすようにその金色の髪を撫でる。
ボサボサになってしまっている髪に手櫛を通しながら、背中も同時に擦りながら、彼女が、自分を責めてしまわないように、落ち着かせる。
「ルーチェは悪くなんかないよ。仲間のみんなだって、ルーチェが生き残ってくれて、嬉しいはずだよ。あたしも、ルーチェが生きていてくれて嬉しい。だってそうじゃなきゃ、こうしてルーチェに会えなかったんだから。」
悪いのは、その矢を射った奴だろうが……!
ソイツさえ居なければ、ルーチェは仲間を失わなかったし、借金はしたかもしれないけど、奴隷にならずに済んだかもしれないし、こうまで自分を責めて、苦しまなかった。
俺はただ冒険者ギルドに依頼を出して、ただ普通に、元気なルーチェに魔法を習っていたはずなんだ……!
「怖かったよね。苦しかったよね。みんな死んじゃって、悲しいよね。だけどそれは、ルーチェのせいなんかじゃない。だから、そんなに自分で自分を苦しめないで、痛めつけないで。」
最初は会長とギルマスを説得する材料として『保護』とか言い出したんだけど、気が変わったし腹も据わったわ。
依頼を出した貴族か、それとも他の怨恨や嫉妬の類いかは知らねぇけどよ。
何の落ち度もないのに5人もの犠牲者を出して、今も尚こうしてルーチェを苦しめる奴なんかには、彼女の影を踏むこと、いや姿を見ることすら許さねぇ。
俺が取り得る手段を全部駆使して、ルーチェを危険や悪意から守り通してやるよ。
「話してくれてありがとう。苦しかったのに、聞き出したりしてごめんね? これからは、あたしがルーチェの味方になるからね。もう大丈夫だよ。みんなも生きてって、言ってるはずだよ。」
「う、うぅぅぅ〜〜っっ……! みんな、みんなぁ……ッ! うああああぁぁぁ…………ッ!!」
ルーチェは強くあたしにしがみついて、あたしの(ペッタンコで本当に申し訳ないッ!)胸に顔を埋めて、大声で泣きじゃくった。
あたしは、ルーチェが流すその涙が、彼女の抱える苦しみも悲しみも、怒りも悔しさも、全部全部、流してくれないかと思いながら、ずっとルーチェを抱きしめ続けた。
お父さんの商人としての情報網。
ギルマスの手腕や正義感。
俺の奴隷たちの能力。
何をどう使えば、この酷く傷付いてしまった女性を守ることができるかを、煮えくり返った腸を鎮めて、沸騰しそうな頭を冷まして、ずっと考えながら、抱きしめていた。
ずっとずっと、ルーチェが泣き疲れて眠ってしまうまで、彼女を抱きしめていた。
如何でしたか?
重たい話は作者も苦手です。
ルーチェが元気になってくれることを、祈るばかりです。
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m(*_ _)m